第六話 スターサファイヤの秘密(前)

 という訳で、私とガーゼルド様は馬車に並んで乗って、ガタガタゴトゴトと揺られながら街道を進んでいるところだった。


 ガーゼルド様が微笑んで仰った。


「ずいぶん、おめかししてきたのだな」


 ……確かに、私の今日の格好は随分とオシャレだった。


 薄黄色の外出ドレスにピンクのスカーフ。大きな帽子にはフワフワした羽飾り。胸にはヴェリア様が貸して下さったピンクトルマリンのブローチが輝いている。私はゲッソリとした気分で言った。


「させられたのです。ガーゼルド様と出かけると言ったら」


 そうしたらヴェリア様は目を輝かせ、ハーメイムさんは鼻息を荒くし、私のお世話係の下級侍女リューネイなどは飛び跳ねて喜んだのだ。……なぜ喜ぶ。


 ミルクティみたいな色の髪と黒い瞳の可愛い系の少女であるリューネイは、結構真剣に私を諭したものだ。


「何を言ってるんですか! ガーゼルド様は次期グラメール公爵ですよ! そんな方にデートに誘われるなんて一大事ではありませんか! 大変な名誉です!」 


 私の名誉は侍女の誉れというわけだった。デートって……。


「単にちょっと宝石について相談があると言われただけですよ」


 しかもきっと面倒な話なのだ。名誉というより罰ではないだろうか。


「そういう口実でのお誘いに決まっているでしょう! でなきゃ独身の男性であるガーゼルド様が未婚女性であるレルジェ様を誘うはずがありません!」


 確かに、独身の男性が女性を伴って帝都郊外に向かえば、それは逢瀬だと見なされてもおかしくはない。帝都の貴族達の目を逃れて羽を伸ばしてくるつもりだと見られるわけね。


 ただねぇ。ガーゼルド様は次期公爵で、私は男爵令嬢。身分が釣り合わないでしょう。しかもガーゼルド様は多分、私が本当は平民である事を知ってる。全然そんな気はないと思うのよね。


 ただリューネイ曰く、結婚ではなく恋愛なら身分差はあまり問題にされないものであるらしい。


「そりゃ、結婚は無理としても、愛人にはなれます。公爵閣下のご愛人ともなれば下手な家に嫁ぐよりも余程良いですよ」


 ……貴族ってそういう所ふしだらよね。平民では愛人を抱えるなんてこっそりやる事で、けして大ぴらに出来る事じゃないんだけど、貴族の場合はかなりオープンなのだ。


 根が平民の私としては、結婚もしないうちからガルヤード様の愛人になるなんてごめん被りたい。そりゃ、ガーゼルド様はイケメンで性格も気持ちの良い人だと思うけどね。胡散臭いけど。


 紺色のコートに黒い帽子のガーゼルド様は私の事をニコニコしながら眺めていたけど、おしゃれの理由についてはそれ以上突っ込んでは来なかった。そして、これから向かう先について説明してくれた。


「先代のウェンリィ伯爵夫人がこの先にあるお屋敷に隠居していてな。そこに向かっている」


「前ウェンリィ伯爵夫人ですね。その方がガーゼルド様に何かご相談をしたという事ですか」


「そういう事だな。ウェンリィ伯爵家は確かに我が家の係累だが、これまではあまり関係がなかった家なのだ」


 ガーゼルド様は少し肩をすくめた。私は首を傾げる。


「親戚なのに関係が良くなかったのですか?」


「そうだ。前伯爵の家業が原因でな」


「家業?」


「高利貸しだったのだ」


 ……ああ、それは。私は納得する。好かれないわね。きっと貴族界の嫌われ者だったに違いない。


「それは、公爵家としては距離を取るしかなかったのでしょうね」


「そういう事だ。で、前伯爵が亡くなり、息子が跡を継いだのだが、現伯爵は事業を精算して高利貸しを止めた」


 今は貿易関係の事業を興して成功しているらしい。それで公爵家との関係も良くなっているのだそうだ。


「高利貸しだって皆様の役に大分立っていた筈ですのにね」


 そもそも金貸しは借りる相手がいるから成立しているのであり、金策に窮した者たちにとって高利貸しは最後の頼りどころなのであり、彼らがいなければ借り手が困るのである。


「確かにそうだが、皇族である公爵家が高利貸しと親しくするというのもな……」


 公爵家が高利貸しの元締めのように見られたら、貴族達から反発を招くかも知れないという事だろう。


 馬車は街道を外れて静かな脇道に入った。のどかな農場が広がっていて、牛などがのんびりと歩いていた。野草の花が少し咲いている。


 やがて、大きなお屋敷の門を潜った。門の前に門番と思しき老人がいたけど、椅子に座って居眠りをしていたわね。あれで門番の役目を果たせてるのかしら?


 大きなお屋敷だったけど、外壁に蔓草が張っていて、良く言えば風情がある。悪く言えば手入れが行き届いていない感じがしたわね。馬車をガーゼルド様にエスコートされて降りると、老メイドに出迎えられた。一人しかいないのかしら?


 老メイドに屋内に導かれる。ちょっと足取りが怪しくて心配になるわね。お屋敷の内部は流石に綺麗に整っており、壁は全体的に緑基調。床は赤紫色の絨毯。廊下の壁には何枚もの絵が架かっていた。


 階段の踊り場に一際立派な絵があった。禿頭の、空に向かって跳ねる立派な髭の持ち主だった。


「前伯爵だな」


 高利貸しの。なるほど、欲深そうな顔をしているわね、と思うのは偏見が入っているんだろうね。


 二階に上がり廊下の奥のお部屋に私とガーゼルド様は通された。ちなみに私はお屋敷に入ってからここまでガーゼルド様の腕に掴まって身体を寄せ合っている。……何だろうこの違和感は。


 老メイドがドアをノックして、返事を待ってドアをよいしょと押し開く。中から聞こえてきた声は女性のものだったわね。私とガーゼルド様は足を合わせてゆっくりと入室した。


 そこは日当たりの良いサロンで、ベージュ基調の品の良い応接セットが置いてあった。そしてそのソファーの一つから女性がゆっくりと立ち上がった。


「ようこそ。次期公爵。それとお嬢さん。ご足労願ってすまなかったわね」


 年の頃七十くらいの老婦人だった。元は太り気味だったのだろうけど、今は少し萎んできている。そんな印象だった。髪はおそらく元は焦茶。今はほとんど白髪だ。首に真珠とトパーズの首飾り。耳に蛍石のイヤリングを下げている。


「いえ、前ウェンリィ伯爵夫人。お待たせいたしました」


「初めまして前ウェンリィ伯爵夫人。ジェルニア男爵家のレルジェと申します」


 私とガーゼルド様は腕を組んだまま一礼した。私は左手だけでスカートを広げる。それを見て前伯爵夫人が華やいだ声を上げた。


「あらあら、仲がよろしいこと。そういう事。私は口実に、郊外までデートに来たってわけね。お部屋は一つの方が良かったかしら?」


 ……あ。私は迂闊にもここで気が付く。私はなにもガーゼルド様にエスコートをされる必要はなかったのだ。私の方が大幅に身分が低いし、恋人でも何でもないのだから、序列的に私はガーゼルド様の後ろに付き従えば良かったのである。


 それを仲良く腕を組んで入室すれば、それは前伯爵夫人が誤解するのも当然である。ガーゼルド様があまりにも自然にエスコートして下さるものだから、うっかり何も考えずに彼の肘に手を添えてしまったのだ。


 しかしながら、ここでいきなりガーゼルド様を距離を取るのも不自然である。ガーゼルド様は朗らかに笑って前伯爵夫人の言葉を否定しないし。私だけが慌てふためくのもみっともない。私も引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。


 私とガーゼルド様は同じソファーに並んで腰を下ろし、正面に前伯爵夫人が座る。なんか、この配置も……。まぁいいか。


 しばらく、気候の話や帝都社交界での話題などで会話が行われた。前伯爵夫人はこの郊外の別荘に引き籠もってもう三年になるという事で、帝都社交界の話題を聞いて懐かしそうに目を細めていたわね。


 そして、お茶のおかわりが出されるタイミングで、老メイドが小さな紫色の箱を持って来た。前伯爵夫人がニコニコと笑いながら言う。


「これなんだけどね」


 箱は私の前に置かれた。ガーゼルド様を伺うと、私を促すようなジェスチャーをした。どうやらこれが今回の訪問の目的らしい。私は「拝見致します」と言って小箱を開いた。


 小箱の中身は指輪だった。大きな丸い青い宝石が金の指輪に嵌まっている。一見して、やや古いものである事が分かった。青い宝石には白い筋が。いえ、これは……。


「スターサファイヤですね」


 私は指輪を取って窓の明かりに梳かす。半球形のカボションカットに仕上げられた青い宝石。そこに綺麗な星形を描いて光が走っている。大きさは私の小指の先ほどもあるので、かなり大きなスターサファイヤだ。


「良い石ですね」


「かなり高価なものだろうな」


「そうですね。こんな良品なら、石だけでも一万リーダは下らないと思います」


 家が買えてしまう値段だ。私は金で出来ていると思われる指輪部分にも目をやる。蔓草のような象眼が施してあり、それはすり減ってかなり丸くなっていた。使い込まれている証だろう。


 そして指輪の内側に何か書いてあった。


「……Y&M。二人の愛は永遠に」


「どうやらそれは、どなたかの結婚指輪だったみたいでね」


 前伯爵夫人がお茶を飲みながら呟くように言った。


「それ、夫がどこかから借金のカタに持って来たもののようなのよ」


 私は目を瞬く。


「借金のカタ?」


「そう。夫が高利貸しをしていたことは知っているでしょう? それで、借金を返せない方からその指輪を返済金代わりに巻き上げてきたようなの」


 酷い話よね。と前伯爵夫人は言った。まぁ、借金は借金なので、返せない方も十分悪い訳だけど。


「それでね。もう夫も死んでしまったし、金貸し事業も精算したから、その指輪を持ち主に返してあげようと思って……」


 大事な結婚指輪である。差し出した方は後悔して、今でもウェンリィ伯爵家を恨んでいるかも知れない。高利貸しを止めた今、なにもそんな恨みを買い続ける事はないというのが前伯爵夫人の考えだった。


「それで、貴族の皆様の事に詳しい、本家のガーゼルド様にお願いしたという訳なのよ」


 ……どうやらガーゼルド様は事情通として貴族界では有名らしい。うーん、どうなんだろう。それは次期公爵として情報を集めているという事なのか、それとも近衛騎士団長としての仕事なのか、それとも単なる趣味なのか。


 それはともかく、そういう風に頼まれたガーゼルド様が、私を巻き込んだのだというのは間違いなさそうだった。滅多にないほどの立派なスターサファイヤではあるけど、これの購買記録を辿って持ち主を探すことは、不可能ではないにしても大変だろう。それで手間を省くために私に宝石の映像や声を視させようというのだろう。


 まぁ、借りを返すためだ。良いけどね。私は胡散臭い笑みを浮かべるガーゼルド様を気にしながら、スターサファイヤをジッと見て、そこから浮かんで来る映像に集中する。


 私の能力ではその宝石に関わった人間の映像や音、つまり「石の記憶」が浮かんで来る訳だけど、不思議な事に平民の記憶は大体ぼんやりとしており、貴族の手に渡ると一転して鮮明になるのだ。


 このスターサファイヤも、掘り出され、磨かれ、指輪にされる所までの「記憶」はぼんやりとしているが、それが金髪の若い貴族の手に取られた瞬間からくっきりとした。少しきつい目つきはしているけど、そこそこな美男子だ。その男性が栗色の髪の若い女性と指輪を見ている映像が見えた。どうやらこの二人の結婚指輪として作られたのがこの指輪であるようだ。


 対になるスタールビーの指輪があるらしく、並べられている映像が浮かぶ。……スタールビーも途方も無い値段がしたことだろう。お金ってある所にはあるものね。


 ……しかし、不思議な事に時間を経ると栗色髪の女性は「記憶」には現れなっていた。そして男性だけが映像として現れる。時間は経過し、男性は年老いていった。


 男性は少し肥満し、顔には皺が増え、金髪は白くなりながら薄くなり、同時に蓄え始めた髭は伸びて段々左右に大きく広がり……。あれ?


 禿頭の立派なお髭の男の出来上がりだ。つい最近まで、石の「記憶」にはこのお髭の男性だけが映っていた。


 ……この人、さっき階段の踊り場で見た前伯爵よね? 私は試しに聞いてみた。


「前伯爵のお名前を伺ってもよろしいですか?」


「え? 夫の? ヨムガルドだけど?」


 イニシャルのYはヨムガルドの名前と矛盾しない。綴りは知らないけど。


 という事はやはりこの石は、前伯爵がどこかから借金のカタとして奪ってきたものではなく、元々前伯爵所有の石だったのである。私は拍子抜けした思いを抱きながら、ガーゼルド様を見た。


 するとガーゼルド様は目を細めて、僅かに首を振った。……これは……。


 私は瞬時に判断すると、前伯爵夫人に言った。


「気になるところがあります。もう少しよく調べたいので、一晩お預かりしてもいいですか?」


「ええ。構わないわよ。今日はお部屋を用意してありますから、ゆっくり調べて下さいな」


  ◇◇◇


 お屋敷のお部屋(当然、ガーゼルド様とは別部屋だ)に通される。ベージュ色の壁の広いお部屋だった。もっとも、私はお部屋でくつろぐ事はなく、すぐに部屋を出てガーゼルド様のお部屋に向かった。女性の部屋に男性が立ち入ることは出来ないから、彼とお話がしたかったら私が出向くしかないのだ(もっとも、本当は独身女性が男性のお部屋にホイホイ入ってもいけないのだが)。


 ガーゼルド様のお部屋は私の部屋の二倍ほどあり、馬車を運転してきた御者が従者として控えていた。公爵家の侍従の一人なのだろう。私がガーゼルド様のテーブルを挟んで向かいに座ると彼がお茶を出してくれた。私の部屋にもいなかったけど、この部屋にもお世話係のメイドはいないらしい。もしかしたらこのお屋敷にメイドは、あの老メイドしかいないのかもね。


 私はスターサファイヤの指輪を出して、ガーゼルド様に見せた。


「ガーゼルド様は何処までご存じなのですか?」


 私が詰問すると、ガーゼルド様は目を丸くした。


「さすがだなレルジェ。それが他からもたらされたものではなく、元々前伯爵が持っていたものである事に気が付いたのか?」


 やっぱり知ってやがった、というところである。そして知っているのに前伯爵夫人には言わない。秘密にしておく意味があるのだろう。私はちょっと考える。


「前伯爵はこの指輪を大事にしていました。他人の目に触れぬようにし、時折出しては大事そうに撫でていたようです。指輪を交わした女性をずっと想っていた、ということでしょうか?」


 その女性は、残念ながら前伯爵夫人ではない。前伯爵夫人の髪色は焦げ茶。「記憶」の中の女性の髪色は栗色である。となると……。


「前伯爵夫人は、この指輪を贈り合った前伯爵の愛人を探しているということでよろしいのでしょうか?」


 私が言うと、ガーゼルド様はなぜか苦笑して頭を押さえた。


「レルジェ。どうしてそう思った。いや、なんでそれが分かった?」


 外れた訳ではなかったらしい。私はスターサファイヤに様々な角度から光を当てて、輝きの変化を楽しみながら言う。


「まず、前伯爵はこの石を前伯爵夫人には見せないようにしていました」


 この石の記憶に前伯爵夫人が映るようになったのは、前伯爵が映らなくなってからだ。一緒に映っている映像は一切見えない。夫婦であるのにそれはおかしいだろう。前伯爵はあえて夫人にこの指輪を見せないよう隠していたと考えるのが自然だ。


「そして、前伯爵がこれを秘蔵していたなら、それは差し押さえ品とは別に、伯爵の自室にでも保管されていた筈。差し押さえ品と間違えることはないと思います」


 高利貸しの差し押さえ品は換金しないといけない。でないと貸した金の代わりにならないのだから当たり前である。当然だがこのような高価な石を差し押さえたなら、前伯爵は一刻も早く売りたがった事だろう。前伯爵が余程の宝石コレクターだったというなら別だが。売り物の指輪を自室に置くなどあり得ない。


「前伯爵の私室から見つかった指輪に『Y』のイニシャルがあれば、それはヨムガルド、つまり前伯爵だと考えるのが自然でしょう。しかし前伯爵夫人には指輪の記憶がない。であれば、指輪のお相手は前伯爵の愛人だと考えるだろう、と思います」


 ガーゼルド様は両手を横に広げて降参のポーズをした。


「なんとも。不思議な力だけでなく、洞察力も只事ではないな。何者なのだ君は?」


「それはこっちの台詞ですよガーゼルド様。私の能力をどうしてご存じなんです?」


 私はガーゼルド様を睨む。どうもこの人には何もかも見透かされているような気がするのだ。この際彼が何を知っているのかはっきりさせておきたい。


「大した事は分からんよ。恐らく君は宝石に籠もった『魔力』が見えるのだろうと推測しているだけさ」


「宝石の魔力?」


 私が驚きの声を上げると、ガーゼルド様は笑いながら説明してくれた。


「貴族には魔力がある。正確には平民にも魔力はあるのだが、貴族の方がより強いのだ。血統的にな」


 これは古の神との契約によるらしい。詳しい事はガーゼルド様は説明してくれなかったけど。


「勿論、魔力があれば魔法が使えると言うほど単純な話ではないがな」


 魔法を使うにはやはり魔力を操る訓練が必要でそれは素養の問題もあって誰にでも出来る事ではないらしい。


「そして貴石には、魔力を吸い取って溜める性質があるのだ」


 宝石の中でも鉱石の類いにのみ見られる現象だそうで、石が大きければ大きいほど、品質が高ければ高いほど溜め込める魔力は大きくなるのだそうだ。


 魔法使いはその溜め込んだ魔力を使って強い魔法を使う事が出来るのだそうで、貴族が宝石を身に着けるのは元々はそのためだったらしい(現在では魔法使いは本当に減ってしまっているから、単なる慣習になってしまっているらしいけど)。


 で、その魔力が「視える」人はたまにいるらしい。しかしその場合でも何となく雰囲気が分かるとか、光っているとか、その程度しか視えないのが普通で、私のように細かな映像や音まで視えるというのはやはり普通ではないようだ。


 ガーゼルド様は私が魔力が視えることは初対面の時に感付いていて、その後のあれこれで、これは単に魔力が視えるだけではないな、と洞察したらしい。


「なので君が宝石から何処までのものを読み取れるかは分からぬよ。しかし多分だが、宝石の過去が視えているのだと思うが」


 当たってるじゃないの。私は憮然とした。この人の洞察力も普通じゃないわよね。まさか魔法なのだろうか?


「ああ、私は魔法は多少使えるが、洞察の魔法は使えぬぞ。君の考えている事は分からぬから安心するがよい」


 ……ほんとかしらね。まぁ、異常に勘が鋭いのも魔法みたいなものだろう。私はそれ以上考えるのを止めにした。スターサファイヤを見ながらガーゼルド様に尋ねる。


「……で、前伯爵夫人はどうして前伯爵の愛人を探しているのですか? まさか復讐の為なのでしょうか? まさかね」


 お亡くなりになっている前伯爵に、夫人はそれほど強い想いを抱いている訳ではなさそうだった。それは前伯爵夫人が身に着けていた宝石から、前伯爵との思い出がほとんど視えなかった事からも分かる。どれもご自分が選んで買われた宝石ばかりだったのだ。


「さて、どうしてだと思うね? レルジェ?」


 ガーゼルド様は私に挑むように問い掛けた。無茶言わないで下さいませ。私は単に宝石の記憶が見えるだけの小娘ですよ。推理とか洞察とかはガーゼルド様のお仕事ではありませんか。私に出来るのは宝石の記憶を読む事だけです。


 と思いながら、私はちょっと記憶を思い返す。


 やる気のない門番。足下もおぼつかない老メイド。宿泊するというのに次期公爵のガーゼルド様にもお供の私にもお世話係のメイドが付かない。手入れの行き届いていないお屋敷……。これはもしかして……。


「もしかして、前伯爵夫人は、というかウェンリィ伯爵家はお金に少し困っていますか?」


 高利貸しは止めて貿易事業で成功しているという話だったけども、どうもこの別荘を見るとそれほど潤沢な予算を有しているとまでは言えない気がするわね。


「ふむ。そうだな。そこまでは合っているぞ? それで?」


 ガーゼルド様が好奇心にルベライト色の瞳を輝かせながら先を促した。私は慎重に言葉を繋ぐ。


「もしかして、前伯爵夫人はその愛人にお金を請求する気でしょうか? 浮気の慰謝料として?」


「それは無理だな。貴族に愛人は付きもの。むしろ愛人には相続権さえあるからない。逆に愛人から遺産を請求されてもおかしくない」


 ガーゼルド様が言う。それで私は答えに辿り着いた。ということは、愛人は前伯爵の死の際に、遺産を求めなかったという事だろう。なぜか。もう十分に前伯爵から資産を貰っていたからだ。つまり、逆である。


「では、逆ですね。前伯爵夫人は愛人の所に、前伯爵が多額の資産を隠していると疑っているのです。多分、相続の時に行方の知れない資産が出たのではないですか? お金に困っているウェンリィ伯爵家はその資産を狙っているのでしょうね。なぜならその資産は、本来は相続の際に遺族に分配されるべきものだからです」


 本来、遺産相続は前伯爵の全ての資産に対して行われるもので、それは愛人の所に移していた資産も含まれるのである。つまり、貴族的な考えで言えば現伯爵には愛人の資産に対しても相続権があるわけだ。


 もちろん、愛人の取り分というものがあるので全額渡せとは言えないはずだが、それを渡してもあまりあるほどの資産が愛人の所にあると踏んでいるのだろう。


「その鍵となるのが、このスターサファイヤだというわけですね」


 私がスターサファイヤの指輪をガーゼルド様の前でクルクルと回すと、ガーゼルド様は降参しました、と言うように大きく頭を下げたのだった。


――――――――――――

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