第五話 ティアラのブルーダイヤモンド

「ねぇ、レルジェ。宝石の価値ってどうやって決まるのですか?」


 ヴェリア様が夜会の為に身支度を調えている際に、私に尋ねてきた。私はネックレスを宝石箱から取りだして石の曇りを取っている所だった。


 夜会の準備には結構時間が掛る。ドレスを着るのも大変だし、宝飾品をドレスに縫い付けるのも位置とバランスを考えながらだから簡単にはいかない。その間ヴェリア様はジッとしていなければならないので退屈なのだ。その間の暇つぶしのおしゃべりも侍女のお仕事である。


「石の価値ですか?」


「この間イルメーヤ様が言っていたではありませんか。どの宝飾品が一番価値があるか当ててみろって。それから気になっていたのです」


 あー。確かにあの時は変なダイヤモンドの指輪を指摘して、どれに価値が一番の価値があるかはうやむやになったのだった。あの時、ヴェリア様としては自分でも予想していて、それと私の意見が合っていたかが知りたいのかもしれない。


「そうですね。宝石にも色々種類があるから一概には言えませんけど」


 私はネックレスの曇り取りが終わったので、それを手に持ってヴェリア様の首に当てる。幾つもの涙滴型のエメラルドが並んでいるネックレスだ。バランスに留意しながら位置を決めて行く。


「基本的にはまず大きさですね。大きい石はそれだけで価値があります」


 この間の例の合体ダイヤモンドは五カラットはあった。希に見るサイズと言っても良い。あれくらいあれば品質がかなり劣るものであっても、最高品質の一カラットよりもやはり五倍程度の価値があるのだ。それだから贋作師が苦心してあんな代物をこしらえたのだろうけどね。


「次に品質です。一番は透明度。石の中に曇りや異物などが入っていないものが高価なります。石に亀裂や傷、欠けがないことも重要です」


 勿論、光を透過しない石もあるし、内容物が重要な宝石、スターサファイヤみたいに反射光が重要な宝石もあるから一概には言えないんだけどね。変形を上手くデザインに取り入れた宝飾品も少なくないし。


「色も重要です。ダイヤモンドは基本、無色で透明な方が高価ですが、青や桃色などに染まったものは珍しいので大きな価値を持ちます」


 ガーネットやトルマリンのように様々な色を持つ宝石も多いし、エメラルドやルビー、サファイヤなども微妙な色の違いで人気に差が出て、それが価値に跳ね返ってくる。


 そういう色の違いは産地の違いである場合も多いので「~産」と付くだけで値段が大きく上がる宝石も多い。


「そして伝来ですね。その宝石が元々有名人の所有であった場合は、その伝来込みの価値になります」


 この間イルメーヤ様が胸に着けていたルビーのブローチがそうで、あれは多分皇帝陛下ご所有の秘宝だろう。それが公爵家に下賜され、イルメーヤ様が借りていたのだと思う。そういう伝来の秘宝は例え品質が劣っても、最高級の宝石を遙かに上回る価値を有する事がある。


「そう考えると、あの時のイルメーヤ様がお着けになっていた大きなルビーのブローチが、最も価値のあるアクセサリーだったと思いますよ」


 私が言うと、ヴェリア様は少しホッとしたように息を吐いた。多分、あの時もしも私が外していたら、次は主人のヴェリア様も答えさせられただろうからね。二人して外せば更なる恥になるし、イルメーヤ様はここぞとヴェリア様を馬鹿にしたことだろう。


「でも、宝石としての価値が一番高かったのは、耳に着けていたピンクダイヤモンドでしょうけどね」


「そ、そうなの?」


「ええ、髪に紛れていましたし、目立たなかったですけど、大きくて良いものでしたよ」


 というか、ピンクダイヤモンド自体がとんでもない貴重品だ。私も初めて見た。相手があの方でなければじっくり見せて欲しいところだったわね。


 そんな貴重品をあんなにさり気なく着用しているというのは、イルメーヤ様がかなりの宝石のコレクターである事を示していると思う。良い石をこれ見よがしに見せびらかさないというのは、なかなか出来る事では無い。単純に派手なだけの女性ではないという事だ。


 ◇◇◇


 その日はヴェリア様のご婚礼用の宝飾品の納品が行われる事になっていた。


 ご婚礼はもう五ヶ月後だ。当然、宝飾品は特注品で、ご婚約が調うと同時に発注がなされているので私は関わっていない。


 侯爵邸の応接室に入室すると、三人の身なりの良い男性が跪いてヴェリア様と私とハーメイムさんを迎えた。


 メイーセン侯爵家御用達の宝石商人であるハイアール男爵だ。黒髪に黒い口髭の壮年の男性である。


 お部屋の中にはもう一人、ガーゼルド様が立っている。楽しそうに赤茶色の目を細めてニコニコ笑っているけど、暇なのかしら。何かというといらっしゃるけど。


 ハイアール男爵のお供の二人は大きな箱を抱えていたが、ヴェリア様が着席すると箱をテーブルに置いた。引き出し付きの宝石箱である。


 ハイアール男爵は手袋をすると慎重な手付きで箱から宝飾品を取り出し、ベルベットを敷いた台の上に並べ始める。宝飾品のセットをパリュールというが、今回はご婚礼用だけあって簡易なセットではなくフルセット。しかも豪華版だ。


 ティアラ、ネックレス、ブローチ、ブレスレッド、イヤリング、髪飾り、指輪、止めピンなどなど。どれも最高級の色とりどりな宝石で飾られている。婚礼衣装用なのでほとんどの土台はプラチナで出来ていた。


 ……冗談抜きで城が建ちそうね。皇太子殿下本気出し過ぎでしょう。愛するヴェリア様のために金に糸目を付けなかったのがありありと分かる。


 これならハイアール男爵も大儲けか、と思うんだけどさにあらず。こういう高価過ぎる宝飾品というのは制作も難しく時間が掛かる。素材の吟味も必要だ。そのため制作費用も天井知らずになり、それを全部販売代金に上乗せをすると、顧客が払い切れない価格になってしまう可能性があるのだ。


 売れなかったら商人が破産してしまうし、皇太子妃の婚礼用のパリュールを収めるなんて名誉な事でもあるから、ある程度の赤字を商人が被ってでも無事に納める事を優先するものなのである。皇太子妃御用達の名誉があれば、儲けは後で他からいくらでも取り戻せるという計算もあるだろうしね。


 ヴェリア様はパリュールを軽く一通り見ると、すぐに私を呼んだ。


「レルジュ。貴女も見て」


「はい」


 その瞬間、ハイアール男爵が跳ねるように顔を上げて私の方を見た。私は平静を装い、ニッコリと微笑んだ。


「れ、レルジュ? だと?」


「お久しぶりですね。ハイアール男爵」


 そう。私は男爵とは面識があるのである。宝石商人の業界は狭いからね。みんな知り合いだと言って良い。まぁ、この前までは大店の主人で貴族のハイアール男爵と、中堅の店であるロバートさんのお店の奉公人の私だったわけだけども。


 私はお許しを得てヴェリア様の横に腰を下ろした。侯爵令嬢、近い内に皇太子妃になられるお方の横に座ったのである。ハイアール男爵の顔が驚愕と恐れに歪む。頼むから変な事を口走らないでね。


 そして、私は慎重にご婚礼用のパリュールを手に取り、じっくり見た。ほう……。素晴らしい。宝石は大きくてクオリティも高いものばかりだし、どれも繊細にカットされている。それがプラチナの台座に精緻に配され、光が流れるように輝いている。


 デザイン時には私は関わっていないけど、ヴェリア様をよく知る方が発注したのだろうね。これを着用して純白の婚礼衣装に身を包んだヴェリア様はさぞかし素敵な事だろう。


 ただね……。


 私は一通りパリュールを検めて頷いた。


「ヴェリア様。問題ありません」


「そう。ハイアール男爵、ご苦労でした」


 ヴェリア様が労いの言葉を掛けると、ハイアール男爵はソファーから降りて、他の者と同時に跪いた。


「ありがとうございます。ご婚礼の成功をお祈り申し上げます」


 ヴェリア様が立ち上がり退出する。のだが、私はヴェリア様に声を掛けた。


「ヴェリア様。私はちょっとハイアール男爵とお話があるので残ります」


 ヴェリア様は怪訝な顔をなさったが、私が今後の事もあるので御用商人と話したい旨を伝えると、頷いてそのまま退出していかれた。当然、婚礼用のパリュールは下級侍女達が運び出している。


 ヴェリア様とハーメイムさん、それと他の侍女も出てしまう。が、ガーゼルド様はしれっとした顔でそのまま部屋の中に立っていた。私は彼を睨む。


「ガーゼルド様も退出なさって下さって結構ですよ?」


「なんだ。何か面白い話をするのではないのか? 私も混ぜよ」


 私は眉をひくつかせる。


「何ですか。面白いとは。お仕事の、宝石商売の話です」


「其方は宝石商人ではないだろうに」


 とガーゼルド様はニヤッと笑った。……事によるとこの人は、私の身分偽装も何もかもをご存じなのかもしれない。なにせ例のアレクサンドライトの事情を最初からご存知だったような方だ。探偵の能力でもあるのかしら。


「とにかく、話がし難いから出てください!」


 私はガーゼルド様の背中をグイグイと押して彼を応接室から追い出した。ドアを閉めて一息吐く。やれやれ。


 見ると、ハイアール男爵達が目を丸くしていた。……あー。次期公爵を無理やり部屋から追い出すなんて、たとえ男爵令嬢でも不敬だったかもね。


「……本当にレルジェなのか……?」


 ハイアール男爵が疑わしげに呟いた。私は事更にドレスの裾を大きく広げて見せた。


「そうですよ。ロバート宝石店のレルジェです。お久しぶり。男爵」


「ど、どういう事なんだ。なんでお前がこんなところに……!」


「話せば長くなりますけど、知らない方が良いですわよ。そんな事より……」


 私はツカツカとハイアール男爵の所に歩み寄り、彼を睨み上げて言った。


「どういう事なんだはこっちのセリフですよ。ハイアール男爵。なんですかアレは」


 ハイアール男爵の目は大きく泳いだ。


「な、何のことだ?」


「あ、とぼける気なら良いのですよ? せっかく私がとりなして上げようと思ったのに」


 するとハイアール男爵は豹変した。慌てて私の足元に額づいたのだ。


「す、すまん! レルジェ! 許してくれ!」


 私はため息を吐く。


「なんであんな事をしたんですか? バレないとでも思ったのですか?」


「違うんだ! 仕方がなかったのだ! 事情があったのだ!」


 ハイアール男爵は涙声だった。無理もない。この事が表沙汰になったら彼の首は間違い無く飛ぶ。物理的に。しかも家族ましだ。


「まさかティアラの一番大きなブルーダイヤモンドを『染める』なんてね」


  ◇◇◇


 「染める」というのは、文字通り宝石を染料で染める事だ。


 様々な宝石で行われる手口である。発色の悪い石を染料で染めて良い色にしたり、色味の薄い石に色を足したりするのだ。もちろん、所有者が承知で色を変える場合もあるけど、そうでない場合は価値を偽装するために、平たく言えば高く売りつけるために行われる。


 中でも一番悪質なのがダイヤモンドに着色する手口だ。


 ダイヤモンドというのは、実は色染めし易い宝石である。油脂類と馴染み易い性質があり、お化粧のファンデなどが付着すると容易には落ちない。


 そのため、揮発性の高い油に染料を混ぜてダイヤモンドに薄く塗ると、ダイヤモンドの色は簡単に変わるのである。


 ダイヤモンドは通常無色透明で、内容物が少なく透明度が高いものが最も尊ばれる。


 しかし例外的に、はっきりと発色してかつ透明度の高いダイヤモンドは非常に高く評価されるのである。ブルー、ピンク、ブラック、イエローが代表的なものだ。


 特にブルーダイヤモンドは大変に珍しく、大きな石なら途方もない値段で取引される事もある。そのため、無色のダイヤモンドを染色してブルーダイヤモンドを装う詐欺が後を絶たないのだ。が。


「いくら何でもティアラの、正面を飾るメインの石を偽装したらダメでしょうよ」


 花嫁衣装の、最も重要な宝飾品と言えるティアラ。その正面中央に鎮座するブルーダイヤモンド。出席者の誰もが注目するだろうその大石が、なんと染色ダイヤモンドだったのである。


 確かに、ダイヤモンドの染色は非常に分かり辛い。遠目ならそうそうは分からないかも知れないが、なにせ貴族には宝石に目ざとい人も多い。イルメーヤ様とか。あの方にもしもご婚礼当日にでも気付かれたら大変な事になる。


「違うんだ! レルジェ! 誤魔化すつもりではなかったんだ! ただ、石の手配が間に合わなくて、当座凌ぎで使っただけなのだ! 最終調整の時に入れ替える予定だったのだ! 信じてくれ!」


 ハイアール男爵が泣きながら釈明するところによれば、ティアラにセットする予定のブルーダイヤモンドは皇太子殿下から提供されたもので、皇族に代々伝わる秘宝なのだという。


 ただ、現在はネックレスになっていて、ティアラに入れるにはリカット、つまり削り直して形状を変更しないといけないのだそうだ。


 しかしながらなにしろ皇族の秘宝である。あまりの貴重さ高価さにハイアール男爵の所の研磨職人が恐れをなしてしまった。


 それで、帝都一の名人という研磨職人に頼み込んで、どうにかやってもらえる事になったのだが、そうこうしている内に納期が来てしまったのだった。


「そもそもご婚礼用の宝飾品をパリュールで一から作るのに、なんと三ヶ月しか頂けなかったのだ! 無理難題だ!」


 ……うん。それは私もそう思う。あんな精緻で高級な宝飾品を三ヶ月で制作出来る訳がない。ハイアール男爵はよくも間に合わせたものだ。


 これは皇太子殿下が愛しのヴェリア様と一刻も早く結婚したがっていて、慣例では二年は婚約期間を置くものを、八ヶ月で結婚すると決めてしまったからである。


 なので宝飾品だけでなくドレスの仕立ても超特急で行われており、外国からの招待客も大急ぎで来てもらう事になっているんだとか。そんな無茶をしてもヴェリア様と一刻も早く夫婦になりたいらしい。


 ヴェリア様の輿入れの準備も大忙しで、高位貴族女性の嫁入りともなれば家具から服からお部屋の装飾まで何もかもを新調するのが当たり前であるため、ヴェリア様は毎日のようにその確認作業に追われているのだ。今日の婚礼用宝飾品の確認が案外あっさりしていたのもそのためである。


「それは分かりますけどね……」


「来月には! 来月には出来上がるのだ! そうしたら一度ティアラを戻してもらって……!」


「無理ですよ。ヴェリア様のご予定は詰まってますから、あのパリュールもドレスの仕上げのために何度も試着する事になるはずです」


 その際には皇太子殿下が見学に訪れる(ウエディングドレスの試着に何故か皇太子殿下が立ち会って口を出すのだ)事もあるだろうし、場合によったらイルメーヤ様だって押し掛けて見学に来るかも知れない。


 その間中、あんな染色ダイヤが見抜かれないなんてあるわけがない。皇太子殿下だって秘宝を提供したのだ。仕上がり具合が気になっているに違いないしね。


 私が説明すると、ハイアール男爵は頭を抱えてしまった。


「ど、どうすれば良いのだ……!」

 

「せめて納品前に説明してくれればねぇ」


 ヴェリア様はお話が分からない方では無いのだから、説明すれば分かって頂けたと思う。ただ、皇太子殿下は一刻も早くヴェリア様があのパリュールを身に纏った姿を見たがっていたから怒ったかも知れないけど。


「仕方がありませんね。私がなんとかして上げますよ。ハイアール男爵」


「ほ、ホントか! レルジェ!」


 大の男が涙を流して顔がぐちゃぐちゃだ。大店の主人であるのを笠に着て、横柄な態度を取ったり私にセクハラなどしていたくせにね。まぁ、色々取引もして、宝石を見る目と扱いの巧さ、商売に対する誠実さも知ってはいるので、このまま首を刎ねられたら気の毒だとは思うけど。


 それに今後の事を考えれば恩を売れる絶好の機会でもある。私は跪く男爵を見下ろしながら言った。


「幸い私はヴェリア様の宝石管理係です。当座は誤魔化し、本物が納品されたら私が入れ替えます。一刻も早く本物を納品しなさい」


 ハイアール男爵は目をパチクリしている。


「そ、それだ! 何でだ! なんでレルジェがヴェリア様の……」


「それが条件です。ハイアール男爵。宝石商人業界に『レルジェは実はジェルニア男爵家の娘だった。宝石修行のためにロバート宝石店で働いていたのだ』と噂を広めなさい」


 私がバリバリの平民としてロバートさんのお店で働いていたことは、帝都の宝石業界では周知の事実である。この過去は今更消しようがない。私はヴェリア様の宝飾品担当の侍女。今後も宝石商と関係するのは避けられまい。宝石商人が「レルジェは平民の筈だ」と騒ぎ出す可能性はあるだろう。


 私が偽装男爵令嬢、実は平民だと貴族の皆様にバレると、今後ヴェリア様のお側でお仕えする際に色々と問題になる可能性がある。それを帝都宝石商人の重鎮であるハイアール男爵に打ち消してもらおうという作戦だ。


 事実として私は男爵令嬢に正式になってしまっているので、色々調べれば調べるほど「元々男爵令嬢だった」だという噂との整合性が取れるようなるだろう。そうなればしめたもので、私の素性は完全に書き換わることになる。


 ハイアール男爵は色々言いたいことがあるような顔をしていたが、私にものっぴきならない事情があることも察したのだろう。追い詰められている自分の状況からして、あれこれ言っている場合ではなかった事もあり、私の提案を了承した。


「し、しかし、どうやって当座、誤魔化すつもりだ?」


「そうですね。ヴェリア様の宝石箱にブルーダイヤがありますから、こっそり入れ替えようかと思います。大きさは小さくなりますけど……」


「それではダメだな」


 突然後ろから声が掛って、私は飛び上がって驚いてしまった。


 振り向くと濃い金髪に赤茶色の瞳のイケメンがニマニマと笑って立っていた。え? さっき追い出した筈なのに! まさか、聞かれた? 今の話を?


「が、ガーゼルド様! な、なぜ!」


「こっそり戻って来たのだ。いかんな。話に夢中になりすぎては」


 私も驚愕したが、ハイアール男爵の驚きはそれどころではなかった。彼の表情からは生気が感じられない。魂が飛んでしまっている。全てをガーゼルド様に聞かれたとすれば、この時点でハイアール男爵の命運は尽きたと言っても過言ではないからね。


 余計な事を! 計画が台無しじゃないの! 私はガーゼルド様をガルル! と睨んで言った。


「なんですか。ダメとは! 何がダメなんですか!」


「ふむ。あのブルーダイヤは色合いが特別でな。ヴェリア様のお持ちのダイヤとは色味が異なる。ルシベールに見られたら一目でバレるだろうよ」


 ……完全にバレてるわこれ。一から十まで聞かれてしまったに違いない。


 確かに、元々の持ち主である皇太子殿下なら、色の違いは直ぐに気が付くだろう。それならむしろ色味を似せて染色した今の染色ダイヤの方がバレにくいかも知れない。いや、無理か。


 私が考え込んでいると、ガーゼルと様はいっそ清々しい程胡散臭い笑顔で言った。


「どうだ。私が協力してやってもいいぞ? レルジェ?」


 ニコニコ美男子顔を近付けてくるガーゼルド様に引きながらも、私は聞いてみるしかなかった。


「ど、どうする気なのですか?」


「ふむ。あのブルーダイヤには同じ場所から採れた双子のような石があってな。それを我がグラメール公爵家が保有している。現在は母のティアラに飾ってあるのだが、それを貸してやっても良い」


 確かに同じ場所から採れた石なら色味も似ているだろう。既にティアラに嵌まっているのなら加工の手間も要らないかも知れない。後はそれを私が手入れの名目で入れ替えれば良いだろう。それなら皇太子殿下の目もごまかせるかも知れない。


 が、しかし……。


「……何の企みですか?」


「何がだ?」


「こんな提案、ガーゼルド様には何のメリットもないでしょう。どうして家宝の宝石を提供して下さるような事までして、ハイアール男爵を助けて下さろうとするのですか?」


 どう考えても怪しすぎる。ガーゼルド様はヴェリア様の護衛隊長を勤めていらっしゃるのだから、むしろハイアール男爵の不祥事を告発する立場にある筈ではないか。


 しかしガーゼルド様は爽やかな笑みを浮かべたまま言った。


「話が早いな。流石は商人。そう。見返りにレルジェにちょっと協力してほしい事があるのだ」


 協力?


「ちょっと宝石関連で困っている事があるのだ。レルジュの力が必要でな。手を貸して欲しい」


 ……この調子だと私の能力の事にも見当が付いていそうだわね。実に胡散臭い男だ。


 しかしながら、この提案に乗らない、という選択肢はない。断わったらガーゼルド様はヴェリア様にティアラの件を告発するだろう。私が隠蔽に協力しようとした事まで話せば私まで同罪になって首を刎ねられてしまうだろうね。私は観念して頷いた。


「分かりました。その件はお約束致します。ですから協力して下さいませ」


 ガーゼルド様は嬉しそうに笑うと、さり気なく私の腰に手を回して引き寄せた。


「頭の回転も速く、決断力もある。ますます気に入ったぞレルジェ」


 なんだかヘビに巻き付かれたような心地になったわよね。とびきりの美男子に抱かれて思うような感想じゃないんだろうけども。


 ガーゼルド様はその日の内に家宝のブルーダイヤモンドを持って私の所にやってきた。確かにそれはとんでもない大きさのダイヤモンドで、正に帝国の秘宝というに相応しいものだったわよ。これじゃぁ、ハイアール男爵のところの職人が怖れをなしたのも分かるわよね。


 私はそれをティアラの正面の染色ダイヤとこっそり入れ替えた。少し小さくなってしまったけど、まぁ、仕方がないわよね。ガーゼルド様に借りを作ってしまい、返さなければならないけれど一件落着だ。あ、でもハイアール男爵が本物仕上げたらまた入れ替えないとね。


 ……と思ったのだけど、この件はこれで話が終わらなかったのだ。


 というのは、宝飾品が出来たと聞いた皇太子殿下は数日後にメイーセン侯爵邸に飛んできて、私を急かしてパリュールを出させて見分を始めた。のだが、すぐに「これは違う!」とティアラの件のブルーダイヤを見て騒ぎ出したのだ。すり替えがバレた? 私は心臓が口から飛び出るかと思ったわよ。


「な、何でしょう? 何が違うのでしょうか? 綺麗なブルーダイヤモンドではありませんか」


 私が内心冷や汗を流しながら言うと、皇太子殿下は頬を膨らませて言ったのだ。


「デザインが違うではないか! 私はこのダイヤはハート型にしろと言った筈だぞ!」


 ……え? どうやら、皇太子殿下はヴェリア様への愛を象徴するために、このブルーダイヤモンドをハート型に刻めと命じたらしい。大きく削る事になるからかなり軽くなって価値が落ちてしまうんだけどね。何とも勿体ない。


 しかしデザイナーがその指示を聞き漏らしたらしく、デザインが違っていたのだ。自分の指示を無視されたと思った皇太子殿下は大変怒ってしまい、ヴェリア様が必死になだめる羽目になった。そして、すぐに作り直させるということで話は落ち着いたのだった。


 で、結局ティアラはハイアール男爵のお店に戻された。そして名人がハート型にカットし直した(幸いまだ手を着けてなかった)ブルーダイヤモンドをセットされて、翌月に無事に再納品されたのである。やれやれ。


 これならガーゼルド様からわざわざ家宝の宝石をお借りする事なかったじゃない。無駄な借りを作ってしまったわよ。まぁ、ハイアール男爵との談合の現場を見られている訳で、結局はガーゼルド様の依頼を受けざるを得なかったとは思うけどね。


 ……で、約束通りガーゼルド様の依頼を果たすために、私はある日、ガーゼルド様に侯爵邸から連れ出されて、帝都の城壁の外である帝都郊外のとある貴族の別荘に向かったのだった。


 ――――――――――――

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