第四話 イルメーヤ様のリング

 ヴェリア様に侍女としてお仕えする事になった私は「宝飾品担当」の上級侍女になった。


 私は侍女というからにはお掃除や洗濯などの仕事もあるのだろうと考えていたのだけど、そういう仕事は下級侍女や下働きの仕事で私はやらなくて良いらしい。本当にヴェリア様の宝飾品の管理をすればいいのだそうだ。


 それならお店の掃除から時には棚の修繕までやらされたロバートさんのお店の仕事よりも余程楽だ、と私は思ったのだが、実際に仕事を始めてみると、これが結構な忙しさだったのだ。


 理由はまず、ヴェリア様所有の宝石が物凄く多かった事である。鍵付きの四段の引き出しがある、一抱えもあるような大きな宝石箱がなんと三つもあった。中にはびっしりとキラキラした宝飾品が入ってる。


 この管理が私に任されたのである。管理とは、個数の管理はもちろん、状態の把握、手入れ、場合によっては簡単な修繕も含む。繊細な細工の宝飾品は着用中に歪んだりするからね。それを直すのだ。


 それに加えて、ヴェリア様がお出かけの際にはこの多くの宝飾品の中から最適なものを選び出すという役割がある。つまりジュエリーコディネーターの役目もあるのだ。


 そのため、服飾担当の侍女と相談して、ヴェリア様が社交にお出掛けになる際に服やシチュエーションにあった宝飾品を選んでお出しする。ヴェリア様は最低でも昼の茶会などに一度、夜会に一度の一日二回は社交にお出になる。多い時はお茶会を何回かハシゴすることもある。その度に宝飾品を選定してお出ししなければならないのだ。


 まぁ、宝石屋にはジュエリーコーディネーターの仕事も元々含むから、出来ない事はなかったけどね。ただ、宝飾品は飾る方の容姿や好みによって偏るから、どうしても似たものを所有する傾向が多くなる。なので社交の度に新鮮さを出すのは大変なのだ。


 当然だけど、ヴェリア様が宝飾品を購入する時には立ち会ってヴェリア様が商品をお選びになるのに助言するという役目もある。ヴェリア様程の方になると宝石商人がメイーセン侯爵家まで選び抜いた宝飾品を抱えて来てくれる。それをヴェリア様がお選びになって、お気に入りになられたら購入するのだ。私はそれについて現在所有しているものとの兼ね合いを考えたり、価値について助言するのがお役目だ。


 なんとも忙しい毎日だったけど、宝石商人としてもかなり忙しかった私だもの。こなせないという程でもなかったわ。それに、この間までやっていた地獄のお作法猛特訓に比べればなんということもない。


 それに、さすがにヴェリア様がお持ちの宝飾品は一級品ばかりで、私は初めて見た時は胸の高鳴りが止まらなかったわね。中堅宝石商人だったロバートさんのお店では年に一つ扱えれば良いというような上質で高価な宝飾品ばかりなんだもの。


 ただ、少し気になる事がないではなかった。ヴェリア様の三つの宝石箱の内、一つは少し古い宝飾品が入っており、もう一つには非常に高級でセンスの良い宝飾品、最後の一つには高いのは高いけどヴェリア様にはあまり似合わない宝飾品が入ってたのだ。


 私は三つの宝石箱の中身を検めた後、ヴェリア様に言った。


「……そうか。こちらがヴェリア様が皇太子殿下と婚約なさる前からお持ちの、お母上からお継ぎになった宝飾品。こちらが皇太子殿下から頂いたもの。この箱のものは色んな方々から献上されたものですね?」


 私が言うとヴェリア様は目を丸くした。


「さすがね。レルジェ。その通りよ」


 宝石から見える光景を見れば分かるからね。特に皇太子殿下からの贈り物には、暑苦しいくらいの殿下の想いが篭ってた。求愛の段階からお会いする度に高価な宝飾品のプレゼントを持ってきて、ヴェリア様が婚約を承諾したら大喜びで更に沢山贈って下さったらしい。さすがは皇太子殿下。お金というのはあるところにはあるものね。


 ヴェリア様の宝飾品をお選びする私としては、ヴェリア様が皇太子殿下とお会いする時には必ず殿下の贈った宝飾品を選ぶよう留意しなければいけない。まぁ、皇太子殿下のお選びになった宝飾品はどれもヴェリア様によく似合う物ばかりだから問題はないけどね。殿下が単に高価なものを選んでいるのではなく、ヴェリア様に本当に似合うものをと真剣に選んでいる事がよく分かる。愛されてるなぁヴェリア様。


 問題はそれ以外の宝飾品で、まずお母様から引き継いだという宝飾品はあまり質が良くなかった。もちろん、一級品ではあるのだけど、地味でデザインが古いのだ。先祖累代に引き継いできた宝飾品というのは、流行の宝石とはまた別の意味合いがある。大きな儀式の時などには一族の歴史を背負ってこれを着けるからだ。そういう家伝の宝石が見劣りするものしかないとなると、ヴェリア様はメイーセン侯爵家に軽んじられていると見られてしまうかも知れない。


 これはヴェリア様が二女であり、お母様がお亡くなりになって宝飾品を相続する時に、四つ上のお姉さまが一番良い品々を相続し、残った物をヴェリア様が引き継いだからであるらしい。これは貴族のしきたりだからやむを得ないところがある。財産は長子相続が貴族の基本だからね。ヴェリア様が皇太子妃になると分かっていれば、ヴェリア様がお姉さまを差し置いて一番良いものを相続したんだろうけど、相続の時はまだヴェリア様は皇太子殿下と知り合う前だったのだ。


 もちろん、メイーセン侯爵家としては皇太子妃になるヴェリア様の身の回りのもの、特にドレス類を仕立てるのに多大な費用を費やしているので、十分に厚遇はしているのだけどね。でも今更お姉様から家伝の宝石を奪うわけにはいかない。


 ただ、ヴェリア様は実は少し地味目の宝飾品を好むのも確かであるらしい。実は光が透過して輝くダイヤやルビーよりも、オバールやラピスラズリ、ジェダイトのようなマットな宝石が好きなのだと仰っていた。基本、控えめで地味な方なのである。


 最後の色んな方々から献上されたという宝飾品は、玉石混合というか、ちょっと困った代物ばかりだった。


 ヴェリア様が皇太子妃になる事になり、慌てた親戚筋の方々が「皇太子殿下によろしく!」と取りなしを頼む意味で贈ってきたものなのだ。なので高価であるのは間違いないし、希少なものも少なくないものの、どれも兎に角派手で見栄え優先で、有り体に言ってセンスが悪いものだかりだったのだ。皇太子殿下を見習えと言いたい。


 ヴェリア様に似合うか、お好みはどうかという事を検討した形跡がまるでないのだ。これは困ったね。こういう宝飾品でも、親戚たちを無碍にはしませんよ、というアピールのために、親戚が多く集まる会では着用しなければならない場面もあるらしい。宝飾品選定係の私としては無理難題を押し付けられた気分だ。


 それと問題なのは……。私は贈り物の宝飾品を十個くらい取り出した。ヴェリア様が目を瞬く。


「どうしたの?」


「これには偽物が混じっていますので使えません」


 ヴェリア様と侍女長のハーメイムさんが目を丸くして驚愕した。


「偽物?」


 ヴェリア様や高位貴族の生まれであるハーメイムさんが偽宝石を見抜けなかったとなると大失態になってしまう。顔色を変えた二人に私は慌てて言った。


「いえ、全部が偽物ではありません。例えばこの指輪。メインのサファイヤは本物です」


 それはサファイヤを中心にたくさんの小さなダイヤモンドが取り巻くというデザインだった。リング自体はプラチナ。


「この小さなダイヤモンドが半分くらい偽物です」


「は?」


 ヴェリア様が意外な事を言われたという表情でリングに目を近付ける。が、すぐに首を振った。


「私には分からないわ」


「意外とダイヤモンドとガラスは判別しにくいのです。特にこうして本物と混じって配置され、輝きが混じると難しいでしょうね」


 私はリングを取って、息をハーッと吹き掛けた。


「こうしてみると、曇りのとれ方に差が出ますでしょう? 早く曇りが消えたのが本物で、長く残ったのが偽物です」


 小さいとこれも分かり難いんだけどね。


 ヴェリア様は何度か息を指輪に吐き掛けて考え込んでいらっしゃった。


「どうしてこんな事をするのかしら……」


「それは、小さなダイヤモンドをガラス玉にすればその分安く作れます。それを正規の値段で売ればその分を儲けに上乗せ出来ます」


 おまけに着服したダイヤモンドを売ればまた儲かる。小さなダイヤモンドとはいえ。ダイヤはダイヤだ。このリングではおまけ扱いだけど、シルバーのリングにでも一つ埋め込めば立派な主役に格上げになる。平民の奥様なら憧れるレベルの宝飾品になるだろう。百リーダくらいで売れるんじゃないかしら。


 なのでこういうセコイ贋作商売は後を絶たない訳なのよ。ロバートさんも何回騙されたか知れないわ。私は騙されないけどね。ガラスからは何も視えないので。


 私の能力は本当に宝石にしか使えない。ガラスもだけど、金や銀やプラチナからも何も視えないし聞こえない。宝石でも琥珀や珊瑚や真珠からは見えてこないのである。理由は分からないけど。金銀に混ぜ物をして偽装する詐欺も多いので、せめて金くらいは宝石扱いにして欲しかったわね。


 もちろんだけど、能力をカバーするために視えないものについての鑑定能力は磨いたし、能力に頼り切るのも危険だから宝石に関しても勉強して、普通の鑑定も出来るようにはなっているけどね。


 偽物にはガラス玉の他に、価値が低い宝石を高い宝石に見せ掛ける、という手があるんだけど、それらはガラス宝石に比べればごく少ない。価値が低いとはいえ宝石は宝石で貴重なものだからね。


 例えばジルコンという宝石があって、それはダイヤモンドとよく似ていて偽物に使われる事があるんだけど、ジルコンでも質の良いものはかなり高価でダイヤモンドとすり替えるにはちょっと勿体無いのだ。


 なので宝石の贋作はまず八割以上、ガラス製だと考えて間違い無い。小さいダイヤと入れ替えるなんて初歩の初歩で、巧妙に偽造されたガラス玉を言葉巧みに売り付けてくる詐欺商人には私でさえうっかり騙されそうになるほどなのだ。


 とりあえず、ヴェリア様の偽宝石が混じった宝飾品は私がお預かりして、ロバートさんの店から本物の石取り寄せて私が自分で直す事にした。宝石商に出すとヴェリア様が偽物をつかまされたと誤解されるかも知れないからね。


  ◇◇◇


 その日はヴェリア様はお屋敷のサロンでお客様をお迎えになる事になっていた。ヴェリア様はなんだかため息を吐いていた。


「悪い方ではないんですけどね」


 そう言いながらため息が止まらないのだから、本当はお会いしたくないのだろう。


 そのお相手はイルメーヤ・グラメール公爵令嬢。ガーゼルド様の三つ年下の妹で現在十八歳。ヴェリア様の二つ年下だ。十九歳の私とは一つ差である。


 もっとも、中背と言える私よりも背が高く、ボディのメリハリもくっきりしているので、私よりも歳上に見えるだろうね。ブロンドでサファイヤの瞳のお顔立ちも濃い目だしね。


「ごきげんよう! ヴェリア様!」


 オレンジ色の派手なドレスを着て、それに大きなダイヤモンドを連ねた首飾りやルビー、サファイヤを黄金で包み込んだブローチを幾つも付けている。派手だ、とにかく派手だ。


 控えめな装いがお好きなヴェリア様とは対照的だ。ヴェリア様は今日は薄緑のドレスに例のアレキサンドライトのネックレスをしている。これは今日の面会の目的が、このネックレスについてイルメーヤ様に説明する事だからである。


 ヴェリア様は立ってイルメーヤ様をお迎えになった。ヴェリア様はもうすぐ皇太子妃になられる方だけど、現在はまだ侯爵家の次女。イルメーヤ様は公爵家長女。この時点での身分はイルメーヤ様の方が上なのだ。


「ご無沙汰をしております。イルメーヤ様」


「そうかしら? 二週間は経っていない筈だけど? 会えて嬉しいわ。ヴェリア様」


 イルメーヤ様は堂々と入って来てヴェリア様の挨拶を当然の様に受けられた。その後ろには苦笑気味な笑顔を浮かべて、濃い目の金髪にルベライト色の瞳のガーゼルド様が続いている。監視役かしら。


 イルメーヤ様はどっかりとソファーに座り、ガーゼルド様は立ったまま二人が挟むテーブルの横に立つ。私はヴェリア様の後ろに立っていた。イルメーヤ様の後ろにも侍女が一人立ち、部屋の中には護衛の兵士や他の侍女もいた。実はこの場で一番身分が高いのは公爵家嫡男のガーゼルド様なんだけど、誰も彼に椅子を用意しなかった。これは彼があくまでヴェリア様の護衛隊長の役目でここにいるからである。彼は私を見付けると軽くウインクをしてみせたわね。


 時候の挨拶から始まって、早速本題に入る。イルメーヤ様はジロジロとヴェリア様のデコルテに輝くアレキサンドライト(この時は昼なので緑色だ)を見詰めていた。


「確かに、あの時に見たのとは色が違うわね?」


 前に見たのはシャンデリアの下だったようだ。ヴェリア様は微笑んで言った。


「あの時は急に色が変わったことに驚いてしまって、失礼を致しました」


「良いのよ。大きなルビーだと思ったから、貴女がいらないのなら私が買おうとしたんだけど。アレキサンドライトとはね。ちょっと私には買えないわ」


 そうね。三万リーダなんてお城が買えかねないお値段だ。公爵家のご令嬢とはいえちょっと手が出るまい。まぁ、そのお値段はそこのガーゼルド様が勝手に付けたんですけどね。


 イルメーヤ様はぷいっと視線をネックレスから外すと、急にアレキサンドライトから興味を失ったようだった。元々、ヴェリア様の秘密が隠されているのではないかと疑ったから、ネックレスを欲しがったのだという事だったからね。こんなに堂々とヴェリア様が身に着けているのでは秘密も何もあったものではない。


 そして、イルメーヤ様の興味はすぐに別の方に向いたようだ。彼女はぐるっと顔を回して私の事を見上げた。サファイヤ色の瞳が興味深げに輝く。


「で、その石を鑑定したのがその娘ってわけ?」


 娘って、私の方が一つ年上ですけどね。とは言わず、私は静かに頭を下げた。


「レルジェと申します」


「ふむ。聞いてます。男爵令嬢とか。上手くやったわね」


 は? 上手くやったとは?


「アレキサンドライトなんてよく見れば直ぐ分かるじゃないの。光を当てれば良いんだから誰にでも分かるでしょ。それでヴェリア様に召し上げられたんだから幸運よね」


 ……別に召し上げてくれと頼んだ覚えはないんですが。むしろ勝手に貴族にされて勝手に侍女にされて私は予定が狂って迷惑してるんですよ! とは言えない。私は微笑んで誤魔化した。


「イルメーヤ。レルジェの鑑定眼は大したものだぞ。私のツァボライトを一目で見破ったのだ」


「へぇ? アレを? それが本当なら大したものね」


 ガーゼルド様が助け船を出してくれたけど、イルメーヤ様は疑い深そうな視線を変えなかった。まぁ、私はこの人に仕えている訳じゃないからどう思われても構わないけど、年下の女の子に舐められてるのはちょっと気に入らないわね。


 イルメーヤ様は皇太子殿下に懸想していて、家柄もあって皇太子妃第一候補だったらしい。しかしながら皇太子殿下がヴェリア様を見初めたために皇太子妃の地位は彼女の手の中から逃げてしまった。それでイルメーヤ様はヴェリア様に強烈なライバル心と嫉妬心を抱いているらしいのよね。


 それで事ある毎にこうやって押し掛けては暗に「皇太子妃を辞退しなさい!」とプレッシャーを掛けに来るのだとか。勿論、直接そんな事は言えないのでチクチクチクチク家柄や容姿などにケチを付けイヤミを言うらしいのだ。あんまり行き過ぎないように兄のガーゼルド様が付いてくれて、もうすぐご成婚の儀が行われればさすがにもう止むだろうとヴェリア様も周囲も我慢している状況らしい。


 でもこの押しの強いご性格ではヴェリア様が帝宮にお入りになっても構わず押し掛けてイヤミ攻撃を向けて来そうではある。ここらで一発反撃しておくのも悪くはないのではなかろうか。


「そうね。じゃあその自慢の鑑定眼で、今日の私の身に着けている宝石で一番良いものを見付けてみなさいな。出来るもんならね!」


 と、ここでイルメーヤ様が私に言った。無理難題のつもりだろう。宝石の価値は様々な要因で決まるので、そう簡単に判別出来るような事ではないからだ。宝石の種類だけではなく、石の大きさやクオリティ、伝来が分からなければ価値判定など出来ない。どんな宝石商人でも手も触れずに見ただけでは出来ないだろう。


 私には出来るけどね。ざっと見た感じ、胸に付けているルビーのブローチから非常に多くのイメージが流れ込んでくるので、おそらく名のある伝世品、名品なのだろう。いわゆる秘宝という奴だ。あれに間違い無いと思う。


 ……けど、それを指摘してもつまらないし、この負けず嫌いな娘なら「価値は確かに高いけど、宝石としてのクオリティはこっちが上よ!」とか言い出す可能性もあるわよね。難癖を付けられても面倒だ。私は彼女の着けている宝飾品を一つ一つジッと見ていき、彼女の指輪に目を留めた。え?


 わりと本当に驚いた。へー、こんなものがあるんだ。初めて見たわ。世の中には色んな突拍子もない事を考える奴がいるものね。


 そして私は考えた。これ使えるんじゃない? イルメーヤ様に私の鑑定眼を見せ付けるには格好の宝石じゃない? それに私はイルメーヤ様にちょっとムカッとしていたので、仕返しをしてあげた気分もあった。これを指摘したらイルメーヤ様はさぞかしビックリすることでしょう。


 私はちょっと意地悪な気分で、イルメーヤ様が右手の人差し指にしている指輪を示して言った。


「その指輪、大変珍しいものですね」


 それは無色透明な、大きなダイヤモンドの指輪だった。リングはシルバー。デザインは単純で、ローズカットにされたダイヤモンドがリングに堂々と乗っているだけだ。大きさはぱっと見で五カラットくらい。指輪にするには勿体ないくらいの大きさである。


 イルメーヤ様は意外そうな顔をした。


「あら? そう? 確かに大きいけど普通のダイヤモンドよ。あまり光の抜けは良くないしね」


 イルメーヤ様は両手に七つも指輪をしていたから、その内の一つのそれにはそれほど拘りはなかったようだ。私は指輪のきらめきを見ながら首を横に振った。


「いいえ。イルメーヤ様。それは『普通の』ダイヤモンドではありません」


 その場の全員が驚きの表情を浮かべる。イルメーヤ様の眉がキュッと上がった。


「なによ貴女! これが偽物だとでも言いたいわけ? そんな訳無いでしょう? ほら」


 とイルメーヤ様は指輪にはーっと息を吐き掛ける。曇りは直ぐに消えた。


「間違い無く本物のダイヤモンドよ!」


「ええ。確かに本物のダイヤモンドです。その石は。でも、普通じゃないのです」


 私の言葉にイルメーヤ様は流石に戸惑ったようだった。


「じゃ、じゃあ、何だというのよ?」


 私は全員の注目を浴びたまま、重々しくこう言った。


「その石は、五つの小さなダイヤモンドを接合したものなのです」


「「……は?」」


 その場皆様が呆れた様な声を上げた。そんな声を上げられても困る。私だって驚いたし呆れたわよ。でも事実なんだから仕方がない。


「小さめのダイヤモンドをクリスタルガラスで接着して、大きな一つにしたあとカットを施してあるようです。ですから、確かに本物のダイヤモンドですけど、普通のではありません」


 多分、ルーペで見れば一目瞭然に接着面が分かる事だろう。


「そ、そんな事が出来るのか?」


 ガーゼルド様が戸惑ったように仰った。


「出来る出来ないで言えば、出来るんでしょうねとしか言えません。現にここにあるのですから」


 凄い技術だと思うわよ。多分、半カラットもないダイヤモンドを高く売るために考えたんでしょうけど、何度も何度も失敗したんじゃないかしら。贋作者の執念は恐ろしいわね。


 その甲斐はあったかもね。五カラット以上の大きさなんてかなりレアだから、凄い値段で売られたんだろうから。ただ、宝石商人がルーペで宝石を精査しないなんてあり得ないと思うので、イルメーヤ様に持ち込んだ商人が承知していなかった訳はないと思うんだけど、どうなのかしら?


 サロンはシーンと静まりかえった。イルメーヤ様は目を丸くして呆然としている。ちょっとやり過ぎちゃったかしら? 私は一応フォローを入れた。


「えっと、これはこれで実に面白い代物ですから、お話の種にはなるんではないでしょうか? 宝石としての価値は、微妙ですけど……」


 それとも希に見る工芸技術の傑作として逆に価値が出るのかしらね。


 ……イルメーヤ様は暫く愕然としたまま固まっていたが、やがてフラッと幽霊のように立ち上がった。全身がプルプルと震えている。顔をなんとか扇で隠すと、これも震えるか細い声で言った。


「う゛ぇ、ヴェリア様……。わたくし、ちょっと、気分が優れないので今日は失礼致します……」


 そしてイルメーヤ様は侍女に肩を支えられてヨロヨロとサロンを退室していった。ドアが閉められて、私は思わずヴェリア様と顔を見合わせる。ヴェリア様はかなり戸惑っていたわね。


「……大丈夫なのでしょうか?」


 しかしその時笑い声がサロンに響いた。ガーゼルド様だった。


「なに。心配ない。イルメーヤの神経は太いからな。明日にはケロッとしているであろうよ」


 ガーゼルド様はそう言って、堪えきれないというようにワッハハハハ!と笑った。


「まさか宝石に関して自分が負かされるとは思っていなかったのだろうよ。イルメーヤも。良い薬だ。それにしてもあの指輪にそんなからくりがあったとは」


 何でもあの指輪は、出入りの商人ではなく、お忍びで街に出向いた時に怪しい店で購入したものであるらしい。イルメーヤ様は微行がお好きで、護衛のためにガーゼルド様も同行することが多いのだそうだ。なんだかんだ言って妹に甘いのね。この人も。


「イルメーヤは自分の宝石を見る目に自信があるからな。街の宝石屋で掘り出し物を見付けるのが上手いのだ」


 公爵令嬢とはいえ、予算は無制限ではない。趣味の宝石を出来るだけ安く収集するために街に行って安くて良いものを探し歩いているという事情もあるようだ。


「イルメーヤ様を傷付けてしまいましたかね?」


 私はちょっと心配になった。イルメーヤ様がこの件でプライドを傷付けられ、それでヴェリア様や私を恨むような事があると、今後ヴェリア様が皇太子妃になった時に不都合があるかもしれない。何しろイルメーヤ様は皇族だし、皇族という事はヴェリア様の親戚になるという事だ。今後もお付き合いしないではいられないお方なのである。


「なに。心配ない。イルメーヤはあんまり執念深い女ではないからな。それより、これでレルジェの宝石鑑定眼に一目置いた事だろうよ。イルメーヤの性格ならそれを利用する事を考える筈だ」


 ……なんだか不穏な響きがあるのですか。利用する?


「気を付ける事だ。イルメーヤは転んでもただでは起きぬ女だぞ」


 ガーゼルド様は端正なお顔をニヤッと歪めた。私はその笑顔を見てもの凄く嫌な予感に背筋を震わせたのである。


 その予感通り、私の利用価値を認めたイルメーヤ様は、事ある毎に私に宝石に関するトラブルを持ち込み、私を悩ませ続ける事になるのだった。


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