第三話 ネックレスの意味
「石言葉……、ですか?」
ヴェリア様の不審気なお言葉に私は頷いた。
「ええ。宝石には意味がそれぞれ付けられています。ご存じですね?
「それは、まぁ」
宝石には誰が付けたか知らないけど石言葉があり、それぞれ石に象徴的な意味を持たせている。例えばダイヤモンドなら永遠とか清浄とか。まぁ、石によってはやたらと色々と付けられていて、覚えるのが大変なんだけどね。
「アレキサンドライトにもあるのですよ。ご存じですか?」
ヴェリア様は困惑したようなお顔をなさった。
「さすがに知りません。石言葉というものがあるのは知っていますが……」
確かにあまり使う物でもないしね。でも、これを使って宝石を贈ることで自分の気持ちを伝える事もあるから、知っておいて損はない。ダイヤモンドを贈る場合は「永遠の愛を誓う」という意味になるように。
私はもう一度アレキサンドライトを見詰める。
「アレキサンドライトの石言葉は『高貴』『情熱』そして『秘めたる想い』です」
ヴェリア様が息を呑むのが分かった。
「それとアレキサンドライトは幸運の石とも言われていまして、持ち主を成功に栄光に導く石とも言われているんですよ」
つまり、悪い意味など何処にもないのである。
確かに、昼と夜とで色が変わって不気味でもあり、贈り主が贈り主なだけに悪い意味を感じざるを得なかったのだろうけど、この宝石自体には悪意はない。
私には伯爵令息が、自分の決別の意志とヴェリア様の幸福と皇太子妃になる彼女の栄光を祈って、このネックレスを贈った事が分かる。同時に、このネックレスを見る度に自分の秘めたる想いも少しは思い出して欲しいという未練も感じるけどね。
沈黙が暫く部屋の中に流れた。ヴェリア様は少し俯いて、テーブルの上のアレキサンドライトをジーッと見詰めていた。
「……本当に、彼は私を恨んではいないのでしょうか?」
絞り出すような声だったわね。ヴェリア様がこの事でずっと悩んで苦しんできた事が分かる。私はなるべく軽い口調で言った。
「恨むどころか感謝しているかもしれませんよ。この件でその方は侯爵家にも公爵家にも借りを作りましたから、伯爵家を継いだ後は必ず出世なさるでしょうからね」
生臭い話になるけど、ヴェリア様だって彼と彼の家の事を気に掛けざるを得ないだろう。皇太子妃殿下が陰ながら応援すれば、その伯爵家の利益はより大きくなり、家は大きくなるだろう。このネックレスがヴェリア様の身近にあれば忘れられる事もあるまい。
もっとも、伯爵令息はそこまで考えてはいないだろう。宝石を手に取りヴェリア様の事を想う彼の心には、ひたすらにヴェリア様の今後の幸せを願う気持ちだけがあった。きっと真っ直ぐな、気持ちの良い男性だったのだろうね。ヴェリア様が惚れるわけである。
きっと、その想いはヴェリア様に届いたと思う。ヴェリア様はアクアマリンのような瞳に複雑な輝きを浮かべながら、長い事アレキサンドライトの赤い揺らめきを見詰めていた。色んな思い出を、想いをその宝石の輝きの中に見ていたのだろう。
そしてヴェリア様はやがて顔を上げると、私をしっかり見詰めて言った。
「ありがとう。胸のつかえが取れた気分だわ。レルジェ」
「お役に立てたのであれば光栄でございます」
私は内心で胸を撫で下ろしながら言った。ご機嫌を損ねなくて良かったわ。これで任務は成功。ブレゲ伯爵から報酬を貰えば、夢の開業まであと一歩だ! やっほう!
「この宝石はどうすべきだと思う?」
「気にせずご使用になれば良いと思います」
私の言葉にヴェリア様は少し眉の間に皺を寄せてしまった。それは昔の恋人からの贈り物を堂々身に着けて皇太子殿下の前に出る気にはならないのだろう、けど。
「隠せば逆に疑われます。今なら私の鑑定で正体が分かったので、安心して着けられるようになったという事に出来ますでしょう。堂々身に着けていればイルメーヤ様が欲しがることもなくなる筈です」
イルメーヤ様は隠し事を暴くためにこれを欲しがっていたらしいからね。隠し事などないのだと堂々としているに限る。
「これほど大きなアレキサンドライトは大変貴重ですし、色変わりは面白いですから格好の話題の種に出来ます。身に着けていてもおかしく思われる事はありませんよ」
勿論、入手経路は偽装する必要があるだろう。ウィグセン公爵の仰ったように皇太子殿下からの贈り物という形にすべきだろうね。今は宝石商から預かっているという事にして。メイーセン侯爵家御用達の宝石商人にはロバートさんから手を回してもらって、そこが持ち込んだという事にしてもらうおうかしら。大丈夫、信用商売である宝石商人の口はダイヤモンドより硬い。
ヴェリア様はかなり迷っていらっしゃったが、結局は私の言う通りにすることにしたようだ。一番良い方法だと思ったからだろうけど、愛おしそうに宝石を撫でる姿からは、想い人の贈ってくれた宝石を身に着けたいという思いも感じられたわよね。
やりやれ。私は内心でホッと溜息を吐いた。安心して肩の力を抜く私を見ながら、ヴェリア様が尋ねた。
「それにしても、貴女は本当に何者なの? 宝石の知識と不思議な力は兎も角、まるで見てきたように色々な事を言い当てた。やっぱり魔法使いなの?」
「いえいえ、とんでもございません。私はただの宝石……」
あ、いけない。宝石商人の娘だなんて言ったら身分の偽装がバレてしまう。私は一度言葉を呑み込んで言い直した。
「ただの宝石好きな男爵の娘でございます」
◇◇◇
お部屋に入ってきた皇太子殿下は不機嫌で、私の事を怖いお顔で睨んでいたわよね。うーん、これは多分、ネックレスが誰か他の男性からの贈り物ではないかと強く疑っているのだろうね。悋気の強い方なのだろう。ヴェリア様大変だなぁ。
ヴェリア様は宝石の正体が分かったので、購入することにしたと言い、ウィグセン公爵の言う通りにしようと思います、と言った。
すると皇太子殿下のご機嫌は瞬時に回復した。大喜びだ。
「其方が自分から物を欲しがったのは初めてではないか?」
皇太子殿下はそう言ってプレゼントを約束し、早速ネックレスを手に取ってヴェリア様の首に掛けていた。男性にとって好きな相手に宝石を贈るという行為には特別な意味があるからね。特に女性が欲しがった宝石を贈ることには、男性の格別な満足感を覚えるらしいのよ。私は女だからよく分からないけど。
ヴェリア様の白い肌に今は暗い赤のアレキサンドライトはよく似合った。皇太子殿下の贈り物という事になったからには、ヴェリア様は堂々とあのペンダントを着けて社交に出られる事になる。珍しい宝石だからきっと社交界の話題をさらうことでしょう。きっと、件の伯爵令息にまでその噂は届くわね。
「しかしなんでわざわざ二人だけで話す必要があったのだ?」
皇太子殿下は私に疑いの目を向けた。なかなかしつこいなこの人。私は教育で身に着けたシレッとした笑顔のままで言った。
「アレキサンドライトは貴重な宝石ですから、しっかりと鑑定させて頂いたのです。偽物を皇太子殿下にプレゼントさせるような事があったら大変ですからね」
皆様に囲まれていたらやり難いと思ったから、お話ということにして席を外して頂いたのだ。という事にした。ヴェリア様が機嫌良さそうに笑っていたからか、皇太子殿下は一応は納得して下さったようだったわね。
「で、本物なのか?」
ガーゼルド様が興味津々の表情で尋ねる。この方はどうやら宝石がお好きなようだ。男性でも宝石愛好家は少なくないからね。仲良くしておけば将来の顧客に出来るかも知れない。私は愛想良く答えた。
「ええ。間違い無く。透明度は低いですが、大きさは希な程です。将来的に帝国の宝物になってもおかしくないものだと思いますわ」
「ふむ。では、かなり高額なものになるのではないか? 値段を聞かずに買ってしまって良かったのか? ルシベール」
……しまった。そこまで考えていなかった。
アレキサンドライトは滅多に見ないほどの希少宝石で、私でさえ初めて見たほどなのだ。ロバートさんのお店で取り扱えるレベルの石ではないのである。しかもこんな大きな石だ。途方も無い値段になるのではないだろうか。
伯爵令息が幾らで購入したのかは知らないけど、そんな高額な石を架空取引で皇太子殿下に買わせてしまうのは如何にもまずい。メイーセン侯爵家御用達の宝石商人が皇太子殿下に詐欺を働いた事になってしまうではないか。大問題になりかねない。宝石商人は信用商売だもの。そんな話を御用達の商人が承知するとは思えない。
私は内心で冷や汗をダラダラ流し始めた。どうしよう。えー、実はこれはロバートさんの店から持ち込んだ事にして……。だめだ。それでも詐欺になるのは変わらない。えーっと、えーっと。どうしよう!
「む、そうだな。幾らぐらいなのだ? ヴェリア? もちろん、何としても払うぞ。分割になるかも知れないがな」
皇太子殿下と言えど予算は無制限ではないのだろう。それでも分割でも払うとは中々の覚悟である。よほどヴェリア様の気を惹きたいのだろうね。誠実な方だというのも間違いなさそうだ。ヴェリア様は笑顔のまま私に視線を向けた。助けを求められている。ど、どうしよう。
すると、ガーゼルド様が苦笑しながらこう言った。
「買う前に値段は調べる物だぞルシベール。私が聞いている。三万リーダだそうだ」
は? 私は思わずガーゼルド様の事を見上げてしまった。彼は面白そうな、悪戯小僧を思わせる目付きを私に向けていた。
「妹が欲しがっていただろう? 私が宝石商から聞き出しておいたのだ」
嘘である。そもそもこれを持ち込んだ宝石商人自体が存在しないのだから、嘘に決まっている。ガーゼルド様の口から出任せよね。ちなみに、三万リーダというのはロバートさんのお店の年商と同じくらい。つまり恐るべき高額だ。
値段を聞いて一瞬怯んだ皇太子殿下だが、すぐに表情を笑顔に変えて頷いた。
「大丈夫だヴェリア。私が確かに購入しよう」
「そうか。なら請求書を回すよう、宝石商人には私から言っておこう」
そう言いながらガーゼルド様は私にパチンとウインクをくれた。……これは、何もかも承知している、という意味だろうね。
もしかしなくてもガーゼルド様はこのアレキサンドライトの、贈り主から贈られた事情まで、全てをご存じなのではないだろうか。それが分かっているから、妹姫がこの宝石を無理矢理にでも手に入れようとしているのを妨害してくれていたのだと思う。その上で事情を隠そうとしているヴェリア様と私の意図を読み取り、話を丸く収めるよう動いてくれたのではないだろうか。
後日の話になるが、ガーゼルド様はご自分の知っている宝石商から架空の請求書を出させて皇太子殿下からお金を受け取り、それを件の伯爵令息に渡したそうだ。実はあのアレキサンドライトは伯爵家の秘蔵の品で元は指輪だったらしい。それを正体が知れないようにネックレスに加工してヴェリア様に贈ったのだそうだ。何とも愛に溢れた素敵なお話である。ただ、ガーゼルド様がお金を渡したのは口止め料の意味合いもあったと思うけどね。そうなると途端に話が生々しくなるわね。
それはともかく、助かったのは確かだ。私は本気の感謝を込めてガーゼルド様に一礼した。
「ありがとうございます。ガーゼルド様」
ガーゼルド様は端正な顔を緩め赤茶色の目を細めた。
「なに。なんという事はない。こちらも大きな収穫があったからな」
ガーゼルド様はそう言って私の藍色の髪を一房手に取って、ニンマリと笑ったのだった。
◇◇◇
こうして、私はブレゲ伯爵からの依頼を見事に完遂した。伯爵は大変喜んで、千リーダもの大金を報酬として下さった。やったー! 凄い凄い! これで独立開業に大きく近付いたわよ! 苦労した甲斐があったわ!
……と、言いたいところだったのだけど。
私はロバートさんのお店には帰れなかったのだ! お嬢様生活を脱出出来なかったのよ! なんで!
あの後、ヴェリア様がこう言ったのだ。
「ねぇ、レルジェ。私、貴女が気に入ったわ。貴女が良ければ私の侍女にならない?」
……は? 私はあんぐりと口を開けてしまったのだけど、なぜかガーゼルド様も頷いてこう仰った。
「そうだな。それが良い。ブレゲ伯爵には私から頼んでおこう」
いやいやいや!
「え、ちょっと待って下さいませ! どういうことなのですか? 勝手に決めないで下さい!」
私はガーゼルド様に抗議したのだけど、ガーゼルド様は笑顔のままで言った。
「宝石に詳しい其方は皇太子妃になるヴェリア様には色々役に立つであろう。それに『事情に詳しい』者は側に置いておくに限る」
……さらっと言ったけど、事情に詳しい。つまりヴェリア様の秘密を知っている私をヴェリア様の側に置いて監視したいという意味だろう。確かに、ヴェリア様と皇太子殿下の関係を壊しかねない秘密を、私は握っていると言えなくもない。これは危険な事だ。私は冷や汗を流しながら言った。
「困ります。私にも事情があるのです。お呼ばれがあればまた参上致しますから、ご容赦頂けませんか?」
逃げる気はありませんよーという意味だ。しかしガーゼルド様は目を細めてこう言った。
「なに。ブレゲ伯爵は嫌とは言わぬだろう。皇太子妃の側近に姪が取り立てられるのだ。名誉な事だからな」
ずっこい! 卑怯な! そりゃ、あの計算高いブレゲ伯爵がそんな美味しい話を断わるわけがないに決まっている。本当の姪ではない事がバレる危険はあると言え、ブレゲ伯爵に多大な利益をもたらすのは間違い無いからだ。まして私は平民、伯爵様のご意向には逆らえない。
「貴女がいてくれれば心強いのよ。お願い出来ないかしら」
ヴェリア様が重ねて仰り、皇太子殿下もウィグセン公爵も興味深げに私に注目した。どうもヴェリア様はこれまで遠慮して、なかなかご自分のご要望を口にしなかったような奥ゆかしい方のようだ。その彼女がわざわざ私を自ら侍女にと勧誘したのは非常に珍しい事なのだろう。
皇太子殿下などは「まさかヴェリアの頼みを断わらぬだろうな?」というような厳しい目付きをなさっている。ううう、こんな状態でお断りしたら、皇太子殿下が怒り出すのは間違いなさそうだ。
ヴェリア様や皇太子殿下、ガーゼルド様が本気でご要望なさったら、ブレゲ伯爵が断れる筈もなく、必然的に私だってお断り出来ない。逃げて平民に戻って商人をやるなど無理に決まっている。ブレゲ伯爵はロバートさんのお店の顧客だもの。
私はこう答えるしかなかった。
「……分かりました。私でよろしければお引き受けさせて頂きます」
「そう! 良かったわ! これからよろしくね? レルジュ!」
「良かった良かった。楽しみだ」
ヴェリア様は喜び、なぜかガーゼルド様も非常に喜んだ。なんですか楽しみとは。
夜会の会場に戻ったヴェリア様、ガーゼルド様は早速ブレゲ伯爵に事の顛末と礼を伝えると共に、私を侍女にするという意向も伝えた。ブレゲ伯爵は「ひえ?」って驚いていたけどね。それはそうだ。
なにしろ私は伯爵の姪なんかではない。嘘っこ男爵令嬢だからね。平民の娘なのだ。その嘘っこ令嬢を、皇太子妃の侍女にして良いわけが無い。夜会に出るのだって貴族身分が必要だったのだ。帝宮に侍女として入るのであればもっと厳しく身元が調べられる事になるのだろう。
しかしブレゲ伯爵としては、やはり皇太子妃の侍女に自分の係累を送り込むというのは非常に魅力的な事だったのだろう。そう簡単に手に入るチャンスではないのだ。そのため、伯爵は多少の無茶を踏み潰してでもヴェリア様のご希望を叶える事にしたらしい。
その結果、私は本当にブレゲ伯爵の姪になった。何を言っているのか分からないと思うけど私にだって分からない。
つまり出生証明書が偽造され、私は生まれた時からジェルニア男爵家の一人娘にしてブレゲ伯爵の姪、レルジェだという事になってしまったのである。この偽造には紋章院の役人に多大な裏金を渡すなどの裏工作が行われて大変だったらしい。私の報酬など目じゃなかったようだ。
その上で私はブレゲ伯爵の養女という事になり(ただし家督相続件がないので家名はジェルニアのまま)、その身分でまずは輿入れ前のヴェリア様のご実家メイーセン侯爵家に雇われる事になった。半年後のご成婚が行われればそのまま私はヴェリア様に付いて帝宮に入る予定である。
……なによそれ。
わ、私の夢の宝石商人としての独立は! 一体どうなっちゃうのよ! なんで? どうして? 何事が起こっているのよ!
悪夢を見ている様だったわね。将来的に帝宮に入るのなら、更なるお作法を身に着ける必要があるとのことで、私は即座にブレゲ伯爵邸に連れ帰られて、青い顔した夫人からメイーセン侯爵家に移るまでの半月でお作法の猛特訓を受けたから、余計にね。
お貴族様の我が儘には慣れているとは言っても、限度があるわよ。身分まで偽造されては平民に戻る事などもう出来ない。ただ、ブレゲ伯爵は流石に悪いと思ったのか、私にこう言ってくれた。
「其方は男爵家の一人娘で、ヴェリア様のお口添えがあれば女男爵として跡を継げるかも知れぬ」
私の父母という事になっているブレゲ伯爵の弟夫妻はもう亡くなっていて子供もいない。それで、ジェルニア男爵家が宙に浮いた状態なのだそうだ。なのでそれを私が継ぐ事が出来る可能性があるらしい。
「家を継げば私も支援出来るし、貴族身分持ちの宝石商人として開業すれば良い」
貴族と付き合いの多い宝石商人は貴族身分持ちが多いのだそうだ。特に、皇族御用達ともなれば貴族であるのが当たり前なのだという。私が女貴族として当主になれば、むしろ上位貴族向けの宝石商人として開業し易くなるだろうとのこと。
「ヴェリア様にお仕えしながら将来の顧客として人脈を広げるのは悪い事ではないと思うがな」
さすがは切れ者のブレゲ伯爵。説得が上手い。確かにそれはその通りで、宝石商人としては上得意となり得る上位貴族、皇族との繋がりは喉から手が出るほど欲しい。それが向こうから転がり込んできたのだ。こんなチャンスは逃す手はないと言えなくもない。
その説得に心を動かされた私は納得し、ヴェリア様の侍女になる事を承諾したのだった。承諾しなくても送り込まれるのは決まっていたんだけど、私の気持ちが違うわよね。なにしろお作法の特訓は大変だったからね。それは今度は一日の事では無く、メイーセン侯爵家に住み込むのだから毎日の事なのだ。ボロが出たら大変なので、私も真剣にお作法の反復練習に取り組んだわよ。
そして例の夜会の日から半月後、私はメイーセン侯爵家に宝石専門の侍女として迎えられたのである。ブレゲ伯爵は嫁入りもかくやというように、家具やドレスなどを大量に持たせて下さり、その量は馬車二台分にもなった。
ブレゲ伯爵家よりも二回りほど大きな侯爵家のお屋敷に入ると、ヴェリア様となぜかガーゼルド様がエントランスホールで出迎えて下さった。何故にメイーセン侯爵家にガーゼルド様が? と思ったのだけど、帝国騎士団で近衛騎士団長をお勤めのガーゼルド様は、将来の皇太子妃であるヴェリア様の護衛も司る予定で、その関係でヴェリア様の元に頻繁に出入りしているらしい。
「おお、来たか」
ガーゼルド様がなぜか満面の笑みで私に歩み寄ってきた。私は淑女の礼を送る。
「お久しぶりでございます。ガーゼルド様」
「なに。これからお互いヴェリア様にお仕えするのだ。ざっくばらんに行こうではないか」
何とも気さくな方だ。美男子で高位身分の方なのに気取ったところがない。私も自然と嘘ではない笑顔を浮かべてしまう。
「よろしくお願い致します。ガーゼルド様」
「あら、まずは私によろしくしてくれなくては。レルジュったら。美男子にデレデレする気持ちは分かりますけど」
ヴェリア様が頬を膨らませて仰った。私は慌ててヴェリア様に礼をする。
「も、申し訳ございません! ヴェリア様! よろしくお願い致します!」
「冗談よ。よろしくねヴェリア!」
ヴェリア様とガーゼルド様は大きな声で笑い、私も釣られてクスクスと笑ってしまったのだった。
こうして、私の貴族としての生活が始まってしまったのである。
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