第二話 不思議なネックレス

 私はヴェリア様と皇太子殿下、ウィグセン公爵、それとガーゼルド様と一緒に別室に移った。夜会の最中に別室で密会する事はよくある事なのだそうだ。ブレゲ伯爵はホールに残された。ちょっと心細いが、皇族の皆様のご意向なのでやむを得ない。


 移動中、ヴェリア様をエスコートする皇太子殿下はにこやかで、お二人は実に仲睦まじそうに見えた。ただ、少しヴェリア様の表情には曇りが見られたわね。私はガーゼルド様に尋ねた。


「お二人はいつ頃から婚約なさっているのですか?」


「二ヶ月前だ。侯爵家の二女であるヴェリア様にルシベールが惚れてな。猛アタックして反対意見も押し切って婚約にこぎ着けたのだ」


 熱愛していたのは皇太子殿下の方だったという事だろう。それでヴェリア様の態度には遠慮が見られるのかもしれない。


「ところで、件のネックレスですけど、ガーゼルド様も見たことがあるのですか?」


「いや、まだだ。ヴェリア様が見せたがらなくてな。誰にも」


 ? 誰にも見せたがらない? それはちょっと変ね。宝石商から持ち込まれて、気に入らないんだか気になるところがある、という事じゃなかったかしら。それなら他の皆様にも見せて意見を募った方が良い気がするけど。


「ところで、グラメール公女もそのネックレスを欲しがっていると聞きましたけど?」


 ガーゼルド様のお家はグラメール公爵家だったわよね?


「ああ、イルメーヤは私の妹だ。ルシベールに懸想していてな。ヴェリア様に敵愾心を燃やしているのだ。それで、ヴェリア様の物を欲しがるのだろう」


 それもちょっとおかしな話だと思うけどね。ヴェリア様が気に入らないけど手放したがらないネックレスをイルメーヤ様が欲しがるというのは。


 ごく狭いサロンに入る。ドアとカーテンを閉められるとやや圧迫感があるほどだ。小さなテーブルに私とヴェリア様だけが着き、他の皆様は立ったまま見守っている。一番身分の低い私が座って良いのかしら。


 しかし皆様真剣な表情で私とヴェリア様を見守っている。そんな事を聞ける雰囲気ではなかった。私は精々失礼にならないように姿勢を正した。


「これなのです」


 とヴェリア様は侍女から受け取った紫色の細長い箱を丁寧な所作で開けて、テーブルの上に置いた。私を含めて全員が覗き込む。


 それは一見すると赤い宝石に見えた。大きさは親指の先くらいありかなり大きな石だ。それを小さなダイヤモンドが取り囲んでいる。そしてプラチナのチェーンが繋がっていた。


 赤い宝石には色んなものがある。有名なものはルビー。ガーネットにも赤いものがあるし、トルマリン、スピネルなども有名だ。


 ……しかしこれは、その内のどれでもないわね。


 私はヴェリア様を見た。彼女は真面目な顔で私とネックレスの間に視線を往復させていた。が、ちょっと目が泳いでいる気がするわね。


 私も商談を結構こなした事があるのよね。だから嘘を吐いている人は大体分かるのだ。嘘を吐いている人は挙動不審になる事が多い。


 ヴェリア様の挙動は不審だった。うーん。私は慎重に口を開いた。


「私は、この宝石の真贋の鑑定に呼ばれたと思っておりました」


 私が言うと、ヴェリア様が居心地が悪そうに少し身じろぎした。皇太子殿下が不審そうな声を上げる。


「そうだが? それがどうかしたのか?」


 私は宝石を手に取り、シャンデリアの灯りにすかした。赤というか、濃いピンクの宝石。内容物が多いのか、あんまり光の抜けは良くなかった。大きいけど、あまり良い石だとは言えない。


「殿下はこれはなんだと思いますか?」


 私が尋ねると、皇太子殿下は一瞬怯んだが、ジッと石を見て言った。


「る、ルビーではないか? 私はあまり宝石には詳しくないがな」


 するとガーゼルド様も頷いて言った。


「安心せよルシベール。私も同意見だ。あまり質が良いとは思えぬがな」


 ふむ。やはりガーゼルド様は宝石を見る目があるんだわね。ウィグセン公もどうやら同意見のようだった。さすがはお偉いお貴族様である。宝石についての目は肥えているようだ。


 私は頷いてヴェリア様を見る。そして言った。


「しかしヴェリア様はそう思ってはいらっしゃらないでしょう?」


 私とヴェリア様以外の皆様が驚きの表情を浮かべた。皇太子殿下がヴェリア様に尋ねる。


「そうなのか? ヴェリア?」


 ヴェリア様は少し固い表情で頷いた。


「え、ええ……」


「ではこの石はなんなのだ?」


 皇太子殿下は更に尋ねたのだが、ヴェリア様は困ったように首を傾げてしまっている。それを見て私は自分の考えにようやく確信を得た。


「そうですね。実際にお見せした方が早うございますか」


 私は席を立ってそれほど遠くない窓際に向かう。カーテンを少しめくって覗くと、幸いな事にまだ日は完全には沈んでいなかった。夜会とは言うけど、始まる時間は夕方からだからね。


 カーテンを大きくめくると、西陽が部屋の中に差し込んだ。男性の皆様は怪訝な顔をしていらっしゃる。薄オレンジ色の光は、真っ直ぐにテーブルの上に向かい、ペンダントを明るく照らし出した。


「ご覧あれ」


 私が何を言っているのかすぐに理解したガーゼルド様が一番にペンダントに目を向ける。すぐに皇太子殿下もウィグセン公爵も続く。そして皇太子殿下が驚きの声を上げた。


「色が……」


 そう。太陽の光を浴びて、ペンダントの宝石が色を変えていたのだ。


「る、ルビーがエメラルドに変わっている!」


 先ほど暗い赤というような色合いだった宝石は、今は深い緑色になっていたのだった。驚くような変化だ。男性達は愕然としているわね。無理もない。


「ま、魔法なのか?」


 お貴族様は魔法を使うというけど、これはそうではない。魔法を使えば同じ事ができるのかしら?


「これはそういう石なのです。アレキサンドライトといいます」


 大変珍しい石なので、男性達が知らなくても仕方がない。


 この石は太陽の光の下ではエメラルドそっくりな石なのだけど、蝋燭の光の下ではルビーそっくりになるのだ。実に不思議な石なのである。


「ヴェリア様はご存じでいらっしゃいましたよね? 色変わりの事?」


 まさか夜しかこの石を見ていない、という事はないだろうから、知っていたに決まっている。私と、男性三人の視線を受けてヴェリア様は仕方なさそうに頷いた。


「え、ええ。知ってました。でも、そんな石があるとは知らなかったのです。それで、色が変わる石など不気味だと思って……」


 それで宝石に詳しい者を探していたのだという。


「それならばこれを持ってきた宝石商に石についての説明を受ければ良かったではないか」


 皇太子殿下がもっともな事を仰った。しかしヴェリア様は小さな声で仰った。


「何の石だか分からぬ、とは言えませんでした」


 貴族女性の教育には宝石の目利きもあるのだそうだ(当然私はそれは免除された)。皇太子妃になろうかというヴェリア様が、この宝石が何だか分からないなどとは恥ずかしくて言えないという気持ちも、分からない事はない。


「ふむ、ならばこれは希少な宝石なのだな。確かに不気味ではあるが、皇太子妃の格には合うわけだ。ならばどうだルシベール。お前が買ってヴェリアにプレゼントしては?」


 ウィグセン公爵が機嫌良さげに言った。私はヴェリア様を盗み見る。彼女はいかにも気が進まなそうな、居心地の悪そうな表情をしている。おそらく、何らかの嘘を吐いているのだと思われる。


 ……そうね。光によって劇的に色を変えるアレキサンドライト。ヴェリア様の嘘。わざわざ宝石商ではなく、宝石に詳しい者を探した意味。そして私だけがこの宝石から読み取れるもの。


 私はヴェリア様の前に座り直し、彼女の目をしっかり見詰めて言った。


「ねぇ、ヴェリア様。ちょっと二人だけでお話をしましょうか」


  ◇◇◇


 お三方に部屋から出てもらうのは結構大変だったわよ。


「なぜ私が出なければならないのだ!」


 と特に皇太子殿下は強く抵抗したわね。逆にガーゼルド様は私が何か企んでいるのかを察したのか、面白がるような表情で皇太子殿下を説得する方に回ってくれた。


 そしてどうにかこうにか皇太子殿下を説得して、何とかお三方に部屋から出てもらった。護衛の兵士も侍女も出てもらって、お部屋には私とヴェリア様だけになった。


 ヴェリア様は事更にニッコリと微笑んだ。


「わざわざ二人きりで何のお話かしら?」


 かなり言葉に棘を感じたわよね。物凄く警戒されている。それはそうだ。私たちは初対面だし、私は得体が知れない偽男爵令嬢。アレキサンドラライトを見ただけで判別した事にはヴェリア様も驚いただろう。


 私も緊張していたわよ。なにせ相手は将来の皇妃様だもの。もしも私が本物の男爵令嬢でも身分が大違いだ。何か無礼を働けば瞬時に首が飛んでしまう事だろう。


 私は慎重を期して口を開いた。


「ヴェリア様は、アレクサンドライトをご存じでしたね?」


 ヴェリア様が笑顔のまま固まった。


「確かに、アレキサンドライトは希少な宝石ですけど、あんなに分かり易い特徴があるのですもの。聞いた事があれば判別はできた筈です」


 実は私もアレキサンドライトは見た事がなかったのである。しかし、色変わりをするのを見れば一目瞭然だ。あんな宝石は他にないからね。


 宝石についての教育を受けているヴェリア様が、色変わり石について聞いていないとは思えない。おそらく私が言うまでもなく、ヴェリア様はこの石がアレキサンドライトだと気が付いていたと思う。


「ではどうして分からない振りをしたのか。色変わり石だと気が付かなかった振りをしたのでしょうか?」


「……どうしてだと思うの?」


 私はゆっくりと、小声で言った。ドアの外に聞こえてしまわないように。


「皇太子殿下に知られたくなかったからではないですか?」


 ヴェリア様の笑顔が強張った。私は続ける。


「何らかの理由で、この石がアレキサンドライト、いえ、色が変わる石だと皇太子殿下に知られたくなかったのでしょう」


 ヴェリア様の目が少し怖くなってきた。彼女は私を睨みながら言う。


「貴女、何を知っているの?」


「何も知りませんわ。ただの推測です」


 あくまでも憶測に過ぎない。ただ、これは確信があった。宝石から見えたので。


「送り主は男性ですね?」


 今度こそヴェリア様の笑顔が消え失せた。目をギョロッと見開き、真っ青な顔になってしまっている。


「あ、貴女……」


「ご安心を。どこの誰かまでは分かりかねます。ですけど、男性がこの石を女性に贈る、という意味を考えますと」


「や、やめなさい!」


 ヴェリア様の声が高くなる。私は口の前に人差し指を立てた。


「お静かに。大丈夫です。私はヴェリア様の味方ですよ」


 嘘ではない。私は別にヴェリア様を追い詰めようと言うのではないのだ。


「色が変わる、というのを素直に考えますと『心変わり』という意味に取れるかと思います」


 ヴェリア様はうぐっと唾を飲み込んで返事をしなかった。しかし、この表情を見るに推測は当たりだろう。私は小声で言った。


「男性が『心変わり』を意味する石を女性に送る。普通に考えれば、女性の心変わりを責めている、と取れますね」


 だとすれば。


「お相手は、皇太子殿下と婚約する前の、恋人でしょうか?」


 ヴェリア様の顔色は青を通り越して真っ白になっていた。生気がない。そうね。ヴェリア様は私よりも二つ上の二十歳だと聞いた。その歳なら二ヶ月前の皇太子殿下との婚約以前に恋人、もしくは婚約者がいてもおかしくはない。きっとその方からの贈り物が、このアレキサンドライトのネックレスなのだ。


 つまり、宝石商人から持ち込まれたというのは嘘なのだ。昔の恋人から贈られてきたものだから、宝石商に見せられなかったし、皇太子殿下や他の皆様にも見せられなかったのだろう。


「届いて開けた時に、どなたかに見られてしまい、噂が皇太子殿下に届いてしまった、というところでしょうか。それで殿下が見せて欲しいと仰って、断わるために『変な感じがする』とでも言ってしまったのでしょう。それでヴェリア様を大事に思う皇太子殿下が騒ぎ出してしまった」


 で、ヴェリア様が隠している宝石だとかいう噂になり、イルメーヤ様が欲しがったり、どんな石なのかと逆に皆様の興味を惹いてしまった。


 それで困ったヴェリア様は「宝石の鑑定が出来るご令嬢に見て貰いたい」などと苦し紛れに言ってしまい、皇太子殿下が呼び掛けてブレゲ伯爵が応じ、私がここに来る羽目になった、という事だろう。まさかブレゲ伯爵が宝石商人の娘を男爵令嬢に偽装させてまだ連れて来るとは思っていなかったに違いない。


 宝石に詳しい程度のご令嬢なら、アレキサンドライトを一目で鑑定出来はしないから、ごまかせると踏んだのだろう。苦し紛れの発想としては悪くなかったと思う。ブレゲ伯爵が意味なく全力を尽くしたのがいけない。


 ヴェリア様は呆然と私を見詰めていたわね。


「なんでそんな事が分かるの? 貴女は何者なの?」


「推測ですよ。全部。うーん。でも、一つだけ、私には他の人と違う物が見えるのです」


 ヴェリア様の信用を得る為に私は雇い主のロバートさんにも打ち明けていない秘密を打ち明ける事にした。信用してもらわないと、この後の話を聞いてもらえないかも知れないからね。


「私は宝石の『記憶』を見る事が出来るのです」


 ヴェリア様が鳩の豆鉄砲を喰らったような顔になってしまった。唐突過ぎたかしら。


「記憶?」


「ええ。宝石を見ると、宝石が関わった様々な風景や人が断片的に見えるのですよ。ですから、このネックレスの送り主が男性だと分かったのです」


 宝石を見ると頭に流れ込んでくるのだ。非常に断片的で、フッフッっと浮かんで来るくらいしか見えないのだけど。その光景には声が付いている事もある。それでこの石に太陽を当てる前にこれがアレキサンドライトだと私には分かったのだ。


「……魔法なの? 貴女魔法が使えるの?」


「どうなんでしょうね? 私は魔法がなんだかよく分かっていませんけど」


 魔法を使えるのは貴族の、しかも限られた方々だけだと聞いている。平民の私は始めから対象外の筈だから、違うと思うけどね。


「ですから、この宝石の送り主が金髪の青い目の男性だという事は分かりますけど、その方がどのような意図をもってこの石をヴェリア様に贈られたかまでは読み取れません。あくまで推測です」


 ヴェリア様はガックリと頭を落としてしまった。俯いて、小さな声で言う。


「……私を責めているに決まっているわ……。あの人は、私が許してくれるわけないもの……」


 そう切り出したヴェリア様のお話はこのようなものだった。


 ……ヴェリア様はメイーセン侯爵家の次女としてお生まれになったそうだ。家柄としてはかなり高位のお生まれだが、次女であるため家としては大して重要視してはいなかったらしい。


 それで、かなり自由に育てられて、その過程で家族ぐるみで親交のあったある伯爵家の嫡男と親しくなったそうだ。幼少時からの付き合いで、成長するにつれてそれは恋愛関係になっていった。そしてついに伯爵令息はメイーセン侯爵家にヴェリア様との結婚を申し入れた。


 伯爵家嫡男なら侯爵家次女の嫁入り先としては申し分ない。トントン拍子で話は決まり、ヴェリア様はその方と婚約する事になったそうだ。貴族としては珍しいお互い相思相愛の関係で、ヴェリア様としては理想的幸せ一杯な結婚になる、筈だった。


 ところが二年ほど前、皇太子殿下がヴェリア様を見初めて熱烈に求婚し始めたらしい。メイーセン侯爵家は驚き、決まった話があるからとお断りしようとしたらしいが、ここでメイーセン侯爵家の本家であるウィグセン公爵から「チャンスなので受けよ!」と指示があったそうだ。だから今日もウィグセン公爵がいたのね。


 皇太子殿下のお求めと本家の指示には逆らえず、メイーセン侯爵家はその伯爵家に違約金まで払って内々の婚約を解消し、ヴェリア様は皇太子殿下と婚約なさったのだった。相思相愛の相手と泣く泣く別れたという話で、ヴェリア様も辛かっただろうけどお相手の伯爵令息も悲しんだことは想像に難くない。


 もっとも、貴族の家の結婚では好きでもない相手と結婚することは良くあること、というか普通の事で、ヴェリア様曰く皇太子殿下と婚約する事で家にも一族にも役立てたのだから、婚約に不満などないということだった。それに皇太子殿下はもの凄く優しくて人格的にも素晴らしい方なんだとか。


 で、どうにか自分を納得させ、皇太子殿下との結婚に前向きになろうとしていたところで届いたのがこのネックレスだった。


「最初はエメラルドだと思ったのです。でも、夜に見たら色が変わって……」


 ヴェリア様はすぐにアレキサンドライトだと気が付いて、贈ってきた伯爵令息の意図にも気が付いて青くなったそうだ。慌てて隠そうとしたらしい。


 悪い事にこれを皇太子殿下とイルメーヤ様が同席して見ていた。慌ててネックレスを隠そうとしたことでお二人の興味を惹いてしまい、誤魔化そうとしたら騒ぎが大きくなってしまったそうだ。


「皇太子殿下は見せたがらない事で入手経路を疑っているし、イルメーヤ様は皇太子殿下が気にしているのを知って欲しがっているのです」


 ……イルメーヤ様はヴェリア様が皇太子殿下と婚約する前は、皇太子妃に強く推されていた方で、ヴェリア様への嫉妬が凄いらしい。どうやら皇太子殿下に隠したいヴェリア様の秘密がこの宝石に隠されていると踏んで「私が買いましょう!」と息巻いているらしい。秘密を暴いて騒ぎ立てるつもりだろう。それで兄のガーゼルド様が来ていたのか。


「いえ、ガーゼルド様はむしろイルメーヤ様が無茶しないように私を守って下さっているのです」


 イルメーヤ様はこのネックレスを強奪してまで手に入れようと企んでいるとのこと。大分性格に難がある方みたいね。


 実際、このネックレスの入手経路が知れて「心変わりを責める」という意味合いまで読み取られた場合、伯爵令息がヴェリア様を諦めていない、責めている、という事になってヴェリア様も伯爵令息もかなりまずい立場に追い込まれる事になる。ヴェリア様と皇太子殿下の仲にも亀裂が入るかも知れないし、それにイルメーヤ様がつけ込んで騒ぎ立てれば問題は更に大きくなるだろう。


 なかなか困った状況なのだ。ヴェリア様が苦し紛れの言いわけを繰り返して追い込まれてしまったのも分かろうというものだ。


 私は溜息を吐く。そうねぇ。これを贈ってきた伯爵令息の気持ちも複雑だったと思うのよ。単純な想いではないのだろう。ヴェリア様を彼は本当に愛していて、別れが本当に悲しくて、しかし相手が皇太子殿下では諦めるしかなかった。でもやはりヴェリア様の事が本当に好きで、少しは心変わりを責める気持ちもあったかもしれない。しかし……。


 私はネックレスのアレキサンドライトをそっと撫でた。この石に秘められた想いは単純ではない。でも、一番大きな想いが読み取られないのではこの石も伯爵令息の想いもヴェリア様の苦悩も浮かばれまい。


「……ご安心下さい。ヴェリア様。贈り主はヴェリア様を恨んでなどいませんよ」


 ヴェリア様が驚いた様に顔を上げた。水色の目が潤んでいる。私はその目を見詰めながら言った。


「アレキサンドライトの石言葉をご存じですか?

 

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