宝石令嬢は帝宮で銀色の夢を見る

宮前葵

第一章 出会い編

第一話 偽男爵令嬢

 どうしてだか、私は男爵令嬢ということになってしまった。


 奉公先の宝石店で、お得意様のお客さまであるブレゲ伯爵にお茶を出していた時の事である。


「そうだ。この娘を貸してくれんか」


 と伯爵が突然言ったのだ。


 は? 私は一体何の話だか分からない。確かなのは「この娘」というのが間違いなく私の事だということだけだった。


 店主のロバートさんは愛想良く笑っていたが、眉の間には困惑の皺が浮き上がっていた。慎重な口調で言う。


「伯爵様。それは無体なお話ではございませぬか? その娘は商品ではありません」


「なに、取って食おうという訳ではないし、借りるだけだ。娘にも其方にも報酬は支払う。其方も『レルジェには宝石を見る目がある』と言っていたではないか」


 何の話だかは分からないが、褒められた事だけは間違いなさそうである。


 確かに、私レルジェは宝石の目利きには自信がある。多分、店主であるロバートさんよりもね。彼が仕入れてきた石からニセモノをいくつも見付けて大損するところから救ってあげた事だってある。


 十三の時に奉公を始めて今年で五年。今では私はもう一端の宝石商だ。出入りの石屋や仲買人、同業者からも石の目利きには一目置かれている。まぁ、それには経験の他にもある秘密があるんだけどね。


 ただ、宝石商として独立するには元手がいる。そのお金を稼ぐために私はもう少しこの店で働くつもりだった。独立資金を貯めるためには小さな儲け話も見逃す事が出来ない。


 資産家の伯爵様の絡むお話なら大きな儲け話になるかもしれない。私は営業スマイルを浮かべながらブレゲ伯爵にそそっと近付いた。


「何でしょう伯爵様? 私に出来ることが何かございますでしょうか? 何でも仰って下さいませ」


「こら! レルジェ!」


 ロバートさんは慌てて叱ったが、ブレゲ伯爵はニンマリと笑って頷いた。


「おお、やってくれるか。レルジェ。ではな。其方、私の姪になれ」


「……は?」


 こうして私の運命は転がり出したのである。


  ◇◇◇


 あの日から一ヶ月後。私は薄黄色のドレス姿で帝宮の大広間に連れ出されていた。……勘弁して下さい。


 ブレゲ伯爵のお話というのはこういうものだった。


「皇太子殿下のご婚約者であるヴェリア様が、宝石商からネックレスを買おうとしたのだが、そのネックレスがどうも気に入らないらしい」


 私は首を傾げる。


「ならば買わなければ良いのではありませんか?」


「ところが、そのネックレスはヴェリア様のライバルであるグラメール公女も欲しがっているのだ」


 は? 私にはイマイチ意味が分からない。えーっと、自分の気に入らないネックレスを、ライバル? の女性が欲しがっているんですよね? ならば素直にその夫人に譲れば良いのでは?


「その場合、グラメール公女はヴェリア様がその首飾りを『買えなかった』もしくは皇太子殿下が『買ってくれなかった』とみなす。ヴェリア様が買えなかったネックレスをグラメール公女が買ってしまったら、ヴェリア様は負けた事になる」


「……なら、買えば良いのでは?」


「ところが、ヴェリア様は何となくそのネックレスが気に入らないらしいのだ。しかし理由が分からない。それで、宝石に詳しい者にネックレスを見て欲しいのだそうだ」


 ……全然状況は分からないけど、要するにそのネックレスの価値判定をして欲しいのだな、という事だけは分かった。


「それならお店に持ってきて頂ければ……」


「それが出来れば苦労せんのだ。そんな事をしたらヴェリア様が出入りの宝石商を疑った事になるではないか。名誉に関わる」


 ……何言ってんだか全然分かんない。要するにヴェリア様とやらはそのネックレスが偽物じゃないかと疑ってるんじゃないの?


 しかし、平民とお貴族様が全然違う理屈で動いているのはよくあることだ。私も大概宝石商人として長いから分かる。お貴族様の無理難題に直面した事はこれまでもあったからね。


「……では、どうすれば良いのでしょうか?」


 と言った結果がこの有様ですよ。


 つまり私はそのネックレスの鑑定のために「ブレゲ伯爵の姪であるジェルニア男爵令嬢レルジェ」としてこの帝宮で行われる夜会に連れて来られたのだ。


「帝宮に立ち入れるのは貴族だけだからな」


 というわけで私は身分を偽装させられたのだった。なんですかそれは。偽装すれば平民にも入れるんじゃ意味ないじゃないですか。


 もちろん、身元がしっかりした者しか貴族でも帝宮には立ち入れない。本来は男爵令嬢くらいの身分では、立ち入りはともかく夜会への出席は憚られるものであるらしい。


 しかしそこは、ブレゲ伯爵の「姪」という身分がモノを言う。貴族の身分には表の「爵位」と裏の「血統」というものがあり、両方が密接に絡み合って貴族の序列を形成している。


 私は男爵令嬢という爵位よりも有力貴族であるブレゲ伯爵の姪という血統にモノを言わせてこの夜会に乗り込んできた訳だった。まぁ、どちらも嘘八百なんだけどね。


 ただ、純正の平民である私がいきなり貴族を装うのは無理がある。そりゃそうよね。私はドレスすら着たことがない。ヒールの靴なんて見たこともない。


 そのため、ブレゲ伯爵は目的の夜会に出るために、半月間の特訓を指示した。何って、貴族令嬢になりきるための特訓よ!


 私はブレゲ伯爵のお屋敷に連れ帰られ、そこでブレゲ伯爵の夫人や侍女長に貴族令嬢特訓を受けさせられたのである。無茶苦茶だ。無茶振りだ。


 連れて来られた私を見て、ふくよかな中年女性だったブレゲ伯爵夫人はなぜか華やいだ声を上げた。


「あらあら、可愛らしいお嬢さんだこと」


 彼女はいそいそと私の側に来ると、私の事を足の先から頭の上までじっくり観察していたわね。


「ふむふむ。藍色の髪は滑らかだし、トパーズみたいな黄色い瞳も素敵じゃない。気に入ったわ!」


 その気に入り方はどうも新しいおもちゃを気に入った子供のような感じだったんだけど、気に入られないよりは気に入られた方が良いのは確かだ。


 で、私はお部屋を与えられ、ドレスに着替えさせられ、お嬢様生活を始める事になったのだった。


「なに。夜会一回だけ、ボロが出ずに乗り切れればそれでいい」


 とブレゲ伯爵は何でもないように仰ったし、私もその一回で一カラットのダイヤモンドが買えるくらいの報酬を約束されたので、それならと軽い気持ちで引き受けてしまった、のだけど。


 止めとけば良かったと何回も後悔したわよね。なぜって、お嬢様修行が想像していたよりもずっと大変だったからだ。


 いや、ブレゲ伯爵夫人はお優しい人だったわよ。「娘が欲しかったのよ!」と仰って私を可愛がってくれた。侍女長も愛想は良くなかったけど私をいじめたりはしなかった。


 でも、二人とも教育に関しては鬼だったわね。


 何しろ私は生まれついての平民だ。なのでそれこそ朝起きる所からしてお貴族様と風習が違う。


 いつもなら私は起きたら、ベッドを飛び出し、そのまま水瓶から水を一飲み。そのまま顔を洗ってタオルで拭いたら夜着を脱ぎ捨てて着替え、一応軽くお化粧をしたら、屋根裏部屋から階段を駆け降りてお店に出る。その間五分。食事はお店の支度が終わったら事務所で食べる。


 これがお貴族様生活だとこうである。


 起きても、侍女が起こしに来るまでベッドから降りてはならない。侍女は起こしに来ると同時に洗面用のタライを持ってくるのでベッドに腰掛けたまま洗顔。立ち上がって侍女に服を脱がせてもらい、室内着を着せてもらう。そのまま化粧台に進んで侍女に髪を梳かしてお化粧をしてもらう。それから食堂に行って朝ごはん。この間一時間。


 ……苦労したわよ。何もかもを慣れるのに。具体的には侍女にお世話されるのに!


 というのは、お嬢様は基本、自分で自分のお世話をしてはならないのだ。洗顔、着替え、お風呂等々。侍女の手を煩わせるのが当たり前なのである。自分で出来る事を他人にやらせるのが権力の証なのだ。


 ただ、侍女たちが嫌々そういうお世話をしているのかというと、そうではないのが面白い所なんだけどね。彼女たちは「お仕事ですから」と言いながら楽しそうにお世話をしてくれる。


 私、平民なんだけど良いのかしらね。もちろん、屋敷の者たちには内緒だ。私はブレゲ男爵の姪ということになっている。多分、あまりにもお作法が出来てなかったからバレていたと思うけどね。


 そんな風だから、ベッドから起き上がる所から侍女長に指摘されるのだ。


「ハイ、レルジェ様。そのように慌てて起き上がってはなりません。侍女が三回声を掛けるのを待ってから『起きました』と言ってゆっくり起き上がって下さいませ」


「ハイ、レルジェ様。そのように片足でベッドから降りてはなりません。まず両足をベッドの外に出し、腰を回して足を侍女の方に向け、侍女が踏み台を置いたら両足を揃えて降りて下さい」


「ハイ、レルジェ様。洗顔した後に顔を振ってはなりません。手もシーツで拭かないで下さい。侍女がタオルで拭くまで動いてはなりません」


「ハイ、レルジェ様……」


 ハイ、レルジェ様、はしばらく私の頭にグルグルと鳴り響き、夢にまで聞いたわよね。


 それこそベッドから化粧台まで行く間に、二十回は「ハイ、レルジェ様」をやられた。しかも侍女長はあまりにも多くの事を一度に指摘しても私が分からなくなると気を遣っているらしく、一つを直すとまた違う点を指摘してくるのだ。


 日常生活でこの有様である。お化粧をして食堂に向かい、夫人と共に朝食を摂るのだが、それはもう大変である。椅子に近付く時の歩き方、夫人への朝の挨拶、侍女に椅子を引いてもらって座る、その間にも何度も何度も「ハイ、レルジェ様」「レルジェ、それではダメよ」と言われる。なかなか食事に辿り着かない。


 食事が出ればカトラリーの扱い方からパンの取り方からスープの啜り方から、何でもかんでもよくもまぁこんなに決めたなぁ、と思うほどお作法が決まっている。それを夫人と侍女長が入念にチェックして教えてくれるのだ。


 ……あのう。


「その、私は夜会に一度出るだけ、というお話でしたよね?」


 何も朝起きるところからお作法の練習をする必要はないと思うんですけど?


 しかし夫人も侍女長も許してくれなかった。


「お作法はしっかり身に付けなければ意味がありません。付け焼き刃ではボロが出ます。帝宮でボロが出たら大変ではありませんか」


「レルジェ様が無作法を晒せば当家の恥になるのですよ」


 とほほー! そういう訳で私は半月間、一日中、夫人と侍女長に付きっきりでお作法を仕込まれたのだった。お作法だけではなく、夜会で踊るワルツだとか、もしかしたらやらされるかもしれないという事で歌まで覚えさせられたのだ。


 わ、割に合わなーい! いくら破格の報酬を頂ける予定とはいえ、こんなの聞いてなーい!


 私は嘆いたんだけど、相手はお貴族様。上位貴族の伯爵様。もしも伯爵様のご機嫌を損ねたりすれば、平民の命なんて紙屑のように放り捨てられてしまうだろう。ロバートさんが止めた訳だ。お貴族様と関わるというのは平民にはリスクが高過ぎるのだ。


 もちろん、リスクは大きいけどリターンも大きいのは間違いない。単に報酬額だけではなく、任務を果たせばブレゲ伯爵の覚えはめでたくなるし、夫人ともすっかり仲良くなったから今後は夫人との取引も期待出来るだろう。


 報酬で仕入れた宝石を夫人に売って更に儲ければ、憧れの独立までそれほど遠くないと思う。それを思うと、うんざりするような厳しいお作法特訓からも逃げるわけにはいかなかったわね。


 ただ、私は元々物覚えは良い方だ。お作法もどんどん覚えていったので、夫人も侍女長も驚いたし喜んだわよね。それで逆に教育熱に火が付いて、夜会には必要のない事まで熱心に覚えこまされたような気がしないでもないんだけども。


 半月もすれば私はお作法をかなり身に付けて、優雅な所作でこなせるようになっていた。夫人もブレゲ伯爵も感心していたわよね。


「ふむ、流石に半月は無茶振りだと思ったのだがな。流石はレバンゼが『優秀だ』と太鼓判を押すだけの事はある」


「これならば帝宮に連れて行っても恥はかかないでしょう」


 私は内心で胸を撫で下ろした。夜会でネックレスの鑑定さえすれば、お役目は終わり。お嬢様生活も終わり。お作法からの解放。やっほう! とうわけだ。やれやれ。


 夜会は翌週に行われるという事で。ヴェリア様とやらに根回しして、件のネックレスを持ち込んでもらえるように手配するとのこと。私は伯爵夫妻と共に出席する事になるらしい。


「そうと決まれば、当日の出席者について教えなければね。名前と顔と身分と当家との関係性、それとお家同士の関係も把握しておかないと失礼の元になるから」


 ……安心するのはまだ早かったようだ。私はそれから夜会のその日まで、貴族名鑑を見ながら懇々と夜会の出席者について覚え込まされたのだった。


  ◇◇◇


 そうしてようやく辿り着いた夜会の会場は、なんというか、はー、こんな世界があるんだなー、という感じだったわよ。


 金銀と鏡で装飾された大広間。シャンデリアがいくつも下がる天井には古の精霊が舞い踊る天井画が描かれている。床は大理石でマーブル模様が美しい。豪華絢爛とはまさにこのことよね。


 そして輪をかけて豪華なのが出席者の方々が身に付けている宝飾品だった。正直よだれが出そうになって思わず飲み込んだわよね。


 ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ、エメラルド、アクアマリン、ガーネット、トパーズ、アメジスト。宝石商をやっていても滅多に目に出来ないような貴石のオンパレード。キラキラピカピカして目が痛いくらいだった。


 まぁ、その、結構な数の偽物も紛れてたけどね。宝石には偽物がつきもの。贋作者も知恵を絞って偽装してくるからそうそう見抜けるものでもない。ボンクラな宝石商なら自分も偽物と見抜けずにお客様に売ってしまう事も多いのだ。


 私の目は誤魔化せないけどね。


 私はブレゲ伯爵に連れられて、会場を歩き回りながら挨拶を繰り返した。


「ブレゲ伯爵の姪で、ジェルニア男爵家のレルジェと申します」


 ジェルニア男爵というのはブレゲ伯爵の二番目の弟の興したお家だそうで、その方はもう亡くなっているらしい。私はその娘、忘形見という設定なのだ。


 貴族の夜会の始まりは兎に角挨拶から始まる。特に地方で暮らしていたせいで帝都の夜会には初めて出席したという設定の私などは全員が初対面な訳だから、ひたすらに挨拶挨拶また挨拶だ。


 男爵令嬢なんて貴族の身分としては最底辺だから、全員にスカートを広げて膝を沈めつつ頭を下げる、最上位の礼をする必要がある。この礼が難しくてね。優雅な礼が出来るようになるまで何回練習させられたか分からない。


 しかしおかげでお会いする方々皆様には好評で「可愛らしいご令嬢だ」「なかなか優雅で美しいな」「流石はブレゲ伯爵のご血筋ですね」なんて言われた。特訓の甲斐があったわね。


 そして挨拶回りの最後に向かったのが目的のお方。皇太子殿下の婚約者ヴェリア様の所だった。


 ヴェリア様は会場のホールの一番奥にお席を用意され、深い青色の豪奢なドレスを身に纏ってそこに座っていらした。小さなテーブルにはグラスが幾つか並び、その周囲には三人の身なりの良い男性が立っている。


 いかにもここにお偉い人がいますよ、という雰囲気で、私はちょっと怖気付いたわよね。しかし、ようやく目的地にやってきたのだ。ここを乗り切らないと報酬が出ない。私は気合を入れ直した。


「皆様にジェルニア男爵の娘、レルジェよりご挨拶を申し上げます。以後お見知り置き下さいませ」


 私がスカートを広げて膝を沈めると、ヴェリア様は花が咲くように微笑んだ。


「あら、可愛らしいお方ですこと。よろしくね」


 ヴェリア様は紺色の髪と水色の瞳のそれは美しい女性だった。肌の色は白く、濃い目の色の宝石が映えそうだ。実際、この時はアメジストのネックレスを着けていたわね。真珠とプラチナの髪飾り、ダイヤモンドが幾つも青いドレスに縫い付けられて星のように輝いている。流石に皇太子殿下の婚約者。素晴らしい宝石ばかりだ。


「ふむ、ブレゲ伯爵の姪か。あまり似ておらぬな」


 そう呟いたのがヴェリア様のすぐ横に立っていた若い男性だ。濃い目の茶色髪とラピスラズリみたいな色をした目の方だ。


「ルシベールだ。宝石に詳しいというのは本当なのか?」


 ……この人皇太子殿下じゃん。私は内心うううっとなりながらなるべく平静を装って答えた。


「ええ。まぁ」


 ルシベール皇太子殿下はうーんと唸って私の事をマジマジと見る。


「若過ぎはしないか? やはり皇帝御用達の店に見せるべきではないのか?」


「それは何度も検討したろう。ルシベール。これが最善なのだ」


 皇太子殿下が呼び捨てにされてる。私は驚いたのだけど、その三十代くらいの紫色の髪をした男性が私にそのオパールのような茶色い瞳を向けた。


「ウィグセン公爵ローグナルドだ。ブレゲ伯の紹介なら間違いなかろう。よろしく頼む」


 ウィグセン公爵家は帝国三大公爵家の一つだ。つまり皇族である。その当主なのだからローグナルド様は皇太子殿下を呼び捨てに出来てもおかしくはない。歳上だしね。


 そして最後の一人。濃い目の金髪の方が、私をルベライトのような赤み掛かった瞳でジッと見ながら名乗った。


「グラメール公爵家の嫡男、カーゼルドだ。其方、宝石に詳しいというならこれが何の石だか分かるか?」


 そして手の平に大きな宝石の付いた指輪を載せて、ズイと突き出してきた。


 私は戸惑ったのだけど、カーゼルド様はその端正なお顔立ちを固く引き締めて私を睨んでいて、有無を言わせぬ雰囲気があった。本番の前に私をテストしなればならないという事なのだろう。


 私は仕方なく、許可を得て指輪を手に取った。男性用の、太めの金の指輪に大きな緑の宝石が飾られている。あら、これは珍しい。


「ツァボライトですね。緑色のガーネットです」


 あんまり私があっさりと断定したので、ガーゼルド様は目を丸くして驚いていた。


「なぜ分かる? エメラルドだとは思わなかったのか?」


「ええと、それは、見れば分かるとしか……」


「どこを見ている? 輝きか? 色か?」


 まぁ、ガーネットとエメラルドはルーペで見ると内容物が結構違うんだけどね。でも私は全然違うところを見ている。これはちょっと企業秘密なのだ。


 ガーゼルド様は私が言葉を濁すのを見て少し不信感を抱いたようではあったけど、ご機嫌を損ねる事はなかった。それどころか一転して柔らかな微笑みを浮かべたのである。


「この指輪を一眼でガーネットと見破った宝石商はいなかったぞ。素晴らしい鑑定眼だ。疑って済まなかった。許すが良い」


「いえ、そんな」


 そして彼は指輪を返そうとした私の手を取り、そっと優しく持ち上げると、手の甲にキスをした。


「改めてよろしく頼む。レルジェ嬢」


 シルバーの輝きに似た笑顔。美男子の飾りのない笑顔を向けられて、私はちょっと呆然としてしまったのよね。


 これが、私レルジェ・ジェルニアと、ガーゼルド・グラメール様との出会いだったわけである。


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