浴槽の中の海底
仕事での疲れ癒すために男は近くにある温泉施設へと向かった。
平日の昼ということもあり施設内は空いており、浴場内もほぼ貸切状態であった。
普段人の多いサウナも中には誰もおらず、ここで気絶でもしたら助からないな…などとふと不吉なことを考えてしまった。
施設内にはレストランが併設されており、風呂上がりにはビールとおつまみで一杯やるつもりだ。
ビールはいいものだ。
喉が乾けば乾くほど最初の一口が格別に上手くなる。
そのためにもサウナでしっかりと汗をかき楽しみを倍増させていこう。
20分ほどサウナで汗をかいた後にゆっくりと立ち上がり水風呂へと向かった。
水風呂の方もやはりだれも使っておらず、先ほどまでにチラチラと見えていた他の入浴客も既に上がってしまったようだった。
誰もいないのを確認きた後に、私はついマナー違反だとはわかりつつも水風呂の中に潜り頭までしっかりと汗を流した。
そのとき、ふと目の前を何かが横切る感覚があった。
びっくりして顔を上げて辺りを見渡したが誰もいない。
気のせいだったのだろうか…
気になってまた目を瞑り潜ってみた。
……浴槽の中にやはり何かいる…。
一度水風呂から上がり上から眺めてみたが浴槽の中は透明の水で底のタイルまで見えており何も見当たらなかった。
不思議に思い男は恐れつつも水風呂の中に顔を入れ、意を決して目を開けてみた。
目を開けた男を迎えたのはまるで海の底の白い砂の地面だった。
びっくりして顔を上げ、顔についた水を払い、再度上から風呂をのぞいたがそこはやはりただの水風呂であった。
夢でもみているのだろうか…
いや、夢にしては意識はハッキリとしている。
今度は風呂の中に入り再度潜り目を開けてみる。
足元には砂浜、眼前には昔海外を旅行した際に異国で見た色とりどりの綺麗な珊瑚礁や熱帯魚が数えられないほど泳ぐ風景に目を奪われた。
畳二畳分ほどしかない水風呂のはずがどう見ても奥の方が見えない。
不思議と視界もハッキリしており、気づけば水の中にいるような感覚も消えていた。
上を覗いてみると水風呂の形に銭湯の天井は見えており、眼前の広大な海の風景と合わせるとチグハグな景色となっていた。
驚きのあまり息継ぎを忘れていた。
いや、そうではない…気づけば水中のはずなのに息ができていた。
あまりの現実味のなさに少し混乱したが、頭を冷やそうと一度浴槽から出ることにした。
昔、家で読んだ絵本に家の風呂から動物がたくさん出てくるという話があったが、まさか異国の景色まで見れるとは思わなかった。
数分ほど頭を整理した後再度水風呂の前へと向か意再び頭を沈めた。
先ほどと少し雰囲気が変わっただろうか…?
さっきまでいた魚の数が少なくなっているように感じた。なんとなく奥の方が気になり少し奥の方に進んでみた、10メートルほど進んだがやはり奥が見えない、異世界にでも繋がっているのだろうか。
数分ほど景色を楽しんだ後にそろそろ上がろうと思い元の位置に戻ることにした。
しかし、進めど進めど銭湯の天井の風景が見えない。
まっすぐ進んできたはずだから迷う事はないはずだった。
ふと気づくと奥の方にある岩場に海藻が見えた。海藻も海で見る風景と同じで一定の方向へと揺らいでいる…。
そうか、ここは息が出来たり眼が見えたりと不思議な空間ではあるが海と同じ空間なのだ。
もちろん海流も存在しており、感覚がおかしくなっていて気づかなかったが緩やかに流されてしまったらしい…
焦る気持ちを抑え、落ち着いて上を見ながら彷徨ったが出口は一向に見えず、焦りと後悔だけが募っていた。
その時、大きな何がが奥の方からこちらの方にゆっくりと向かってくるのが見えた。
私は息を潜めつつ、泳ぐ何かに怯えつつただ出口を探し続けた。
◆
夕方頃、客足が増え始める時間。
どこからか悲鳴のような声が聞こえてきた。
瞬間、水風呂が赤く黒く染まりはじめた…
不思議と原因もわからず、浴槽の中からはなにも出てこなかったという話だ…
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