ネタバレによる支配
発生した大型台風に備えつつ、
とはいえ関東に着くまでには温帯低気圧に変わっているだろうという希望的観測からショッピングモールへと外出した私の期待は大幅に裏切られることになった。
先ほどまでの晴天とは打って変わって滝のような雨景色。映画館を出るとそこには雨が弱まるのを待つ買い物客で埋め尽くされていた。
映画の余韻を崩されたくない私は早々に退散することにきめた。
人が少ないところでゆっくりと映画を振り返ろう。
そう思った私は通勤時に読んでいた小説をちょうど読み終わったことを思い出し、映画の振り返りを行うついでに本でも買うことに決めた。
ここの本屋は県内有数の大型店舗で客数こそ多く、入り口付近の雑誌コーナーは混雑しているが、奥の人気のないコーナーには大型のベンチが設置されており、買った本を座りながら読めるちょっとした隠れスポットとなっている。
特に店内の最奥に設置されている誰が買うかもわからないような専門書のコーナーに設置された大型のベンチは視覚的にも隠されており、このショッピングセンター内では有数の穴場スポットとなっている。
外の豪雨の音で店内の喧騒さも消え、落ち着くのにもピッタリだ。
まだ雨が弱まるまで時間もある。
購入した本を持って私は店の奥へと進んだ。
◆
目的のベンチへと足を運ぶと文庫本を読む1人の先客がいた。
20代半ば位だろうか…髪の長いその女性は私のことをちらと一瞥するとすぐに手に持った文庫本へと目を戻した。
この時代だ、異性が近くに座ることすら嫌悪感を持つ人もいるだろう。
そんな考えがふと頭をよぎったが、今の反応を見るにどうやらこのベンチに座ることは許可されたらしい。
少し距離をとりつつ腰をかけ、購入したばかりの本に目を通しながらさっき見た映画を脳内で振り返り始めた。
さて…今回見た映画はライアン・ゴズリング主演の【フォールガイ】。
撮影のスタントマンに焦点を当てたアクション作品。
監督が好きな作品は評価問わず見に行くが、今回は当たりの作品であった。特にアクションシーンには素人目にも拘りを感じる箇所が多く、特に殺陣のシーンには目を見張るものがあった。
映画の脚本自体は王道をいく物で目新しさは感じられなかったが、まぁこういう映画にはよくあることだ。
もし仮にインターネットでネタバレを踏んだところで満足いく結果になっただろう。
本当にそうなのだろうか…?
情報溢れるこの世の中、新しいコンテンツが出てくるとすぐに情報が溢れる。文字や画像だけでなく、映像すらも至る所から流出する。所謂、ネタバレを見ないことすら難しいとも言える。コンテンツのリリース前に事前に情報を調べることすらリスクとなってしまっている現状。
そんな今、私は自信を持ってコンテンツを100%楽しめているのだろうか。
そんな考えがふと頭を巡った。
気づくと先ほどまで聞こえていた雨音が聞こえなくなっていた。店内の時計に目をやるとどうやら2時間ほど経過していたらしい。
外の景色さえ見えないが、店の入り口付近には先ほどの混み具合も失せ、雨が上がった様子が窺えた。
考えても答えが出ない問答に時間を割いても無駄だな…自分を納得させ読んでいた本を閉じ、帰る支度をしようと思い立った矢先にふと隣の女性の文庫本にチラと目が映った。
【フォールガイ】
どうやら私が先ほど見た映画の文庫小説を読んでいたようだ。
小説の残りページから察するに終盤まで読み進めており、あと十数分で読み終わるだろうと言ったところか。
もし彼女がすでにネタバレを見ていなければ、彼女はこのままこのコンテンツを100%楽しみ終わるのだろう。読み終わった後に映画を見るのか、すでに見終わったあとなのかはわからないが、それは間違いない。読了後の多幸感が予想できた。
ただ一つ、私という存在が全てを台無しにすることができる。
急に話しかけ、この先の展開を話してしまう。
彼女の本を読み終わった後の幸福感や達成感といったその感情を奪うことが出来るのだ。
そんな考えが頭をよぎった時、私の中にちょっとした支配感が生まれたことに気がついた。
周りの人を不幸にさせる、楽しみを奪ってしまう、誰かのなにかを台無しにする。そんなくだらないことに気持ちが少し高揚することに気がついた。
あぁやつらはこんな気持ちなんだろうな。
そんなくだらないことに理解を示してしまったことにちょっとした罪悪感を覚えた。
せめて彼女が最後までコンテンツを楽しめるようにこの先十数分間誰にも邪魔をされないように、
そう思い私は店を後にした。
雨はまだ上がっていなかった。
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