第6話
「落ち着いたかい」
「はい。どうにか」
一通り頭の中で疑問と懺悔を巡らせ、散々吐いて泣いた。私が落ち着くのを待って、元ゾンビの男性、岡崎さんがこのゾンビアポカリプスについて教えてくれた。
「最初は、葬儀場で人が生き返ったというネットニュースだったんだ。記事はすぐ消えて、誰も信じていなかった。でもそのニュースから一晩明けたらもう町はゾンビだらけで、3日でインフラも止まり始めたんだ」
私にはそんな記憶はない。でも壁にかかっているカレンダーにつけられたバツ印が、過ぎた日々を証明している。町の様相だって、一日でこんなに荒廃するとは考えられない。よく考えたらわかりそうなことだ。
「ゾンビがあふれて、生き残った人間は政府が開設した避難所に逃げ込んだんだ。けれどゾンビが紛れ込んでないか検査するのに時間がかかって、そして待機の列で人がバタバタ倒れて。それでゾンビになった人がいて大パニック。もう阿鼻叫喚だったよ」
岡崎さんは私の様子を伺いながらゆっくり話してくれる。気分が悪くなる話だが、私は不謹慎ながらゾンビパニックものの洋画と同じだと内心感激していた。
「仕方ないけど、ゾンビを死体として扱うと声明が出された。皆が皆それを受け入れられる訳じゃなくて、大切な人だったゾンビを守るために避難所には行かず自宅ですごす人が増えたんだ」
美優も、僕のために。岡崎さんは消え入りそうな声で呟いた。暫く鼻をすする音が聞こえた。
「街に溢れているゾンビが、急に人になって助けを求めてきた時から、第2の地獄が始まったんだ」
「自分の大切な人の為に他の人を……」
「そう。避難所なんて格好の餌食になってしまった。僕たちも必死に逃げたが、僕は途中で噛まれてしまってこのザマさ。そこからの記憶がないから、ゾンビの間の記憶は持たないみたいだ」
壁にもたれてただぼんやりとしている柚希は、どんな修羅場を経験したのだろうか。世界が急にゾンビで溢れ、友達もゾンビになってしまって……柚希なら意外と楽しんでたかもしれない。でも、おそらく彼女も私のために手を汚したのだろう。私の手には、美優さんの横腹に刺さった斧の感触が残っている。ふとした瞬間に、肉と骨の潰れる感触が蘇り鳥肌が立つ。早く柚希と話したい。彼女と話せば、辛い記憶は昇華された。彼女の辛い記憶だって一緒に克服したい。早く柚希を人間にしなければ。
私も岡崎さんに情報を提供するべく、柚希のノートを取り出した。乙女のノートを他人に見せる訳にはいかないから、私がめくりながら読み上げることにした。
「あれ?」
ノートはカバンの中で揉みくちゃにされていて、血で固まってめくれなかったページが開くようになっていた。
「政府がゾンビを回収している……?」
「回収?駆除ではなくて?」
「えぇ……政府がゾンビを殺さずに回収して、どこかに連れ去ったようです。それを嘆いている人がいたみたいで……」
『早くどこかに隠れないと、主人公が連れていかれてしまう。もう少しで元に戻るのに』ノートに殴り書きされたそれからは、柚希の焦りが伺える。
「ゾンビが人に戻るとわかって殺すわけに行かなくなったのか、治安維持のためか……やりかねないな」
岡崎さんもうなっている。大切な人をまた奪われるのは絶対避けたいはずだ。ゾンビが人間に戻れるはずなのに、不自然に街が静まり返っていた理由はそれかもしれない。
「私、柚希を人に戻さなきゃ」
「本当は大人として止めなきゃいけないのかもしれないけど、僕にそんな資格は無い。そうだ、これ使えるかもしれないから渡しておくね」
岡崎さんは小さな黒い棒を渡してきた。何かわからずいじっていると、慌てて止められた。
「美優とは登山サークルで出会ったんだ。登山用の熊よけスプレーだよ。ゾンビに効くかわからないけど、人間には絶大な効果がある」
君ほどの度胸があれば大丈夫だよ。褒められているのかイマイチわからない言葉を頂戴しながら、スプレーのレクチャーをうける。
「君はいまから政府とやりあわなきゃいけないかもしれない。応援しているけど、時には決断も必要だからね」
玄関まで見送ってくれた岡崎さんは、美優さんを抱えたままいつまでもこちらを見送っていた。
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