第7話
柚希が部室を選んだのは、入り組んだ場所にあり、鍵がかかって誰にも邪魔をされないからか。ふらついて壁にぶつかりながら廊下を進み、階段を這うように上って、やっと懐かしき部室に到着した。
「よかった、誰も入っていないみたいだね」
柚希にそう話しかけたつもりだが、乾ききって切れた唇からうまく言葉はつむげたかな。柚希とともに床に倒れこむ。私たちの流した血が乾いてチクチクする。
「次は私の番だよ、柚希」
柚希を抱きしめると、彼女はぎこちなく私を抱きしめ返してくれた。でも、こちらに噛みつく様子はない。床に落ちたガラス片を拾い上げ、自分の手首に当てて切る。うまくいったようで、私と柚希の上に赤い血が滴った。
新鮮な血の臭いに、柚希が興奮したのが分かった。表情がこわばり、両手に力が入る。しかし、いつまでたっても痛みを感じない。
「ウガァァ!」
「柚希!」
柚希は、私を振りほどいて部室の外に逃げ出してしまった。もつれる足で懸命に追いかける。
「柚希!どうして、もどってきて!」
消耗した体では柚希に追いつけない。まっすぐの渡り廊下がぐらついて見える。どんどん距離が離されていく。ふとグラウンドに何か動く影が見えて視線を移すと、黒い車が数台グラウンドに止まっていた。数名、全身を黒いアーマーで覆い銃のようなものを携えた人間が降車し、校内に入っていくのが見えた。
政府の人間だ、柚希と私を捕まえに来たのだ。火事場のバカ力だろうか、私はどうにか柚希に追いつき、階段を降りかねているところを捕まえた。
「そこの二人、止まりなさい!」
柚希の腕をつかみ、階段を降りようとしたところで下から駆け上がってきた武装した人間と鉢合わせてしまった。銃口がこちらを向いているのをみて、とっさに反対側へ走り出した。しかし渡り廊下は直線で、捕まるのも時間の問題だった。私は意を決して、グラウンド側の金網をつかんで外側に出た。柚希もどうにかこちら側へ連れてくることができた。
「落ち着いて。私たちは敵じゃない。政府に委託された民間人を保護するための組織だ」
「柚希をどうする気!あっち行かないと飛び降りてやるんだから」
数名の武装集団がこちらを取り囲んでいる。私と柚希に複数の銃口が向いている。渡り廊下の下にも、何名か人がいるようだ。完全に取り囲まれてしまった。もうどうしたらいいかわからなくて、私はわめくことしかできなかった。
「柚希は渡さない!」
「絵里香さん!」
とても久しぶりに名前を呼ばれ、振り返る。グラウンドに岡崎さんが立っていた。
「お、岡崎さん……」
「僕が間違った情報を伝えてしまったんだ、政府は敵じゃない。ゾンビを人間に戻すために集めているんだ。駆除されるわけではない!」
身ぎれいになった岡崎さんが、懸命に声を張り上げている。
「美憂も保護してもらって、治療中なんだ。ゾンビであれば体の組織が残っていればどうにか人間に戻れるんだ、だから柚希さんだって」
「し、信じられない」
かろうじて絞りだした声は、岡崎さんには聞こえただろうか。回らない頭で懸命に考える。美憂さんを人質に取られているのかもしれない。でも、武装集団は柚希を撃たずにいる。
「ううう……」
金網をつかむ手がどんどんしびれてくる。風に吹かれるたび、足を滑らせて真っ逆さまに落ちそうになる。また何も考えられなくなってきた。
「絵里香さん、これを見てください」
マスク越しのくぐもった声が聞こえた。武装した人間が、金網越しにタブレットをこちらに向けている。画面には、何かしらの液体に浸かった体幹がある美憂さんだった。隣には笑顔の岡崎さんもいる。
「柚希さんを人間に戻すことができます。水も食料もあります。絵里香さんも、ここまで大変だったでしょう」
証拠を見せられ、優しい言葉をかけられ、もう私は限界だった。柚希を見ると、ただ無表情にこちらを見つめていた。
「柚希、行こうか」
私は、柚希とともに政府に保護されることを選んだ。
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