[番外篇]線状降水帯について私が知っていること(4)

 線状降水帯は、どうやって生まれるか?

 「バックビルディング」というメカニズムが知られています。

 バックビルディング以外のメカニズムもありますが、日本で大災害を引き起こした線状降水帯の多くがこのバックビルディングでできていました。


 バックビルディング。

 ああ、裏のビルのことね。

 あのビルのせいで日あたり悪いし、住人は夜まで騒ぐからうるさいし、古いビルでパッとしないし、迷惑してるんだよ。さっさと取り壊されてくれないかな……。

 ……というのとは違います!


 モンスターをやっつけたら、また同じ場所に同じモンスターが湧いて出て、それを倒したらまた同じ場所に同じモンスターが湧いて出て、また倒したらまた同じ場所に同じモンスターが、と、いちいち倒さなければいけないけど、倒してもまた湧いてくるので際限がなく、こっちのヒットポイントがもたないよ、というのが「バックビルディング」のイメージに近いです。

 その「モンスター」が、線状降水帯のばあいは「積乱雲」という種類の雲です。

 勇者がいればモンスターをいちいち倒してくれるからいいのですが(勇者はたいへんですが)、積乱雲はだれも倒してくれないので、同じ場所で湧き出して、風に流されて移動して行って、モンスター的な猛威をふるいつつ、ヒットポイントが尽きたところで消滅する、というのを繰り返します。

 そのモンスター的積乱雲の列が(バックビルディングでできた)線状降水帯の正体です。


 つまり、線状降水帯は、最初から「線状」に生まれるのではない。

 モデル的には、ある一点で生まれるのです。

 実際には「点」ではなく、ある程度の広がりはあるでしょうが、わりと狭い限られた場所で積乱雲が生まれ続けることには違いありません。


 その一点に強力なモンスター的積乱雲を生み出す「何か」があり、そこで生まれたモンスター的積乱雲が、一方向に流れる風によって運ばれて「線状」になる。

 一方向に流れる風に運ばれるモンスター的積乱雲は、そのモンスターぶりを発揮して大暴れして大雨を降らせます。しかし、一個一個の積乱雲はその「モンスター的大暴れ」の結果、エネルギー(たとえ的に言うとヒットポイント)を使い果たして崩壊して消滅します。

 ところが、モンスター的積乱雲が大暴れでエネルギーを使い果たして消滅したとしても、その場所には、またすぐに「線状」の線に沿って次の元気なモンスター的積乱雲がやってきてまた大暴れします。

 その結果、同じ場所で何時間も積乱雲の「モンスター的大暴れ」が続くことになる。具体的には長時間の「激しい雨」や「非常に激しい雨」が続くのです。


 なしくずしに、線状降水帯の積乱雲をモンスターにたとえてしまいました。

 では、「線状降水帯の積乱雲」は、いったい何が「モンスター的」なのでしょうか?


 まず、急速に、大きく、高さも高いところまで発達する、ということがあります。

 第二に、空気のなかに水蒸気として溶け込めない水分を大量に持っています。

 「大きくて、持っている水分も大量」というところが「モンスター的」なのです。


 線状降水帯を形成するような「モンスター的」な積乱雲は、雲の底はたいへん低く、いちばん高いところは雲が成長できるぎりぎりの高さまで成長します。

 つまり、巨大である。

 そういう巨大積乱雲が、その大きな雲の内部に、水蒸気になりきれない水分を、水の粒や氷の粒として大量に持っているのです。


 水は空気より重いですから、水の粒や氷の粒を吹き上げられる量には限度があります。

 ところが、線状降水帯を形成する「モンスター」的な積乱雲は、普通ならば上空に吹き上げられるはずのないほどの量の、水蒸気になりきれない水分を持っています。

 なぜそれだけの大量な量を吹き上げられるか?

 それは、積乱雲を作り出す上昇気流がそれだけ強いからです。


 「モンスター的」な積乱雲のなかでは、水蒸気になりきれない水分が大量なので、水の粒は大粒の雨粒になり、氷の粒は合体して成長してひょうになります。

 雨粒も雹も重い。

 したがって、そういう「モンスター的」な積乱雲は、雨粒や雹を地上に落として身軽になろうとします。

 上昇気流が強いうちは大きい雨粒も雹も吹き上げられているので落とせないですが、強い上昇気流の場所から積乱雲が風に流されて移動すると、上昇気流が弱まり、大粒の雨粒や雹を落とすことができるようになります。


 ところが、大粒の雨粒や雹が大量に雲のなかを落下すると、雲を成り立たせている空気まで巻きこみ、空気までいっしょに落下することになります。

 積乱雲のなかに、激しい下向きの風の流れが生まれる。

 つまり激しい下降気流が生まれる。

 下降気流には雲を消す働きがありますから、「モンスター的」な積乱雲は、大量の大粒の雨や雹を降らせると同時にその下降気流によって消滅してしまいます。

 しかし。

 ただ消滅するだけならばいいのですが、持っている水分を大雨や雹として降らせることで消滅するので、地上には「激しい雨」、「非常に激しい雨」が降り注ぐことになって、大迷惑。

 しかも、一個の「モンスター的」な積乱雲が崩壊したあとには、次の「モンスター的」な積乱雲が来て、やっぱり(下降気流で)崩壊して消滅しますから、地上の「激しい雨」や「非常に激しい雨」が何時間も続くことになります。


 この仕組み全体を「バックビルディング」というのです。


 したがって、バックビルディングで線状降水帯が発生するには:


 (1) ある一点に非常に強い上昇気流が存在し続け、それが巨大(「モンスター的」)積乱雲を生み出し続ける。

 (2) その積乱雲に大量の水分を与えるだけの湿気が、積乱雲の生まれる場所に常に存在し続ける。

 (3) その「モンスター的」な積乱雲を流す風が、一定方向に吹き続けている。


という条件があり、この条件が揃わないとバックビルディング型の線状降水帯は生まれない。


 しかし、その条件が揃ってしまうと、線状降水帯が発生し、その線状降水帯の下では、次々にやってくる巨大(「モンスター的」)積乱雲が大雨を長い時間にわたって降らせることになる、というわけです。

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