[番外篇]線状降水帯について私が知っていること(3)

 ところで、「線状降水帯」とは何か?

 「すごくたくさん雨が降るところが線状に連なっているところ」。

 ……まあ、そうなんですけど。


 気象庁の「天気予報等で用いる用語」の「降水」のページによると(表現は適宜変更しました):


 (1) 三時間の降水量が合計して一〇〇ミリ以上の地域の面積が五〇〇平方キロ以上

 (2) その地域の形が、長辺‐短辺の比が二・五以上の細長いものであること

 (3) その地域で、これまでの三時間の合計降水量の最大値が一五〇ミリ以上である地点があること(その地域のどこかでは、ただの激しい雨ではなく「非常に激しい雨」が降っていること)

 (4) その地域の土砂災害の危険度または洪水災害の危険度が「警戒情報」(土砂災害)や「警報」(洪水災害)の基準を大きく超過していること


のすべてを満たしたとき、気象庁では天気予報(そのなかでも「顕著な大雨に関する気象情報」)で「線状降水帯」ということばを使うことにしている、ということです。


 この基準(2)によれば、いちばん狭くていちばんずんぐりしている線状降水帯は、だいたい幅一五キロ、長さ三五キロということになります。

 五〇〇平方キロというと、東京二十三区が六二二平方キロなので、その八〇パーセント強が収まる広さです。大阪市の面積の倍ぐらい、福岡市の面積の一・五倍くらい、札幌市の面積の半分弱ですね。

 ただし、すべてが陸上にかかるとは限りません。海の上から陸地の上に線状降水帯が延びていることも多く、そのばあいには海上の部分と陸上の部分を合わせて五〇〇平方キロ以上の面積です。

 ですから、そのばあいには線状降水帯のせいで陸上で雨が降る範囲はここに挙げた例よりも狭いことになります。


 また、基準(1)と(3)によれば、「五〇〇平方キロの広がりのすべての地点で雨量が三時間で一〇〇ミリ以上、そのうちのどこかでは三時間で一五〇ミリ以上」ということになります。

 「三時間で一〇〇ミリ」を一時間平均にすると三三ミリちょっと、「三時間で一五〇ミリ」を一時間平均にすると五〇ミリとなります。

 で、同じく気象庁の「雨の強さと降り方」のページによると、気象庁は、雨についても、台風と同じように、「雨(無印)/やや強い雨/強い雨/激しい雨/非常に激しい雨/猛烈な雨」というランクを決めています(他に「小雨」がありますが、これは「数時間続いても雨量が1mmに達しないくらいの雨」で、きっちりした定義はありません)。

 雨量が三〇ミリ以上だと「激しい雨」で、人は「バケツをひっくり返したような雨」という印象を受け、この時点で「道路が川のようになる」としています。

 雨量が五〇ミリ以上だと「非常に激しい雨」で、「滝のような雨」、「傘はまったく役に立たない」、「水しぶきであたり一面が白っぽくなる」という雨なのだそうです。

 「線状降水帯」の下では、そのどこでも「バケツをひっくり返したような雨」が降り続き、そのどこかでは「滝のような雨」が降り続いている、ということです。


 これだけの雨が広い範囲で降っているだけでたいへんですが、その雨の水が川に集中して流れたり、地盤のなかにしみこんだりするわけですから、土砂災害とか洪水災害とかの危険が高まるわけですね。


 ところで、「線状降水帯」という用語は、どうなんだろう?

 もともと学術用語で、実際に起こった豪雨災害について「これの原因は、あの学術用語で線状降水帯と言っていたやつだ」ということで報道用語になり、よく使われるようになりました。二〇一七年には「新語・流行語大賞」にノミネートされたのだそうです。

 背景には、二〇一〇年代、毎年のように各地で豪雨災害が相次いでいたことがあります。その報道のたびに「線状降水帯」ということばが出てくるので、二〇一七年当時には「新奇なことば」と認識されたのでしょう。

 ただ、そうやって注目される時期が過ぎると、どうしても「線状降水帯? ああ、あれだね!」とすぐにイメージできる人と、「線状降水帯? なんか昔よく聞いたな。でもなんだっけ、それ?」という人とに分かれてしまいます。

 それが災害に関連しない「新語・流行語」ならいいのですが。


 線状降水帯で起こる、一地域に集中して大量の雨が降る現象は、「線状降水帯」ということばが広まるまではたんに「集中豪雨」と呼ばれていました。

 いまは「線状降水帯による集中豪雨」になるのかな?


 で、「線状降水帯」と言われるのと、「集中豪雨」と言われるのと、どっちがインパクトが強いか?

 私はやっぱり「集中豪雨」のほうだと思います。

 げんに、私の老母は「線状降水帯なんて言われても何のことかさっぱりわからない」と言っていました。

 これは私の母に限ったことじゃないと思うし、しかも高齢者は災害からの避難に関しては敏感に情報を受け取られなければならない立場です。その高齢者が「何か難しげな、よくわからない用語」と受け取ってしまうのは、あまりよくないんじゃないかと思うんですが。


 「集中豪雨」ならば、たとえば「集中豪雨的輸出」(相手国の経済に悪影響を及ぼすくらいに一国・一地域に同種の製品を大量に輸出すること)という表現に使われるくらいになじんでいるわけで。


 「線状降水帯」も「集中豪雨帯」・「集中豪雨ベルト」とか、せめて「線状集中豪雨帯」ぐらいに言い換えませんか?

 ……というのが私の提案ですが。


 「台風」と言われれば非常に多くの人が警戒するわけで、それは「台風」ということばがそれだけのインパクトを獲得したからです。

 しかし、「台風」ほどにまで警戒を呼び起こす、しかも誤解を招かないように警戒を呼び起こす用語というのは、なかなか生まれてこないものだと思います。

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