第8話 熱帯低気圧とポジティブ・フィードバック
というわけで、温帯低気圧は、性質の違う、普通は、温度も含んでいる湿気の量も違う二つの空気の流れがぶつかってできる、というお話だった。
二つの空気の流れがぶつかって前線ができ、その前線にできた空気の渦が成長して温帯低気圧になる。
温帯低気圧は上昇気流で湿った空気を吸い込むので、上空でその水分が雲をつくり、雲の粒が合体して雨や雪になり、天気を悪くする。
では、熱帯低気圧はどうやってできるか?
どこが違うか?
熱帯低気圧の中心が気圧が低くて、上昇気流が起こっていること、その上昇気流のせいで湿った空気が冷やされ、それが雨を降らせることなどは温帯低気圧と変わりがない。
では、どこが違うかというと、でき方が根本的に違う。
温帯低気圧は、性質の違う空気の流れが隣り合ったりぶつかったりしないとできない。その流れのぶつかり合いで気圧の低いところが生まれて、低気圧になる。
ところが、熱帯低気圧は、熱い空気だけでできてしまう。「性質の違う空気の流れ」は必要がない。
台風シーズンの太平洋は太平洋高気圧に覆われている。太平洋高気圧は強い高気圧だから、あたりの海に下降気流を吹き下ろして、低気圧の発生を制圧している。
けれども、太平洋高気圧は「太平洋が大陸よりは冷たいから高気圧として存在していられる」といっても、太平洋の海面は二〇度台後半から三〇度台だ。空気を湿らせ、温めて上昇気流を起こすには十分な温度だ。
そこで、太平洋高気圧の端っこのほうなど、太平洋高気圧の「低気圧の発生を制圧する力」が弱まっているところでは、上昇気流が起きることがある。
そういう上昇気流はたいていは大きく成長する前に消えてしまうのだけど、それが消えずに大きく成長してしまうと、こんどはその成長を止められなくなってしまう。「ポジティブ・フィードバック」という現象が働き、熱帯低気圧はどんどん発達してしまうのだ。
ポジティブ・フィードバック。
フィードバック、って、あれだよね。
テストでまちがえたところに「ここが弱点だからきちんと勉強するように」とかいうコメントが返って来る。それで、そこを勉強して、次のテストではちゃんと点を取れるようにする。
顧客コメントとかもそうで、顧客からこういうところが不便、という意見が来たのでそこを直しなさい、と言われる。そこを直して業務を改善する。
現代的な経済政策というのも基本的にそうで、景気が悪いとなると景気を回復させるための政策をとるし、景気がよすぎると判断したら景気を抑える政策をとる。
こういう、テストのコメントとか顧客コメントとか経済政策とかは「ネガティブ・フィードバック」という種類のフィードバックだ。
欠点を見つけて、その欠点を埋めるようにして、勉強なり業務なり経済なりが安定して行えるようにする。それがネガティブ・フィードバックだ。「ネガティブ」ということばがついていてネガティブな印象のことばだけど、「ネガティブなところをつぶして安定して続けていけるようにする」というような意味だと考えればよい。
したがって、ネガティブ・フィードバックがきちんと働いていると、勉強も仕事も経済も、だいたい安定して前に進めることができて、安心だ。
ポジティブ・フィードバックというのは、その逆を行く。
安定よりも、変化をいっそう推進するのがポジティブ・フィードバックだ。
ポジティブ・フィードバックが行われると、一方的に変化が進んでしまう。その結果が良くなるか悪くなるかは別として、「安定して継続する」ということはできなくなってしまう。
テストのばあいならば、「弱点をつぶしなさい」ではなく、「得意なところをどんどん伸ばしなさい」という方向にフィードバックするのが、ポジティブ・フィードバック、ということになる。
たいへんいいように思う。さすが「ポジティブ」といいたいところだが。
ところが、ポジティブ・フィードバックはその逆にも働く。
「苦手なところをどんどん苦手にして行く」、「顧客に指摘された欠点をさらにひどくしていく」という方向に働くことがあるのだ。
経済政策で言えば、景気がいいときに景気がよくなる政策を継続する、というのがポジティブ・フィードバックだ。
日本の「バブル経済」の時期がそうだった。このときには、アメリカ合衆国の赤字対策に協力するために、日本の「内需」を拡大しなければいけない、という判断が政府にあり、景気がいい状態でも景気をよくするための政策を止めなかった。その結果、景気がいいあいだはなかなか「イケイケ」で「日本経済すごい!」みたいな状況だったけど、バブルが崩壊したあと、たいへんなことになった。
バブル経済のときの経済政策はともかく、人間のばあい、いくら「得意科目を伸ばしなさい」という「ポジティブ・フィードバック」が来ても、「苦手科目も足を引っぱらないぐらいに勉強しないとまずいよね」という判断が働く。顧客に褒められたところを伸ばすのはいいけど、欠点のほうを直さないとやっぱり売り上げ落ちるよな、という判断ができる。
ところが、自然はそういう判断をしない。
「熱帯低気圧、どんどん強くなっていくんだけど、あんまり強くなったらいろいろとまずいよな」と思って熱帯低気圧の成長を止める、ということが起こらない。
その結果、熱帯低気圧は、一方的にどんどんと強くなってしまうのだ。
では、具体的にどうやって「ポジティブ・フィードバック」が働くのか、ということは、次回に説明することにして。
ネガティブ・フィードバックは「安定して継続する」という方向で進むことができる。
ポジティブ・フィードバックは、ポジティブないい結果を招くこともあるけれど、ともかく「安定して継続」ではなく、「変化」を推進し加速する傾向がある。それは、下手をすると「暴走」というほうに行ってしまう。
「フィードバック」、けっこう怖いよ、というお話でした。
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