第6話 イメージと正反対という話

 ところで、上昇気流と下降気流では、どちらが天気が悪くなるでしょう?

 この質問、たぶん、気象の知識がある方とそうでない方で、答えは正反対になるのではないかと思う。


 天気が悪くなることを「天気が下り坂」という。天気を下り坂にするのは「下降気流」だろう、と思う。

 それに対して、「上昇気流」というと、これからどんどんいいことが起こっていく感じがして、天気もどんどんよくなるに違いない、と思う。

 ことばの感じとしても、「上昇気流に乗る」といえば、これからどんどんものごとが順調に進んで、未来が明るい感じがする。

 「下降気流に乗る」? これから地面に落ちちゃうの? それはだめでしょ?


 ところが、正解は、天気を悪くするのは上昇気流だ。上昇気流があるほうが天気は悪くなる。

 なぜかというと、上昇気流は雲を作り出すから。

 下降気流は逆に雲を消すので、下降気流の下では基本的に天気がいい。


 「上昇気流」のイメージは、もうひとつ、グライダーや飛行機は上昇気流に乗ったほうが高く飛べるということがある。「上昇気流に乗って高く飛んでどこまでも行こう!」というとたいへんイメージがよい。

 とくに、エンジンのついていないグライダーは、高度を上げるには上昇気流に乗るしかない。

 伝聞だけど、上昇気流は雲を生み出すので、ハンググライダーに乗るときには、雲の下に行けば高度を上げられると教えられるそうだ。ただし、雲に近づきすぎると危ないので離脱するように、とも言われる、という話だった。

 また、飛行機にとっても、上昇気流があると高いところに上がるときに燃料を節約できるから、上昇気流のほうがよい、ということになる。


 ここで、再び、質問。

 地上近くの暖かい空気が作り出すのは高気圧でしょうか低気圧でしょうか?

 地上近くの冷たい空気が作り出すのは高気圧でしょうか低気圧でしょうか?

 これも、普通は、「暖かい空気が高気圧、寒い空気が低気圧を作る」と思うのではないか?

 だって、高気圧のときは晴れの天気で、暖かく、ときには暑くなる。

 低気圧のときは曇りや雨で、地上は涼しく、ときには寒くなる。

 まあ、雨が降っても蒸し暑いときもありますけどね。

 だから、暖かい空気が高気圧、冷たい空気が低気圧。それ以外、考えられる?


 ところがこれもじつは逆で、冷たい空気のほうが高気圧、暖かい空気のほうが低気圧を作り出す。

 原理的な話をすると、まず、空気は気温が高いほど膨張する、という性質がある。

 膨張すると空気の密度が下がるから、空気の圧力も低くなる。

 で。

 暖かい空気は膨張しているので、空気の圧力(気圧)が低くなって、低気圧になる。

 冷たい空気は膨張せずに縮こまっているので、空気の密度が高くなり、空気の圧力(気圧)も高くなって、高気圧になる。

 じっさいにはもうちょっと複雑だけど、基本的にはそういう理屈なんだけど。


 でも、だって、高気圧のときのほうが暖かいじゃない?

 どうなってるの?


 まず、高気圧が来たときには雲がなく、日が照るので、単純に地上が太陽の熱に温められて、暖かく、ときには暑くなる、ということがある。

 高気圧の下では暖かい空気が生まれる。高気圧自体は少しずつ温まり、暖かい空気は気圧が低いので、ほかに気圧を上げる要素がないと、高気圧は弱まっていく。

 逆に、低気圧はかなり分厚い雲を連れているので、日が照らず、地上が太陽の熱で暖まらないので涼しく、ときには寒くなる。

 低気圧を構成する空気は冷やされるので、低気圧も気圧を低くする要素がないと弱まってしまう。

 じっさいには、高気圧も低気圧も「気圧を上げる要素」・「気圧を下げる要素」を持っていることが多いので、弱まることはあまりないけど。でも、たとえば、低気圧(温帯低気圧)のばあい、「暖かい空気と冷たい空気のぶつかり合い」という「気圧を下げる要素」がなくなれば、やっぱり弱くなってしまう。


 また、日本列島のばあい、高気圧がどこの空気を持って来たか、ということも大きな要素になる。

 「高気圧ならば晴れ! さわやか!」という印象を与えてくれるのは「移動性高気圧」という種類の高気圧だ。これは、もともとはアジア大陸東方の高気圧の一部分だったものがちぎれて離れて日本列島まで流れてくるものだ。大陸の高気圧はもともと冷たいのだけど、大陸の南のほうまで来て温まり、そこで本体からちぎれて日本列島に来る。温まっても高気圧のままで日本列島までやって来る。

 移動性高気圧が来るのと同じ時期に日本に来る低気圧や前線は、移動性高気圧よりも北で育った低気圧・前線なので、どちらかというと冷たい空気を持っている。

 だから、春や秋に移動性高気圧が来て晴れるとぽかぽかと暖かく、春や秋に雨が降ると肌寒い、ということになる。


 夏の、ときに不快なまでの暑さをもたらすのは太平洋高気圧というもので、これは南のほうの暑い太平洋の空気を持っているので、この太平洋高気圧に覆われるとめちゃくちゃに暑く、しかもその空気は湿っている。

 いや、熱い空気だったら低気圧になるんじゃないの、という疑問は、当然、あるのだけど。

 太平洋高気圧が西太平洋で巨大に育つのは、地球大気全体の循環と関係があるのだけど、もうひとつ、海は暑くても大陸ほど暑くないから、という理由がある。北中国とかモンゴルとか、夏の昼はめちゃくちゃに暑くなる。四〇度を超えるくらいに暑くなることもある。その広い大地が空気を温める。太平洋の海水は、温められてもそこまでは温度が上がらない。三〇度を超えるくらいだ。けっきょく、太平洋の空気は大陸ほどは熱せられない、ということになって、相対的には温度が低く、高気圧になる。

 「大陸ほどには熱せられない」でも三〇度とかにはなるので、そこに晴れて空の高いところから日が照ることの効果が加わって、太平洋高気圧に覆われるとじめじめして暑くなる。

 逆に、冬晴れをもたらす高気圧は、北中国やモンゴルやシベリアで氷点下三〇度とかまで冷えた大地で冷やされてくるので、乾燥していて寒い空気を持って来る。冬晴れのときは太陽の高さが低いこともあって太陽でぽかぽか温まるわけにもいかず、冷えて乾燥した晴れになる。


 そういうわけで、日本列島では「冷たい空気のかたまりは高気圧、暖かい空気のかたまりは低気圧」という原則どおりの温度を体感することはなかなかできないのだけど。

 でも、原則はそうだ。

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