第5話 温帯低気圧と前線

 気象庁の言う「台風」も「熱帯低気圧」も、構造としては熱帯低気圧である。

 一方で、日本にやって来る低気圧の大多数は温帯低気圧という種類だ。だから、天気予報では、温帯低気圧を普通に「低気圧」といい、熱帯低気圧と対比する必要があるときだけ「温帯低気圧」と言っている。

 では、熱帯低気圧と温帯低気圧はどこが違うか?


 まず、温帯低気圧とはどういうものなのか?


 日本列島はだいたい温帯に属している。

 温帯は、熱帯のほうから来る暖かい空気と、北極・南極のほう(日本のばあいは北極)から来る冷たい空気とが混じり合う場所だ。

 温帯低気圧はその温帯で発生し、発達する。

 暖かい空気と冷たい空気の混じり合いが温帯低気圧を発生させる。


 水の流れでは、速さの違う流れが隣り合っているとそこに小さい渦がいくつも生まれる。

 「小さい渦」ではなく大きいものとしては、鳴門なるとの渦潮というのもそういう現象の一つだ。じつは私は鳴門の渦潮をリアルで見たことはまだないのだけど。

 中心が圧力が低くて、まわりの水を中心に向けて吸い込むのが渦。

 むしろ、隣り合う流れの速さが違うことで圧力の低いところができて、そこにまわりの水が流れ込むことで渦ができるのだ。

 空気でも同じことが起こる。

 違う空気の流れがぶつかったり隣り合ったりしたときに、そのぶつかり合いの効果で気圧の低いところができる。そこが渦の中心になってまわりの空気を引き込む。これが温帯低気圧だ。


 ところで、空気の流れがぶつかったとすると、ぶつかったら押し縮められる。押し縮められると気圧は高くなるので、ぶつかったところは低気圧ではなく高気圧になるはず、と思うかも知れない。

 ところが、空気はふくれることができるので、地上付近でぶつかってふくれた空気はふくれて高い空に上がっていくことができる。地上近くで空気のかたまりどうしがぶつかったら、普通はその空気のかたまりはぶつかり合ったまま上空へと上がっていく(温度差があれば冷たいほうが地上に残る。これについては次に説明する)。地上の近くから空気が上に上がっていくと地上の気圧は下がるから、空気のかたまりどうしがぶつかったらその下は低気圧になる。


 温帯では、(日本列島近くのばあい)北極やシベリアやオホーツク海から来た冷たい空気と、太平洋やアジア大陸の南のほうから来た暖かい空気とが入り混じっている。

 その、性質の違う空気がすれ違い、ぶつかり合って渦を発生させ、そこが低気圧(温帯低気圧)になる。

 ところで、性質の違う空気が一点でぶつかり合うということはあまりない。だいたいはある「線」を境にぶつかり合う(立体的に見れば「面」でぶつかるけれど、ここは地上近くの「線」で考える)。

 しかも、暖かい空気と冷たい空気がぶつかると、ただすれ違うだけとか、両方の空気が上空に吹き上がるだけとかいうわけにはいかない。

 暖かい空気は冷たい空気より軽いので、高いところに行きたがる。

 冷たい空気は暖かい空気より重いので、暖かい空気をはねのけてでも地上近くにへばりついたまま広がろうとする。

 「行きたがる」とか「広がろうとする」とか擬人化して書いたみたいだが、これが人間なら、「行きたいけどかったるいのでやめておこう」とか「いま広がったら人に迷惑をかけるからやめておこう」と自分を抑えることができる。ところが、空気さんは自分を抑えるとかいうのがもともとできないので、上に行きたい暖かい空気は何があっても上に行く動きを示すし、地上近くで広がりたい冷たい空気は何があっても地上近くにいようとする。

 空気は、本性を抑えることができる人間よりもストレートにその本性に忠実に動くのだ。

 そういう、上に行きたがる暖かい空気と、下に広がりたい冷たい空気が「線」で接触する。

 これが「前線」だ。


 日本語で「前線」というと、戦争のとき、直接に戦いが及んでいない「後方」ではない、まさに戦いが起こっている線、「戦線」のことだ(戦闘が起こらずに戦線が膠着していることもあるけど)。そこから向こうは敵地になる。

 それと同じで、暖かい空気の側から行くと、前線の向こうは「冷たい空気」という「敵地」になる。

 冷たい空気の側から行くと、前線の向こうは「暖かい空気」という「敵地」になる。

 その「暖かい空気」と「冷たい空気」が戦って、天気が悪くなる。

 物騒なたとえだけど、そういうイメージだ。

 英語では frontフロント という。英語でも front は戦争の前線、「戦線」のことなので、同じイメージ。それを訳して日本語で「前線」にしたのだから、当然だけど。


 なお、ウィキペディア「前線」によると、20世紀中ごろまでは日本語では「不連続線」と言っていたそうだ。

 テレビ放送が始まり、天気予報で「天気図」というものを見ながら解説するということができるようになり、そこで「前線」ということばが使われて、「ギザギザマークのあれが前線で、あれのせいで天気が悪くなるんだな」というイメージで理解できるようになった。そこから「前線」ということばが普通になったのかな、と思うのだけど、どうなのだろう?


 前線は、性質の違う空気が隣り合ったりぶつかったりしているところなので、そこには空気の渦ができる。その渦が大きく成長すると低気圧(温帯低気圧)になる。

 だから、前線の上には低気圧(温帯低気圧)が乗っていることが多い。また、低気圧(温帯低気圧)は前線を伴っていることが多い。

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