第3話 ラスボスでなくてもボスは怖い

 台風の大きさについては、もともと「小型の台風」や「中型の台風」も設定されていた。また、強さについても「弱い台風」や「並みの台風」も設定されていた。

 ところが、こちらも「小型で弱い台風」とかいうと、いかにも弱小そうなので、人びとが災害に備えなくなってしまう。でも「小型で弱い台風」でも、災害を引き起こすぐらいには強いので、人びとの警戒感をなくす「小型」とか「中型」とか「弱い」とか「並みの」という表現はしないことにして、無印の「台風」にしてしまった、という経緯がある。

 たとえば、「並みの台風」といえば「ほかの台風と同じくらいに強い」ということだから、そこそこ怖い台風だ。しかし、「上定食」や「極上定食」はすごいけど「並定食」はたいしたことがない、という感覚でいると、「並み」というと「なんだ。上や極上ではないのか。じゃ、たいしたことないんだな」と思ってしまう。だから「並み」は言わないようにした。

 「弱い熱帯低気圧」というとみんな警戒しなくなるので、「弱い」をとって「熱帯低気圧」にしたのと同じだ。


 ラスボス級の台風たちが「ふあっはっはっはっはっはっ! あいつはせっかく日本列島まで行ったのにたいした災害を起こさずに消えてしまったのう。しかし、やつはわれらのなかでは最弱の一人!」とか話しているイメージ?

 「ラスボス級のなかでは最弱」でも、迎え撃つ日本列島の人びと(や行政)にとっては強敵なので、私たちのほうで「弱い」とか「並み」とか言ってしまわないほうがいい、ということだろう。

 弱いボスキャラでも、ボスである以上はそこそこ強いので、「弱い」と油断して挑むと全滅する。同じように、弱い台風でも、台風である以上はそこそこ強いので、「弱い」と油断していると災害に巻きこまれる。

 そんな感じ。


 台風の種類の呼び名については、このように、警戒心をゆるめさせる表現を排除してきた。

 私自身は、政策的な意図はわかるにしても「それはどうなんだろう?」と思っている。

 分類としては、「弱い」や「小さい」も残しておいて、「弱い台風でも台風である以上じゅうぶんに怖い」ということを徹底的に知らせる、というほうがよかったのではないかと思う。


 ある面では、それをやっていると際限がなくなる、ということもある。


 日本列島あたりに来る、台風や熱帯低気圧ではない「普通の低気圧」は、構造としては「温帯低気圧」という種類だ。

 熱帯低気圧はそのまま消滅するのではなく、さらに温帯低気圧に変化することも多いのだけど、「熱帯低気圧は温帯低気圧に変化しました」と聞くと「熱帯低気圧ですらなくなった。もう安心だ」と思ってしまいがちだ。

 ところが、そんなことはない。

 温帯低気圧でもときには災害を起こす。だから、熱帯低気圧が温帯低気圧に変化したからと言って、必ず弱くなるとか、災害を引き起こさなくなるとかいうわけではないのだ。

 しかも、温帯低気圧は日本列島付近では発達する可能性がある。

 熱帯低気圧にとって、日本列島付近の温帯は「アウェイ」なので、普通は、弱まることはあっても強まることはない。ただし、今回のように、日本列島周辺の海の表面水温が30度とかだと強まることもある。でも、それは、温帯の海が、温暖化の影響かたまたまかは知らないけど、「熱帯の海」の温度になっていた、ということだ。

 ところが、温帯低気圧にとって、温帯は「ホーム」なので、温帯低気圧は日本列島付近で普通に発達して強くなる。

 つまり、「熱帯低気圧が温帯低気圧になりました」、「温帯低気圧にとって日本列島付近は「ホーム」なので、エネルギーを得て強くなりました」みたいなことも起こるわけだ。

 でも、これは、低気圧の呼び名から「災害への備えをおろそかにさせる」要素を排除しようにも、その方法がない。

 熱帯低気圧も怖いですが、温帯低気圧も怖いですから、相応の用心をしましょう、としか言いようがないのだ。


 (この内容はさらに次に続きます)

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