第8話 成ると成らぬは目元で知れる

「ねぇ、すがっち。」

津久田ちゃんが、お弁当の肉じゃがを転がしながら声をかける。

「ん。ぅ、おん?」

あたしはあたしで、口いっぱいに白飯を頬張って品のない声を出す。女子力低くてごめんマジで。


「最近さ。その。あの。…よく、見つめ合ってるよね。岡峰君と。」

「…むぇ!?ゲホッゲホッ!!」

突然の指摘にご飯粒が変なところに入る。あっぶねぇ!とりあえず最悪の事態は免れた。


「ごめん!変な意味じゃないんだけどね。気になっちゃって。」

「う。あぁ。そだよね。」

やっぱりそうだよね。今まで絡みらしい絡みがなかった男女が『目と目を合わせている』なんて、『何かあった』と捉えるのも無理はない。津久田ちゃんには隠さないでおこう。ここ数週間の出来事を、かいつまんで説明した。


「わ。わ。」

そう言って目を輝かせる。小さくてなんかかわいいやつかよ。

「だからさ。付き合うとかではないんだけど、少しでもオカミーと仲良くできればって思って。」

「青春やなぁー。」

急な関西弁おもろいからやめて!


そこまで話して、恥ずかしさに襲われる。いや、そんな恋愛マンガの登場人物みたいな悩み…あたしなんかが!?くぅー恥っずいぞ。すっごく恥ずい。


「じゃ…三角関係だ。」

「うん。え?」

思いがけない言葉が津久田ちゃんの口から出てきた。

三角関係。あたしとオカミーと、中埜君。


「知ってたんだ。」

「前にさ、映画見に行った帰り際。すがっちとバイバイした後ね、中埜君から言われたの。」

そうか。映画を見た翌日の『困惑した雰囲気』の正体はこれだったのか。

少しずつ点と点が結びついていく。


「私もさ。ちょっと、中埜君のことかっこいいなって思ってたから。なんか、複雑で。」

「だよね。」

お弁当のじゃがいもが、転がされすぎて丸くなっていく。


「すがっちは。どうしたいの?」

どう、と言われてもなぁ。

この歪な三角関係は解消したい。だから、あたしができることを探している。


「あたしはさ。今はオカミーのことだけ考えてる。」

「ふぁぁあ!」

「いや、そういうことじゃなくて!あぁ、ミスった…えっと。」

「ははは。分かる。分かるよ。中埜君は一旦置いといて、オカミーの力になりたいってことだよね。」

「そ!そう!!」

表現に気を付けよう。受け取り手次第では全く違う意味になってしまう。


「オカミーが、あたしに頼ってくれた。それには応えたいな。」

「すがっちならできると思うよ。」

「ありがと。」

必死に考える。方法を。みんな幸せでいて欲しいから。


「あまり、羽目を外さないようにね。じゃあ、夏休みを楽しんで!」

山田先生の挨拶で、夏休みへと突入する。っしゃー!高校生活初の夏休みじゃー!まぁ、特に予定はないんだけどねぇ。誰かなんか誘ってぃ!

ていうか…夏休みってことは、明日からオカミーとも会えなくなる。うーむ。なんか寂しいような。

そんなことを考えてると、オカミーが無言でこっちを見てきた。

「…。」

「ん?」


『夏休み、することある?』

『ん。特に今んところ無いなー。』

『じゃあ、どっか』


「な。みんなでプール行こうよ。」

おぅい!なんでいつもお前は!!


「楽しそうだし、いいよね!?」

「菅波さんは?」

「あ。いいよ。」

めっちゃ棒読みになった。じゃあ、こうなったら。


「オカミーもいこうよ。」

「え、あ…。」

会えないなら、会えるようにすればいい。

最近は2人で見つめ合う、無言の時間が好き。オカミーのほんわかした雰囲気にも癒される。これはもう、紛れもない事実。


「じゃ、決まり!明後日の12時、市営プール集合な!」

アスマコ会とオカミー。4人でのプールが決まった。


「わぁーすげぇ!こんなんなってんだ。」

市営と言えど、プールはかなり豪華な作りになっている。波のプール、ウォータースライダーにフードコートまで。その上夏休みなのに人出はまばら。ラッキーラッキー!遊ぶぞぉー!


オカミーは意外にも泳ぎが上手で、中埜君はカナヅチだった。

「悪かったな。」

「昔からだよね。」

「…。」

「じゃ、泳げるようになろ。俺、教えるからさ。」

「ぽ。」

「はい、津久田ちゃん。『ぽ』じゃないよ、『ぽ』じゃ。あたしも手伝うよ。」

「わ、私も!」


そして中埜君に、3人で平泳ぎを教えた。

最初は溺れかけのカエルのようだったけど、みるみる上達していった。要領はいいんだよなぁ。


「はぁーあ。疲れた。なんか腹減らない?」

「わかるぅ!」

「なんか食べ行くか。」

「いこいこ!」

「2人は?」

「俺はいいや。体冷えちゃったから少し休憩する。」

「あたしもいいや。」

今日初めて2人ずつに分かれる。津久田ちゃんと中埜君は、意気揚々とフードコートへ向かった。


『プシャ!』

「ふんがぁ!」

突然水をぶっかけられる。突然すぎて、変なとこに水が入って悶える。薄目で見渡すとケラケラ笑うオカミーがいた。あ、そんな顔で笑うんだ。って、こらこら〜!


「やったなぁー!?」

『ジャバーン』

当然やられっぱなしはない。大波をオカミーに浴びせる。そんなこんな、わちゃわちゃしていると。


「そこ!ここではあんまり波立てないように!!」


当然の忠告が入る。

それから2人で、プールサイドの日陰に座った。

「はは。怒られちった!…どう?たのし?」

「ん。たのしいよ。」

「それは、よかった。」

少し日焼けしたような気がした。あんなに嫌がってたのに。なんか、ちょっと変わった。


すると、また目線が合う。


『楽しい。今日はありがとね。』

『こっちこそ、ありがと。』

『もっと、一緒に色んなところ行きたい。菅波さんと。』

『ふぅん。一途じゃん。』

『初恋、だし。』

『オカミーのそういうとこ。好きだよ。』

初恋、か。


「中埜君のことは、気づいてるんでしょ?」

「へ。…あぁ。」

急に声に出す。


「中埜君は、幼馴染でさ。内気な俺を守ってくれて。ヒーローみたいな存在だった。」

「ヒーローか。やっぱ、昔からいい奴なんだ。」

「うん。そう!…でもね、最近気づいた。中埜君、俺のこと。」

友情だと思っていたものが、実は恋愛感情だった。それは困惑せざるを得ない。計り知れない不安と動揺。オカミーの目が、次第に潤んでいく。


「じゃ、付き合ってみよっか。」

「へ!?」


あたしの出した一つの答え。

何の解決にもならないかもしれない。

でも、中途半端な態度はとりたくないから。


「最近思うんだ。オカミー、表情が豊かになった。」

「マ…ジ?」

「まじまじ!今日だって日焼け、ほら。」

「んあ、これは…その方が健康的?だし。」

「はは!そうやって少しずつ変わろうとしてる。すごいよ。」


「もっと、近くでオカミーの変わるとこ見てたい。」


光陰矢の如し。月日の流れは、あっちうま。

グズグズしてたらその変化に気付けない。

彼は以前言ってくれた。あたしの「優しいところが好き」と。

その時は半信半疑だったけど、オカミーは見てくれていたんだ。

優しさだけじゃ、人と人は繋がれない。でも、彼が『はじめての恋』をするには十分すぎる理由だった。


「俺で…いいの?」

「オカミー『が』いい。」

彼の涙を、一粒二粒と指で拭う。

その手を優しく握り返し、オカミーは言った。


「俺は、菅波さんのことが、好きで好きで好きの絶頂で。幸せ、なんだ。」

「ん。あたしもだよ。」


「ね、中埜君。」

「んー?なに?」

「あの二人、置いてきちゃってよかったのかな。」

「まぁ、大丈夫っしょ。」


「アスカの目は、誤魔化せないからさ。」

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