第9話 君とのラゾーナ

俺には、好きな人がいる。その人は、無口で内気で、小動物みたいだ。

小さい頃から、いつも一緒だった。


「よ。」

「お、おう。」

「呼び出しちゃって悪いな。」

「別に、いいよ。どうせすること無いし。」

彼は岡峰おかみね飛鳥あすか。何を隠そう俺は、彼のことが好きだ。


「わ、すごい人だね。」

「夏休みっつっても平日なのにな。大丈夫か?」

「ん。ちょっと休みながら行こ。」

今日はアスカに、買い物に付き合ってもらう。まぁ、一人でもいいんだが。

やっぱちょっと味気ない。

かといって『アスマコ会』のメンバーにも頼り辛い。こういうのは、気の置けない『友達』と来るに限る。


「んー!甘うま!」

「アスカ、本当に抹茶アイス好きだよな。」

「へへ。そだね。あとなんか、名前で呼ばれるの久々だね。」

「あぁ。そうか。」

『アスカ』と名の付く人物が、俺のクラスにもう一人いる。菅波すがなみあす。『アスマコ会』の中心人物であり、俺の恋敵。一方的に敵だと思ってるだけなんだけど。


「でさ。昨日も菅波さんがね。俺の言った冗談で笑ってくれたんだよ。」

「そっか。そりゃよかったな。」

「あ。うん…。」

普段は無口なアスカも、今日ばかりは色々なことを話してくれる。その中でも、やっぱり中心になるのはもう一人のアスカのことだ。はぁ。そんな楽しそうに話されたら、俺だって嬉しく…は、ならない。


「告白したんだろ?冗談言って笑ってくれたくらいで喜ぶなよ。」

「あれは…俺のタイミングが悪かったんだよ。何したらいいか分かんなくてさ。」

「だーから、うまくいくコツを数学のノートいっぱいに書いてやったろ。」

「マコトみたいにうまく振舞えないよ。俺は。」

俺みたいに、うまく振舞えないって。アスカは俺の何を見てるんだよ。

不意に、今日初めて目が合った。意識して目線を外していたわけではない。でも、アスカには見透かされる。俺の考えていること全てが。


「…。」

「あ、じゃあ、食い終わったら買い物いくぞ。」

「ん!」

「お?」

「体冷えた。」

「お、おう。いいのか?」

そう言って残りのアイスを差し出す。こいつは、多分何も意識してないんだろうな。やれやれ。


「今日の目的は3つ!1つ目は、明日着ていく服を買う。2つ目は、アスカと映画を見る。3つ目は…なんだっけ?」

「忘れたんかい!」

「まぁいいや。思い出したら言うわ。」

「映画って、何見るの?」

「はまかぜ。」

「え。でもそれ、マコト一回見たやつだよね。」

「いいのいいの。アスカと見たいんだ。」

そう。一緒に見たいんだ。


映画の中の人物たちにはそれぞれ「想い人」がいる。

叶う恋や叶わない恋。それぞれの心情を繊細に描いている。

俺は2回目だが、想像以上に見入ってしまった。展開を追うことはさることながら、登場人物の『目線』に注目してみた。

告白で輝く目、不安で曇る目、涙で潤む目、安堵で暖かさが宿る目。

やはり「目は口ほどに物を言う」とは良く言ったもんだ。

ふと、隣に目を遣る。よかった。アスカも見てくれている。


「あ。」


その頬に、一筋の光が見えた。映画のシーンが切り替わると、七色に輝く光。

光の正体は、知る由もない。


「面白かったね。」

アスカが口火を切る。

映画が終わった後、何を言うかいつも迷う。全て野暮ったくなってしまう気がしてならないからだ。


「おう。何が良かった?」

「全部。だけど、強いて言えば、みんなの目。かな。」

やっぱり、アスカも見ていた。


「役者さんってすごい!演技してるはずなのに、感情が目に表れてた。」

「それって、珍しいことなのか?」

「やっぱり、中途半端な演技だと。分かっちゃったりする。」

すごいな。やっぱアスカの目は誤魔化せないんだ。

ひとしきり感想を言い合う。これも女子勢とはできなかったものだ。

そう、感想を言い合いたかった。


「マコトはさ、登場人物だと誰が好きだった?」

「んん。井川いがわさくらかな。」

「井川さんか。」

「うん。叶わない恋の方。儚くて切ないけど、綺麗な恋だった。『好きな人を想うと、涙が出る』ってセリフ。その通りだと思う。」

「そっか。」

「アスカは?」

「僕はさ、正直誰でもなくて。それでいて、全員かな。」

「ん?」

不思議な表現だ。理解するのに時間がかかる。


「それは、それぞれのキャラに思うところがあるってこと?」

「んー。誰かを好きになるとか、経験無かったからさ。今までは。でも、最近ちょっと分かったんだ。」

それは、彼女あすかのことか。


「マコト。ありがと。」

え。俺?


「俺を、好きでいてくれて。」

そう言って、あすかは俺の頭を撫でる。

今日やりたいこと3つ目。アスカに想いを伝える。まさか、先を越されてしまった。


「アスカ、変わったな。」

「おう。」

恋の炎が消えかかる。

でも、消えないラゾーナが俺たちにはある。


今日だけは、もう少し2人でいさせてくれ。

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