第6話 男の目には糸を引け女の目には鈴を張れ

「ぽはよー。」

「おは、よ。」

おっ。おぉ!?挨拶が、返ってきた!

ま、まぁ…あんなことがあった翌日だし、当然と言えば当然か。

『あんなこと』とは、この無口で無愛想なオカミーから告白されたってこと。

…無理に話さなければ、気まずさも最低限に抑えられるしありがたい。


「ん?」

目が合った。昨日までとは違い、柔らかい視線が交差する。よぅし、こうなったら目だけで会話してやる。


『昨日はありがとう。』

『ううん。あたしこそ。ちょっぴり嬉しかったよ。』

『よかった。これからもよろs』


「アスカ!」

おいー。今いいとこだったろぉ!実際はわからないけど。


「なに?」

「今日お前日直じゃないのか?」

「あ、そだ!昨日あたしだったから今日はオカミーだ。」

始業前の準備として、日直が学級日誌を職員室まで取りに行くという謎儀式がある。これが非常に面倒くさい。しかも忘れると担任にはチクチクと小言を言われる。


『ドカッ』

「いっ…!」

リミットまであと3分。机の角に体をぶつけながら勢いよく教室を飛び出すオカミー。


「あいつ、頭いいのにちょっと抜けてんだよな。」

「ははは。なんかわかりみー。」

「そこが可愛いんだけど。」

可愛いって…どういう感情だよ。同意はするけどさ。

オカミーは小動物みたいでもある。基本的には巣穴に閉じこもっているが、定期的にあたし達の前に出てきて仲良くしてくれる。そう言うところに彼の優しさと愛らしさを感じなくも無い。


「中埜君さ、なんでオカミーと仲良くなったの?」

「んー?俺たちの馴れ初めかぁ。」

あたしの中での仮説を少しずつ紐解いていくために、思い切って聞いてみる。

すると中埜君は、爽やかさの裏に少し戸惑う表情を浮かべた。そんな顔することもあるんだ。


「じゃさ。」

息を大きく吸い込んで言う。


「それも含めて、放課後どっかで話さない?」

「え?」

やっぱ、このグイグイくる感じはちょっと苦手だ。顔は良いんだがなぁ?

まじかぁ。どうしよう。オカミーとの関係性は気になるけど、中埜君と2人きりはなんか気が引ける。


「ん。んん。考えとく。」

「うん。前向きによろしく。」

そう言う場合、ほぼ100%『行かない』を選ぶんだけどね。


「今日はごめん。」>

●<「あぁ、いいよ。」

●<「こっちこそ、急にごめんね。」

「電話とかじゃやだ?」>

●<「んー。じゃ、『おあずけ』ってことで。また別の機会に。」

「わかったー。」>


結局、行かなかった。オカミーの時と同様、悩みに悩んだ。でも、行かなかった。


そして数週間後。

「遠足じゃないですからね?地域の文化に触れること!では、楽しんで行ってらっしゃい!」

山田先生は元気に私たちを送り出す。今日は校外学習である。


「うへぇ。6月だってのになんでもうこんな暑いんだよぉ。」

「ホントだよね…。紫外線は女の子の敵!!すがっち、日焼け止め塗る?」

「あぁー助かるー。ありがと津久田ちゃん。」

夏本番はまだ先なのに…もうジリジリとした日差しがあたし達に降り注ぐ。いくら何でもアチすぎる。これじゃ、8月とか外出歩けないぞマジで。

とにかく津久田ちゃんに借りた日焼け止めを塗りたくる。おほぉ。めっちゃ良い匂い。


さて、ここで我ら校外学習2班のメンバーを紹介しよう。リーダーはご存知中埜君。そして津久田ちゃんとあたし。まぁここまではアスマコ会でもあるし。自然な流れだわね。

んでもって、


「岡峰君も使う?」

「…あ、や。いい。自分の持ってるから。…ありがと。」

いかにも紫外線に弱そうな彼が、オカミーこと岡峰君。


そしてそして、


「男は焼いてナンボ!岡峰ぇ!!なんでそんな白いんだよ。不健康極まりないぞ!」

「…。」

人一倍声がデカいコイツが、我がクラス1のお調子者「渡辺鯨」である。ラグビー部かってくらいの体格で熱血漢だが運動部ではないらしい。何者だよマジで。


「くじら、学校の外なんだからあんまデケェ声出すなよ。アスカも嫌がってるだろ。」

「わりぃわりぃ。テンション上がっちまってな。」

こっちのアスカも嫌がってるぞ。


この校外学習はチェックポイントをまわりながら街の歴史や文化に触れるというもの。コースは事前に自分たちで話し合って決め、あたしたちは「中華街」の周辺を回ることになった。うへへ、おいしい中華いっぱい食べるぞぉ。


『グゥー』

お腹が鳴った。どうせ誰にも聞こえてないだろうと思ったのだが、

「おいおい!菅波ぃ、朝飯食ってんのか!?」

耳よすぎだろ鯨!デリカシーないし!黙っとれ!!


チェックポイント自体、そこまで面白いものでもない。街の歴史にはそこまで興味がないし、特に見たいものもない。やはり食べ物がメインだ。

でも、そんな中でも、ちょっと楽しそうなオカミーを見れたことは収穫だった。写真やメモを熱心にとり、時折私たちの会話にも参加する。

ご飯を美味しそうに食べることろ、つまずいて倒れそうになるところ、お財布が妙に小さいところ。普段隣にいてもなかなか見れないオカミーを、今日は特に目で追ってしまった。


え、あ、いや…別に好きとかそういう感情じゃないし。はは。

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