第5話 魚心あれば水心

「はっ…!お?」

「…。」

見慣れた無口で無感情な青年が1人、そこに立っていた。

ただ、彼の目からは『覚悟』を感じる。その覚悟がなんなのか、まだ知る由はないのだけれど。


「え?オカミー?」

「…。」

「手紙くれたの?」

「ん。」

「あ、ありがと。えと、要件は?」

「…。」

次第にいつもの伏し目がちなオカミーになっていく。待って、心を閉ざさないでくれよ。


「何かあたしに言いたいこと、あるんだね。」

「…わかるの?」

「あは!喋った!!」

思わず声を上げてしまった。記念すべき1回目の会話じゃないだろうか?相槌を除けばコミュニケーションをとるのは初めてのはず!っしゃー!なんだぁ。案外すんなり喋れたじゃーん。


「…。」

「ごめんご!声聴けてうれしいだけ。」

「…そりゃあ、喋れるっしょ。」

震える声でツッコミまでしてくれた。はぁ。もう、あたしは十分だよ。いつものオカミーのままで良いし、目と目が合えば何となく考えてることわかるからさ。無理しないd…。


「俺さ。目を見るとその人の考えてることが、解るんだ。」

何気、一人称は『俺』だった。いや、驚くポイントはそこじゃない。

え?なんて言った?


「え、あ、超能力?」

「いや…そんなじゃないと、思う。」

「へぇー…?」

まさかの展開だった。オカミーも、目を見ると相手の気持ちが読み取れるらしい。

そんなに珍しいことでも無いような気はしていたけど、初めての出会いだった。

彼の場合『考えてることが、解る』と断言している。あたしよりも精度が高いのか?実際どのくらいなんだ…?


「えと、解るってどのくらい?」

「結構。」

マジかよ。あたしより精度高いらしい。まぁでも、見え張ってる可能性もあるし、60%くらい信じておこう。


「菅波さんもさ。解るんでしょ。」

あぁー。それも解っちゃってたかぁ。じゃー隠しても仕方ない。


「バレてたかー!」

「最初に目があったとき。解った。俺のことを知ろうとしてた。」

「はは、そうだったかもね。うん。」

鈍色だった目が、西陽を受けて橙色へと変わっていく。オカミーの心が徐々に開いていくようにも感じる。この機を逃すまいと、本題を切り出す。


「でさ、話ってなに?」

「あ、そうだった。」

「聞かせてよ。」

「うん。…中埜君。」

「中埜…君?」

「どう思う?」

短く言葉を発する。どう?と言われてもなぁ。おいおい、そんなことを聞くためにあたしをここへ呼んだのかい?


「どうって…。んー。爽やか…イケメン?」

「…。」

「昔から知り合いなんだ?」

「小学校の頃からね。」

「へぇ。仲良いんだ。」

「…。」

オカミーの目は少し恐怖を湛えている。なるほどね。これは、もしかして。


「オカミー、中埜君にいじめられてる、とか?」

「…あ、や。」

中埜君に感じてた違和感の正体はこれか。爽やかさの裏にある陰湿さ。人は見た目では分からないもんだね。

そこまで納得したところで、

「違うんだ。」

今までの曖昧な返答から一転、はっきりとした否定が放たれた。


「じゃあ、どういうこと?あたしはさ、どうすればいいの?」

「あの、さ。」

むむ。これはもしや…。


「俺は、変わりたいんだ。こんな性格だし。人と関わるのは、苦手だ。そんな俺でも、ひ、ひと目見た時から、その。」

「…。」

「だから…俺と、付き合ってください!」

普段無口な彼は、橙色の目の奥を輝かせて決死の勇気を振り絞った。なるほど。でもその目は、本当に恋焦がれる男子のものでは無く、あたしに助けを求めるものだ。そのくらい、解りやすかった。

青天の霹靂パート2。そろそろ感電死しそう。さてさて、どうしようか。断っても受け入れても、なかなかに面倒そう。それに、オカミーには悪いけど初めての彼氏がそんな味気ないものなんて。あたしの楽しみにしていた青春じゃない!

もっとさ。もっと、好きで好きで好きの絶頂で。幸せなカップルになりたぁい!!ってのは、欲張りなんでしょうかね?はは、わかんねぇ。


「…ほう。なんで、あたしなの?」

一目惚れって言ってたような気がしたけど一応、訪ねてみる。

「なんで。ううん。なんで、か。」

目を逸らし、頭をガサガサと乱暴にかきあげる。やっぱり、好きと言うならそれ相応の理由はほしい。じゃ無いと、応えようも無くないか…?


「優しいとこ、とか。」

当たり障りないなぁ。そんなに優しくしたっけか?

そして結論は、もう出ている。


「ごめんね。今は、無理。」

「…ん。そか。そうだよね。」

「違ってたらごめんだけど、多分、オカミーはあたしのこと、好きじゃ無い。」

「え、そんなこと…。」

そんなことある。目を見れば解るから。


「オカミーはあたしに助けを求めてる。そう感じるんだ。何か、後ろめたいことや悲しいことから逃れたいから。」

「…。」

「中埜君とオカミーの間で、過去に何かがあった。違う?」

これは、あくまでも推測の域を出ない。だけど、そうだとしたら今までの彼と中埜君との距離感も説明がつく。


「…。」

「だから、今はオカミーと付き合うとかはできない。けどさ!あたしで良ければ、何でも相談に乗る。オカミーのこと、もっと知りたいと思うし。あたしのことも、もっと知って欲しい。はは。同じ名前だしね?あたし達。」

「アス、カ。」

「そ。そこになんかね、ちょっとだけ。ほんのちょっと、運命みたいなものを感じた。たまたま同じ学校で。たまたま隣同士で。」

少し曇りかけた彼の目に輝きが戻る。なんだ、ほんとはあたしのこと好きなんじゃん?でも、まだだめ。まだ、解らないことが多すぎる。


「ね、連絡先。交換しよ。」

「うん。」


目は口ほどに物を言う。

あたしの青春は、まだ始まったばかり。

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