第4話 晴天の霹靂

「アスカ!」

「ほえ?」

「あ、あぁごめん。こっちのアスカ。」

この不意打ち『アスカ!』にはなかなか慣れない。もはやわざとなんじゃないかとさえ思える。


「…。」

「さっきの数学…板書追いつけなくてさ。ノート見してくんね?」

「…。」

「さんきゅ!ほんと助かるよ。アスカのノート見やすくて好きなんだよ。」

あんまり快諾してる雰囲気はないけどねぇ。嫌なら嫌って言わないと。ん…?


「な、なに…?」

「…。」

えぇ…?そんな訴えられても。あたしは何もしてあげられないよ。その目は、何か助けを求めるような。そんな気がした。


「どした?」

「…。」

やっぱ、人間関係って難しい。アスマコ会も、映画を見て以降はあんまり集まっていない。中埜君は爽やかさがなんか怖いし、津久田さんは発言にちょっと含みがある。メンバーではないけど、岡峰君は全く喋らない。それぞれ、何か抱えている。


そして事態は、ある大雨の日の朝に急変する。

「ふわぁー。おはよ、ひろみ。」

「おはーアスカ!あれ、なんか眠そうじゃない。」

「寝不足にこの大雨が追い打ちだよ。靴下までびっしょびしょで早くも帰りたいわぁ。」

半開きの目をゴシゴシ。湿気を含んで髪はゴワゴワ。多分ドアホの毛が飛び出してることだろう。バッチリ決めて来ているひろみとは女子力に雲泥の差がある。そんなことを思いながら、何気なく靴箱を開けた。


「ん?」

純白の封筒が目に飛び込んできた。古式ゆかしく丁寧に、まごうことなき「ラブレター」の様相を呈している。

「どした?」

「あ、いや。先行ってて。」

「なにー?靴箱にー?ラブr…まじ!?」

気が動転して純白の封筒を靴箱から取り出してしまった。そのままにしておけばバレずに済んだのに、私としたことガッ!!


「いやいやいや!!ラブレターって決まったじゃないし!!さすがに展開早すぎるって!!」

「アスカかわいいなとは思ってたけど…まさかこんな早くとは…!きゃー!」

「や、やめんか!」

ひろみも目を虹色に輝かせる。この間、登校してから僅か1分。

へぇあー?!まじかよ。差出人は不明!?なになになに。誰だよ。なんか柔らかいフォント。女子の可能性もあるか?

『放課後、102教室で。』

ほぉう…。102教室は学校の奥の方にある空き教室。えぇ!?何されちゃうんだぁあたし!


「アスカ。ノートありがと。」

「ん。おう。」

不思議なフワフワとした気分で教室に近づくと、そんな会話が聞こえて来た。ハッと我に帰る。中埜君があたしの席に座り、隣に話かけている。岡峰君は目も合わせず小さく頷き、面倒くさそうに頬杖をつく。何も考えずに2人の間に割り込んでも良いが、この時はなぜかちょっと躊躇ってしまった。会話自体はあんまり聞こえないが…昨日借りた数学のノートを返したっぽい?


「もう、やめようよ。」

なんか、岡峰君がそう言った気がした。もう?やめよう?何を?ちょっと距離をとっているせいで声が喧騒と雨音にかき消される。

「スガちゃん、おはよ!」

「んあ、おはよ!」

後ろから声をかけて来たのは津久田ちゃん。それに前方の男子2人も気がつく。


「あぁ!ごめん。菅波さんおはよ。」

「あぁ。おはよー!別にまだ座ってていいよぉ。職員室から日誌取ってくるから。オカミーもおはよ。」

「…。」

なぜか咄嗟に『オカミー』というあだ名が飛び出した。いやいや、そんな仲でもねぇだろあたしら!恥ずかしさでそそくさとその場を離れる。


「オカミーか。いつの間にそんな仲になったんだよ。」

「…そんなじゃ、ないし。」


「いいですか?ここで、筆者の思いを汲み取ると…」

青天の霹靂。霹靂っていうのは『急に雷が激しく鳴ること』らしい。だから要するに、晴れた日に雷に撃たれるような衝撃ってこと。ふぅん。中埜君と話すオカミーのあの目。やっぱ何かあるような。考えすぎか?んー。もやもやする。


「…菅波!!」

「はい!あ、え。」

「こっから読み取れる主人公の感情はなんだ?」

「えっと…あー。」

完全に油断していた。もうずっと心ここにあらずって感じ。えっと…何を聞かれてるんだっけか…。

あたふたしていると、スッと手を上げる姿が横目に映った。

「なんだ、岡峰。」

「菊治郎は助けを求めています。あまりにも大きな力に押さえつけられ、身動きが取れない状況です。そこには、恐怖と焦燥があります。」

「んん。隣が岡峰でよかったな。感謝しろー?はい、そうだ。この場合だな…」

間一髪、助け舟が入った。サッと答えるとまたいつもの頬杖の体勢に戻る。


助かったぜ、アスカァ!

『ありがと。』と小声で感謝を告げてみたが、案の定スルー。まぁ、もう慣れたもんである。


そんなこんなで放課後。あたしは今「102教室」にいる。

地獄のように長い授業に耐え、集中力もいつもの半分以下で幾度となくピンチが訪れた。今日はマジでヤバい。


あたしとしたことが…たかが紙切れにこんな左右されるなんて。

そう、紙切れだ。そんな紙切れが、なんか?たまたま?下駄箱に入ってたから来ただけだし。男子に告白されたいとか、そういうのないし!

…くはぁ…なんて強がってみてもダメだぁ。授業に一時も集中できなかった事実に変わりはない。


一旦冷静になってみる。耳を澄まし、教室の静けさに心を落ち着かせる。

遠くでは運動部員のかけ声、管弦楽部の楽器の音。静かすぎず、騒音でもなく。

『青春の静寂』

今聞こえている音にタイトルをつけるならこんな感じだろうか?

「ふわぁ…。」

寝不足も相まって、少し微睡みすら覚える。


その時。

ドアの重たい音が、その静寂を切り裂いた。

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