第9話

 僕の小説が選ばれてから二ヶ月半。最近は雪が降るため、ブレザーに加えてセーターやコートも必要になってきた。


 誰もが小説について忘れ去った昼休み。俺は担任に呼ばれて職員室へ足を運んでいた。


「実はな、お前の作品が入賞したらしいんだ」

「……本当ですか?」


 勿論、と先生は一枚の紙切れを引き出しから出した。それは授賞式への参加についてだった。


 ……まさか僕の作品が入賞するだなんて。心臓が飛び出そうだ。


 先生から紙を貰って、ようやくこれは現実なのだと理解した。


『多田雅之様』この響きがなんとも心地良い。


「授賞式が三ヶ月後の三月一七日にある。忘れるなよ」


 授賞式か。まだ先なのにとてもドキドキしてしまう。 おじさんには絶対に報告しないとな。春野に言ったらどんな顔するかな。


「浮かれてる所悪いが、くれぐれも正式な発表が出るまでは誰にも話すなよ」


 そうか、まだ誰にも話せないのか。僕は頑張って口を開かないように気をつけた。


 ◇◇◇


 待ちに待った三月一七日。早くに咲いた桜は僕を静かに祝福している。


 授賞式はかなり有名なホテルのホールで行われるということで、会場は離れている所から見ても、すぐにあれだと分かる佇まいをしていた。


「うわぁ……」と声に出てしまうくらい大きなホールにはすでにかなりの人が入っていた。一〇〇席ほどの席がホール一杯に並べられており、スタッフに案内された通りの場所に座った。


『只今より第一三回高校生小説大賞の授賞式を行います』


 ホールは拍手で包まれた。


『では、審査員の紹介です』


 ステージ横の席に座っていた大人が席をぞろぞろと立ち、名前を呼ばれたらお辞儀をするというのを繰り返していた。多すぎて聞くのに飽きてしまったため、僕は途中から目を瞑っていた。


『……それでは各賞の表彰に移りたいと思います』


 自然と目が覚めた。


 まずは銀賞から、と前の方の席数人が呼ばれ、ステージに登壇した。この席の順番通りなら僕は最後のほうだ。


「〜〜賞。多田雅之」


 もう僕の順番が回ってきたようだ。俺は体を無理やり立たせてステージへ向かった。緊張して体が思うように動かない。


「多田雅之殿。第一三回高校生小説大賞での功績をここに称します」


 低く聞き覚えのある男性の声と、高い囁くような女性の声。二人から一枚ずつ、計二枚の賞状が手渡された。


「「おめでとう、多田君」」

「ありがとう……ござい……ます!?」


 目の前にいたのは僕のよく知るあの二人だった。


 ◇◇◇


 授賞式も終わり、僕は急いで審査員席の方へと向かった。表彰台で見た二人――春野とおじさんはすぐに見つかった。


「何でここにいるんですか!?」

「「審査員だから」」


 二人は同時に答えた。身だしなみが今までに会ったときとはぜんぜん違う。まさに偉大な小説家といった風貌だ。


「多田君凄いね。小説嫌いなのに賞に入っちゃうなんて」

「先生と春野が選んでくれたんじゃないのか?」

「いやまあそうなんだけど」


 僕が選ばれたのは表彰状に書いてある通りなら『本定斎勝紀賞』と『春野ゆい菜賞』の二つだ。だから二人が選んでくれていなかったら、僕は今ここにいない。


「多田君の小説、本当は大賞に選ばれる予定だったんだよ」

「そうなのか?」

「うん。先生が『この小説は俺の賞にするんだ!』って言い張らなければね」

「それは言わないでよ。俺のせいみたいじゃん」


「一〇〇%先生のせいじゃないですか」と春野がうんざりした顔で言っていた。僕の小説が大賞に……。そんな未来があったのか。


「そうそう。審査員特別賞に選ばれた人にはそれぞれの先生からプレゼントがあるんだよ」

「そうなんですか?」

「あっ、忘れてた」


 二人はちょっと待っててねと入口の方へ行き、すぐに戻ってきた。


「本当は帰りに渡されるものなんだけど、せっかくだし」


 はい、と一人ずつ白い紙袋を渡された。一つはとても軽く、もう一つはとても重かった。中身について聞いてみたが、どちらも帰ってからのお楽しみだと教えてくれなかった。


「プレゼントありがとうございます。大事にします」


 会場がお開きに近い状態だったので、挨拶をして会場をあとにした。肩がすでに痛い。本当に何が入ってるんだ。


 ◇◇◇


 家に到着し、早速プレゼントを開けてみた。開けるのが簡単そうだったので軽い方から開けてみた。


 すると中からは『呪筆』という名前の小説が出てきた。前にネタに使っていいか聞かれたのが、もう完成していたのか。読んでみても良かったのだが、表紙がとても怖そうだったので静かに戻した。


 次に重い方のを開けた。中からは映画化もされた小説も含めて、春野が書いた小説が、おそらく全冊入っていた。これなら読めるかもしれないと思い、映画化された本の表紙を、静かに開いた。


 著:春野ゆい菜『小説を読まない君へ』

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