第7話
とうとう明日が本定斎先生と会う日だ。
しかし僕はあれからずっと頭を悩ませていた。小説をここからどう広げれば良いのか思いつかなかった。家にある小説はすべて捨ててしまったし、ネットで検索してもどうしても吐き気が襲ってきてしまうため何も読めず、参考にできるものが何一つない。
はあ、どうしようか――
◇◇◇
「おはよう、多田君」
「おはようございます……」
この間途中で帰ってしまったのでとても気まずい。先生の目を素直に見れない。
「この間は大丈夫だった?」
「あっ、はい」
それから二人の間に暫く沈黙が流れた。しかしこの沈黙を破ったのは誰でもなく春野だった。
「先生いますか?」
「春ちゃんかい? どうぞ入って」
「失礼します」と丁寧にお辞儀をして入ってきた。北海道に旅行に行ってきたようで、そのお土産を先生に渡していた。
「お土産ありがとう」
「いえ、全然。それでは」
「そうだ。春ちゃんも一緒にお話しない?」
春野は戸惑っていた。拒否するのかと思ったが、近くから椅子を持ってきて先生の隣にちょこんと座った。傍から見れば親子みたいだ。
「そういえば小説書いてきてくれた?」
「あっ、はい、一応」
僕はカバンからノートを出して先生はに渡した。先生はノートを受け取るとすぐに読み始めた。一枚一枚紙を丁寧に捲っているだけなのに、すごいオーラが放たれていて、今すぐにでも圧倒されそうだった。
一〇分くらいして、先生は話し始めた。
「良いとは思うけどまだまだ文字数が足りないね」
ノートを閉じてそう言った。自覚しかない。多分まだ半分くらいしか書けていない。
「今君に足りないのは感情表現だ。今のままだったらただの説明がついた会話文だよ」
「説明のついた会話文?」
僕は先生からノートを受け取って読み返した。確かに、
『「俺は小説家を辞めます!」
主人公は大声で叫んだ。
「辞めていいわけないだろ!」
編集者はそう言って主人公の腕を掴んだ』
こんな文では主人公がどう思っているのかが何も伝わってこない。
「もし俺だったらこうするな」と言って先生は何かを書いていた。「私も書きたいです」と春野も先生から紙とペンをもらって書き始めた。二人はいかにもプロといった雰囲気ですらすらと筆を進めている。
僕はその姿を見ながらどこを改善すればいいかを自分なりに考えた。
「よし、書けた」
「私も書けました」
二人は僕に書き終わった紙を渡してきた。読んでみると僕には到底書けないような文章がつらつらと書かれていた。その文章を読んだ時、僕は自分の中に最近まで感じなかった感情が芽生えたような感じがした。この気持ちはなんだろう。
「やっぱりお二人は凄いですね」
経験の差なのは分かっている。分かっているがどうしても悔しかった。手に変に力が入ってしまいクシャッと音がなる。
「どう? 書けそう?」
「はい。……分かりませんけど」
あはは、と返事をする。三人しかいない広い教室は笑い声で埋まった。
「この話を書いた時、あの鉛筆使って書いてないでしょ」
先生は俺に問いかけた。一瞬心を見透かされたような気がした。
「……なんで分かったんですか?」
「……経験?」
経験だとしても怖すぎる。
「今の出来事を小説に加えたら文字稼ぎにもなるし、更に面白くなるんじゃないですか? どのペンを使って書いているかなんて普通気にしませんし」
春野が腕を上向きに曲げ、わくわくしながら提案してきた。たしかにいいアイデアかもしれない。
「ありがとう。春野なら今言ってたやつをどんな感じで書く?」
「えっと……」と先生から紙をもらって書き始めた。ここをこんな感じで、少し誇張して、と奮闘しているとすぐに書き上がった。こんな感じで書いていけば良いのか。
◇◇◇
「今日はありがとうございました。ちゃんと書ける気がします!」
「そうか、それは良かった」
「私もありがとう。勉強になった」
春野も先生――おじさんも、勿論俺も、全員笑顔で終わることができた。
「また、書き終わったら小説を見ていただきたいんですけど、良いですか?」
まさか僕の口からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。しかしおじさんは拒否した。
どうしてですか、と続けそうになったがぐっとこらえた。きっと先生には何か考えがあるのだろう。それを聞くのは良くない気がする。
「そういえば、春野の連絡先聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
春野は目をぎょっとさせながら答えた。きっと自分が聞かれるなんて思っていなかったのだろう。
僕のスマホを渡すと直接打ち込んでくれた。少しにこにこと嬉しそうに見えたのは僕の気のせいかもしれない。
「今日はありがとう。二人とも気をつけて帰ってね」
「「はい!」」
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