二回目の告白
「とういうわけで頼む。東山さんを呼び出してくれないか」
ホームルームが終わるとそのまま下校となってしまうため僕はすぐに動き出さなければならなかった。東山葵に思いを伝えるためには彼女を呼び出さなければ始まらない。時間がないことは百も承知しているがズケズケと東山葵の席まで足を運んでこの後体育館裏に来て欲しいなんて言えるはずもく。であるならば取れる手段は一つだけと腕を引っ張る形で哲希を廊下に連れ出すと形振り構わず頭を下げた。
「そういうことなら俺より適任者がいるぜ。ちょっと待ってろ」
適任者という言葉に眉を潜めながら個人的には哲希にお願いしたいんだけどなと思いつつも止めることも出来ず親友は教室へと姿を消した。後を追って引き止めても遅いだろと、何より目立つことはしたくないと適任者とやらを待つ。待ち時間に誰なのだろうと予想してみるが皆目見当もつかない。まさか本人を直接連れて来たりしないだろうなと最悪の展開が浮かび上がったところで哲希が再び姿を見せた。
「お前の頼みは我がクラスの委員長が引き受けてくれることになった」
「ちょっと、その呼び方はやめてって言ってるでしょ」
「え、ちょっと待って。話が全然見えてこないんだけど」
哲希が連れて来た生徒は紹介通り一年三組の委員長である中野さんだった。頼れる存在ではあるかもしれないがプライベートな話まで巻き込んでしまっていいものなのか。中野さんが良かったとしても僕としては今回の件を哲希と二人だけで共有しておきたかった。哲希と中野さんでは信頼度が雲泥の差である。
「そう警戒するなって。中野はお前と同じ頼みをもう何回も受けて東山との橋渡しをして来たんだからな」
東山葵に思いを馳せた数多の告白者の中に僕と同じような壁にぶつかった生徒がいたらしい。彼らの問題解決のために一人の生徒に白羽の矢が立ち貧乏くじを引かされてしまったのが今目の前にいる中野さんということらしい。
「俺が声をかけるよりも中野の方が自然だろ。警戒もされないし確率も上げられる」
「わかったよ哲希。改めてだけどお願いしてもいいかな中野さん」
「もう何度同じことしたかも分からないし今更断らないわよ。それじゃあ葵が帰る前に呼び止めないといけないから私行くね」
初めての対面であり警戒もしてしまったが中野さんは快く引き受けてくれた。もう逃げることはできないと体育館裏へと赴く勇気と決意を固めようとしたところで大切なことを伝え忘れていることに気がつき親友の顔を見る。
「どうしよう哲希。中野さんにどこに呼び出してもらうか伝えてない。そもそも中野さんに呼び出してもらうのはいいけど呼び出す段階で僕の名前が出て来たら東山さんは来てくれないんじゃないかな」
「ほんと心配性だな。場所は事前に俺が体育館裏でって伝えておいた。呼び出すときも匿名でお願いしてある。もちろんお前と東山の関係については何も言ってないから安心しろ」
どこまで僕の気持ちを思考を理解してくれているんだと感謝と共に少しだけ怖いとも思ってしまった。もしも逆の立場だったとして僕が哲希のことを同じように深く理解してあげられているかは正直なところ自信がない。
「時間もらえたってよ、良かったな。これ以上は俺も中野ももう何もしてやれないしどうなるかは天のみが知るってな。頑張ってこいよ智也」
中野さんから携帯に送られて来たメッセージを画面に表示させ哲希は笑みを浮かべていた。こっちの気も知らないで呑気なことをとも思ってしまうが、不安や緊張といった足枷は自然と消えていた。
足枷が消えたというのは嘘だったらしい。何はともあれつつがなくどうやって東山葵を呼び出すかという問題は解決し順調にことが運びそうな兆しを感じていたのも束の間、教室を出ると急に足が鉛の枷をはめられたかのように重くなった。体育館裏に移動するだけの道中何度つま先を昇降口の方へと向け逃げ出そうと画策したか分からない。勢い任せで行動してしまったことを後悔しながらも数ヶ月ぶりに対面するにあたり気持ちを作るためゆっくり歩いたこともあり移動にはそれなりの時間を要した。
長らく待たせてしまったことで悪戯かと勘違いされてもう帰ってしまっているかもしれないと危惧しつつも体育館の裏手側角を曲がると壁に背中を預ける東山葵の姿が目に飛び込んできた。付き合っている時以来の二人だけの空間に足を踏み入れた瞬間、甘い思い出と未練が合わさった波となり押し寄せ足が地面に縫い付けられたかのように一歩も動かせなかった。呼び出した張本人であるにも関わらず東山葵を目の前にしては教室内での醜態が可愛く思えてしまう程に動揺が身体中を駆け巡る。この場に来てより一層にも増して緊張と共に向こう見ずな行動を悔いてしまった。
視線すらも逸らせないまま角を曲がったところで立ち止まっていると東山葵がこちらに気がつき視線が交わる。笑みを向けられるでも忌避されるわけでもなく無表情のまま東山葵はもたれかかっていた壁から背中を離すとシャツやスカートを軽く手で払った。
春休みぶりに二人っきりで対面するというのに東山葵からは喜びも忌避も何も感じ取れなかったことが何故だかとても虚しく押し寄せていた波が引いていき冷静さを取り戻せた。教室を出てからというもの胸の内では緊張、恐れ、喜び、逃避、期待が一緒くたにかき混ぜられていたというのに、失恋を引きずっていたのは自分だけだったと見せつけられているようですらある。少し考えてみれば一学年の半分はいかないまでもそれに近い数の男子生徒と付き合っている東山葵に未練などあるはずもなく僕のことなど記憶の器からこぼれ落ちていることくらい想像できたはずだ。恋は盲目とはまさにこのことだと初めて自覚した瞬間だった。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうと心に刺さっていた刺が抜け落ち張り詰めていた体が一気に軽くなる。緊張から焦点が定まらなかった視点は東山葵の顔を真っ直ぐ捉え手足の震えも消えていた。
自らがとった行動、思い悩んだ日々があまりにも愚かでこの場で笑い出したなる衝動に駆られたが、いくら明日から当分の間は顔を合わすことがないとはいえ自重した。怪我の功名ともいえる心の持ちように目的を忘れそうになってしまうが、時間を割いて来てもらっているので東山葵の元へと一歩目を踏み出す。呼び出すだけ呼び出しておいて気が変わったので帰ってくださいでは失礼だろうと律儀かもしれないが東山葵の前までたどり着くと告白の言葉を口にした。
「あお……じゃなくて東山さん。僕ともう一度付き合ってくれませんか」
口から出る言葉はとても軽やかなもので詰まることも吃ることもなくすらすらと文言を並べることができた。久しく呼ぶ機会もなかったはずなのに、交際期間中であるかのように名字ではなく名前が口をついて出てしまったことは失態だった。だが噂が僕には適応されないと初めから期待していなかったのだからどんな失敗を晒そうと結果に変わりはないので気にしない。告白が成功する可能性はゼロに等しく付き合える未来など存在しないのだ。復縁を望むにはあまりにも時間が経ち過ぎている。
今更ながらに考えてみるとどんな告白も受け入れてくれる女子生徒に拒絶されたというのはあまりにも不名誉な称号だ。これから三年間背負っていかなければいけないと思うと憂鬱だがこの場に立ってしまった以上は仕方がなく割り切るしかない。これまでの先人、すなわち告白してきた男子生徒たちとは唯一にして無二の違いがあるのだから。僕は誰よりも前に一度失恋しており、初めてのチャレンジャーではなく復活を賭けたリベンジャーなのだ。不名誉は甘んじて受け入れるしかないが、吉報があるとすれば明日から夏休みであるということであり本当によかったと思う。なんといってもクラスメイトとは当分顔を合わせなくて済むし今日の一幕も時間が忘れさせ全て解決してくれるんだから。
「いいよ、付き合ってあげる」
無駄な思考が一人勝手に駆け巡るほど長い沈黙のあと予想だにしないなぜか若干上からの返答が耳に入ってきた。噂に違わぬ驚異の成功率を維持した東山葵と予想外の結末で不名誉を回避できてしまった僕が再び恋人関係となり夏が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます