薫と智也(下)
「もう一つ気になった事があるんだけど薫ちゃんはお姉ちゃんの携帯を使ってるんだから、告白を受けて直接話を聞かなくても携帯で情報を集める事が出来たんじゃないの」
「私が今使ってる携帯は
「意図が分かった今だからこそ僕は肯定する。僕と同じように春休みから悩んで考えて一人頑張ってきたんだから自分を卑下するべきじゃない」
失恋と喪失では抱えてきたモノの重さが違うかもしれないけど似たような境遇で春休みから今日まで生きてきた僕たちは似ていた。一人という孤独の辛さと無力感を僕は知っているつもりだ。一人の限界があるからこそ全ては仕方のない事でこれまでを否定してしまったら本当になにも残らなくなってしまう。
「似たようなこと前にも言われたな。滝野瀬さんはやっぱり信頼できるいい人です。ありがとうございます」
前にもと言われても同じようなことを伝えた記憶はなく僕よりも先に薫ちゃんを肯定してくれた人がいたのだろう。東山葵が薫ちゃんであると知ってか知らずかは分からないが隣にいてくれた人がいたと思うと感謝したいくらいだ。その人格者が誰なのか知りたくはあったが今言及すべきはもっと他のことだと思考を切り替えた。
携帯が行方不明となると非常に頼りになりそうな情報源を一つ失ったわけだが、些細なことで口を挟まなかったが聞かせてもらった話に思い当たる節があることを思い出した。旧展望台の上に立つ人影が飛び降りる直前携帯を触ったのか小さな光を見たという発言。もし携帯を触っていたのだとしたら誰かが連絡をもらっているかもしれない。憶測にはなるがもしかしたら麻衣子の虚言に信憑性を持たせるために僕たちに見せてくれたメッセージをこのときに自分自身の携帯に送らせたのかもしれない。そうだったとしても僕は麻衣子から見せられたメッセージの内容しか確認しておらず、日付や時間までは気にしていなかったので真相は闇の中だ。麻衣子による自作自演の可能性を排除して思い当たる人物を挙げるとすれば東山さんのお母さん、薫ちゃん、クラスメイトや友人といったところだが範囲が広すぎて絞り込めない。砂漠から一粒の砂金を見つけるとまではいかないが誰からあたったもんかと頭を悩ませる。誰なんだと思考を巡らせるなかでもっと身近な人物に行き当たった。身近どころかその人物は己自身であり春休み一通のメッセージが届いたことを失念していた。内容はもう二度と目にしたくないようなもので記憶から消していたが、どんな手がかりも逃せないと携帯を取り出し確認する。記憶からだけでなくデータすらも当時の僕に消されている可能性が否めなかったが、付き合っていた頃のやりとりまで消し去る度胸はなかったようだ。
どうして今まで気がつかなかったんだという新事実なのだがメッセージを探していると自分の携帯電話に東山葵の連絡先が二つ存在していたのだ。一つは一学期最終日に連絡先を交換した薫ちゃんのものであり、夏休みからのやりとりしか残されていないモノ。探していた春休みのやりとりが残された本物の東山葵の連絡先は着信拒否リストの中に入れられていた。当時の僕は意味もわからず振られ衝動のままに着信拒否したのだろうがその結果、連絡先が二つ存在することに今の今まで気がつけない要因となってしまうとは。
「薫ちゃん、思い出して欲しい事があるんだけど流星群を見に行った日が何日でだいたい何時くらいだったとか覚えてないかな」
「えっと、ちょっと待ってくださいね……。あ、確か三月の二十一日だったかと。時間はだいたい二十二時前後だったはずです」
記憶力が大変優秀な薫ちゃんが欲しい情報に二つとも答えを出してくれたおかげでより正確にまた真実に近づけそうだ。再度手に持つ携帯へと視線を落とし、メッセージの上と横に記載されている日時を確認した。
3月21日(金)
『私たち別れましょう。さようなら智也くん』 22:08
日付はドンピシャであり、時刻もほとんどズレがない。真実が見えてくると文面の捉え方が変わり、最後に送られてきたメッセージだけは東山葵の本音ではなかったと確信を持って言える。飛び降りる間際に見たという光は僕に向けてのメッセージを送っていたものだろうと決定付け薫ちゃんの話に嘘偽りがないことの証明にもなった。
「決めたよ薫ちゃん。麻衣子とは長い付き合いだけど僕は君の味方になることを選ぶよ。だけどこれだけは約束してほしい。復讐は今日限りで終わりにするって」
「ずっと意味が理解できずにいたんですが復讐ってなんのことですか。確かに私は復讐することを誓いましたがまだ行動には移していません。その証拠にあの花火大会の日からはほとんど沙也加の家で寝泊まりさしてもらってましたから。聞いてもらっても大丈夫ですよ」
「だとしたら音信不通の男子生徒の件にも麻衣子が関係してくるのか。偶然とは考えられないよな……。ところで確認する気はないんだけどさ、沙也加って誰のこと」
「本当に言っているんですか滝野瀬さん。クラスメイト、それも委員長なんですから名前くらい覚えておいてくださいよ。中野沙也加、彼女だけは信頼でき今では気の置けない存在です」
中野さんと言ってくれたらすぐに委員長と結びつけることが出来ただろうが、名前までは把握しておらず関係値の浅さが露呈してしまった。委員長だけでなく僕はクラスメイトの名前をほとんど知らないのだ。これまで気にすることもなかったが今パッと名前を言われて顔が思い描ける生徒は果たして僕に何人いるのか。都合の悪い話からは目を背け、お返しにというわけではないが知らないのであればと音信不通となり同時並行で行方を追っていた男子生徒の話を明かした。麻衣子が主犯となって動いていると仮定したとき、どうして東山葵ではなく男子生徒に矛先が向いたのか謎ではある。僕も薫ちゃんも答えを持ち合わせておらず本人に直接聞くしかないのだが、麻衣子の居場所はすぐに特定でき薫ちゃんのように町中を探し回るハメにはならなそうなのは良好だ。懸念点があるとすれば聞き出し方が難しく包み隠さず聞いたのでは真実をそう簡単には打ち明けてくれないだろうということか。
「そんなことが……なるほど……。恐縮なのですが一つ滝野瀬さんにお願いしたいことがあります」
僕の言葉をゆっくりと咀嚼するように頷いたり首を傾げたりした後に提案があると一歩分距離を縮めた薫ちゃん。すでに力になると宣言している僕に拒否権などあるはずもなくなんでも言ってくれとそのまま続きを促した。
「私を高柳さんに会わせてもらえないでしょうか。本当に黒幕なのであれば願ってもない誘いであり彼女も望んでいるはず。そこで本人の口から真実を引き出してみせますので、滝野瀬さんにも聞いてもらいたいのです。幼馴染である高柳さんと対立することは心苦しいかもしれませんが、お姉ちゃんの無念を晴らすために一役買って出てはもらえないでしょうか」
「どうやって呼び出すかについては考えてみるけど、僕が一緒にいると麻衣子はまた嘘をつくんじゃないかな。だから薫ちゃんと麻衣子の一対一で話してもらった方がいい気がする。もちろん僕も近くで待機してすぐに駆け付けられるようにしておく」
麻衣子と本音で語り合う方法を模索していたため是非とも協力してあげたいが、問題はまだまだ山積みだ。僕が一緒にいて麻衣子から本音を引き出すことは無理難題だと薫ちゃんに託す判断を僕自身は下した。
「その点については心配いりません。滝野瀬さんが同じ空間にいるにも関わらずいないものとして扱わせればいいのです。少し演技力が必要にはなるかもしれませんが滝野瀬さんには気絶したフリをしてもらいたいんです」
「気絶したフリって……ごめん、今度は僕が話についていけそうにないです。もう少し詳しく教えてもらってもいいかな」
「作戦の詳細を話すとまず会う場所を指定し高柳さんを呼び出します。先に私が指定した場所で待機し、滝野瀬さんは高柳さんを連れて来てください。最初は私とお二方が対立し高柳さんにぐるであることを勘づかれないよう芝居を打ちます。ここからは演技になりますが私はいきなりナイフを取り馬を緊迫させ高柳さんに余計なことを考さる暇を与えません。滝野瀬さんを気絶させるためには私に近づいてもらう必要があるので、ナイフを奪おうと向かって来てください。あとは私がナイフからスタンガンに持ちかえ高柳さんの目の前で気絶させます。もちろん電流は流さないのでいい感じにその場に倒れ込んでもらえたらいいかと」
想像以上の壮大さについ聞きいってしまったが、いつから薫ちゃんの頭には作戦の詳細が練られていたのだろうか。ナイフだとかスタンガンだとか僕より年下の女の子が口にする言葉ではない気がして途中からうまく言葉が入ってこないところがあった。末恐ろしい頭脳が復讐の計画の一端を担うことがなくて良かったと安堵すると共にもしも実際に事が起きていたらと想像しゾッとする。何はともあれ演技力には自信がなかったがその場で倒れるだけでいいのであれば僕でも出来そうな役回りで一安心。
「あまりに計画された内容で少し驚きはあったけど、確かにうまく事が運べば僕がいる場で麻衣子は話してくれるかもしれない。そうなると場所を適当に設定するわけにはいかないよね」
「昔見たドラマに似たような場面があったので参考にして今考えた即席の作戦だったのでどうかと思いましたが、可能性を感じてもらえたなら幸いです。場所についても私から提案したい所があります。栄田北高校から少し離れた場所に廃墟があるのですが知っていますか。人も滅多なことがない限り近寄らないはずなので密会にぴったりなはずです」
学校周辺を散策したことがないので心当たりすらなかったが薫ちゃんのお墨付きとなれば他に思い当たる場所もないので賛同した。僕は聞いているだけでトントン拍子に話が進み先輩としては立つ背がないが、任せられた役目は全うしようと心に誓う。
「それにしてもよく廃墟があるなんて知っていたね。地元の人でも結構知らない人が多そうだけど」
「そうかもしれませんね。私にはどうしても人目につかない場所が必要だったから見つけられたんだと思います」
「それは……」
復讐のために探していたからと言い返しそうになったが、新たな目的を持った薫ちゃんに憎悪をまた植え付けてしまいかねないと口にすることをやめた。復讐は行われていないが準備は着々と進められていたと実感し、今日薫ちゃんに出会わせてくれた神に深々と頭を下げたい気分だ。
「そ、そうだ、道具はどうしようか。ナイフは家から持って来ることが出来るけどスタンガンとなると家では用意出来ないよね。この辺の雑貨屋に売ってるといいけど」
「その辺のことに関しても抜かりないですよ。スタンガンであれば護身用に常日頃から持ち歩いていますので。私も実際に使ったことはないのでどれくらい効果があるか分かりませんが今回は電流を流さないので今持っているモノで問題ないと思います」
それはと言葉を濁してしまったため誤魔化すように話を逸らしたのだが、スタンガンを携帯していて見せつけられてしまうとは。麻衣子が黒幕であることを教えられ、見事な作戦を提案されこれ以上はもう何も驚くようなことはないだろうと思っていたが更なる新事実の発覚だった。薫ちゃんは護身用と言っていたが廃墟のこともありもしかしたらスタンガンも復讐に使われる予定だったのではとつい勘繰ってしまう。
「作戦は問題なしで場所も決まったとなればあとはいつ実行するかだね。麻衣子が今現在も動いているとなると早いに越したことはないけど」
「日程を決める前に一つ不安要素があることも言わせてください。全て思い通りになってくれたらいいですが当日はどうなるか分かりません。私が不安視していることは高柳さんが激昂し手がつけられなくなってしまうことです。もし状況が変わり危険が及びそうになったときはフリをやめて助けてもらえませんか。もちろん私の話が全て嘘で高柳さんの話を聞いて信じる決断をされた時は見捨ててもらって結構ですから」
「そういうことなら任せて欲しい。麻衣子がこれ以上に危害を加えよとするなら僕は全力で止めに入るよ。そしてそれは逆も然りであることを忘れないで欲しい」
全てを承諾すると最後に結託の意味も込めて手を差し出し薫ちゃんと握手を交わす。準備に時間はそれほど掛からないので明日、明後日で決着と付けようと僕たちは決めた。今日はまだ半日も残されており僕がやることは単純明快だと早速行動に移す。まずは哲希と麻衣子に連絡をとって東山さんの居場所を掴んだことを伝える。そして近々一緒に行こうと持ちかけて廃墟まで案内。そこからは薫ちゃんの作戦通り上手くいくことを祈るのみだ。
「そう言えば携帯に誰かから連絡があったんだ。多分二人のどちらかだろうからこのあと早速会って廃墟のことを伝えるよ。それで日時が決まったらすぐに連絡するから。もし追加で用意するものとかして欲しいことがあったら遠慮なく僕を頼って。それじゃあ僕は行くよ、全て話してくれてありがとう薫ちゃん」
「滝野瀬さん」
格好付けるつもりはなかったが蝉が鳴き止み風だけが吹き抜ける静かな大地を颯爽と去ろうとしたのだが、今日一番の力強く気持ちのこもった声で名前を呼ばれ足が止まる。
「こんな私にも優しくしてくれて本当にありがとうございます。これまでずっと孤独で辛いことばかりでしたけど、あなたに会えて本当によかった」
これからが本当の始まりでまだなにもしていないと思いつつも、今回ばかりは頭を上げてと無理に止めに入ったりせず素直に感謝を受け取った。いつまでも深く頭を下げる薫ちゃんの姿を目にしてふと懐かしい記憶が蘇る。東山葵は嬉しいときはもちろん落ち込んでいるときにも頭を撫でるとすごく喜んでくれたのだ。僕は過去に幾度となくそうしたように数歩歩み寄り薫ちゃんの可愛らしい小さな頭部を労うように優しくポンポンとしてから身を翻し展望台を後にした。
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