第24話 薫と智也(下)

「もう一つ気になった事があるんだけど薫ちゃんはお姉ちゃんの携帯を使ってるんだから、告白を受けて直接話を聞かなくても携帯で情報を集める事が出来たんじゃないの」


「私が今使ってる携帯はあの人おかあさんのお古です。確認はしましたがお姉ちゃんの携帯は行方不明になっているので、おそらく高柳さんが持っているか捨てたんだと思います。だから私は好きでもない男子に媚び諂うしかなかったんです。軽蔑しますよね私はもう汚れた人間なんです、あの日から」


 ここまでずっと悩んで考えて一人頑張って来たんだから、そんな自分を卑下するのは良くないと僕はこれまでの彼女を肯定する。全ては仕方のない事でこれまでを否定してしまったら本当になにも残らなくなってしまう。

 携帯が行方不明となると非常に頼りになりそうな情報源を一つ失ったわけだが、そういえばと薫ちゃんの話に思い当たる節があることを思い出した。旧展望台の上に立つ人影は飛び降りる直前携帯を触っていた、ということはつまり誰かが連絡をもらっているはずなのだ。それはもしかしたらアリバイ工作のための文面で麻衣子が自分自身に送らせたものかもしれない。もしそうだったとしても僕は麻衣子から見せられたメッセージの内容しか確認しておらず、日付や時間までは気にしていなかったので不確かで今となっては確認のしようがないことだった。麻衣子以外に思い当たる人物を挙げるとすれば哲希、東山さんのお母さん、クラスメイトや友人といったところだが範囲が広すぎて絞り込めない。

 砂漠から一粒の砂金を見つけるとまではいかないが誰からあたったもんかと頭を悩ませているともっと身近に、どころか己自身に春休み一通のメッセージが届いていることをすっかり忘れていたことを思い出す。内容はもう二度と見たくないようなものだったので記憶から消していたが、どんな手がかりも逃せないと携帯を取り出し確認する。過去のメッセージを探しているとそこで今更ながらに自分の携帯電話に東山葵の連絡先が二つ存在することに気がついた。

 一つは一学期最終日に連絡先を交換した薫ちゃんのものであり、夏休みからのやりとりしか残されていない。今探している春休みのやりとりが残された本物の東山葵の連絡先がどこにあったかというと着信拒否リストの中に入れられていたのだ。当時の僕は意味もわからず振られ感情のままに着信拒否したのだろうがその結果、連絡先が二つ存在することに今の今まで気がつけない要因となってしまうとは。

 幸いなことに連絡先は見つかったが当時の履歴が残っているかは定かではなく不安はあったが、もう二度とみることはないと思っていた別れの言葉は今も残り続けていた。


「薫ちゃん思い出して欲しい事があるんだけど流星群を見に行った日が何日でだいたい何時くらいだったとか覚えてないかな」


「えっと……確か三月の二十一日だったと思います。時間はだいたい二十二時前後だったはずです」


 記憶力が大変優秀な薫ちゃんが欲しい情報に二つとも答えてくれたおかげでより正確にまた真実に近づけそうだ。再度手に持つ携帯へと視線を落とし、メッセージの上と横に記載されている情報を確認した。

 

3月21日(金)

「私たち別れましょう」 22:18


 日付はドンピシャであり、時刻もほとんどズレがない。こうなってくると文面の捉え方が変わってくるが、なにを思い東山葵がこのメッセージを最後に残したのか今の僕には理解できそうにもなかった。飛び降りる間際に見たという光は僕に向けてのメッセージを送っていたものだろうと確信するとともに、薫ちゃんは完全に白判定を下すに値すると決断する。


「わかった、薫ちゃんのことを信じるし力にもなる。だけど最後にこれだけは約束してほしい。復讐は今日限りで終わりにするって」


「最初にも言ってましたけど復讐ってなんのことですか。確かに私は復讐しようとしていましたがまだなにも行動を起こしていません。その証拠にあの花火大会の日からほとんど沙也加の家で寝泊まりさしてもらってましたから聞いてもらってもいいですよ」


 沙也加という名前にいまいちピンとこず聞き返すと、クラスメイトの名前くらい覚えておいてくださいと言いながらも薫ちゃんはクラス委員長の中野沙也加ですと教えてくれた。

 お返しにというわけではないが知らないのであればと現在進行形で音信不通のクラスメイトの話を代わりに教えてあげた。復讐をしていないということは滝沢翔の失踪にも麻衣子が関わっているというのだろうか。哲希以上に付き合いの長い幼馴染みだけに信じたくないがこればかりは本人に直接聞くしかない。懸念点があるとすれば聞き出し方が難しく直接聞いたのではきっと真実は語ってくれないだろうということだ。


「そんなことが……なるほど……。恐縮なのですが一つ滝野瀬さんにお願いしたいことがあります」


 僕の言葉をゆっくりと咀嚼するように頷いたり首を傾げたりした後にお願いとやらを持ちかけられたが、すでに力になると宣言している僕に拒否権などあるはずもなく  そのまま続きを促した。


「私を高柳さんに会わせてもらえないでしょうか。彼女もまた私に会って話をつけたいはずです。そこで全ての真実を本人の口から吐かせ、滝野瀬さんにも聞いて欲しいのです。お願いをできる立場でないことはわかっています、それでもお姉ちゃんの無念を晴らすために力を貸してください」


 お願いの内容については僕も頭を悩ませていたことであり是非とも協力してあげたいが、どうやって呼び出すかそして僕がいる場所でどうやって真実を聞き出すかが問題なのだ。協力は惜しまないことを伝えると続けてどうやって麻衣子と話す機会を作るかということを聞いてみた。


「ありがとうございます。どうやってについては私に案があるので任せてください。滝野瀬さんはこの辺から少し離れた場所に廃墟があることをご存知でしょうか。私はそこに高柳さんを呼び出してほしいんです。あそこなら人も滅多に寄ってこないし密会にぴったりです」


 そんな場所があるなんて知らなかったが薫ちゃんのお墨付きとくれば他に思い当たる場所もないので僕は首を縦に振る。どうしてそんな廃墟を知っているのかと好奇心から聞いてみると「復讐するのに使えそうな場所を探していてたまたま見つけました」と背筋が凍りそうな返答が返ってきた。場所が決まったとくれば後はどうやって本音を語ってもらうかであるがこの問題についても僕が頭を悩ませるまでもなく薫ちゃんが答えてくれた。


「廃墟を訪れた滝野瀬さんと高柳さんは私を説得しに来たというていで対立してください。会って早々に私は話すことはないといきなりナイフを取り出し自分に突き付けます。そしたら滝野瀬さんは私からナイフを奪おうと飛びかかってきてください。向かってくる滝野瀬さんの前で有ろう事か私はナイフを投げ捨てます。意識がナイフにいっている間にポケットからスタンガンを取り出して滝野瀬さんに当てて気絶させるためです。もちろん電流は流しません、あくまでも高柳さんを騙すための芝居ですから。そこからは私が高柳さんと会話をして全てを聞き出すので滝野瀬さんは気絶したフリをして全てを聞いていてください」


 感心するほどに薫ちゃんは綿密な計画を提案してくれた。ナイフとかスタンガンとか物騒な言葉は出てきたが麻衣子を欺くためには必要なことだと受け入れ納得する。

咄嗟に出てきた案だとしたら薫ちゃんの頭脳は恐ろいほどに切れ、もし彼女が復讐を本当に行っていたらどうなっていたのだろうと身震いがした。ちなみにスタンガンとかナイフという言葉を簡単に誰もが持っているように口にした薫ちゃんにどうやって手に入れるのかと聞くと「スタンガンは護身用に持ち歩いています。ナイフは家から持ってくるので大丈夫です」とのことだ。常時携帯って薫ちゃんは普段どんな日常を送っているのだろうかと少し心配になった。


「一つ不安要素があるとすれば高柳さんが激昂してしまうことです。どうなるかは実際に話してみないことにはわかりませんが。それでもお姉ちゃんのこともあります、なにをされるかわかりません。だからもし私に危険が及びそうになったときは助けて欲しいのです。もちろん私の話が全て嘘で高柳さんの話を聞いて彼女を信じる決断をされた時は見捨ててもらって結構ですから」


「そういうことなら任せて欲しい。麻衣子が危害を加えよとするなら僕は全力で止めに入るよ。そしてそれはすなわち逆も然りであることを忘れないで欲しい」


 全てを承諾し作戦が決まったとなればこれから僕がやることは単純明快だった。まずは哲希と麻衣子に連絡をとって東山さんの居場所を掴んだことを伝える。そして一緒に行こうと持ちかけて廃墟まで案内するのだ。そこからは薫ちゃんの作戦通り上手くいくことを祈るのみ。


「それじゃあこれから早速、哲希と麻衣子に連絡を取ってみるよ。廃墟についてきて欲しいって頼み込んで日時が決まったらまた連絡するのでいいかな。薫ちゃんも何かあったらいつでも頼ってくれていいから、それじゃあ僕は行くよ。全て話してくれてありがとう薫ちゃん」


「滝野瀬さん、こんな私にも優しくしてくださって本当にありがとうございます。これまでずっと孤独で辛いことばかりでしたけど、あなたに会えて本当によかったです」


 これからが本当の始まりでまだなにもしていないと思いつつも、今回ばかりは無理に止めに入ったりせず素直に感謝を受け取った。薫ちゃんがいつまでも深く頭を下げる姿を目にしてふと懐かしい記憶が蘇る。東山葵は嬉しいときはもちろん落ち込んでいるときに頭を撫でるとすごく喜んでくれたのだ。僕はいつかの思い出と同じように薫ちゃんの可愛らしい小さな頭部を労うように優しくポンポンとしてから身を翻し展望台を後にした。

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