第23話 薫と智也(中)
「春休みが終わり迎えた入学初日はとても緊張したことを今でも覚えています。変なところはないか浮いていないかなど止めどなく不安が押し寄せ、違和感なくお姉ちゃんとしてやれているのか本当に毎日が大変でした。それでも数週間が経っても誰になにを言われることもなく東山葵としての日常を過ごし、私は本腰を入れて情報収集に移ることにしたんです。
親にはバレないかって滝野瀬さんも会ってらっしゃるんですから想像できますよね。あの人は私たちに元から興味がないんです。だから入れ替わったところで、さらに言うならいなくなったところで気づかないし気にしない無関心の最低の人です。
少し話が逸れましたが高校生活も一ヶ月が終わりまずはお姉ちゃんの交友関係から探ろうとしていた頃に一人の男子生徒から告白されました。私は恋愛をしに来たのではないのであっさり振ったのですが、不思議なことに次から次へと告白してくる男子生徒が後を絶たなかったんです。誰も彼もを問答無用で振る私の態度は女子生徒の間で女王さま気取りとか調子に乗っているとやっかみを囁かれるようになっていました。その結果、私は避けられ近寄り辛くなってしまい情報収集するにあたって思わぬ障壁にぶつかってしまったんです。
女子生徒から聞くことが難しいとなれば男子生徒から聞き出すしかなくなり、そこで私は告白してくる男子生徒から情報を聞き出すことにしたんです。なのでそれからは全ての告白を受けました。恋愛感情などは一切なく真実を暴くためと心に固く契りを結び、さらに自分の中のルールとして付き合う期間は最長でも三日までとして一人と長く付き合うということは絶対にせず、同じ中学では無いと分かればすぐに別れを告げました。
付き合っては別れてを繰り返す日々を過ごすなかで心は摩耗し自分がなにをしているのか忘れそうになるときもありました。それでもなんとか限界を迎える前にお姉ちゃんが嫌がらせを受けていたことを知り、やがて主犯格の人物までたどり着きました。名前が挙がった彼らに嫌がらせのことをほのめかすと背後にさらに一人の人物がいることを白状したんです。その人物の名前こそが高柳麻衣子でした。
あの日、旧展望台の上でお姉ちゃんと話していたのは高柳麻衣子であると確信し、全ての真実を知る彼女に近づこうとしました。しかし高柳さんを探そうにも同じ学校にいないことを知り、進展のないまま一学期が終わろうとしたとき滝野瀬さんが私の前に現れたのです。
まさか彼氏だとは思ってもおらずその後の私は愚行を晒し続け見抜かれてしまったというわけです。有ヶ丘で滝野瀬さんが嫌がらせのことを悔いていると謝ってくださったときはすごく嬉しかったですよ。お姉ちゃんのことを思って謝ってくれる人なんてこれまで一人もいませんでしたから。
滝野瀬さんの言葉に浮かれ、そして感傷に浸っていたからと花火大会の誘いを口にしたのは完全に落ち度でした。恋愛はしないって誓ったはずなのに私はこのとき始めて契りに叛いてしまったんです。春休みからずっと孤独に耐えていた糸が切れてしまったことを自覚しながらも、それでも花火大会を最後にするからと一日だけは何もかも忘れて楽しませて欲しいと薫に戻ることにしました。
東山薫として楽しむはずだったのに花火大会当日、私は見てしまいました。集合場所に先に来ていた滝野瀬さんが高柳麻衣子と話す姿を。実際に目にしたのはこのときが始めてでしたが、卒業写真とそっくりだったのですぐに分かりました。私の存在が高柳さんにバレてしまったと悟り、先手を打たれる前に動かなくてはと焦りとともに滝野瀬さんとの別れを決意し姿を完全に消すことにしました。
それからというもの一人では高柳麻衣子の居場所は掴めず、なにもできない無力さを実感しながら久しぶりに家に帰ると滝野瀬さんたち三人とあの人が家の前で話していたんです。私が東山葵でないとバレるのも時間の問題だといよいよ覚悟すると気持ちはますます空回りしてもうどうしたらいいのか分からなくなりました。今日この場所に来たのもお姉ちゃんの後を追うのも悪くないと思ってしまったからなのかもしれません。少しでも遅れていたらその後どうなっていたかわかりませんでしたが、急に携帯の着信音が聞こえてきたおかげで我に返り踏みとどまりましたけどね。それから誰がいるのだろうと展望台を下りると滝野瀬さんが這いつくばっていたんです」
これまでの一人で戦ってきた日々を薫ちゃんは赤裸々に語ってくれた。今聞いた話が本当であるならば確実に麻衣子は嘘をついていることになる。白黒つけるため両者の話を聞いた僕だからこそ気がつける矛盾点があるはずだと更なる情報を聞き出すことにした。
「薫ちゃんは東山さんの、お姉ちゃんの体をその後どうしたの」
「誰にも見つからないように埋めました」
「埋めたって一人で?それだと結構時間がかかったんじゃない。麻衣子はすぐに救急車を呼んだって言ってたけど途中で見つかったりしなかった」
「警察どころか人っ子一人すら来ていません。全て高柳さんの虚言です」
「それじゃあ……まさか、あそこの茂みにあった骨ってもしかして……」
確認するようにこの場所に来てからずっと隠れていた茂みの方を指差す。後ずさる時に手に感じた冷たい感触は見間違いの仕様がない白骨だったのだ。もしその骨が東山葵のものだとしたら薫ちゃんの話は一気に現実味を帯びることになると返答を待った。
「ほ……ほり……掘り返したんですか滝野瀬さん」
まさかの予想外の角度からの返答にしてない、してないと慌てて身振り手振りで否定した。消えた東山さんの行方は気になっていたが、それでも一攫千金狙う穴掘りのように展望台周辺をむやみやたらに掘り起こすような真似は流石にしない。
「掘り返したんじゃなくて掘り起こされていたんだ。多分何かの野生動物の仕業じゃないかな」
「そうでしたか、すみません早とちりで失礼なことを言ってしまって。間違いありません、私があそこの茂みに埋めました」
こうなると麻衣子を黒判定せざるを得ない。嫌がらせの黒幕かどうかを確かめる術は持ち合わせていないが何かを隠している、それだけはまごうことなき事実だった。思い返してみればそもそも旧展望台は電波が届いており通報するのにいちいち離れる必要がないことは今日、僕は身をもって体験していたのだ。
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