第21話 葵と麻衣子
「葵、自分が何したかわかってんの。スタンガンなんか持ち出してどういうつもり」
「見ての通りだよ、麻衣子。あなたと話すのに滝野瀬くんは邪魔だったから少し黙ってもらっただけ。この方がお互い都合がいいでしょ」
「話すってそんな物騒な物持ったあんたと呑気に会話なんかできるわけないじゃない」
「それじゃあこうすればいいかな。スタンガンを床に置いただけじゃ信じられないってのならポケットの中も見せようか。なんなら二人きりだし服を脱いでも良いよ」
「置くだけでいい。あとは場所を変わることが条件よ。倒れてる智也を人質にとられたままじゃ対等に話せない」
「注文が多いね麻衣子は。まあそれで話してくれるっていうなら変わってあげる」
「それで話ってなに葵。今更謝まったって遅いけど懺悔くらいなら最後に聞いてあげてもいいわよ」
「麻衣子も冗談が上手いね。でもね、それは私の台詞であなたの方こそ私に言うこと、それから聞きたいことがいっぱいあるんじゃない。例えば私が誰なのか、とか」
「なに言ってるの葵。葵は葵でしかないよ。さっきから様子がおかしいし何か悩みがあるなら聞こうか」」
「いつまでも猫かぶってないで本音で話そうよ麻衣子。あなたは知っているんでしょ。私が東山葵がもうこの世界にいないことを」
「なーんだつまんないなー。うちは今すっごく貴重な体験をしてるんだからもっと楽しませてよ葵。じゃなくてこう呼んだ方がいいのかな、薫ちゃん」
「気づいてたんですね。いつからご存知だったんですか」
「智也や哲希から話を聞いてなんとなくね。東山薫の失踪のタイミングも偶然にしては出来過ぎていたしすぐに思い当たったよ」
「そうですか。高柳麻衣子、私はあなたがお姉ちゃんを自殺に追い込んだこと絶対に許さない」
「言っていいことと悪いことがあるよ薫ちゃん。うちは葵が飛び降りる瞬間は目撃したけど飛び降りろなんて言ってないよ。それに葵の相談にずっと乗ってあげてたのが誰だと思ってるの。お姉ちゃんが大変な時になにもしてあげられなかったからってうちを責められても困るよ」
「そんなの嘘です、とぼけないでください。中学のときあなたは男子生徒に指示してお姉ちゃんに嫌がらせをしていた、そうですよね。しらばくれようとしても無駄です。私は当事者である男子生徒から直接その話を聞きました」
「男子生徒って一括りにされてもねえ。名前も隠されるようじゃ情報に信憑性がないんだけど。むしろ鎌をかけられてるみたいで不快だよ」
「滝沢君に前原君、山根君、遠藤君、彼ら全員があなたの名前を口にしました。人を選ぶときはもう少し慎重になった方がいいんじゃないですか。簡単に教えてくれましたよ」
「なにそれ煽りのつもり。ま、今ではもうどうでもいいけど。あいつらは春休みで用済みだし。それで、薫ちゃんは情報料としてあいつらになにを差し出したのかな」
「それは……」
「自分の口からは言いたくないよね。わかるよその気持ち。うちも同じようにしてあいつらを使ったんだから。どうだった初キスの感想は。それとももっと先までされちゃった」
「やめてください。そんなこと今は関係ありません。それよりもどうしてあなたはこんなことをしてまでお姉ちゃんを追い詰めたのですか。友達だったんじゃなかったんですか」
「簡単な話よ。あいつが、東山葵がうちから智也を奪ったから」
「奪ったってあなたは滝野瀬さんとお付き合いしていたんですか」
「付き合ってたら自殺なんかで許すわけないじゃない。薫ちゃんは知らないかもしれないけど智也とうちは幼稚園の頃からの付き合いでずっと一緒なの。それがたった数ヶ月の女に奪い取られるなんてありえないでしょ」
「ありえないのはあなたの方です。あなたはただ嫉妬心から逆恨みしているだけ。そんな理由でお姉ちゃんは……」
「そんな理由ですって。噂かなんだか知らないけどまともな恋をしたこともないあんたになにが分かるっていうの。これまでもこれからも智也はずっとうちと一緒なの」
「あなたはお姉ちゃんだけじゃなく滝野瀬さんの気持ちすらも踏みにじっていることに気がついていないのですか。それにずっと一緒とか言っておきながらあなたは現に高校生になって滝野瀬さんと離れ離れになっているじゃないですか」
「それは確かに誤算だったわ。葵の自殺が世間に広まれば熱りが覚めるまで私は身を隠す必要があったの。だから急遽進学先を変更して地元から離れた女子校に行くことにした。だけど安心して二学期からは栄田北高に転入する手筈が整ってるから。それになにをしたか知らないけどあなたのおかげで自殺のことは誰も知らないみたいだし悠々と学校生活を送れそうで助かるよ。ありがとう薫ちゃん」
「ふざけないでください。こんなことをしておいて普通に戻れると思っているんですか。あなたにもそして私にも、もう滝野瀬さんの隣に立つ資格はありません」
「それはあんたが勝手に決めつけてるだけでうちまで巻き込まないで。今も後ろで気を失っているように智也はこの先もなにも知らないまま。だから私の手がどんなに汚れようと問題ないの。まあそれも今日で最後だけどね」
「私もお姉ちゃんと同じように消すつもりなんですね。でもそう上手くいくんですか。春休みとは違い今回のあなたは他人を頼らざるを得なかったんじゃないですか」
「勘が良いんだね薫ちゃん。確かにうちは蚊帳の外だったからこっちに帰ってきて一から状況を把握するのには苦労したよ。だから翔や一馬を呼び出して一学期のことを聞き出したし利用もした。それが何か問題でも」
「やっぱり滝沢君と前原君の失踪もあなたの仕業なんですね。一度ならず二度までも彼らを利用するなんてそこまでして私を消したいですか。でも真実を知る彼らがいる限り私がいなくなってもいつか必ずあなたの悪事は明るみになります」
「そうね今回もそしてこれからも奴隷のように駒として使ってやろうと思ってたけどだんだん要求は度を越すようになってきたしあんたがいなくなれば邪魔になるだけだから監禁中のあいつらもまとめて消すことにするわ」
「監禁って人の命をなんだと思っているんですか。あなたには滝野瀬さん以外の人間が都合の良い道具か何かにでも見えているっていうんですか」
「そうね少なくともうちに害をなす存在はみんな死に値すると思ってる。うちにとっては些細な存在のあんたも智也にとってはそうじゃないみたいで、また落ち込むかもしれないけどうちがずっとそばにいるからあんたは心置きなくお姉ちゃんに再会してくるといいよ」
「お姉ちゃんには会いたい、でもそれは今じゃない。あなたにはもうなにもさせない。だってお姉ちゃんが好きになった滝野瀬君はきっと嘘つきの私もそしてあなたも笑って迎え入れてくれるから。これ以上彼の優しさを踏みにじらせないためにも私はこの地獄で一生あなたと敵対し続けてみせる」
「なにそれバカみたい。これ以上つまらない会話をして智也が目覚めるのも面倒だしそろそろ終わりにしよっか」
カツン、カツンと先ほどの口論が嘘のように静まり返った空間に足音が響く。高柳麻衣子はゆっくりと迫り背中を晒している。真実は東山葵が、いや薫ちゃんが全て聞き出してくれた。そしてここまでの全てが僕たちの作戦であり麻衣子はずっと手のひらの上で転がされていたのだ。最後の大仕事を任された滝野瀬智也は気絶したフリをして寝転がっていた体を起こすと、すぐそばに置いてあるスタンガンを拾い上げ麻衣子の背後から不意の一撃をお見舞いした。
全ては昨日、展望台での再会を機に世界の見方も捉え方も真実もなにもかもが変わってしまったのだ。
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