葵と麻衣子

「葵、自分が何したかわかってんの。ナイフを捨てたら今度はスタンガン。あんた何がしたいの」


「見ての通りだよ麻衣子。私はあなたと話す機会をずっと待ち望んでいたの。二人の会話に滝野瀬くんは邪魔だったから少し黙ってもらっただけ。この方がお互いにとって都合がいいでしょ」


「何を話したいのか知らないけど、そんな物騒な物持ったあんたと呑気に会話なんかできるわけないじゃない」


「それじゃあこれで話す気になってくれるかな。スタンガンを床に置いただけじゃ信じられないってのならポケットの中も見せようか。なんなら麻衣子しかいないし服を脱いでも良いよ」 


「冗談はいいから、置くだけでいい。あとは場所を変わることが条件よ。倒れてる智也を人質にとられたままじゃ対等に話せない」


「注文が多いね麻衣子は。人質のつもりはなかったどそれで話してくれるっていうなら変わってあげる」


「変な真似したらすぐに外にいる哲希を呼ぶから。両手を上げて壁沿いを歩いて」


「スタンガンを手放して犯罪者みたいに扱われながら場所まで変わってあげた。今度は麻衣子が応える番だよ」


「言われなくても分かってるって葵、それで話ってなに。今更今日までのこと謝まったって遅いけど懺悔くらいなら最後にうちが聞いてあげてもいいよ」


「麻衣子も冗談が上手いね。でもね、それは私の台詞であなたの方こそ私に言うことがあるんじゃないの。それから聞きたいこともいっぱい。例えば私が誰なのか、とか」


「なに言ってるの葵、本当におかしくなっちゃったの。葵は葵でしかないじゃん。昔みたいに何か悩みがあるなら聞くから」


「いつまでも猫かぶってないで本音で話して麻衣子。あなたは知っているはずなんです。私が東山葵がもうこの世界にいないことを」


「ふっ……なーんだつまんないなー。うちは今すっごく貴重な体験をしてるんだからもっと楽しませてよ葵。じゃなくてこう呼んだ方がいいのかな、薫ちゃん」


「やっぱり気づいてたんですね。いつからご存知だったんですか」


「智也や哲希から話を聞いてなんとなくね。東山薫の失踪のタイミングも偶然にしては出来過ぎていたしすぐに思い当たったよ」


「そうですか、ですが今はそんな話どうでもいいです。高柳麻衣子、私はあなたがお姉ちゃんを自殺に追い込んだこと絶対に許さない」


「言っていいことと悪いことがあるよ薫ちゃん。うちは葵が飛び降りる瞬間は目撃したけどさ飛び降りろなんて言ってないよ。それに葵の相談にずっと乗ってあげてたのが誰だか知ってるの。お姉ちゃんが苦しんでる時になにもしてあげられなかったからってうちを責められても困るよ」


「そんなの全部嘘です、とぼけないでください。相談に乗っていたのも自分に矛先が向かないようにするためですよね。中学のときあなたは男子生徒数名に指示してお姉ちゃんに嫌がらせを行なっていた。間違いないですよね」


「そんなつまらない話をするために薫ちゃんはうちと話したかったの。真面目に聞いてあげたらいいのか、笑ってあげたらいいのかこれ以上付き合いきれないかも」


「しらばくれようとしても無駄です。私は当事者である男子生徒から直接その話を聞きました」


「男子生徒って一括りにされてもねえ。名前も隠されるようじゃ情報に信憑性がないんだけど。むしろ鎌をかけられてるみたいで不快だよ」


「滝沢君に前原君、山根君、遠藤君、彼ら全員があなたの名前を口にしました。これで信じてもらえますか。人を選ぶときはもう少し慎重になった方がいいんじゃないですか、簡単に自白してくれましたよ」


「なにそれ煽りのつもり。ま、今ではもうどうでもいいけど。あいつらは春休みで用済みだし。それで、薫ちゃんは情報料としてあいつらになにを差し出したのかな」


「そんなのあなたには関係のな……」


「自分の口からは言いたくないよね。わかるよその気持ち。うちも同じようにしてあいつらを使ったんだから。どうだった初キスの感想は。それとももっと先までされちゃった」


「私のことはどうでもいいんです、話を逸らさないでください。どうしてあなたはこんなことをしてまでお姉ちゃんを追い詰めたのですか。お姉ちゃんと友達だったはずなのに」


「簡単な話。あいつが、東山葵がうちから智也を奪ったから」


「奪ったってあなたは滝野瀬さんとお付き合いしていたんですか」


「付き合ってたら自殺なんかで許すわけないじゃん。薫ちゃんは知らないかもしれないけど智也とうちは幼稚園の頃からの付き合いでずっと一緒なの。それがたった数ヶ月の女に奪い取られるなんてありえないでしょ」


「ありえないのはあなたの方です、本気で言ってるんですか。あなたはただ嫉妬心から逆恨みしているだけ。そんな理由でお姉ちゃんは……」


「そんな……理由。噂かなんだか知らないけどまともな恋をしたこともないあんたにうちの何が理解できるっていうの。これまでもこれからも智也はずっとうちと一緒、これだけは絶対」


「あなたの憎い感情なんて知りませんし理解したくもありません。自己中心的でお姉ちゃんだけじゃなく滝野瀬さんの気持ちすらも踏みにじっていることに気がついていないのですか。それに一緒とか言っておきながらあなたは現に高校生になって滝野瀬さんと別の高校に進学し離れ離れになっているじゃないですか」


「確かに誤算だった。葵の自殺が世間に広まれば熱りが覚めるまで私は身を隠す必要があったから仕方なく離れることを受け入れた。だから急遽進学先を変更して地元から離れた女子校に行くことにした。だけど安心して二学期からは栄田北高に転入する手筈が整ってるから。それになにをしたか知らないけどあなたのおかげで自殺のことは誰も知らないみたいだし悠々と学校生活を送れそうで助かるよ。ありがとう薫ちゃん」


「ふざけないでください。ここまでのことをしておいて普通に戻れると思っているんですか。あなたにもそして私にも今後一生、滝野瀬さんの隣に立つ資格はありません」


「それはあんたが勝手に言ってるだけでうちまで巻き込まないで。今も後ろで気を失っているように智也はこの先もなにも知らないまま生きていく。だから私の手がどんなに汚れようと問題ないの。まあ手を汚すことになるのも今日で最後だけどね」


「私もお姉ちゃんと同じように消すつもりなんですね。でもそう上手くいくんですか。中学時代とは違い地元から逃げて久しぶりに帰省したあなたはここ数ヶ月のことを何も知らなかった。そのため他人を頼らざるを得なかったんじゃないですか」


「勘が良いんだね薫ちゃん。確かにうちは蚊帳の外だったからこっちに帰ってきて一から状況を把握するのには苦労したよ。だから翔や一馬を呼び出して一学期のことを聞き出したし利用もした。それが何か問題でも」


「やっぱり滝沢君と前原君の失踪もあなたの仕業なんですね。一度ならず二度までも彼らを利用するなんてそこまでして私を消したいですか。でも真実を知る彼らがいる限り私がいなくなってもいつか必ずあなたの悪事は明るみになります」


「今後もいたらそうかもね。今回もそしてこれからも奴隷のように駒として使ってやろうと思ってたけどだんだん要求は度を越すようになってきたしあんたがいなくなれば邪魔になるだけだから監禁中のあいつらもまとめて消すことにするから安心して。忠告ありがとう薫ちゃん」


「平然と口にしてますけど、監禁とか消すとか人の命をなんだと思っているんですか。あなたには滝野瀬さん以外の人間が都合の良い道具か何かにでも見えているっていうんですか」


「そうね少なくともうちに害をなす存在はみんな死に値すると思ってる。うちにとっては些細な存在のあんたも智也にとってはそうじゃないみたいで、また落ち込むかもしれないけどうちがずっとそばにいるからあんたは心置きなくお姉ちゃんに再会してくるといいよ」


「話になりませんね。せっかくだからもう一つだけ忠告してあげます。さっき今日が最後だとか言ってましたけど、私を消せてもあなたはこの先も同じようなことを繰り返す。だって滝野瀬さんは良い人ですからきっと近い将来あなたよりお似合いな方が現れるから。姉の無念を晴らすだけでなく滝野瀬さんの将来を守るため私はこの地獄で一生あなたと敵対し続けてみせる」


「なにそれ寝言は寝てから言ってもらえる、すぐに永遠の眠りに誘ってあげるから。これ以上つまらない会話をして智也が目覚めるのも面倒だしそろそろ終わりにしよっか。何か言い残すことはある薫ちゃん」


 両者一歩も譲らない口論が嘘のように静まり返った空間にカツン、カツンと迫る足音が響き渡る。高柳麻衣子はゆっくりと東山薫に迫り隙だらけの背中を晒していた。真実は東山葵が、いや薫ちゃんが全て本人から吐き出させてくれたことで心の迷いは微塵も残されていない。ここまでの全てが僕と薫ちゃんの計画であり麻衣子はずっと手のひらの上で転がされていたのだ。もしもの時の大仕事を任されていた滝野瀬智也は出番が来たと気絶したフリをして寝転がっていた体を起こすと、携帯が入っているポケットとは逆のポケットからスタンガンを取り出し麻衣子の死角から不意の一撃をお見舞いした。突然のことに何が起きたのか理解できないまま麻衣子は先ほどの僕のように床に突っ伏す。全ては昨日、展望台での東山葵との再会を機にこれまでの人生で積み上げてきたもの全てドミノが倒れるように破壊され、僕の感情が引き裂かれたことが原因だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る