第20話 先手と機転
「電話は全然出ないしいくら待っても応答はないしで二時間も一体どこほつき歩いてたんだよ」
展望台から町まで降りてきて携帯の電源を入れ直すと哲希からの着信履歴が複数溜まり一件のメッセージが届いていたので冷や汗を感じつつ速やかに確認し指定されていた集合場所に全速力で向かっての今であり盛大に雷が落ちたところである。全面的に僕に非があるのでひたすらに謝り続けなんとか怒りを鎮めてもらう。麻衣子に関しては今日は元から予定があったらしく連絡のみで集まる事はできないそうだ。
「行き詰まって投げ出したくなる気持ちは分かるし気分転換も必要だからこれ以上責めはしねえ。で、本題なんだがついに恐れていた二人目の失踪者が出た」
間に合わなかったかと悔やみつついなくなった人物の名前を聞き出すと前原一馬という名が哲希の口から告げられた。前原一馬もまた同じ栄田北中学の元生徒であり滝沢翔同様に東山葵に嫌がらせをおこなっていた一人だった。確認するように僕が知る前原一馬像を哲希に話すと付け加えるように東山とも一度付き合っていたと補足が入る。
「しかも今回は東山が絡んでいるという証拠付きだ」
どういうことだと詳細を聞くと前原一馬は失踪前に友達の家に泊まりに行っておりその時に東山さんから連絡が来て出て行ったきり帰らないとのことらしい。送られてきたというメッセージもその友達が確認したらしく間違いないとのことだ。
先ほどはどうして僕が二時間も連絡が取れなかったか嘘をついて誤魔化し謝ったがこうなると話は別と僕は展望台での東山葵との対面を口にした。
「居場所を突き止めたって言ってもよ、その廃墟に直接行ったわけじゃないんだろ。もしかしたらそれが東山の罠で誘導されてるってこともあるんだぞ」
展望台で東山さんは語ってくれたのだ最近は家に帰らず廃墟を見つけそこで生活していると。だから僕はそれを信じ話があるなら後日ここに来て欲しいと言い残し、今日はこの後行くところがあるからと去ろうとする東山さんを引き止めることなく別れた。嘘かもしれないが二人目の失踪者が出てしまったからには真実を確かめるしかないと哲希をなんとか説得する。
「他に手がかりがない以上行くしかないのは分かるが気がすすまねえな」
なんとか哲希の説得には成功すると「この後、二人で早速行ってみるか」と持ちかけられるが東山さんは今は何処かに行っていていないだろうと、何よりこれまで三人で動いてきたのだから麻衣子も一緒に三人で行こうと伝えると明日を待って廃墟に行くことに決定した。
「まさか智也が最初に葵の居場所を突き止めるなんてやるじゃん。お手柄お手柄」
翌日改めて三人で集合すると麻衣子は僕の背中を叩きながらよくやったと手荒い祝福をしてくれた。こんなにも喜んでくれて褒められるとは思ってもいなかったのでここ数日頑張ってよかったなと努力が報われたようだった。
「そのへんにしとけ、智也の顔がひきつりつつあるぞ。それに大事なのはこれからで浮かれるにはまだ早い」
常に真面目でありいつも僕たちのまとめ役である哲希は場を締めるようにそして麻衣子に今一度気を引き締めるように間に割って入る。流石の麻衣子も悪ノリをしていたわけではないだろうが間延びした声で返事をすると叩く手を止めた。
廃墟の位置は事前に二人にも共有してあるので誰が先導してもよかったが、ここは情報源である僕が先頭に立ち携帯で地図を確認しながら目的地を目指すべく歩き出した。住宅街から少し離れた場所に東山さんが待つ廃墟は存在し、こんな時でもなかったら絶対に近寄らないであろう道のりは新鮮で地元の裏の顔を見ている感じだ。
「こんな細い道通らなくても、あのまま真っ直ぐ行っても良かったんじゃない」
途中までは順調だった足取りも廃墟が近づき知らない道になると背後の麻衣子から本当にこの道で合ってると不安そうな声が飛んできた。僕は携帯地図の案内通りだから間違いないと安心してと言葉を返す。時刻は正午を少し過ぎたぐらいで太陽は容赦無く日差しを浴びせ、道に迷いたどり着く前に体力を消費するわけにはいかないと廃墟に近づきつつも油断することなく携帯片手に初見の道を歩くのだった。
「ここから先は二人で行ってくれ。俺はもしも東山が逃げ出したときに備えて外で待機して逃げられないようにする」
廃墟に到着すると哲希は不測の事態に備えて外で待機しておくと自ら進んで申し出た。親友たっての申し出であり無碍にするわけにもいかないので任せたと哲希を置いてここから先は僕と麻衣子で廃墟へと向かう。
目の前に広がる景色は灰色が多くを占め辺りには瓦礫や煉瓦が散らばっている。東山さんがいるであろう廃墟は元は二階建てであったであろう建物だったが二階部分が倒壊し石の柱だけが僅かながら残り吹き抜けとなっていた。廃墟にもドアがあったのだろうが壊れたのか取り外されたのか今は空洞で出入り自由という感じだ。
廃墟に侵入する前に一呼吸置くため立ち止まり、僕は携帯にあらかじめメモしておいた聞き出すことリストを確認し頭の中の整理を行う。心の準備が整うと「行くよ」と麻衣子に確認をとり返ってきた頷きを見て僕たちは東山さんが待つであろう廃墟内に足を踏み入れた。
廃墟内に電気など通っているわけもなく光があるとすれば二階が崩壊し穴が開いた天井から差し込む太陽光くらいであり非常に心許ない。正面からでは分からなかったが中に入ると奥行きのある通路があり合計で三つの部屋が窺えた。一つは入り口すぐの左手に開けた空間が広がっており人影は確認できず、足元に気をつけながら真っ直ぐ奥へと進み残りの二部屋を確認していく。東山さんがいた場所は最奥の部屋であり他の部屋よりは床が片付き、さらに天井には大きな空洞が広がり光量も申し分なく距離があっても顔をしっかり視認することができた。
椅子や机などの家具は一切なく壁に持たれて佇んでいた東山さんも僕たちを視認すると体を壁から離し警戒態勢に入る。ひとまず部屋へと入ると反対側の壁際に僕と麻衣子は立ち最大限の距離をとって向かい合ったまずは部屋一帯に広がる張り詰めた空気を少しでも和まそうと軽い挨拶から入ろうと思ったのだが、余談すら許されず東山さんに先手を打たれた。
「ここまで来てもらっておいて二人には悪いけど、私は何も話すつもりはないから」
初手から黙秘権を行使され取り付く島もないというだけでなく、東山さんはずっと背中に隠れていた腕を前へと持ってくると左手にはナイフが握られていた。刃物を持ち出すほどに拒絶するかと立ち竦んでいると東山さんはナイフを持った左手をあろうことか自分の喉元に突きつけた。死人に口無しであり、彼女は己だけが知る真実を墓まで持っていこうというのか。
恐怖に支配されそうになっていた体は予期せぬ事態を前に解放され、冗談では済まされないと落ち着くよう説得するも僕の言葉は届かない。麻衣子も加わり二人で必死に訴えかけるも左手が下されることはなかった。聞く耳を持ってもらえないのであればナイフをどうにかしたいが奪おうにも距離があり僕の手がナイフに届くよりナイフが喉に刺さる方が早い。何か一瞬でいいから気をそらせるものがあればと目だけを動かし探すも僕たちが今いるのは廃墟であり目に付くのは石の破片や瓦礫の山だけだった。
一度は気に留めず役に立たないものと認識したが石の破片があればもしかしたらと悟られないよう足で身の回りを探る。靴ごしに硬い物体の感触が伝わり軽く転がしてみて利用するにはちょうどいい大きさであることを確認すると入り口側の壁へと勢いよく蹴り飛ばした。カツンと石と石がぶつかる音が静かな空間に響くと東山さんは視線を音の方へと移し意識を他に向けることに成功する。この好機を逃さないと僕は走り出した。立った状態からのスタートだったのですぐにはスピードに乗れなかったが再び東山さんの意識がこちらに向くまでに三歩分くらいの距離を詰めることができた。このまま加速すれば手が届く方が早いと確信に変わりつつあるとここで東山さんはさらなる奇行に走った。なんと手にしていたナイフを僕が壁に向かって石を蹴ったように投げ捨てたのだ。もちろん僕の視線はナイフの行方を追ってしまう。あろうことか同じ作戦に引っかかり今度は僕が東山さんの姿を視界から消してしまたと急いで前へと向き直ると東山さんは突進を華麗に受け流しており壁が目の前に迫り勢い余って激突しそうになったが既の所で壁に手をつき衝突だけは免れた。
何がなんだか今も理解はできていないが東山さんの手からナイフを離させることには成功し胸を撫で下ろしていると、背中に何か突きつけられたような硬い物体の感触が伝わるも振り返ることも許されず僕はそのまま争うことなく床に倒れ込んだ。
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