第19話 行方と落穴
気がつけば夏休みも折り返しを迎えつつある八月の中頃、東山さん捜索はあれから三日目を迎えるもこれといった進展はなく途方に暮れていた。力業で町中を探すも行き当たりばったりに走り回ったところですぐに体力は尽きてしまい思うように成果はでていない。それでも哲希、麻衣子、僕で作られた三人のグループトークは毎晩動き互いに報告を行うも二人とも行き詰まった様子で情報網も役に立たないと嘆いていた。それでも根気強く一緒になって探し続けてくれているのだからそれだけでありがたい限りだ。東山さんはもちろんだが音信不通となっている滝沢翔も帰らずのままで夏休みは一日また一日と時間だけが過ぎていく。
日を追うごとに行動範囲を徐々に拡大していったわけだが必ず東山家と有ヶ丘だけは毎日足を運んでは東山さんがいないか確認している。すれ違いの可能性もあるのでそろそろ本腰を入れて一日中張り込んでみることを真剣に考える時なのかもしれなかった。東山家については昨日、麻衣子の友人が家を尋ねてくれて母親から帰ってきていないという情報を聞き出していたので一日居座るとしたら今現在僕が来ている有ヶ丘になるだろう。
なんの成果も得られず三日目の今日も有ヶ丘からの景色を一人眺めていたのだが太陽はちょうど天辺に登り気温も最高潮に達する頃合いであり、そろそろ一回家に帰ってお昼がてら休憩して後半戦に備えるため有ヶ丘を去ることにした。有ヶ丘までの道のりはほとんど一本道なのだが途中に一ヶ所だけ分かれ道がありちょうどその分岐点に差し掛かろうとした時、慌てて近くにあった茂みに身を隠した。Y字の分かれ道に向かって歩いてくる東山さんを確かにこの目で視認したのだ。体が反応して反射的に身を隠したので一応見間違いということもあると茂みの隙間から覗いてみるがこちらに向かって歩くいてくるのは東山葵で間違いなかった。
三日目にしてようやくチャンスが巡ってきたわけだが、この後のことについては特に考えておらずとにかく探し出すことに焦点を定めていたことが仇となる。また逃げられるという意識から潜在的に身を隠してしまったことで次の行動が起こしずらくなっていた。とりあえず一呼吸置いて心を落ち着かせながらまずは彼女がどちらの道を選択するか観察する。こちらに来たらどうしようというかこちらにくる可能性の方が絶対に高いと思いながら息を止める準備を急いで整えるも東山さんはもう一つのルートを選択し姿を消した。二分の一の確率を引き当て恐れていた事態だけは回避したわけだがこのまま帰れるわけもなくこっそりと後を追うべく茂みから抜け出す。
有ヶ丘には何度も来ていたがもう片方の道には一回も足を踏み入れたことがなく、初めての道を歩きながらどこにつながっているんだと胸を高鳴らせる。東山さんを尾行するにあたり足音や息遣いは蝉の合唱団が掻き消してくれるので細心の注意を払う必要はなかったが、どこに続いているか分からない道も有ヶ丘ルート同様に一本道であり距離感が難しい。途中で見つかったり見失ってしまったら全てが水の泡になるが逆に一本道であるという利点を活かし、いきなり姿を消されるという事はないだろうとギリギリ姿が視認できる距離で後を追った。
道の両脇は木々が生い茂り程良い日陰になってくれていたので歩くだけで体力が大きく消耗され休憩が必要という事態にはならずに済んでいる。木々に囲まれた道を歩くこと数分、ついに一本道の出口が見えてきて東山さんが一足先に光の世界に消えた。逆光で姿が見えなくなり急ぎ足で出口を目指し視界が開けた場所に出るとそこには老朽化した展望台が聳え立っていた。展望台の存在はつい最近聞いたばかりであり捜索初日に訪れていたので認知していたが別の道がこんな身近にあったとは驚きだ。
先を行く東山さんは立ち入り禁止の看板を無視して階段を使い展望台の頂上を目指して上っていくが、一本道を抜けた先は身を隠すものが一切ない開けた空間になっており近づけないため傍にあった木に身を隠し様子を窺う。
何をするでもなくただ見晴らしのいい場所から景色を眺めながら髪を靡かせる東山さんの姿は遠目からでも儚く美しかった。目的も忘れ見惚れそうになりながら様子を伺っていたのだが急に麻衣子の話が想起され、いきなり飛び降りたりしないよなと不安に駆られる。柵があるとはいえ華奢な体は強風に煽られたら飛んでしまいそうで恐ろしい。
つい東山さんのことばかりに思考が占領されてしまっていたが僕はこれからどう立ち回るかを考えなくてはならずいつまでも隠れているわけにもいかないのだ。頭を悩ませるもなかなか妙案は思い浮かばず、こうなったら小芝居なしに正々堂々と正面から歩いて行こうとかと覚悟を決めようとしていると太ももに振動が伝わってきた。夏の風物詩でもある蝉に負けない携帯の着信音が鳴り響き、動揺のあまり数歩後ずさると地に足を取られそのまま横転してしまう。手で受け身を取るも腰を強打し痛みが走るが声だけは出すわけにはいかないと必死に堪えた。何があったと足元を見ると動物が掘り起こしたのか無数の穴が地面に開いていた。
壮大に音を立ててしまい誰かが近くにいる事は勘付かれてしまっただろうが僕だという事まではまだバレていないとこのまま一度撤退するべく、今も鳴り続けている携帯の電源を切り座り込んだまま後ろに下がった。これまでは画面だけを修理しようと考えていたが、僕の携帯は意思に反するように音を鳴らすタイミングがいつも最悪で呪われているとしか思えず買い換えることも視野に入れようか。
手で背後を探りながらゆっくりと後退していると指先に固く冷たい感触が伝わり、なんだろうと好奇心から振り返り手元を確認すると予想だにしないものが目に飛び込んできた。置かれている状況も忘れ飛び上がると超がつくほどの前傾姿勢で一目散に駆け出す。衝撃のあまり隠蓑となっていた木々すら通り越し広間に出た僕はそのまま膝から倒れ込み地面に手をつくと荒々しい呼吸を繰り返しとてもじゃないが冷静にはなれそうもない。動機はなかなか治らず這いつくばっていると前方から足音が聞こえてきた。
「た、滝野瀬くん……」
手をついたまま顔だけを正面に向けると驚きを露わにした東山さんが階段に足をかけた中途半端な姿勢で固まっていた。計画が失敗したとか形はどうあれ再会できたことに幸運を感じたとかは一切なく東山葵を前にしてただただ安心するだけだった。
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