第18話 変装と捜索

 『もう耐えられそうにありません。今までありがとう麻衣、そしてさようなら』

 

 麻衣子から突き出された携帯画面には僕に送られてきたものとは意味合いが全く違う別れの言葉が送られてきていた。耐えられないとは中学生の頃に受けていた嫌がらせのことだろうか、それとも家族内で何か問題があったのだろうか。そして麻衣子は何かしらの相談に乗っていたようであると文面から察せられた。さようならの後が気になるがメッセージの下には数分の通話記録が残されているだけで画面から得られる情報はここまでだった。であるならば今後の展開を全て知る本人に直接聞くしかないと麻衣子に先を促す。


「メッセージをもらったうちは慌てて通話をかけたんだ。そしたら葵は今から展望台に行くって言ったの。送られてきた文面から星を見に行くとは思えなかったから色々聞き出そうとしたんだけど通話はすぐに切られちゃって、それでも放っておく事はできないからとりあえずこの辺にある展望台を調べたら二箇所見つけたの。幸運なことに一つは取り壊し予定で現在は立ち入り禁止だったから迷うことなくすぐに場所を絞り出すことができたんだ。だけど星を見には行かないであろうという予感と不穏なメッセージからうちはあえて人が寄り付かない取り壊し予定の展望台に行こうと決めたの。このときに二人にも連絡するべきだったって今は思うけどあの時はうちも切羽詰まっててごめんね。場所は少し遠くて到着までに時間はかかってしまったけど予想通り葵は取り壊し予定の展望台の上に立っていて目にした瞬間にうちは安心してしまった。あとは少し先にある展望台まで歩いて階段を上るだけと歩き出そうとしたとき、葵が身を乗り出し柵の上に立ったの。見ているだけでも胸が締め付けられバカな真似はやめてと名前を叫んだけど遅かった。葵はこちらを振り向いてはくれたけど体はゆっくりと柵の向こう側へと倒れていきそのまま落下したの。しばらく唖然として一歩も動けず放心状態から深呼吸をして立ち直ると携帯を取り出し救急車を呼ぼうとしたけど展望台は山の中にあり圏外だったから急いで来た道を折り返して連絡し救急隊を待った。そして到着した救急隊や警察と一緒に展望台へと再び向かったの。現場まで案内するとこの目で確かに落下していくところを目撃したはずなのに展望台の下には葵の姿がなかったんだよ。最後の力を振り絞って移動したのかもと辺りも探してみたけど見つからず、うちの言動は悪戯として処理され厳重注意をうけ家まで送られた。その後は親から自宅謹慎を言い渡され悶々としたまま春休みを過ごしていたんだけど、そんなある日テレビを見ていたら東山葵ではなく東山薫の行方不明が報道されうちはさらに世の中がわからなくなってしまった」

 

 非常に密度の濃い話を聞き終えたわけだが一度で全てを理解する事は不可能であり謎は増すばかりだった。東山さんが展望台から飛び降りただけでも衝撃的だというのにその後完全に消えたとはもう何がなんだか頭がおかしくなりそうだ。麻衣子の話が本当に全て現実なら別人説に固執するわけも理解できるが、そうなると今の東山葵は誰でありなんのために偽りの姿をしてまで周りを欺き続けるのかがわからない。謎は深まるばかりで現実のはずであるこの世界が夢のようにも感じられる。

 今日も今日のつい先ほど一瞬ではあったが春休みぶりに展望台から消えた東山葵を視認した麻衣子は何を思い、そして僕たちの話も加味して今どのような考えを抱いているのか知りたくて尋ねた。


「もちろん驚きはあったんだけど髪は伸びてるし薄らと化粧もしてたから印象が違いすぎて本人かどうかは一回見ただけじゃ判断できないかな。でもねもしさっき目にした葵が偽物ならその誰かは復讐のために今も仮面を被り続けてるんじゃないかってうちは思うよ」


 復讐とはこれまた物騒な言葉が飛んでくるがすぐに否定する事はできずむしろ一考に値する可能性だった。東山さんが精神的に追い込まれていた事は麻衣子に送られた最後のメッセージが物語っており、追い詰める原因となった人物に復讐するというのは十二分に考えられる。であるならば成り代わってまで目的を果たそうとするその人物は麻衣子ほどに親交が深く繋がりがある人物に絞られるのだ。当時付き合っていた僕ですら相談してもらえなかったのに麻衣子のような存在が他にもいたとは思いにくいが心当たりがないか考察も含めて二人に聞いてみたが正体に迫る人物の名は出てこなかった。


「今回のことに関係があるかは分からないが復讐って聞いて思い当たることがある。実は数日前からクラスの男子一人が家に帰ってこず今も連絡が取れないんだ」


 人物には心当たりがないが他のことで気になることがあると哲希は口にした。まさかその男子生徒が復讐の対象者であり実はもう復讐は始まっているのかと食い入るように音信不通となっている男子生徒の名を聞き出す。


「翔だ。二人も知っている俺たちと同じ栄田北にいた滝沢翔だ」


 滝沢翔とは中学三年で同じクラスになった出席番号が一つ前の不良生徒と称されていた人物だ。そして彼こそが高校生東山葵の一人目の彼氏であり、中学時代は嫌がらせを行なっていた主犯格の一人なのだ。これは復讐という言葉に信憑性が帯びてきたと思いつつも、しかし証拠や関連性は何一つなく決めつけるまでには至らない。心のざわつきは静まらず意見を求めるように二人の顔を交互に往復する。


「もし本当に葵……じゃないかもしれない誰かが何か企んでいるなら早く止めないとやばいよね」


「そうだな。俺もこの件に関してもう少し周りのやつに聞いてみるわ。それで何か分かったことがあればすぐお前らに連絡する」


「わかった、うちも中学の時の友達とか当たってみる。二人ともちゃんと携帯の充電だけは切らさないようにしときなさいよ。それじゃあ手分けして葵を探すってことで解散」


 普段はいがみ合っている哲希と麻衣子はこういう時だけは謎の団結力を発揮し広い情報網をもとに東山葵を捜索するべく四方八方に散り僕は一人公園に取り残された。二人みたいに携帯が活躍してくれたらよかったがこういう時に僕の携帯はなんの力も発揮しない。これまでの人生において交友関係を広くしてこなかったことを悔やみつつ、頼れるのはこの身ただ一つだけだと一度は見失った東山さんを探すべく再び足を踏み出した。

 


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