第15話 甘味と珈琲

 哲希のおかげというのも癪だが一日外に出るだけで久しぶりに深い眠りにつくことができ快眠だった。本日も予定は埋まっておりこの調子で夏休みを満喫できれば東山さんのことも徐々に忘れられそうな予感がする。そうなると僕が今一番気にすることは台所事情だった。今日スペシャルパフェの代金を支払うとほんの数日前まで満たされていた財布は空っぽになり貧乏高校生へと降格する。遊ぶためのお金も必要だが僕には携帯の画面を修復するという最優先事項がありまずはそのためにお金を稼がなければいけなかった。とりあえず携帯画面のことは夏休みの追加課題として今日は思う存分楽しんで明日からまたバイトを探し始めればいいだろう。

 本日の待ち合わせ場所は喫茶ゴメダに現地集合となっていたので店の前で哲希と合流してから二人で入店した。五分前には到着したのだがさらに早く到着したらしい麻衣子から先に店内に入ってると連絡をもらっていたので出迎えてくれた店員さんに待ち合わせをしてますと伝え店内を見渡す。こちらから探すまでもなく一番奥の席でこちらに手を振る女子の姿が目に飛び込んできた。目印としては非常にわかりやすいが周りには他のお客さんもいるのでもう少し控えて欲しいと思いつつ、小走りで麻衣子が待つ席へと向かった。五分前に着いたとはいえ待たせてしまったことは確かで初手謝罪という日本人らしい言動が出てしまう。


「いいよいいよ、うちが勝手に早く来すぎただけだし気にしないで。そ・れ・よ・り・も、なんであんたまでいるのよ哲希」


 麻衣子の対面に自然な流れで座った僕と哲希だったがやはり見過ごすことはできなかったらしい。この二人は幼馴染であるはずなのに昔から馬が合わないところがあるのだ。


「どうせお前だけじゃパフェが食べきれないだろうと思って食べに来てやったんだよ。ありがたく思え」


 いつもこうである。どちらかが発破をかければ敵対心を剥き出しにし火に油を注ぐ。それを仲裁に入る僕の身にもなってほしいと小学生くらいまでは思っていたがいつしか放っておくということを覚えた。だから今回も自然に熱りが覚めるのを待ってもいいが、現在いる場所はお店である。それに哲希を誘ったのは僕であり今回に限っては何も悪くないと麻衣子を宥めにかかる。


「そういうことなら今回は許してあげる。哲希もどうせ私に会いたかっただろうし」


 「勝手に言っとけ」と吐き捨てこれ以上付き合うつもりはないと哲希が一歩引いてくれたため第二ラウンドは免れた。麻衣子は麻衣子でもう終わりというように唇を尖らせていたのを見て素直じゃないなと哲希を誘って三人で集まれてよかったと心から思った。


「うちはもう決めたから二人もドリンク決めちゃって。決まったら店員さん呼ぶから」


 手渡されたメニュー表を開きパフェのことを考えてできるだけ口直し出来そうな普段は飲まないコーヒーを選んだ。「ブラックで」という注文は僕たちくらいの年齢なら大人ぶって言いたい言葉ランキング上位に入るほどの文言だが、頼んだとしても飲めるわけもなく「カフェオレで」と背伸びせずに注文した。ちなみに隣に座る哲希は涼しい顔をして「ブラックで」と言いやがった。麻衣子に関しては横文字で名前からしてお洒落そうななんとかティーを注文していた。


「昨日帰ってから友達に東山の家知ってる奴がいないか聞いてみたけどダメだったわ」


 一通り注文を終え待っていると哲希の口から残念な知らせが舞い込んできた。どこまで手厚いサポートをしてくれるんだと感動しつつ、僕は僕で気持ちを入れ替えてこの夏を満喫するべく前向きだということを伝えた。それじゃあ今後の予定も考えないといけないなと嬉しそうに哲希は肩を叩いてくる。今回だけではなく春休みの一件から哲希には心配ばかりかけていただろうから自分のことのように喜んでくれる親友を見て頬が緩んだ。


「君たち本日の主役を差し置いてどういうつもりなのかな。喧嘩売ってるのかな」


 主役とはまた大きく出たなと対面に目を向けるといつの間にか般若が座っていた。どうにかして怒りを鎮めようと試みるが何を言っても新たな火種にしかならないと察し沈黙を貫く。現状を打破するものがあるとすればそれはもうスペシャルパフェの存在だけで早く出来上がるのを待つしかなかった。だからといっていつまでも沈黙したままではいられないので次なる一手に移ろうとしたとき女神様のような微笑みを浮かべたウェイトレスさんがパフェを手に現れてくれたおかげで難を逃れることが出来た。


「で、家がどうとか聞こえたけどなに話してたの」


 パフェの到着を機に機嫌を取り戻すと自分の顔より大きなジョッキに盛られた生クリームやフルーツを豪快にスプーンで掬い上げては口にしていた麻衣子は思い出したかのように口にした。できることなら聞き流してほしかったが興味関心を引いてしまったのであれば話すほかなさそうだ。気は進まないがこの件に関して話すのはこれが最後だと東山さんと縁が切れたことも含めて説明した。


「諦めがついた今言うのもあれだけど私に聞いてくれてたら教えてあげたのに」


 唐突な爆弾発言をしておいて再びすました顔をしてスプーン片手にパフェを食べ進める手を掴んででも待て待て待てと止めたくなるほどにさらっと流していいことではなかった。哲希の情報網を持ってしても知り得なかった情報を麻衣子は知っているというのか。面白がって僕を揶揄っている様子もなく心中は突然ドレーク海峡に迷い込んでしまったかのように揺れに揺れていた。何か含みがあって言ったわけではないだろうが、未練は本当にないのかと麻衣子から試されている気さえしてきた。

 携帯は完全に壊れることはなく連絡手段を残し、最後の最後で麻衣子という情報源が現れた。運が良いのか悪いのか運命は僕から東山葵の存在を簡単には忘れさせてくれないのかもしれない。悩みに悩んだ末に下した決断はテーブルに額がつくかつかないかのギリギリを攻めた頭を下げての懇願だった。隣からは大きなため息が溢れるも幻聴だったとなにも聞こえなかったことにして返答を待つ。


「今は機嫌がとっても良いし教えてあげてもいいよ」


 パフェ以外にもどうぞ好きなものを召し上がってくださいと言いたいところだがお財布事情は火の車なのでひたすらに感謝の言葉を口にする。そうと決まれば早く行こうと言いたいところだがスペシャルパフェは五人前の量がありまだ半分も残っていた。ちなみに半分の量を平らげたのは麻衣子一人であり僕と哲希は幸せそうに頬張る姿を眺めていた。恐ろしい速度で食べ進め一人で完食してしまいそうな勢いだったが流石に飽きが来たのか、お腹の限界を迎えたのか手が止まりつつある。そろそろ僕たちの出番かなと取り皿を手にスペシャルパフェ攻略に参戦した。

 所詮はパフェであると甘く見ていたがこれが結構強敵で何事も適量が大切だと思い知らされた。対策として頼んだカフェオレもなんの効力も発揮する事なく押し寄せる甘味の軍勢に敗北し小皿二杯でギブアップした僕とは違い、麻衣子は当然として哲希も意外と甘い物に強いようで食べ終わってもけろっとしている。


「それじゃあパフェも完食したことだし葵の家へと案内してあげますか」


 たいした戦力にもならずソファーにもたれかかる情けないやつを待ってはくれないようで麻衣子は立ち上がると机に置いてあった伝票を僕の目の前に置いて「よろしく〜」とウィンクを添えて軽快な足取りで店外へと消えていった。

 裏返しにされていた伝票を確認しさらなるダメージを負うも手持ちでギリギリ支払える金額であり奢るはずがお金を借りることにならなくてよかったと安堵しレジへと向かい支払いを済ませる。

 今後二度と食べることはないだろうがスペシャルパフェを食べる時だけは背伸びせず「ブラックで」と注文できるという豆知識を是非とも大人ぶりたい少年少女に教えてあげたいそんな気分だった。


 


 

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