連絡と連絡
翌日も翌々日も東山さんからの返信はなく根気強く連絡を試みる指もついには止まってしまった。ここ二日間は一切家から出ることなくほとんどを自室で過ごし貴重な夏休みを浪費している。このままでは春休みの二の舞だと分かっていても行動しようとする原動力が湧いてこない。今日もまた時間だけが過ぎ去り明日も明後日もこのままずっとこうなのかと底知らずな勢いでどんどん気分が急降下していくのを止められずにいる。夏休みが始まって間もないというのにお通夜のような雰囲気が漂う日が昇っているというのにカーテンも開けられていない薄暗い部屋に突然愉快な音楽が流れ始めた。部屋を見渡し音の出所を探ると携帯電話が振動し現状の気分にも部屋の雰囲気にも不似合いでありながら待ち焦がれた着信音を鳴らしていた。一歩たりとも動こうとしなかった体は音の出所を特定した途端に活力に溢れ床に転がる光る携帯へと飛びつく。画面に表示されている着信相手の名前も確認せず拾い上げると応答ボタンをタップ。着信音が鳴り止み聞こえてきた第一声を耳にした瞬間、携帯を支えていた腕は力なく垂れ下がりいつの日かと同じように携帯が手から滑り落ちた。
「何時だと思ってるんだ智也。あれ、おーい聞いてんのか」
携帯を落とした拍子にスピーカーに切り替わってしまったらしく間延びした哲希の声が部屋中に響き渡る。幸いなことに今回の落下地点はアスファルトではなくクッションとなるマットが敷かれた床の上だったので携帯が壊れるようなことはなかった。
哲希には悪いが理不尽だと分かっていても一言文句を言わせて欲しい。僕が待っていたのは東山さんからの連絡でありその他は求めていないのだ。何か用事があったのだろうが日を改めてくれと通話を強制的に切るべく携帯へと手を伸ばす。
「東山と上手くいってるからか知らんが親友との約束をすっぽかすなんていつからそんな薄情な奴になったんだー」
東山という名前に過剰に反応してしまった体は硬直し指先が携帯に触れようかというところで停止する。今は東山さんの話を冷静にそして気軽にできる精神状態ではない。東山さんのことでいっぱいの頭に約束という言葉が引っかかるが思い当たる節がなかった。しゃがみ込み床に落としてしまった携帯を置いたまま画面上を操作し予定帳を確認すると本日正午に駅前という記載を発見する。画面右上に表示されている現在時刻を確認すると集合時刻からすでに二十分が経過しようとしていた。夏休み前にした約束など色々あって頭から抜け落ちており完全なる遅刻をかましてしまったと慌ててカメラもついていないのに携帯の前で土下座する。
「お前が遅刻するなんて滅多にないから何かあったことくらいは察しがついてる。来れそうにないなら無理しなくていいぞ。たいした用事があったわけでもないしな」
哲希が幼馴染であり親友であり一番の理解者で本当によかったと改めて実感させられた。せっかくこの暗い部屋から抜け出す機会が訪れたのだから気遣いはありがたかったがすぐに準備をして行くから待っていて欲しいとおこがましくも伝え通話を終える。これは言わなかったことだが本心は別にありずっと心に蟠る行き場のない感情を誰かに打ち明けたかったというのが一番だった。
「思ったよりは元気そうで何より。とりあえず腹も減ったし涼める店に入ろうぜ」
急いで身支度に取り掛かったものの十分ほどさらに待たせることになってしまい到着早々に頭を下げた。待たされた哲希は不平不満は一切溢さず僕の顔色を見て安心すると身を翻し歩き出してしまう。どこまでお前は男前なのだと僕が女だったら惚れているぞと風格漂う背中を追いかけ集合場所近くにあったハンバーガーショップに入店した。
「それで何があったんだ。まあ東山がらみのことだろうとは思うけど」
注文したハンバーガーセットを受け取り空いていた席に向かい合う形で座ると飲み物に口をつける暇も与えないとばかりに事情聴取が始まった。もともと自分の口から話そうとしていたことであり、そう急かさなくてもと思いながら携帯を取り出し東山さんから送られた最後のメッセージが表示された画面を突きつける。
「これはまたひどい画面だな。なに、お前ら取っ組み合いの喧嘩でもしたのか」
「そんなわけないだろ。見て欲しいのはそこじゃない」
文面を読むよりも先にひび割れた携帯画面が目についたのだろう。僕が携帯を操作している間に自分はちゃっかりストローを差し込んだドリンクを口にしていた哲希は茶化すように洒落にならないことを口にした。文面を見てくれと訴えるように伸ばした手をさらに哲希の顔へと近づける。
「悪かった悪かったから画面を少し話してくれ。これじゃあ文字が読めねえよ」
ずっと手を伸ばしたままでいるのも疲れるので携帯を哲希に手渡すと冷めないうちに食べてしまおうとポテトに手をつける。僕への感謝と別れが告げられた文面を前に我が親友はどういう回答を導き出してくれるのだろうかと期待しながら待った。
「まあなんだとりあえずお疲れさん。日付を見る限り噂の三日目以降も関係を続けていたみたいだし善戦したんじゃねえのか」
慰めはもちろんありがたく頂戴するが僕が聞きたかったのはどうしてこうもちぐはぐな文面が一緒くたになって送られてきたのかという考察だった。僕の中ではまだ何か希望があるのではないかと思っているが、哲希はもう終わったことと捉えたようで
聞き返しづらくはあったが他人の思考を求めた。噂の期限についても新たな説が判明しており僕も例に違わず噂を打ち破れていないのだがどうでもいい事なのであえて僕から言及はしなかった。
「それはちょっとでもお前を傷つけないようにと気遣ったからじゃないのか。本人ではないから確かなことはわからんが」
もしそうであるならばその気遣いは余計でありなんの意味もなしていない事になる。別れを告げるにしても面と向かって言って欲しかった。どうして綿飴が食べたいと嘘をつき僕を屋台へと一人向かわせてからメッセージで伝える必要があったのか。
未練を残させるような言葉をどうして添えたのだと言いたいことも募る思いも山ほどあるのだ。春休みに続き今回も文面だけでは何も分からないし納得できるはずもなかった。
「そもそも連絡が取れないからって俺に聞くより東山本人の家まで行って確かめればいい話じゃねえのか」
「家を知ってれば祭りが終わった夜に僕だってそうしたさ」
吐きどころを求めていた愚痴を場違いにも浴びせ続けられる哲希から真っ当な反論が返ってきた。反論の余地がないほどに正論でありいつまでも返信を待つなんてまどろっこしいこともせず今すぐにでも押し掛けたいがそれが出来ない事情があった。中学時代、そして今回と二回彼氏として付き合ったというのに僕は東山さんの家がどこにあるのか知らないのだ。
「嘘だろ、お前ら中学の頃は家でも良く遊んでたんじゃなかったのか」
「確かに家で遊ぶことはあったけど全て僕の家だったんだ」
僕の家に招いたことは何度もあったが東山さんの家に招待されたことは一度もなかった。中学生時代の僕が東山さんの部屋に興味がなかったなんてことがあるはずもなく一度家に行ってみたいと頼み込んでみたが拒絶された。照れ隠しや冗談では一切なく崖の底にいきなり突き落とされたような感覚は今も忘れられない。それ以来、僕は東山さんの家についても家族関係についても自ら触れることはなくなった。唯一知り得ることがあるとすれば妹の薫ちゃんのことだけであり妹の話だけは東山さんも嬉々として語ってくれた。
「そんなことがあったとはな。力になってやりたいが彼氏だったお前が知らないんだ。俺ももちろん知らん」
中学の時から交友関係の広い哲希でも知らないとなるともうどうしようもないのかもしれない。せめて妹である薫ちゃんがいてくれたら探しようはあったかもしれないのに。希望の光がまた一つ消え項垂れているとテーブルの上に置いていた携帯が震えた。僕の連絡先に登録された数少ない人物の一人である哲希は現在目の前に座って話を聞いてくれている。僕の話を聞いた上でこっそり連絡を入れるなどという悪質極まる悪戯をする奴ではないはずだ。今度こそ東山さんからだと携帯画面を覗き込む。
『明日十三時にゴメダに現地集合で。スペシャルパフェよろしく〜』
メッセージアプリを開くまでもなく待ち受け画面には簡潔にまとめられた麻衣子からの誘いが届いていた。東山からかという哲希の問いかけに力なく首を振る。哲希にしても麻衣子にしても僕の親友はどうしてこう空気が読めないというかタイミングが悪いのだろうか。東山さんともう一度会って話すことが最優先事項ではあったが、現にこうして外に出て実感しているように家で一人になるより誰かと話していたい僕はすぐに了解とメッセージを返した。どうせなら哲希も混ぜて久しぶりに三人で話したかったのでちょうど一緒にいることもあり誘ってみると少し渋るような素振りを見せるも頷いてくれた。
「じゃあ俺も今日待たされたことだし何かご馳走になろうかな」
お前の目の前にあるトレイの上に丸まっている紙包は誰が買ったものだと目で訴える。今日の寝坊はすでにハンバーガーセットで償われており明日のことなど僕の財布の管轄外だ。しかし刺すような視線も軽くあしらわれ哲希はトレイを持って立ち上がると退店するべく歩き出した。本当にどいつもこいつも自由気儘で羨ましいったらありゃしない。
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