第14話 連絡と連絡

 翌日も翌々日も東山さんからの返信はなく根気強く文字を打つ指もついには止まってしまった。ここ二日間は一切家から出ることもなくほとんどを自室で過ごし貴重な夏休みを浪費している。このままでは春休みの二の舞だと分かっていても動く気力が湧いてこない。今日もまたうじうじしては時間が過ぎ去り明日も明後日もこのままずっとこうなのかと底知らずな勢いでどんどん気分が急降下し始めようとしていると、お昼だというのにカーテンも開けられていない薄暗い部屋に愉快な音楽が流れた。

 辺りを見渡すと音の出所は携帯電話であり現状の気分にも部屋の雰囲気にも不似合いな音楽はずっと待ち焦がれた着信音だった。一歩たりとも動こうとしなかった体は音を耳にした途端に活力に溢れ床に転がる光る物体へと飛びつく。画面に表示された名前の確認もせず拾い上げると応答ボタンを押して聞こえてきた第一声を耳にした瞬間、耳元へと振り上げた腕は力なく垂れ下がり携帯が手から滑り落ちた。

 

「何時だと思ってるんだ智也。おーい、聞いてんのか」


 携帯を落とした拍子にスピーカーに切り替わってしまったらしく間延びした哲希の声が部屋中に響き渡る。理不尽だと分かっていても一言文句を言わせて欲しい、僕が待っていたのは東山さんからの連絡であり哲希からではないのだ。何か用事があったのだろうが日を改めてくれと通話を強制的に切るべく手を伸ばす。


「東山と上手くいってるからって親友との約束もすっぽかすなんていつからそんな薄情な奴になったんだー」


 東山という名前に過剰に反応してしまった体は硬直し携帯まであと少しのところで手が止まる。今は彼女の話を冷静にそして気軽にできる気分ではない。東山さんのことでいっぱいの頭に約束という言葉が引っかかるが思い当たる節がなかった。しゃがみ込み床に落としてしまった携帯を置いたまま操作し予定帳を確認すると本日正午に駅前と記載されていた。画面右上に表示されている現在時刻を確認すると集合時刻からすでに二十分が過ぎようとしており慌ててカメラもついていない携帯へ土下座し完全に頭から抜け落ちていたことを謝罪する。


「お前が遅刻するなんて滅多にないから何かあったんだろうとは察しがつくが来れそうにないなら無理しなくていいぞ。たいした用事があったわけでもないしな」


 哲希が幼馴染であり親友であり一番の理解者で本当によかったと改めて実感させられた。せっかくこの暗い部屋から抜け出す機会が訪れたのだから気遣いはありがたかったがすぐに準備をして行くから待っていて欲しいとおこがましくも伝え通話を終える。これは言わなかったことだが本心は別にありずっと心に蟠る行き場のない感情を誰かに打ち明けたくて聞いて欲しかったというのが一番だった。


「思ったより元気そうで何より。とりあえず腹も減ったし涼める店に入ろうぜ」


 急いで身支度に取り掛かったものの十分ほどさらに待たせることになってしまい到着早々に頭を下げ頭を下げるも、不平不満は一切溢さず僕の顔色を見て安心すると哲希は身を翻し歩き出してしまう。どこまでお前は男前なのだと僕が女だったら惚れているぞと風格漂う背中を追いかけ僕たちは近くにあったハンバーガーショップに入店した。


「それで何があったんだ。おおよそ東山がらみのことだろうとは思うけど」


 注文したハンバーガーセットを受け取り空いていた席に向かい合う形で座ると早々に飲み物に口をつける暇も与えないとばかりに事情聴取が始まった。もともと自分の口から話そうとしていたことであり、そう焦らなくてもと思いながら携帯を取り出し東山さんから送られてきた最後のメッセージが表示された画面を突きつける。


「おーこれはまたひどい画面だな。なに、お前ら取っ組み合いの喧嘩でもしたのか」


 文面を読むよりも先にひび割れた携帯画面が目についたのだろう。僕が携帯を操作している間に自分はちゃっかりストローを差し込んだドリンクを口にしようとしていた哲希は茶化すように洒落にならないことを口にした。そうじゃないと訴えるように伸ばした手をさらに哲希の顔へと近づける。


「悪かった悪かったから画面を少し話してくれ。これじゃあ読めねえよ」


 ずっと手を伸ばしたままでいるのもしんどいので携帯を哲希に手渡すと冷めないうちに食べてしまおうとポテトに手をつける。果たして我が親友はどういう回答を導き出してくれるのだろうか。


「まあなんだとりあえずお疲れさん。噂通りだったとはいえ見た感じ三日以上続いたみたいだし善戦したんじゃねえのか」


 慰めはもちろんありがたく頂戴するが僕が聞きたかったのはどうしてこうもちぐはぐな文面が一緒くたになって送られてきたのかという考察だった。僕の中ではまだ何か希望はあるのではないかと思っているが、哲希はもう終わったことと捉えたようで

聞き返しづらくはあったが聞いてみた。


「それはちょっとでもお前を傷つけないようにと気遣っての言葉じゃないのか。本人じゃないから確かなことはわからんが」


 もしそうであるならばその気遣いは余計でありなんの意味もなしていない。別れを告げるにしても面と向かって言って欲しかったし、どうして未練を残させるような言葉を添えたのだと言いたいことは募る思いは山ほどあるのだ。文面だけじゃ何も分からないし納得できるはずもない。


「だったら東山本人の家まで行って確かめればいいじゃねえか」


 吐きどころを求めていた愚痴を場違いにも浴びせ続けられる哲希から真っ当な反論が返ってくる。ぐうの音も出ないほどの正論でありできることならいつまでも返信を待つなんてまどろっこしいこともせず今すぐにでも押し掛けたいがそれが出来ない事情があった。彼氏であるというのに僕は東山さんの家を知らないのだ。


「嘘だろ、だって中学の頃は家でも良く遊んでたんじゃなかったのか」


 僕の家に招いたことは何度もあったが東山さんの家に招待されたことは一度もなかった。東山さんの部屋に興味がなかったなんてことがあるはずもなく一度家に行ってみたいと頼み込んでみたが拒絶された。照れ隠しや冗談では一切なく崖の底にいきなり突き落とされたような感覚は今も忘れられない。それ以来僕は東山さんの家についても家族関係についても口にすることはなかった。唯一知り得ることがあるとすれば妹の薫ちゃんのことだけであり彼女の話だけは東山さんも嬉々として語ってくれた。


「そんなことがあったとはな。力になってやりたいが俺も家まではしらねえ」


 中学の時から交友関係の広い哲希でも知らないとなるともうどうしようもないのかもしれない。せめて妹である薫ちゃんがいてくれたら探しようはあったかもしれないと項垂れているとテーブルの上に置いてあった携帯が震えた。哲希は現在目の前に座っており話を聞いておいて悪質極まる悪戯をする奴ではなく今度こそ東山さんからだと携帯画面を覗き込む。


『明日十三時にゴメダに現地集合で。スペシャルパフェよろしく〜』


 東山からかという哲希の問いかけに力なく首を振った。哲希にしても麻衣子にしても僕の親友はどうしてこう空気が読めないというかタイミングが悪いのだろうか。東山さんとの付き合いが継続していたら考えただろうが、今こうして外に出て実感しているように家で一人になるより誰かと話していたい僕はすぐに了解とメッセージを返す。どうせなら哲希も混ぜて久しぶりに三人で話したかったので誘ってみると少し渋るような素振りを見せるも頷いてくれた。


「じゃあ俺も今日待たされたことだし何かご馳走になろうかな」


 お前の目の前にあるトレイの上に丸まっている紙包はなんだと目で訴える。今日の寝坊はハンバーガーで償われており明日のことは知ったこっちゃないのだ。しかし刺すような視線も軽くあしらわれ哲希はトレイを持って立ち上がると退店するべく歩き出した。本当にどいつもこいつも自由気儘で羨ましいったらありゃしない。

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