意味と考察

 夏祭りに行っていたとは思えないほどに意気消沈し一人家に帰ると精も根も尽き果て抜け殻のようになった体は布団の上へと倒れ込んだ。春休みの経験からすぐに諦めることだけは絶対にしないと河川敷周辺を走り回り東山さんを探したけれど再開することは叶わなかった。屋台や提灯で明るく照らされていた河川敷も片付けが終わると真っ暗になってしまい精神的にも体力的にも限界を迎え撤退を余儀なくされた。

 家に着いても現実を受け止めきることはできず屍のように横たわっていると机の上から垂れ落ちそうになっていうる一本の線が目に付く。それは携帯電話の充電ケーブルだった。充電がなくなっていたんだとほとんど働いていない頭で思い出しポケットの中を探る。今から充電をして連絡を入れたとしても意味は無いだろうと諦めていながらも最後の希望を託すべく力ない手を充電ケーブに伸ばした。

 充電ケーブルを掴みポケットから取り出した携帯電話の画面を確認した瞬間、体に電流が走ったような衝撃が走り思わずベットから跳ね上がりそうになった。まだ買ってもらって半年も経っていない携帯の画面上にはヒビが入っており傷心しているところに追加攻撃された気分だ。母にどう説明したら許してもらえるかという懸念よりも今は画面に傷がついただけでなく携帯そのものが壊れていて完全に東山さんとの繋がりが途切れてしまったらどうしようということの方が心配だった。連絡先はアプリに全て保管されているからと電話番号もメールアドレスも僕は覚えていない。どうか電源だけは無事でありますようにと都合のいい願望を胸に充電ケーブルを差し込むと充電開始のポーンという甲高い音が鳴り亀裂が入った画面に充電中のマークが浮かび上がった。最悪の事態だけは回避できまだ出来ることがあるかもしれないと希望が残されたとなると時刻はまもなく日付をまたごうとしているがこのまま眠れるはずがない。本当に別れるのだとしても今のままでは納得できないと諦めの悪さだけは一人前で早く連絡を取りたい気持ちに駆られる。どんなに気持ちを急いたところで充電がすぐに回復するはずもなく、東山さんを探すため走り回ったこともあり汗でベタつく体を洗い流そうと気分転換も兼ねて浴室へ向かった。

 もしかしたらという憶測ではなく実際に体験してしまっているので確信に近いものがあるのだが、これまで東山葵と付き合ってきた男子生徒も皆同じように突然終わりを告げられたのだろう。噂がまだ広まっていない最初の方に告白に成功し真剣に交際関係を築こうとしていた男子生徒はどうやって簡単には納得もできそうにない現実を受け入れたのだろうか。そして何を思いながら次の彼氏の誕生を受け止めていたのだろう。弄ばれただけと割り切ることもできるのかもしれないが、少なくとも僕には東山さんが見せてくれていた笑顔が偽物だとは思えない。ではなぜ東山さんは急に別れを切り出してきたのだろうかという疑問に帰結するのだがそれはシャワーを浴び再び自室へと戻って僅かながら充電が施された携帯を前にしても答えは出ていなかった。

 電源が入り操作できるほどには充電されていた携帯を充電ケーブルが抜けないように気をつけながら手に取り連絡アプリを開く。夢でないならせめて何か悪い冗談であってくれと東山さんからドッキリでしたとネタバラシが送られてきていないか期待したが新着メッセージはなし。最後に送られて来たメッセージを確認するが少し落ち着いた状態で読んでも打ち間違いじゃないかと疑いたくなる文面が残されていた。

 

『滝野瀬くんのおかげで最後に忘れられない夏の思い出が出来たよ。私たち今日で別れることにしよう。さようなら』


 前半の部分は間違いなく花火大会のことであり、今日の感想が送られてくることは何一つ不思議ではない。この文面だけであれば忘れられない夏の思い出なんて嬉しいこと言ってくれると一生忘れないように画面を写真に撮るだけでなく、しばらくの間は待ち受けにしたいくらいだ。だが文章には続きがあり後半部分の別れを告げる文面も噂のことを加味すればもしかしたら不思議がるようなことでもないのかもしれない。三日のカウントの仕方が一昨日からだったという僕の予想が当たっていて、たまたま夏祭りの日と噂の期日が被ってしまったと納得することが一番得策なのかもしれなかった。どちらも意味を理解できる文章であるにも関わらず僕がこんなにも頭を悩ませるのはやはり意味合い的に正反対に位置する二つの文面が一緒になって送られてきたからである。別れるのであれば前半の部分はいらなかったのでは無いかというのが僕の持論だ。関係が終わるというのにどうして僕のおかげとか忘れられない思い出とか伝える必要があったのだろうか。

 見落としがないか今一度落ち着いた状態で熟考してみるが的を得た答えは導き出せずこのままひび割れた画面と向かい合っていても時間の浪費でしかなく埒が明かない。本人に聞くのが一番だともう一度会って話し合いたいというメッセージを送った。体は疲れ切っているはずなのに寝ている間に返信があったらと思うとうかうか寝ることもできず一睡もすることなく翌朝を迎えてしまった。だが携帯が鳴ることは一度たりともなく忍耐はとっくに限界を迎えており視界はぼやけ意識を朦朧とさせながら夢の世界へと落ちた。



 


 

 

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