第13話 意味と考察

 家に帰ったときには精も根も尽き果て抜け殻のようになった体で布団の上へと倒れ込んだ。河川敷周辺を走り回り東山さんを探したけれど見つかることはなく、屋台や提灯で照らされていた河川敷は真っ暗になり気力も体力も何も残っておらず帰宅するしかなく撤退を余儀なくされた。

 今も現実を受け止めきることはできず屍のように横たわっていると机の上から垂れ落ちそうな一本の線が目に付く。それは携帯電話の充電ケーブルだった。そういえば充電がなくなっていたんだとほとんど働いていない頭で思い出しポケットの中を探る。今から充電して連絡してももう遅いだろうと諦めつつも最後の希望を託すべく力ない手で探り当て取り出した携帯電話は思わず目を背けたくなる有様だった。

 まだ買ってもらって半年も経っていない携帯の画面上にはヒビが入っており目が覚めるような衝撃だった。少し冷静になりつつある頭でどうしてこうなったと思い返せば衝動に駆られ橋の上で思いっきり叩きつけてしまったことを思い出す。

 母にどう説明したら許してもらえるかという懸念よりも今は画面に傷がついただけでなく携帯そのものが壊れていて完全に東山さんとの繋がりが途切れてしまったらどうしようということの方が心配だった。連絡先はアプリ上のものしか知らず電話番号もメールアドレスも知らないのだ。

 どうか電源だけは無事でありますようにと自分で撒いた種ながら都合のいい願望を胸に充電ケーブルを差し込むと充電開始のポーンという甲高い音が鳴り亀裂が入った画面に充電中のマークが浮かび上がった。最悪の事態だけは免れたわけだけれども、こうなるとわずかな希望が残されたわけで時刻はまもなく日付をまたごうとしているがこのまま眠れるはずがない。

 本当に別れるのだとしても今のままでは納得できないと早く連絡を取りたい気持ちに駆られるが、どんなに急いたところで充電がすぐに満タンになるわけもなく走り回ったこともあり汗でベタつく体を洗い流そうと浴室へと向かった。

 もしかしたらというか実際に体験してしまっているので確信に近いものがあるのだがこれまで東山葵と付き合ってきた男子生徒は皆同じように突然終わりを告げられたのだろう。噂がまだ広まりきらない最初の方に告白に成功し真剣に交際関係を築こうとしていた男子生徒はどうやって簡単には納得もできそうにない現実を受け入れたのだろうか。そして何を思いながら次の彼氏の存在を受け止めていたのだろうか。弄ばれただけと割り切ることもできるのかもしれないが、少なくとも僕には東山さんが見せてくれていた笑顔が偽物だとは思えない。ではなぜ東山さんは急に別れを切り出してきたのだろうかという疑問に帰結するのだがそれはシャワーを浴び再び自室へと戻って僅かながら充電が施された携帯を前にしても答えは出ていなかった。

 電源が入り操作できるほどには充電されていた携帯を充電ケーブルが抜けないように気をつけながら手に取り連絡アプリを開く。夢でないならせめて何か悪い冗談であってくれと東山さんから送られてきたメッセージを確認するがやはりというべきか今読んでも打ち間違いじゃないかと疑いたくなる文面が残っていた。

 

『滝野瀬くんのおかげで忘れられない夏の思い出ができたよ。私たち今日で別れましょう』


 前半の部分は間違いなく花火大会のことであり、今日の感想が送られてくることは何一つ不思議ではない。この文面だけであれば忘れられない夏の思い出なんて嬉しいこと言ってくれると一生忘れないように画面を写真に撮って待ち受けにしてしまいたいくらだ。そして後半部分の別れを告げる文面も噂のことを加味すれば不思議がるようなことでもなく、むしろ三日以内ではなく五日目を迎えられたことを誇りに思いたいくらいだ。

 どちらも意味を理解できる文章であるにも関わらず僕がこんなにも頭を悩ませるのはやはり意味合い的に正反対に位置する二つの文面が一緒になって送られてきたからである。今一度落ち着いた状態で熟考してみるが的を得た答えは導き出せずこのままひび割れた携帯画面と向かい合っていても時間の浪費でしかないため話し合いたいというメッセージを送った。

 体は疲れ切っているはずなのに寝ている間に返信があったらと思うとうかうか寝ることもできず一睡もすることなく翌朝を迎えてしまったが携帯が鳴ることは一度たりともなかった。忍耐はとっくに限界を迎えており視界はぼやけ意識を朦朧とさせながら夢の世界へと落ちた。



 


 

 

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