第11話 金魚と勝負

 焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、イカ焼き、焼きとうもろこし、唐揚げ、ポテト、じゃがバター、フランクフルト、わたあめ、かき氷、ラムネ、ベビーカステラ、チョコバナナ、クレープ、フルーツ飴などの食べ物系からスーパーボールすくい、金魚すくい、くじ、射的、型取りといった娯楽系まで所狭しと並ぶ屋台を吟味しながら歩く道中いつお財布の出番が来るかと待ちわびていた。

 定番といっていい顔ぶればかりの屋台通りで異彩を放ち僕の目を引いたのはマヨネーズの容器に入れられたプリンと色鮮やかに光る電球型の容器に入れられたサイダーだった。プリンやサイダー自体は日常生活でも目にする機会も食す機会も多々あるが、何に入れるかで印象を大きくかえ好奇心をくすぐってくるとは発案者にしてやられたりだ。道中マヨネーズを吸いながら歩く人を見かけたときは正気を疑い思わず東山さんと顔を見合わせたほどだ。その正体がまさかプリンだとは存在を知らなければまず気がつけないだろう。

 食べたり遊んだりしなくても見ているだけでそれなりに楽しめた屋台も終点を迎えた。一通り見終えた上でここまで足が止まることはなかったが果たして東山さんの御眼鏡にかなう代物はあったのだろうか。あってもらわなければ僕が困ってしまうのだがとりあえずここまでの感想を聞いてみた。


「最初の方は屋台を見る余裕もあったんだけど人の多さと慣れない下駄を履いていることもあって途中から歩くので精一杯で……」


 足元までは配慮が足りず本日の主役であるはずの東山さんが全くもって楽しめていないらしかった。祭りの雰囲気に飲まれていたのは僕だけだったらしく後ろめたさと共に何をやっているんだと頭が痛い。

 来た道を引き返し気になった屋台で食べたり遊んだりして満喫して欲しいところだが事情が事情であり再び人混みの中を移動することは気が引けた。東山さんから要望を聞いて買ってくることが解決策にはなりうるが食べ物だけしか提供できず娯楽系の屋台は楽しめない。それに僕が買いに行っている間は東山さんを一人待たせてしまうことになり屋台通りを一人巡っている間に他の男子から声をかけられるところが容易に想像できてしまい本能が拒絶している。

 花火打ち上げ時刻までは三十分ほど残されており少しの休憩を挟んだとしても屋台全ては厳しいが満足できるくらいには楽しむ時間はあるだろう。自問自答していても埒が明かないのでまずは東山さんの足の具合を聞いてみることにした。


「だいぶ慣れてきたから大丈夫だよ。心配かけてごめんねもうすぐ花火も始まっちゃうし気になる屋台行こうよ」


 本当に休まなくていい、無理してない、強がってないと内心は不安でいっぱいだが本人が大丈夫と言うのであれば野暮なことは口にせず一緒に行こうではないか。本当は手を繋いでと言いたかったがそこまでの度胸はなく、もし逸れそうになったら服の袖でもどこでも好きなところを引っ張ってくれていいからとだけ伝え僕は道を作るべく東山さんの前に立ち再び屋台通りへと足を踏み入れた。

 記念すべき一店舗目として足を止めたのは金魚すくいの屋台だった。食べ物を先に買ってしまうと手が塞がって遊べなくなってしまうということもあるが、なんといっても東山さんたっての要望なのだ。

 これまた浴衣に良く似合う巾着袋から財布を取り出そうとする東山さんの手を止め、待ってましたと金魚すくい屋のおっちゃんにお金を手渡しポイを一つ受け取った。それじゃあ先に遊ばせてもらいますなんてことするはずもなく、流れるように東山さんへとポイを手渡した。一瞬は戸惑うような表情を見せるも感謝の言葉をいただき巾着袋を預かる。

 金魚が自由気儘に泳ぐ水槽の前へと身をかがめると左腕の袖を捲り上げ右手で固定し臨戦態勢となった東山さんの姿は見惚れてしまうほどに美しく、丸見えとなっている頸が色っぽい。無意識のうちに僕はポケットから携帯を取り出すとカメラを起動しシャッターボタンに手を添えていた。賑やかな祭囃子がシャッター音をかき消してはくれなかったようで東山さんはこちらを見上げる。彼女とはいえ盗撮には違いない行為をしてしまったと我に返ったときにはもう遅く、それでも最後の抵抗と携帯を持つ手を咄嗟に背後に隠した。


「どうせ撮るなら金魚を掬ってるところを撮ってよ。こんな穴だらけのポイと一緒じゃ恥ずかしいよ」


 照れるような笑みを浮かべる東山さんから盗撮したことについてのお咎めはなかったが思いもしないところを指摘されてしまった。手元の出来事など魅力あふれる被写体の前では些細なことで全く気にしていなかったが改めて携帯に保存された写真を確認してみるとちょうどポイが破れ金魚が逃げ出す瞬間が激写されていた。斜め上からの撮影だったので表情までは撮れておらずきっといいリアクションをしていたことだろうと惜しいことをしたと反省もそこそこに悔いてしまう。


「写真を撮り直して欲しい気持ちもあるけどさ、滝野瀬君も一緒にやろうよ金魚すくい。せっかく二人で来てるんだから、ね」


 笑みと共に誘いを持ちかけられては断れるはずもなく今度は二人分の金額を手渡しポイを二つ受け取った。ずっと東山さんが楽しむことだけを考え自分自身は裏方に徹するべくしていたが、逆に気を使わせてしまっているのかもしれないと気が付く。気持ちが先走り自分本位になることはいけないことだが、だからといって身を引きすぎることも逆効果なのだと人間関係の難しさを学んでいる。全てが終わってしまった後ではなく序盤も序盤の段階で気がつかされて良かったと胸を撫で下ろし腰を据えて金魚が泳ぐ水槽と対峙した。

 金魚すくいを最後にした記憶など遡れば小学生低学年の頃であり久しぶりにポイを持ってみるととても小さく感じられた。どっちが多くの金魚をすくえるか勝負という挑戦を東山さんからふっかけられ二人同時にポイを入水させる。

 金魚すくいの経験値など無いに等しく己の直感に任せた結果なんとかぼうずは免れポイが使い物にならなくなる前に二匹掬うことができた。本当なら大きいサイズの金魚を狙うべきところだが勝負を挑まれたからにはせめて一匹は掬わないといけないという強迫観念に負け小物を狙ったことは少し情けない。それでも勝負は勝負と東山さんが持つ銀の器を見てみると金魚は一匹たりとも泳いでいなかった。


「また逃げられちゃった、金魚すくいって難しいね。滝野瀬くんはどうだった」


 大きく穴が開いたポイを手にしながら悔しそうに眉が垂れ下がってしまった東山さんを前にして本当のことを言えるわけがない。水面に浮かぶ二匹の金魚が入った銀の器を慌てて東山さんから見えないように体で隠すとそっと放流し空っぽの器を見せた。


「滝野瀬くんもダメだったんだ。それじゃあこの勝負は引き分けだね」


 なんとか隠し通せたようでよかったと一安心したのも束の間、続いて東山さんの口から発せられた言葉は衝撃的なものだった。


「もし負けたらお金も出してもらってるし何か一つくらいはお願いを聞いてあげようと思っていたから結果を聞くまでドキドキだったよ」


 もちろん私にできることならだけどねと付け足されるも、今更言われてもすでに二匹の金魚は逃してしまい実は掬ってましたなどと証明することは不可能だ。であるならば再戦を申し込みたかったが東山さんは立ち上がり満足そうな表情を浮かべているためそれも叶いそうになかった。


「私なんて二回もやってゼロ匹だったんだからなんてことないよ、ほら美味しいもの食べに行こう」


 優しさが思いも寄らない形で裏目に出てしまったことに立ち上がることができず励ましの言葉をかけてくれるのは素直にありがたいが、逃した魚はとても大きくそう簡単には立ち直れそうになさそうだ。いつまでも落ち込んでいたら東山さんだけでなく金魚すくい屋のおっちゃんや順番待ちをしているお客さんにも悪いとこんな時でも理性は働きなんとか心を奮い立たせた。

 金魚すくいの屋台を後にすると再び東山さんの前に立って道を作るようにして歩き様々な屋台で足を止めると、たこ焼きに焼きそば、唐揚げ、ポテト、それから気になっていたマヨネーズの容器に入ったプリンと屋台通りも折り返しに差し掛かろという頃には二人の両手は食べ物でいっぱいだった。

 腕時計を確認すると花火打ち上げ時刻も目前に迫っており屋台巡りはこの辺りで一旦区切りをつけ、花火が見える観覧エリアへと向かうことにした。道中マヨネーズ容器を吸いながら歩いていたのだが、中身はプリンとわかっていても背徳感が拭きれず経験したことのない感覚だった。

 まだ本日の目玉である花火は打ち上がってもいないというのに心はすでに満たされてしまっている。もうこのまま帰ってしまってもいいと思えるほどであり当初の予定とは大きく外れてしまっているような気もするが、屋台通りを抜け隣を歩く東山さんはこれでいいんだよと肯定してくれているような気がした。

 

 

 

 

 


 

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