金魚と勝負
たこ焼き、イカ焼き、お好み焼き、焼きそば、焼きとうもろこし、唐揚げ、ポテト、じゃがバター、フランクフルト、わたあめ、かき氷、ラムネ、ベビーカステラ、チョコバナナ、クレープ、フルーツ飴などの食べ物系からスーパーボールすくい、金魚すくい、くじ、射的、型取りといった娯楽系まで所狭しと並ぶ屋台を吟味しながら歩く道中いつお財布の出番が来るかとそわそわしながらもその時を待ちわびていた。
祭りの定番といっていい顔ぶればかりの屋台通りで異彩を放ち僕の目を引いたのはマヨネーズの容器に入れられたプリンと色鮮やかに光る電球型の容器に入れられたサイダーだった。プリンやサイダー自体はスーパーでも購入でき目にする機会も食す機会も多々あるが、何に入れてあるかで印象を大きく変え好奇心をくすぐってくるとは発案者にしてやられたりだ。道中マヨネーズを吸いながら歩く人を見かけたときは正気を疑い思わず東山さんと顔を見合わせたほどだった。その後もマヨネーズを吸う人達とすれ違いながら少し歩いた先に種明かしが待ってはいたがその正体がまさかプリンだとは存在を知らなければまず気が付けない。世間ではマヨネーズが流行っているのだと勘違いして家に帰ってマヨネーズを吸ってしまっていただけでなく、母に恥ずかしい姿を目撃されていたかもしれいと想像すると背筋が凍る。
足を止めて食べたり遊んだりしなくても見ているだけでも雰囲気に浸り楽しめていたが長く感じた屋台通りも終点を迎えた。一通り見終えた上でここまでノンストップで歩いてしまったが果たして東山さんの御眼鏡にかなう代物はあったのだろうか。あってもらわなければ僕が困ってしまうのだがと危惧しながらも、まずは本人に確認しなければ始まらないとここまでの感想を聞き出してみる。
「最初の方は屋台を見る余裕もあったんだけど人の多さと慣れない下駄を履いていることもあって途中から歩くので精一杯で」
足元までは配慮が足りず本日の主役であるはずの東山さんは全くもって楽しめていなかったらしい。東山さんにそんなつもりはなかっただろうが祭りの雰囲気に飲まれていたのは僕だけであることを自覚させられると後ろめたさと共に何をやっているんだと自罰の念が押し寄せてきた。
来た道を引き返し気になった屋台で食べたり遊んだりして満喫して欲しいところだが不安定な足元で再び人混みの中を移動させりことには気が引けた。道中で僕が目にしたものを東山さんに伝え要望を聞いて買ってくることが解決策にはなりそうだが食べ物だけしか提供できず娯楽系の屋台は楽しめない。それに僕が買いに行っている間は東山さんを一人待たせてしまうことになり屋台通りを巡っている間に他の男子から声をかけられるところが容易に想像できてしまい本能が拒絶している。花火打ち上げ時刻までは三十分ほど残されているので少しの休憩を挟んだとしても屋台全ては厳しいが満足できるくらいには楽しむ時間はあるだろう。自問自答していても埒が明かないのでまずは東山さんの足の具合を確かめようと結論付ける。
「だいぶ慣れてきたから大丈夫だよ。心配かけてごめんね。もうすぐ花火も始まっちゃうし気になる屋台があるなら行こうよ」
本当に休まなくていい、無理してない、強がってないと内心は不安で満たされていたが本人が大丈夫と言うのであれば野暮なことは口にせず一緒に行こうではないか。本当は手を繋いでと言いたかったがそこまでの度胸はなく、必要だったら服の袖でもどこでも好きなところを引っ張ってくれていいからとだけ伝え僕は道を作るべく東山さんの前に立ち再び屋台通りへと足を踏み入れた。
記念すべき一店舗目として足を止めたのは金魚すくいの屋台だった。食べ物を先に買ってしまうと手が塞がって遊べなくなってしまうということもあるが、なんといっても東山さんたっての要望である。浴衣に良く似合う巾着袋から財布を取り出そうとする東山さんの手を制し、待ってましたとばかりに金魚すくい屋のおっちゃんにお金を手渡しポイを一つ受け取った。それでは先に遊ばせてもらいますなんてことするはずもなく、流れるように東山さんへとポイを手渡す。一瞬だけ戸惑うように目を瞬かせていた東山さんではあったが僕の顔を立ててか素直に受け取ってくれた。感謝の言葉をいただき巾着袋を預かると東山さんは金魚が自由気儘に泳ぐ水槽の前へと身をかがめた。左腕の袖を捲り上げ濡れないように右手で固定すると臨戦態勢となった東山さんの姿は見惚れてしまうほどに美しく、普段と違う浴衣に合わせた髪型のため丸見えとなっている頸が色っぽい。無意識のうちにポケットに手が伸び携帯を取り出すとカメラを起動しシャッターボタンに手を添えていた。賑やかな祭囃子がシャッター音をかき消してはくれなかったようで音に反応した東山さんがこちらを見上げる。恋人とはいえ盗撮には違いない行為をしてしまったと我に返ったときにはもう遅く、それでも最後の抵抗と携帯を持つ手を咄嗟に背後に隠した。
「どうせ撮るなら金魚を掬ってるところを撮ってよ。こんな穴だらけのポイと一緒じゃ恥ずかしじゃん」
照れるような笑みを浮かべる東山さんから盗撮したことについてのお咎めはなかったが思いもしないところを指摘されてしまった。手元の出来事など魅力あふれる被写体の前では些細なことで全く気にしていなかったが改めて携帯に保存された写真を確認してみるとちょうどポイが破れ金魚が逃げ出す瞬間が激写されていた。斜め上からの撮影だったので表情までは撮れておらずきっといいリアクションをしていたことだろうと思え惜しいことをしたと反省も忘れ悔いてしまう。
「写真を撮り直して欲しい気持ちもあるけどさ、せっかくなんだから滝野瀬君も一緒にやろうよ。二人で来てるのに私だけ遊んでるんじゃ気が引けてくるよ」
今日は裏方に徹するつもりだったが笑みと共に誘いを持ちかけられては断れるはずもなく今度は二人分の金額をおっちゃんに手渡しポイを二つ受け取った。ずっと東山さんが楽しむことだけを考え自分自身のことは二の次にしていたが逆に気を使わせてしまっているのかもしれないとハッとさせられる。気持ちが先走り自分本位になることはいけないことだが、だからといって身を引きすぎることも逆効果なのだと人間関係の難しさを一つ学んだ。全てが終わってしまった後ではなく序盤の段階で気がつかされて良かったと胸を撫で下ろすと僕も腰を据えて金魚が泳ぐ水槽と対峙する。金魚すくいを最後にした記憶を遡れば小学生低学年の頃であり久しぶりにポイを持ってみると頼りないほど小さく感じられた。
「ちょっと待って。どっちが多く金魚をすくえるか勝負しない。後ろにも待っているお客さんがいるから勝者へのご褒美は後で考えるとして、どうかな」
本当にこんな小さなポイで大丈夫かと不安に思いながら水につけようとしたとき突然挑戦をふっかけられ、ご褒美があるとなれば悩むことすらなく受けて立つと了承した。またもや僕から挑戦を挑み東山さんを楽しませることが出来ていればといたらなさが浮き彫りなり勝負の前から気持ちが沈みかけたが、反省は後にして優雅に泳ぐ金魚に今は集中と切り替えポイを入水させた。
金魚すくいの経験値など無いに等しくコツも裏技も何一つ知らないので己の直感に任せた結果なんとかぼうずは免れポイが使い物にならなくなる前に二匹掬うことができた。本当なら大きいサイズの金魚を狙いたいところだったが勝負を挑まれたからにはせめて一匹は掬わないといけないという強迫観念から小物を狙ったことは我ながら少し情けない。それでも勝負は勝負と東山さんが持つ銀の器を覗き込んでみると金魚は一匹たりとも泳いでいなかった。
「また逃げられちゃった、金魚すくいって難しいね。私にはセンスがないのかも。滝野瀬君はどうだった」
大きく穴が開いたポイを手にしながら悔しそうに唇を尖らせる東山さんを前にして本当のことなど言えるわけがなかった。水面に浮かぶ二匹の金魚が入った銀の器を慌てて東山さんから見えないように体で隠すと後ろ手にそっと銀の器をひっくり返し空っぽの器を見せた。
「滝野瀬君もダメだったんだ。それじゃあこの勝負は引き分けだね」
なんとか隠し通せたようでよかったと一安心したのも束の間、続いて東山さんの口からついて出た言葉は自分の優しさを後悔させるには充分だった。
「私ね、もし負けたらお金も出してもらったし何か一つくらいはお願いを聞いてあげようと思ってたんだ。だから一匹も獲れずに終わったときは結果を聞くまでドキドキだったんだよ」
もちろん私にできることならだけどねと付け足されるも、今更言われてもすでに二匹の金魚は逃してしまい実は掬ってましたなどと証明することは不可能な話だ。勝っていれば夢のようなご褒美が待ち受けていたのだと知り再戦を申し込みたかったが、すでに僕たちは待っていた人に場所を明け渡してしまっている。私欲のためだけに並び直すわけにもいかず勝負はまた別の機会に持ち越し今は諦めるしかなかった。
「そんなにショックだった。私なんて二回もやって一匹も掬えなかったんだったんだからなんてことないよ。ほら美味しいもの食べに行こう」
優しさが思いも寄らない形で裏目に出てしまったことへのショックから動けずにいると励ましの言葉を掛けられる。別に僕は金魚が掬えなくて落ち込んでいるわけではないのだけどなと、勘違いしている東山さん苦笑いを返した。逃した魚はとても大きくそう簡単には立ち直れそうになかったが自分の役割を思い出し奮い立たせる。ネガティブな感情を東山さんに移すわけにはいかないのだから。
金魚すくいの屋台を後にすると再び東山さんの前に立って道を作るようにして歩き様々な屋台で足を止めると、たこ焼きに焼きそば、唐揚げ、ポテト、それから気になっていたマヨネーズの容器に入ったプリンと屋台通りも折り返しに差し掛かろという頃には二人の両手は食べ物で溢れ返っていた。始めこそ東山さんは口を挟まず僕にお金を払わせてくれていたが、途中から流石に心配になったのか私も半分出すと口にしていた。気持ちはありがたかったが今日のために資金を用意してきた身からすれば全て奢りたいと要求を拒否するしかない。ただ断るだけではまた心配をかけ気を使わせてしまうかもしれないので、本当は最後まで隠しておきたかったが最近臨時収入があったことを打ち明けお金については任せて欲しいと太鼓判を押す。
腕時計を確認すると花火打ち上げ時刻も目前に迫っており屋台巡りはこの辺りで一旦区切りをつけ、花火を見るために用意された観覧エリアへと向かうことにした。道中マヨネーズ容器を吸いながら歩いていたのだが、中身はプリンとわかっていても背徳感が拭きれず経験したことのない感覚を味わった。すれ違う人の視線の注目も集め容器に入れられた中身の真実を知らない人達からは二度見され有名人になった気分も味わえた。まだ本日の目玉である花火は打ち上がってもいないというのに屋台を楽しんだだけで心はすでに満たされてしまっている。このまま帰ってしまってもいいと思えるほどであり当初の予定とは大きく外れてしまっているような気もするが、屋台通りを抜け観覧エリアまでの道のりを人混みを抜けたことで隣について歩いている東山さんの微笑みはこれでいいんだよと肯定してくれているような気がした。
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