再会と約束
花火大会の会場は河川敷となっており待ち合わせ場所は屋台通りから少し離れた橋の上でということになっていた。十分ほど余裕を持たせて到着したはいいものの先走る気持ちからかそれとも待つことへの不安からか到着したと連絡を入れたかったが急かしているようで悪印象を与えかねないと自重した。待つのも出来る男の努めでありもっと余裕を見せてみろと会場に到着してから急に浮き足立つ気持ちを何とか制する。川沿いにずらりと並んだ屋台からは調味料が焦げた香ばしい匂いやカステラの甘い香りが漂い食欲を刺激されながら人が行き交う様を気を紛らわせるように橋の上から眺めていると数分も待たずして肩を叩かれた。
いよいよ待ちに待った瞬間を迎え東山さんはどんな浴衣を選んだのだろうかと期待が膨らみ、そして第一声は何と言うべきだろうかと考えながら振り返った。色鮮やかな生地に花柄をあしらった可愛らしい着物か。それとも黒の生地に控えめな柄のクールな着物だろうか。僕の目に飛び込んできたのは想像した浴衣のどれにも当てはまらず、そもそも浴衣ですらない半袖ショートパンツのヘソ出しという夏らしいカジュアルな服装で思わず目を擦り二度見三度見してしまった。浴衣ではない意外な服選択には驚かされたが何よりも予想外だったのは肩を叩いたのが東山葵ではなかったということだ。
「久しぶりに連絡したっていうのに返事もしてくれないのせくんはこんなところで何をしているのかな」
全ては東山さんだったらということが前提であり相手が幼馴染である高柳麻衣子であるならば奇抜なファッションも全く驚くようなことではなかった。僕と哲希そして麻衣子の三人は小学校、中学校と同じであり高校でも一緒だと思い込んでいたが麻衣子だけは別の進路を選択した。中学時代に男子から呼ばれていたあだ名を初めて使い含みを持たせた詰め方からもお察しの通り、今も未返信で放置し続けるメッセージの送り主こそが麻衣子だった。久しぶりの再会であり喜ばしいはずの場面が一転、非常に気まずい空気が漂い始めている。幼馴染であるからこそ下手な嘘など通じないことを重々承知しているため素直に謝罪の弁を述べるしかなかった。
「事情は分かったけどもう返信は要らないよ。うちが送ったのは今日の花火大会一緒に行こうよっていう誘いだからさ。こんなところで眺めてないで一緒に見てまわろ、屋台で何か奢ってくれたら許してあげるから」
今更ながらに送られてきていた内容を理解し、明日を待たずして返信ならぬ返答の機会が後ずれたが僕の謝罪には麻衣子がまだ知らない出来事が含まれていなかった。高校に進学してからは互いに互いの現状を把握しておらず僕が東山葵と復縁したことを麻衣子は知らないのだ。恋人がいない身であれば喜んで誘いに乗り哲希も呼び出したいくらいだったが今日は東山さんのために尽くすことを決めているため断るしかなかった。
「……そうだったんだ、よかったね。あーあ、智也も
他校なので東山さんの噂を知ってか知らずかは定かではないがしばし黙り込み咀嚼するように何事か考えるような仕草を見せる麻衣子。だが一度口を開けば麻衣子の友人に彼氏ができたことで花火大会の予定がなくなったという嬉し悲しみの叫びが飛んできた。僕のカミングアウトが火に油を注いでしまったらしいがこればかりは理不尽にも程がある。許してもらうためにはスペシャルパフェが必要とはこれまた高くついたもんだ。屋台だったらお腹いっぱい食べてもお釣りが返ってくる値段だと思いつつも、贖罪は一つ受け入れるつもりでいたのでスペシャルパフェ一杯で許してくれるというのであれば是非ともご馳走させていただこう。お金についてはまた後日考えるとして今はできるだけ金額からは目を逸らしたい。
「わかったよ、今からは無理だけど今度必ずパフェは奢るから今日のところは手打ちにしてくれないか」
「わかってるわよ、ちゃんと邪魔者は身の丈を弁えて帰りますー。夏休み中にパフェを食べに行くのは絶対だからね。また連絡するから今度はちゃんと返信しなさい。すぞうじゃないと今度はスペシャルパフェじゃ済まさないから」
麻衣子と話しているうちに待ち合わせ時間まで残りわずかとなっておりせっかくなら東山さんにも会っていけばと引き留めようとしたが、麻衣子なりに気を使ってか背中を向け本当に花火も見ずに河川敷から遠ざかっていく。
「そうだ一つ言い忘れたことがあったんだけどさ、実は私……」
数歩進んだところで急に立ち止まり振り返った麻衣子は言い忘れていたことがあると一度は話始めたが先が気になるところで言葉を止めた。実は私がなんだよと気になって仕方がなく、もしこの後の東山さんとのデートにまで支障をきたしでもしたらどうしてくれると先を促してみたが、悪戯な笑みが返ってくるだけだった。
「そんなに気になるならスペシャルパフェもう一つ追加してくれたら明かしちゃおうかな。なんていうのは冗談でそのうちすぐにわかるよ。それじゃあばいばーい」
こちらの気も知らないで呑気に掲げた手を振りながら今度こそ足を止めることなく去っていく背中を見送った。久しぶりの再会にも関わらず嵐のように心をかき乱していった幼馴染みが退場し大きくため息を一つ吐くとまたしても背後から声がかかった。麻衣子の場合は肩を叩かれただけだったので判別がつかなかったが、今回は名前を呼ばれたので声質から背後にいる人物が東山さんであることを確信する。東山さんを待たせることなく先に到着したはいいが、待っている彼氏が他の女性と話しているところを目撃され追及されたらどうしようと今になって不安が芽を出す。今回に限っては話していた相手が麻衣子であり雪野さんとも顔見知りであるからに仮に誤解されても問題ないだろうと都合の悪いことから目を背け浴衣予想を頭の中で巡らせながら振り返った。
「滝野瀬くんすごく疲れているみたいだけど大丈夫?慣れない浴衣なんて着てくるから待たせちゃったよねごめんね」
疲れているように見えたのは先ほど予想外の再会があったからであり決して疾しいことがあったわけではないと示すようにすぐに否定の言葉を口にした。浴衣姿が拝めるのであればそれはもう何分でも何時間かかろうが持ちますとも。誇張したように聞こえる言葉が嘘でも冗談でもないと自信を持って言えるほどに東山さんの浴衣姿は綺麗だった。予想していた可愛い系統かクール系統かでいうと前者であり白い生地に薄紫の花が満遍なく散らされた浴衣は東山葵をさらに一つ上の可愛さレベルに到達させていた。
個人的には浴衣姿を直接見られただけで満足でありもう思い残すことはないと言いたかったがこれからが正念場なのだ。無事合流できたことは始まりに過ぎず、今から疲れた表情を出していてはいけないと今一度自分を戒め誘惑渦巻く屋台通りへと東山さんを連れて準備万端の財布を携え向かった。
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