第10話 再会と約束

 花火大会の会場は河川敷となっており待ち合わせ場所は橋の上でということになっている。十分ほど余裕を持たせて到着したが東山さんはまだ来ていないようで先走る気持ちからかそれとも待つことへの不安からか到着の連絡を入れたかったが急かしているようで悪印象を与えかねないと自重した。

 待つのも出来る男の努めでありもっと余裕を見せてみろと到着してから急に浮き足立つ気持ちを何とか制する。川沿いにずらりと並んだ屋台からは調味料が焦げた香ばしい匂いやカステラの甘い香りが漂い食欲を刺激されながら人が行き交う様を橋の上から眺めていると数分も待たずして肩を叩かれた。

 果たして東山さんはどんな浴衣を選んだのだろうか、そして第一声は何と言うべきだろうかと頭に浮かべつつ振り返る。胸を膨らませた僕の目に飛び込んできたのは浴衣ではなく半袖ショートパンツのヘソ出しという夏らしいカジュアルな服装で思わず二度見してしまった。浴衣ではない意外な服選択にも驚かされたが何より驚いたことは東山葵ではなかったということだ。


「久しぶりの連絡に返事もしてくれないのせくんはこんなところで何をしているのかな」


 全ては東山さんだったらということが前提であり、相手が幼馴染である高柳麻衣子であるならば全く驚くようなことではなかった。僕と哲希と麻衣子は小学校、中学校と同じで高校も三人一緒だと思い込んでいたが彼女だけは別の進路を選択したため久しぶりの再会だ。中学時代に主に男子から呼ばれていたあだ名を初めて使ったり含みを持たせた詰め方からもお分かりの通り、今も未返信で放置し続けるメッセージの送り主こそが彼女であり喜ばしいはずの再会が一変、とても気まずい空気となっている。幼馴染であるからに下手な嘘など通じないことを重々承知しているため素直に謝罪の弁を述べるしかなかった。


「事情は分かったけどもう返信は要らないよ。うちが送ったのは今日の花火大会一緒に行こうよっていう誘いだからさ。こんなところで眺めてないで一緒に見てまわろ、屋台で何か奢ってくれたら許してあげるから」


 今更ながらに送られてきていた内容を理解し、明日を待たずして返信ならぬ返答の機会が後ずれたが僕の謝罪には彼女がまだ知らない出来事が含まれていなかった。高校に進学してからは互いに互いの現状を理解しておらず僕が東山葵と復縁したことを知らないのだ。恋人がいない身であれば喜んで乗る誘いだが今日は東山さんのために尽くすことを決めているため断るしかなかった。


「……智也も愛美まなみや聖羅みたいに彼氏ができたからって私を一人置いていくんだ。やっぱり許してあげない。ゴメダのスペシャルパフェじゃないと許してあげない」


 他校なので東山さんの噂を知ってか知らずかは定かではないがしばし黙り込み咀嚼するように何事か考えるような仕草を見せていたが、一度口を開けば彼女が友人に彼氏ができたことで花火大会の予定がなくなったという嬉し悲しみの叫びが飛んできた。どうやら火に油を注いでしまったらしいがこればかりは理不尽にも程がある。

 スペシャルパフェとはこれまた高くついたもんだと屋台だったらお腹いっぱい食べてもお釣りが来そうだと思いつつも、贖罪は一つ受け入れようとしていたのでパフェ一つで許してくれるというのであれば是非ともご馳走させていただこう。お金についてはまた後日考えるとして今はできるだけ金額からは目を逸らしたい。


「今日のところはもう帰るけど、夏休み中にパフェ約束だからね。また連絡するからちゃんと返信しなさいよ」


 麻衣子と話しているうちに待ち合わせ時間まで残りわずかとなっておりせっかくなら東山さんにも会っていけばと引き留めようとしたが、邪魔したら悪いからと柄にもなく気を使ってか背中を向け本当に花火も見ずに帰るようだ。


「そうだ一つ言い忘れたことがあったんだけど実は私……」


 数歩歩いてから急に立ち止まり振り返った麻衣子は先が気になるところで言葉を止めた。実は私がなんだよと気になって仕方がなく、もしこの後の東山さんとのデートに支障をきたしでもしたらどうしてくれると先を促してみたが、悪戯な笑みが返ってくるだけだった。


「そんなに気になるならスペシャルパフェもう一つ追加してくれたら、っていうのは冗談でそのうちすぐにわかるよ。それじゃあばいばーい」


 こちらの気も知らないで呑気に掲げた手を振りながら今度こそ足を止めることなく去っていく背中を見送った。久しぶりの再会にも関わらず嵐のように心をかき乱していった幼馴染みが退場し大きくため息を一つ吐くとまたしても背後から声がかかる。

麻衣子の場合は肩を叩かれただけだったので判別がつかなかったが、今回は名前を呼ばれたので背後にいる人物が東山さんであることを確信し、改めて浴衣予想とともに振り返った。


「滝野瀬くんすごく疲れているみたいだけど大丈夫?慣れない浴衣なんて着てくるから待たせちゃったよねごめんね」


 口はすぐに否定の言葉を発していた。浴衣姿が見れるのであれば何分だって何時間だって持ちますとも。誇張したように聞こえる言葉が嘘でも冗談でもないと自信を持って言えるほどに東山さんの浴衣姿は綺麗だった。それに僕が疲れているように見えるのは東山さんのせいではなく全て幼馴染のせいである。

 何はともあれこうして無事合流できたことだし、何より僕が頑張らなくてはいけないのはこれからでまだ何も始まっていないのだ。疲れた表情などおくびにも出してはいけないと今一度戒め僕たちは屋台立ち並ぶ通りへと足を向かわせた。

 


 


 

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