第8話 労働と対価

 週末といっても夏休み四日目を迎えた今日が金曜日であり花火大会は明日行われ約束した日はもうすぐ目の前である。東山さんから別れを告げられることなく四日目を迎えられたことは素直に喜ばしいことだがまだ安心するには早いと、むしろこれからが本番だと気を引き締め直さなければいけない。

 僕の口から東山さんの妹である薫ちゃんの名前を出すことがきっかけで彼女の思い出を刺激してしまい花火大会のことを思い出させ誘わせてしまった。だから花火大会に一緒に行くことは出来ても今回だけは彼女をもてなす係に徹しなければいけない。祭りデートなどと浮かれるのではなく傷心してしまった東山さんを楽しませることだけに全力を注ぐつもりでいる。

 そのため昨日、家に帰るなり真っ先に行ったことは日雇いバイトの検索だった。まずは資金調達からしないと始まらない。花火大会まで一日しかないが屋台で好きなものを買ったり遊んだりするお金くらいなら一日あれば問題なく稼げそうだ。まだ高校生であり職を選り好みしている余裕もなかったためそれなりのお金が稼げるのであればと仕事内容には目を瞑り応募し何とか仕事を手に入れた。

 遅刻しないよう五分刻みで何重にも登録したア携帯アラームで目を覚まし翌日の朝を迎えた。本日の仕事内容は午前中に倉庫での肉体労働を行い、午後からは商店街で行われるイベントの裏方作業となっている。

 玄関を出る前に東山さんにバイトのことは隠しつつメッセージを送った。これから初バイトに行くにあたり朝から連絡を取り合うことで励ましてもらいたいという邪な気持ちがなかったといったら嘘になるが、一番の理由は今日もまだ恋人関係でいることを確認したかったというのが大きい。

 二時間だけとはいえ高校生活では帰宅部であり日頃から運動などしてこなかった体に重たい荷物の移動は負担が大きかった。筋肉が悲鳴を上げるなか何とか仕事をやりきりお昼ご飯を食べに一度帰宅したけれどもう一歩も動きたくないとこのまま眠りにつきたい欲求が襲い掛かる。張り切って二つも仕事を請けてしまったことを今になって後悔してももう遅い。体力的にも精神的にも辛い状態ではあるが、何より僕の心をかき乱しているのは東山さんに朝送ったメッセージの返信がまだ返ってきていないということだった。

 次の仕事まではしばらく時間が空いており少しでも休もうと体を居間の床に横たえるも携帯が気になって全然休まらない。もう一度連絡を入れようかとかいろいろ悩んでいるうちにあっという間に家を出る時間になってしまっていた。横になっていたこともあり一応眠気覚ましも兼ねて洗面台へ向かってから身支度を整える。

 準備が終わり再び居間へと携帯を取りに戻ったとき待ち焦がれていた通知音が高らかに鳴った。どうか東山さんからの返信でありますようにと祈りながら走って携帯を取りにいき恐る恐る携帯画面に触れる。真っ暗だった画面から待ち受け画面が映し出され通知欄のところにはメッセージアプリのアイコン、それから東山葵の名が記されていた。

 危うく携帯を落としそうになるほど歓喜で震える手で一刻も早く返信が見たいとパスワードを解除し確認する。内容としてはもう朝じゃないからおはようじゃないよねという文面から始まり明日の花火大会についての待ち合わせ場所などの詳細だった。

 返信が送られてきたということだけで安心感に包まれ午後からの気力も全回復といっていいくらいなのに、さらに少し遅れて一枚の写真が送られてきた。写真には色鮮やかな着物を背景に自撮りをした東山さんが写っていた。中学校のときは携帯など持っておらず、ゲームセンター でプリクラなども撮ったことがなかったのでこれが初めて手に入れた東山さんの写真になる。

 背景から察するに東山さんは明日の花火大会のために浴衣をレンタルしに来たといったところだろうか。断れない雰囲気で無理をさせてしまっているのではないかと不安を拭い切れずにいたが、写真を見る限り彼女も楽しみにしてくれていそうで一安心だ。一日中眺めていられそうで見惚れてしまいそうになるが今は時間がなく遅刻しかねないことを思い出し待ち合わせなどには問題ないことを伝え、最後に写真に対する感想を添える。可愛いと直接言葉にすることは文面とはいえ気恥ずかしく親指を立てたスタンプでごまかした。

 午後からの仕事は倉庫仕事よりも大変だった。裏方仕事と聞いていたので少なくとも肉体労働ではなかったはずなのだが、着ぐるみを着る人が急遽来れなくなったらしく若いこともあり頼み込まれてしまったのが運の尽き。断り切れるわけもなく給与アップの口車に乗せられて炎天下のもと僕は小一時間ほど風船やらティッシュを配った。

 数時間ではあるが人生初の労働を終え家に帰るとまず真っ先に浴室へと向かった。お金を稼ぐ大変さを身をもって体験した体に溜まった疲労感が浴びる水と共に流れていく心地よさを実感する。労働とはとても大変であり素晴らしいことだと噛み締めるようにそして体を労わるように洗い流した。

 気分はリフレッシュ出来ても疲労感が完全に抜けきったわけではなかったが、夕飯は格別に思えるほど美味しかった。柄にもなくおかわりをしてしまうほどにだ。ご飯を食べ終えると睡魔に襲われ自室の布団に寝転がると一瞬で夢の世界へ誘われてまさに充足感に満ち当たりた幸せいっぱいの生活を一日だけだが体現していた。資金調達には無事成功し、いよいよ明日は花火大会本番を迎える。

 

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