未練と提案

 新しい環境に見慣ないクラスメイト。入学当初は不安でいっぱいだった高校生活も

数ヶ月ほど通い続けたら勝手に適応していくもので、すっかり慣れてしまった栄田北

高校ではあったが明日から当分の間お別れとなる。七月末日、勉学漬けの日々から解

放される僕たちはついに待ちに待った夏休みへと突入する。寂しさや惜しむ気持ちな

どこれっぽちも持ち合わせてはいない。

 高校生になって初の夏休み。高校生という言葉がミソであり可能性の塊で中学生の

頃とは出来ることの幅が格段に広がっている。貴重な長期休暇の一日も無駄にしてた

まるかと教室内では至る所で机の周りに集い和気藹々と今後の予定話に花を咲かせている集団グループが見受けられた。おかげ様で空席が目立ち机に突っ伏す男子生徒の丸まった背中が一つ浮いていた。一学期が過ぎ去る月日は交友関係を広げるには余りある時間をもたらし、コミュニティーを確立させ広げていった生徒が多数派なのだ。少数派として取り残された身を慮れば同情こそすれどあちら側でなくてよかったと一安心すること間違いなし。もちろん入学当初は新たな門出にときめきを感じていた。だが現実は非情にも残酷で認めたくはないが多数派に属せなかったと一学期の最終日に背中で語るのは他の誰でもない自分自身なのだった。

 現在進行形で繰り広げられる全くと言っていいほど自分にはなんの関係もない話は聞きたくなくても右から左へと耳を通過し鬱陶しいことこの上ない。終業式が終わり残すはホームルームのみなので、一足早く夏休みに入らせて頂こうかと机の脇に掛けてあった鞄に手を伸ばしたのだが手が肩紐を掴むことはなかった。


「逃げ出したくなるほどに通知表の成績が悪かったのか、智也」


 茶化しと呆れが入り混じった声に体が反応し伸ばしかけていた腕を引き戻すと右半身に重みが加わった。すぐさま肩に置かれた手を雑に払い除けるとすぐに反論開始といきたかったがまずは来訪者が腰を落ち着かせるの待つ。


「自慢じゃないが高校に入ってから有り余る時間を勉強にしか使っていない」


 少数派に属してしまったわけだが友達が一人もいないというわけではない。僕にも友達と呼べる存在はいる。小学校からの付き合いになる親友。高校に入ってからできた新しい友達はとか無粋なことは聞かないで欲しいし目を背けていたい。そんな大親友であり心の友の山口哲希は空席だった前の席に座るなり大きなため息をついた。


「それはそれは可哀想なことで。それで結局最後まで机だけが友達ってか、智也さんよ。友達が机愛好家だとかなんとか捻れた性癖の持ち主だとかクラスメイトから誤認され話を聞かれる身にもなってくれよ。詳しい事情は話さず訳ありとして一応は弁明してやったけどよ」


「それはなんというか悪かった。というかそんな話、初耳なんですけど」


 僕に自ら進んで話しかけてくる人物といえば哲希くらいなので彼が同線となりあれやこれやとクラスメイトから僕のことを聞かれるのは当然のことか。橋渡しのような役目をさせてしまっていることについては申し訳ないと思わないでもない。同じクラスだと分かった時は「またかよ」などと軽口を叩き合っていたが、揺るぎないほどに信頼だけはしている。だから哲希が弁明してくれたのなら僕の印象もそう悪くなってはいないだろう。まさか自分が異常者を見る目でクラスメイトから視線を向けられていたとは思いもよらなかった。一学期最後の日にして驚きの新事実の発覚。予定もなく気乗りしていなかったが明日から夏休みで本当によかった。もし明日も登校しなければいけないとなるとクラスメイトの目を気にして登校拒否していたかもしれない。


「それと、言っておくが好きでこうしているわけじゃない。本当なら僕だって」


 視線が今一度、あちこちで島を作っているクラスメイトを巡り一人の女子生徒を捉えたところで止まり、言葉も同時に途切れた。別に好き好んで机に突っ伏しているわけではない。入学当初は新たな生活、新たな出会いに期待し胸を膨らませていた。だけどクラス発表が行われたあの日、僕たちはまた同じになってしまった。山口哲希と同じクラスになったことは幸運だった。そして東山葵と同じクラスになったことは不運だった。


「まぁ今となってはもう空気のような存在として認識されているから今更気にするな」


 慰めのつもりなのかもしれないが親友ながらひどい言いようだった。だが異常者から空気へと昇格したと思えば喜ばしいことなのかもしれないと納得する。一年が終わる頃にはもう少しマシな呼び方になっていることを切に願うばかりだ。それはそれとして哲希の弁明がなければ、それどころか哲希と同じクラスでなければ自分がどのような立ち位置に置かれていたかなどは想像するだけで恐ろしかった。夏休み前に少し早い怪談を聞かされた気分だ。


「もっと早くに僕のことを聞いてくる人がいるって教えてくれてたら僕も今頃あの輪の中だったんじゃないか」

 

 哲希と話しながらも視界にずっと映っていた教室の入り口付近で談笑するグループに視線を合わせながら可能性の薄い皮肉が溢れた。


「それはない。あの時期にクラスメイトと繋がるってことは東山の存在も避けられないからな。今もお前はあいつを避けている。それが答えだ」


 バッサリとした否定の言葉に胸を痛める暇もなく東山という名前が飛んできた瞬間、心臓を叩く音が大きくそして加速した。他の人に聞かれていなかったかと首を左右に振り安堵して哲希に視線を戻すと向けられていた笑みが直視できず僕は項垂れた。


「いつまで引きずってんだよ。明日から夏休みだってのにその様子じゃ大層つまらなさそうな一ヶ月が待ってそうだな」


「笑えない冗談はやめてくれ。そもそも引きずってるとかそんなんじゃ」


 否定の言葉こそ口から出たが言葉が続かない。図星だろと口角が吊り上げられた憎たらしい笑みは見なくとも想像できたので僕は顔ごと視線を窓の外へと逸らした。


「東山のこと今でも好きなのか」


 親友は逃してはくれなかった。ため息が一つ哲希から溢れたかと思うとこれまでとは雰囲気を一変させたおふざけ無しの真面目な声音が耳に届いた。蟠りとなって捨てられない僕の心の中を的確に見抜く親友。確信をつく言葉を前にして逃げ道はなく隠し通すことは無理だと観念する。


「今でも好きなのかは正直なところ分からない。でも忘れられないというか納得がいってないんだ」


「東山が初めての彼女ってのはもちろん、聞いた感じじゃ一方的に関係を切られたみたいだしそこら辺が原因か。気持ちはわからんでもないが今のお前の姿が正解とも思えねえ」


 声のボリュームを下げてくれたことからも僕と東山さんが付き合っていたという過去はクラスメイトに隠してくれているようだった。一学期をほとんど棒に振る形になってしまい自分でも脱しなくてはいけない状況だと分かっているが抜け出すための糸口が見つけられていない現状についつい本音が漏れ出す。


「同じクラスじゃなかったら変わってたのかな」


「それはあるかもな。だがクラス替えは来年までない。そこでだ、俺なりに解決策を一つ提案したいんだがどうだ」


「実行するかは保証できないけど聞くだけなら」


 藁にもすがる思いで解決策を求めていたため腰を浮かせて前のめりになりそうな衝動を押さえ、口はここでも平静を装い喜の感情だけは決して見せない。年齢が上がるごとに素直になれないのはなぜだろうか。


「噂にあやかってもう一回告白してみたらどうだ。相手には未練も何もないと知ったらお前も吹っ切れるしかないだろ」


「それは確かにそうだけど、噂が流行ってたのは入学してから数ヶ月だけだろ。今となっては風化して使えないんじゃないか」


「細かいことは気にするな。噂では振られた人が一人もいないらしいが智也は対象外だろ。誰も振らない今の東山に拒まれたならお前も納得がいくだろ。逃げずに向き合ってこい」


「でもそれは告白が出来たらの話でそもそも東山さんは呼び出しに応じてくれるかな。もし運命の悪戯で告白が通って復縁なんてことになったら」


「動く前からごちゃごちゃ言うの悪い癖だぞ。呼び出したあとは何も考えず東山の意思に任せろ。付き合えたならそれはそれでいいじゃねえか、嫌いじゃないんだろ」


 東山葵は全ての生徒からの告白を受け入れるという噂に乗っかれと親友であるはずの哲希から言われた時は正気を疑ってしまったが、最終的には丸め込まれ気持ちが傾いている。今日は一旦考えて答えはまた明日ということは残念ながらできない。夏休みという存在が持ち越しを許してはくれないのなら今日しかない。明日から待ち受けているは夏休み。殻に閉じこもり時間を浪費するだけなどということはごめんだし、新学期に行動を起こせる自信もない。


「ホームルームの時間を使ってギリギリまで考えてみるよ。もしかしたら手を借りることになるかもしれないからその時は頼む」


 覚悟を決める最後の授業が始まるチャイムが教室に響き渡り哲希は自分の席へと帰って行った。


 

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