云十人目の彼氏
いけのけい
プロローグ
中学校では注目を浴びることなく冴えない印象だった女子生徒が春休みの短期間で己を磨き上げ高校生になり華々しく青春を謳歌する、なんて話はよくあることだろうか。いわゆる高校デビューというやつなのだが、この春より三年間お世話になる栄田北高校一年三組の教室にて雰囲気を一変し高校生活初日を迎えたのが東山葵だった。
クラスの男子生徒だけにとどまらず他クラスの男性生徒さへ虜にしてしまう彼女の容姿は筆舌に尽くしがたい。誰もが彼女の隣に並びたいと思いを馳せるも一歩を踏み出すことを躊躇い、神格化するように偶像として崇める男子生徒が後を絶たなかった。
一ヶ月の月日が過ぎ去り新入生である僕たちは学校生活に馴染み始めていくというのに東山葵と男子生徒の距離感は変わらなかった。
ゴールデンウィークが終わり再び学校生活が始まってようやくというべきか、横一線の均衡状態を打ち破るように恋慕を募らせた一人の男子生徒が果敢にも彼女を呼び出し、思いの丈をぶつけた。覚悟と共に呼び出した場所へ向かう姿を見送った生徒たちには彼の背中がとても大きく、まるで英雄のように映っただろう。ご武運をと。
高校生活における大一番が高校一年生にして一学期の春に訪れた男子生徒だったのだが、青春はあっけなくシャボン玉のように弾け飛んだ。即決即断だったらしい。
「ごめんなさい」とあまりにも短い拒絶の言葉とともに呼び出された彼女は膝から崩れ落ちた男子生徒を一切振り返ることなくその場を後にしたのだという。
英雄の決意も覚悟も勇気も全て砕け散りあまりにもあっけなく青春への道は閉ざされ終わってしまった。あくまでも第三者である男子生徒からしてみればやっぱりダメかと納得の結果を受け入れ胸を撫で下ろすなか、無謀と笑われても仕方のない挑戦が新たなバトンを次なる英雄へと受け渡していたのもまた事実。
誰もが足を踏み入れられなかった地へと特攻してみせた一番槍に続かないでどうすると、どんなに冷たくあしらわれる結果になろうとも望み薄だろうと次なる男子生徒が切り開かれた道を進み彼女の前に立つ。
二人、三人と脱落し片手では収まりきらない人数が苦杯を喫するなか、ついに東山葵が首を縦にふったのだ。数撃てば当たるではないのだろうが見事栄光を掴み取った男子生徒の凱旋は自他ともに喜ばしく手洗い祝福がもてなされた。こうして短くも話題に尽きない男子生徒による争奪戦は終戦を迎えた。
身に余る思いは様々であれ終わったと誰しもが思ったことだろう。あわよくば在学中の三年間でもう一度好機が巡って来たらと淡い期待を抱いていただろう。しかし三年どころか一年、いや半年もいらないわずか二日というあまりにも短い期間で破局したという一報が教室内を瞬く間に駆け抜けた。高校生とはいえ、むしろだからこそと言うべきか世の中そう上手くことが運ぶとも限らないらしい。
あまりにも早すぎる別れではあったが、後塵を拝していた男子生徒にとっては願ってもいない千載一遇のチャンスが舞い込み天から一筋の糸が降りてきた気分だっただろう。糸に手を伸ばさない生徒などいるはずもなく、さらに成功事例が出来たことでより今後の争奪戦は激化すると予想された。
しかし二人目の恋人は一人目の挑戦であっけなく決まってしまった。これには息巻いてい男性生徒は肩を落とし、興醒めする感覚にさえ陥ったかもしれない。
長く続きますようになんて願うのは恋人となった当人だけであり、他の誰もが次なる悲報(彼らにとっては朗報でしかない)を待った。数多の男子生徒の一丸となったまるで呪いのような願いはときに凄まじい力を発揮するようで、なんと翌日に彼らが待ち望んだ速報が耳へと舞い込んだ。
二人目は一日で関係を断ち切られてしまった。そして三回目の挑戦はまた一人目で見事に成功してしまった。
一連の流れに最初の冷たい態度はなんだったんだと門前払いされた男子生徒は頭を悩ませ追い討ちをくらっているだろうか。それとも一回目のことなど忘れ厚顔無恥にも再度彼女の前に立つのだろうか。
男子生徒に東山葵の考えなど理解できなくとも、自身にとって都合の良いことなのだから裏でどんな思惑があろうとも彼女とお付き合いできるのであれば些細なことでしかないのだ。
三人目は二日だった。
四人目は三日だった。
五人目は一日だった。
六人目も一日だった。
そして彼ら全員に共通していたことは、必ず一回で告白が成功したということだ。
となれば男子生徒は目の色を変え後を絶たなかったが、三日目以降を迎えた生徒は一人たりとも現れず夏休みを迎えようとしていた。
一人目の恋人関係から始まったクラス内外を問わない告白ラッシュの成功率は一学期最終日を迎える今もなお百パーセントとという驚異の数値を誇っている。しかし序盤こそ誰もが真剣に真摯に紳士に思いを告げていたのだが、いつからか男子生徒たちは遊び半分で何日付き合えるかという邪な気持ちでさながらゲーム感覚で東山葵と付き合いだした。
一月も過ぎ去れば告白する人数も相対的に減っていき最終的に神聖な儀式ともいえた告白の貞操などみる影もなく、ただの娯楽に成り代わってしまった。
男子生徒の羨望の眼差は遊び半分の好奇な目に成り下がり、女子生徒からは軽蔑する視線が送られるという入学当初からもう一段印象を大きく変えた女子生徒、それが一年三組に籍を置く東山葵の一学期における見識だった。
今となっては付き合っても何の価値も賞賛も得られないというのに、明日から夏休みという一学期最後の日にもう何人目かも見当が付かない恋人志願者として僕は東山葵の前に立つのだった。
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