第35話 破壊の鉄ウサギ

 アルピナ・セレスティーネは生まれた時から自らに関する一切の権利を持たなかった。

 彼女の母が既に、『研究機関』の実験動物であったからだ。


「さて」


 割れたドームの下で、戦闘が行われている。それらを見下ろすアナ。


「お主、戦闘訓練などは?」

「受けたこと無いわよ」

「そうか。やれそうか?」

「勿論。私ね。一度、『暴れてみたかった』の」


 幼い頃は狭い部屋で、知識を詰め込まれた。外へ出た今、アナ達と特に違和感もなく会話が成立しているのがその成果である。

 そして成長し、複数人の男性と子をもうけた。研究機関が用意した『夫』達である。


「人を。世界を。自らの研究の為に食い物にして、虐げて。一度。本当に。……滅茶苦茶にしてやりたかったの」


 ふわり。

 宙に浮いた。


「(星鉄の磁力か? ルピルより研ぎ澄まされた力。当然か)」


 月面都市グルイテュイゼンに入る。戦闘痕があり、そこら中に星鉄の破片がある。月沙レゴリスの瓦礫がある。


「おい! ウサギだ! 女! 背後から!」

「!」


 革命軍達に見付かる。アルピナは構わず進む。アナも付いていく。

 王族ウサギは全て体制側であり、打ち倒すべき敵。革命軍の共通認識である。


 星鉄製の銃砲が、何十と。彼女らへ向いた。


「……これをどうにかできるのか? セレスティーネ月下」

「邪魔よ」


 その、星鉄銃が。

 ひとりでに動き出し、革命軍兵士達の手から離れて。


「は!?」

「おい! なんだこれ!」

「銃がっ……! 浮い……!?」


 アルピナが腕を振るうと、それらが一斉に発射され、彼らの背負うボンベを撃ち抜いた。


「!!」

「くそっ! 空気が漏れる! 退却だ! 虚空船ヴィマナまで!」

「くそっ! ウサギめ!」

「おい手を貸せ! じっとしてたら死ぬぞ!」


 彼らはウサギではない。つまり、虚空界アーカーシャでは呼吸ができない。慌ててドームを駆け上がり、退却していく。


「…………アルピナ」

「金烏の民に用は無いわ。そんな所に居たら暴れられないじゃない」


 無機質な黒く四角い建物が聳え立つ月面都市グルイテュイゼン。あるいは球儀街スフィアの都市にも似てはいるが。

 クレーターの中心部から、最も巨大な摩天楼が建っている。


「革命軍を追い払うと、次は廿四球儀アストロジアの正規軍が待っておるぞ。戦闘の『どさくさ』は無い。妾達を狙う」

「でも全て『砂ウサギ』でしょう? 月沙レゴリスによる攻撃は全て貴女が防げるわよね」

「…………無茶を言う」


 撤退する革命軍を見送った兵士達が、警戒しつつこちらへ詰め寄ってくる。その数は100人ほど。


「全員ボンベ。人間ね。なら敵じゃないわ」

「…………」


 無数の星鉄の破片を。自身を守るように周囲に浮かせた。

 たった今、革命軍の殆どを戦闘不能にした能力。兵士達は迂闊に近寄らないが。


「それは向こうも理解したようじゃ。『本命』が来る」

「…………」


 摩天楼から。兵士達を掻き分けて、マスクを付けていない人物が出現した。白い髪に、赤い瞳。


「『戦闘訓練を受けた』ウサギね」

「そうじゃ。月沙レゴリスの扱いに長けた戦闘タイプ。精度や規模は妾の倍はあろうの」

「そう」


 ウサギは崩れた瓦礫から巨大な槍を複数本生成し、ふたりに向かって連続で射出してきた。


「ふんっ!」


 対するアナが、地面から壁をせり上がらせて防ぐ。


「2度はもう無理じゃぞ!」


 同時に、赤い目がさらに充血して血涙と共に鼻血が出る。


「ええ」


 ガン。

 星鉄の塊がウサギの頭を叩いた。それでウサギは倒れて動けなくなった。


「ふうっ」


 アルピナが、せり上げた壁を越えて。

 おおきく息を吸った。


「崩れろ!」


 建物の殆どは月沙レゴリスから作られているが、基礎部分や重要構造は丈夫な星鉄が用いられている。それを全て、『変形』させる。


「――ははっ」


 アナはその場に座り込みながら、壁の向こうのアルピナの笑い声を聴いた。






***






「はっ! あはははっ!」


 摩天楼は完全に崩れた。廿四球儀アストロジアの兵士達も中に居たであろう王族達も。何もかもを巻き込んで。


 月沙レゴリスの壁を崩し、『それ』を見たアナは愕然とした。


「………………イカれておる」


 瓦礫の山と化した月面都市グルイテュイゼン。そこにひとり、狂ったように踊りながら笑い声を挙げる1羽の鉄ウサギ。


「なんじゃこの規模は。…………アルピナも血涙を。流石に限界じゃろ。……これが、始祖家セレスティーネの力を長年の『品種改良』でさらに増強させた結果か。確かに、こんな化け物を世に放ってはいかん。……自業自得であったとしても」


 アルピナは恍惚としていた。やけにハイテンションだ。これは、アナにも覚えがある。


「……奴の『癖』か。妾の加虐癖、ルピルは露出癖。アルピナは……。破壊癖か」


 王族ウサギの『癖』。本来ならば個人の自由だが、ここまで被害の出るものは危険である。月面に解き放たれたウサギの怪物。


「おいアルピナ。これではルピルも無事では済まんぞ」

「あはは。何言っているのよ。鉄ウサギがこんな建物の崩壊で死にはしないわ。私の子なら尚更、私より能力を上手く使える筈だもの」

「…………これを、先程の革命軍との交渉では使わなかったのは」

「…………」


 問われて、ぴたりと踊りを止め。アナの方へぐるりと視線を向けたアルピナ。


「私、あのユリウスさんと革命軍を殺すつもりは無いから。けれど八芒星ベツレヘムに与する奴らは玉兎だろうと金烏だろうと、殺すことに躊躇いは無いわ」


 語る口の形は、三日月のようにも見えた。

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