第34話 利害の一致

「クーロン! 俺達も早く月面都市グルイテュイゼンへ攻め込むぞ!」

「分かってるよ!」


 ルピルの影はもう見えなくなった。坊主頭の男はそのまま部隊を引き連れて、月面都市グルイテュイゼンへ向かっていった。






***






「納得できん!」


 星間車に戻り、開口一番。アナが吠えた。


「あのルピルが、自らの意思で戦争に加担するなどありえん! 何か理由がある筈じゃ! くそ、あの坊主頭! いや、坊主からちょびっと伸びた頭!」

「…………」


 外の様子は、キルトやエリーチェ達には分からない。ただ、ルピルを救出できなかった事実のみが伝えられた。


「……ルピルと話は」

「できなかった。ちらりと一瞬だけ遠くに顔が見えたくらいだ。表情までは――」


 エリーチェの質問に、苦々しく応えるユリウス。だがその途中で、言葉は遮られた。


「いいえ。表情は読めたわ。あれは『決意』だった。自らの意思と断ずるに値する視線だった」

「月下」


 アルピナが。

 今さっき見た、ウサギの子の姿を思い出す。


「……けど。私の娘かどうかは、まだ確信が持てない」


 ふらりと、ソファに深く腰を下ろした。


「……じゃあ、どうするんだ?」


 キルトが問う。


「勿論追う。月面都市グルイテュイゼンへ。ルピルを乗せた虚空船ヴィマナも破壊されたドームの穴から入っていった」

「危ないわ!?」


 アナの即答に、エリーチェが彼女の腕を掴みながら心配の声を上げる。


「…………ワタオ」

「はい姫様」


 引き止めようとするエリーチェに困り、アナは助手席のワタオを呼んだ。


「妾を『家』に連れ戻さない理由はなんじゃ」

「……!」


 アナは。

 元々家族の目を盗み、球儀街スフィアの外層へと遊びに出ていた。本来なら許されざる行為。子供のやんちゃということでギリギリ見逃されるような行為である。

 そこへ、今回の『崩壊』事件。本来ならば、大事な姫であるアナを一番にタイシャクテン家に連れ戻すべきなのが執事であるワタオの使命だ。


「妾は好きでやっておるが、お主がこの研究室ゼミに協力しておる理由は。……成り行きにしては長い」

「…………それは」

「タイシャクテンが、『崩壊』の黒幕であるから、であろう」

「!」


 そのひと言で。一斉に、全員から注目を集めたアナ。


「……王族には研究機関がある。この世界について調べておる。聯球儀イリアステル虚空界アーカーシャの起原や構造など。『崩壊』は、奴らにとって『実験』なんじゃ。真実を知るためのな」

「……実験だと……」


 キルトが震える。未曾有の大災害だ。彼らはどうにか生き残ったが。一体どれだけの人が虚空界アーカーシャに散っていったのか。


「そうじゃ。黒幕は八芒星ベツレヘム。革命軍ではない。革命軍は利用されたのじゃ」

「…………!」


 聯球儀イリアステル時代では、大きな経済格差があった。スフィア間での格差があり、スフィア内でも階層間の格差があり。同階層でも、大人と労働孤児の間に格差があった。

 それらを覆そうとしていたのが革命軍だった。彼らの母体は弾圧された宗教組織であり、元々はムーンの存在を信じ、聯球儀イリアステル崩壊を目論んでいた。

 王族研究機関と革命軍の利害が一致したのだ。


「…………私を『使っていた』のも、その研究機関タイシャクテンね。道理で貴女が私に詳しい訳」


 アルピナが刺すように呟く。


「待って、変よそんなの」

「エリーチェ?」


 だがエリーチェは、何かに気付いたように。しかし信じられないかのように、アナの腕を抱き締める。


「だって。アナがまだラムダ-4に居るって分かってるのに。……そんなことする訳ない!」

「…………ワタオ」

「はい。姫様」

「!」


 既にエリーチェは泣きそうになっている。逆に、アナは冷静だ。

 呼ばれたワタオが、助手席からリビングルームへやってくる。


「お嬢様は既にタイシャクテン月下から『見捨てられております』。……そう、考えるのが自然です。だから、お止めをしなかったのです。戻っても、月沙レゴリス工夫こうふとして強制労働させられていたでしょう。アナお嬢様の、八芒星ベツレヘム内での、引いてはタイシャクテン家内での地位から考えると」

「……!?」


 エリーチェが崩れ落ちた。ようやく、アナの腕が自由になる。


「そういうことじゃ。八芒星ベツレヘムの王族が、わざわざ下位のスフィアまでやってくるか? 妾は家に期待されておらん。月沙レゴリスの操作も、兄姉達に比べれば稚児も同然じゃし」

「そんな……」


 崩れたエリーチェを、今度はアナの方から抱き締めた。


「お主は孤児じゃったな。『家族』『親』に、幻想を抱いておったのか」

「ぅ……っ」


 キルトもショックである。親に見捨てられて、世界の崩壊に巻き込まれたなど。


「じゃあ、行くわよ」

「!」


 アルピナが。

 決心して立ち上がった。


「私は貴女を信用できなかったけれど。今の話を信じるなら、協力できるわ。貴女が私の『飼主』と直接関係が無いのなら。貴女の『ルピルを助けたい』思いに同調する。突入するのでしょう?」


 空気の漏れを防ぐための二重ドアに手を掛ける。赤い瞳が、再度アナを捉える。


「……ああ。勿論じゃ。妾はもう、八芒星ベツレヘムの王族ではない。じゃが玉兎の民――砂ウサギではある。月面ここで、仲間の為に発揮できる能力がある」


 エリーチェから離れて。アルピナの元へ。


「俺達もできることをするよ。小型通信機は耳に付けておいてくれ。まずは脱出経路の確保をしてから、可能な限りサポートをする」


 ユリウスがまとめる。アナとアルピナは頷いてから、ドアを開けた。

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