第33話 決別

 廿四球儀アストロジアは『月面都市』の建造を既に終わらせていた。巨大な円形のクレーターの内側に都市が出来上がっており、さらに周囲に頑丈なドーム状の防壁を築くことで要塞にもなっていた。


「あれが、月面都市グルイテュイゼン。人はこれから入る。だが、革命軍による襲撃によって、それは延期せざるをえなくなっている。だからまだ、人々は避難用の虚空船ヴィマナに閉じ込められている」


 窓から指差し、ユリウスが語る。殺風景な大地にポツンとある都市だが、近付いて見ればこれほど巨大な都市は誰も見たことが無かった。脳が正常に処理を行えていないのだろうかと、エリーチェは思った。


「それで、ルピルは?」

「恐らくあそこでしょう」

「!」


 アルピナが訊ね、ユリウスが人差し指を向けた瞬間。

 大きな振動が星間車を襲った。

 揺れる。音はならない。月面には空気が無いのだ。だが、ユリウスが指し示した方角で、大きな爆発があったとこは分かった。


「戦闘中……」


 エリーチェが震えながら呟いた。彼女を包むように、アナが抱く。


「星鉄による質量爆弾であろうな。投下したのは上空の虚空船ヴィマナ

「アナ。俺達にできることはあるのか?」


 アナにしがみつくエリーチェの隣に座るキルトが窓を睨む。

 戦闘はドームの境界で行われているようだ。廿四球儀アストロジア側の兵士達は、呼吸器とボンベを付けて外へ出ている。その手には月沙レゴリス製の銃剣。

 対するは革命軍。同じく呼吸器とボンベ。そして星鉄製の刀剣。


 強度は星鉄が勝る。格闘戦になれば革命軍の有利だ。だが、銃砲は革命軍達を貫いていく。兵士が一斉に射撃をすれば、革命軍は近付けない。


 それを。

 ひとりのウサギの少女が、虚空船ヴィマナから生身で降り立って。


「出てきた! ルピルだっ!」

「いや、でも今は近付けんぞ!」


 周囲の残骸――星鉄製品の破片を操り、宙に浮かし、変形させて。

 巨大な鉄扇と化して、兵士達を軒並み薙ぎ払う。


「!!」


 月面都市グルイテュイゼンの守りが、その正面が突破された。圧倒的な質量によりドームは破壊され、革命軍が侵入していく。


「あんな量の星鉄を一度にひとりで加工したら!」


 アルピナの悲痛な叫び。彼女は経験として知っているのだ。鉄ウサギとしての、能力の限界を。許容量を。


「今だ! 革命軍は月面都市グルイテュイゼンに集中してる! 虚空船ヴィマナに引き上げられる前にルピルを救出するぞ! アルテ!」

「はい!」


 急発進。星間車は一直線に戦場を突っ切り、力を酷使して膝を突くルピルの元へ。


「急げ急げ急げ!」

「ルピルー!」

「くそっ!」


 その道中。

 キルトは自らを悔やんでいた。


「……ずっと一緒に居たのに! 知らなかった! あんな……。あんなことができるのか!」

「キルト……?」


 未だ涙の止まらないエリーチェが、ふと隣のキルトを気にした。


「もっとやりようがあっただろ! もっと上手く活用できた! 俺達皆、労働孤児から抜け出せただろ! 革命軍なんかに頼らなくても!」

「……キルト」


 革命軍の虚空船ヴィマナは、月面にある多数の船とはデザインから異なっていた。『武装』しているのだ。星鉄を用いて。

 革命軍達が持つ刀剣も。虚空船ヴィマナの武装も。質量爆弾も。先程の鉄扇も。


 あのルピルが。革命軍の為に用意したものなのだ。

 戦争の為に。人を殺める為に。既にあの質量爆弾や鉄扇によって、少なくない命が月面に散った。


「ルピルっ!」


 あと少し。疲労して倒れているルピルの元へ。


「止まれっ! なんだ貴様らっ!」

「!」


 急停止。眼前に、武装した虚空船ヴィマナが降り立ち、行く手を阻んだ。


「くそっ。アナ月下」

「分かっておる。アルピナ。ゆくぞ」

「…………分かったわ」


 あの質量爆弾を投下されれば一巻の終わりである。

 まずユリウスが、呼吸器マスクとボンベを装備して外へ。続いてアナとアルピナが生身のまま月面へ降り立つ。


 星間車から出た3人を、瞬く間に取り囲む革命軍。

 虚空船ヴィマナから最後に、この部隊のリーダーであろう男が降りてきた。


「お前ら、なんなんだ? 廿四球儀アストロジアの紋章の無い星間車だと?」


 男。

 呼吸器を付けている。坊主頭が髪をそのまま伸ばしたような髪型だ。年の頃はマスクで分かりにくいが、相当若いと見える。


「そうだ。我々は廿四球儀アストロジアとは関係無い。ルピルを助けに来たんだ。仲間だから」

「…………!」


 ユリウスが毅然と説明する。男は少し考えて、答えた。


「何を言ってる。ルピルは俺達の仲間だ。今正に、月面都市グルイテュイゼンを落とせるかの瀬戸際だ。お前らなんかに構っていられない。巻き込まれるのが嫌なら立ち去れ」

「ほう? 攫っておいてよく吠えるな。革命軍」

「なんだと」


 男の返答に対してアナが、一歩前へ出た。


聯球儀イリアステル『崩壊』のドサクサで攫ったであろう。そもお主らは『鍵』と称して王族ウサギを追っていた。その能力を。武力なぞに利用しおって」

「利用? 何言ってんだ。あいつは――自分の意思で、俺達と居る」

「そんな訳無いじゃろう。馬鹿者」


 月沙レゴリスが舞った。もう一隻の虚空船ヴィマナが、ルピルを回収しに降り立ち、また離陸したのだ。


「ルピル! 返事をしろ! 妾じゃ! アナじゃ!」


 上を見上げる。暗黒の空に、ルピルが居る。虚空船ヴィマナのデッキに。疲労した様子で、誰か金髪の女性に支えられて。ボロボロのワンピース姿で。髪はふたつ結びで。


「………………」


 遠い。声は届いていない。だがその赤い瞳が、アナを映したことは直感した。


「ルピル! 助けに来たのじゃ!」


 ルピルの口元が、動いた。声は届かない。


「!」


 彼女によって浮かされた鉄塊の柱が、アナの直前に突き刺さった。


「危ない月下!」


 ユリウスが背後からアナを抱き寄せ、避難させる。


 声は届かない。

 その『威嚇』は、ルピルの意思が乗せられていた。


「ルピル……っ!?」


 確実な『決別』を意味していた。

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