第32話 母ウサギの使命

「…………お気を付けて」

「ええ。ご苦労さま」


 王族ウサギは、それだけで権威を持つ。虚空船ヴィマナの出入口を守る貴族の兵達は、家も名前も知らないこの女に対しても、この船へ入ってくる時と同じ様に素通りさせた。


 女が月面へ降りると。


「アナ・タイシャクテンじゃ」

「…………」


 先程窓の外から見えた、砂ウサギの少女が名乗った。無風の大地に、月沙を操ってサイドアップを靡かせている。砂ウサギの手遊びのようなものだ。


「……アルピナ」

「家名は?」


 女はファーストネームだけ名乗るが、アナは詰め寄る。観念した女は、溜め息を吐いてフードを取った。


「……アルピナ・セレスティーネ」

「やはり。鉄ウサギの『始祖家』か」


 アナは強く頷くと、アルピナの手を取った。


「えっ?」

「行くぞ。時間が無い。お主に捜索隊が出ておる。『自然物派』からの刺客じゃ。なりふり構わず虚空船ヴィマナを行き来しておったろ。『月沙レゴリスを纏わないウサギ』と貴族の間で噂になっておる」


 そのまま引っ張って、進んでいく。


「どこへ向かっているの? あなたは、何故私を呼んだの? まさか、私の娘を知っているの?」

「知らぬ。妾はお主が鉄ウサギであるということだけで良い」

「だから、どういうこと?」

「…………全てが星鉄で出来ていた聯球儀イリアステルでは、鉄ウサギが最大の権力を握っていた。だから、内戦によって大勢の鉄ウサギが死んだ。いくつもの家が途絶えた」

「何よ急に、歴史の話?」

「戦後、砂ウサギによって管理されるようになった鉄ウサギ達は、その中でも『聯球儀イリアステル自然物派』と呼ばれる学派連中に主導権を握られることとなった。……お主らの『飼い主』は二度、変わっておる」

「…………そんなデリカシーの無い話、よく当事者にできるわね。アナ・タイシャクテン月下」


 虚空船ヴィマナの集まる地帯を抜け、建設途中の基地コロニーも見えなくなり。


「今。月面ムーンに辿り着いたウサギ達は今こそ砂ウサギの天下であると歓喜しているらしい」

「それがどうしたの」

「逆である。今度こそ。自由を得た鉄ウサギに、妾達は滅ぼされるやもしれん」

「はあ?」


 辿り着いたのは、1台の星間車であった。


「……ロゴマークの無い星間車。私用車?」

「乗れ。セレスティーネ月下。妾達にその星鉄を加工する力を貸してもらおう。代わりに、お主の望みに近付けるよう力を尽くそう」

「…………!」


 アルピナは、迷わなかった。結局『自然物派』に追われているなら、逃げ場は無いからだ。崩壊のどさくさで自由になったこの機会を逃す訳には行かない。






***






「初めまして月下。ようこそ」


 リビングルームで迎えたのは、白衣姿で茶髪パーマの男性。


「ユリウス・フルフィウスと申します」

「……アルピナ・セレスティーネよ」

「光栄です。始祖家様」


 そこにはユリウスの他に、子供が男女でふたり居た。青い髪の少年と、黒髪の少女。


「よし。出してくれ。アルテ」

「はい教授」


 アルピナがソファに座ったことを確認して、ユリウスが運転席へ合図を出した。運転席にはアルテ、助手席にワタオが座っている。

 星間車は滑るように動き出し、何も無い大地を走り始めた。


「これはどこへ向かっているの? 私は何をさせられるのかしら」

「今、月面ではふたつの勢力が覇権を争い、武力行使による戦争が起こっています」

「……だから?」

「その戦争に、鉄ウサギの少女が巻き込まれています」

「!」


 ユリウスの説明に、アルピナは目を大きく開いた。


「どういうこと!?」

「彼女の名前はルピル。崩壊のゴタゴタで革命軍に囚われ、その能力を行使させられていると思われます。……名前に心当たりは?」

「………………」


 アルピナは悔しがるように、歯ぎしりをして顎を撫でた。


「私は、娘の名前を知らないのよ。すぐに奪われたから。私が名付けていないの」


 その様子を見て、キルトとエリーチェは頷いた。


「でも、似てる……」

「まあ、最近王族って奴を見るようになったからウサギはどれも似てるように見えちまうかもしれねえが。アナよりは、ルピルの方がこの人に似てるかもな」

「あなた達は……?」

「キルト。こっちはエリーチェ。そのルピルって子の友達だよ」


 アルピナは、自分の手から離れてからの娘を知らない。名前も当然ながら、どこで何をしていたのか。どうやって生きてきたのか。知らない。


「あなた達はどの立場で、私に何をさせようとしているの」

「俺達は元はガンマの大学の研究室ゼミです。俺は自分の研究をしたい。それ以外は正直どうでも良い。月面での覇権争いには興味ありません」

「…………それで?」

「同じ研究室の仲間を助けなければなりません」

「…………」

「戦争なんて無駄なことをしている暇は無いんですよ。『崩壊』によって明らかになった歴史や事実が無数にあるし、このムーンだって本当なら今すぐ調べ尽くしたい。だから一刻も早く、俺達はルピルを助け出さなければいけない」


 ユリウスは真剣だった。キルトとエリーチェとアナもだ。


「……私が役に立つと?」

「お主は鉄ウサギじゃろう。革命軍の星鉄武器を無力化できる。妾は廿四球儀アストロジア月沙レゴリス武器を無力化できる。戦場に割って入り、ルピルを救出するんじゃ。妾だけでは片手落ち。鉄ウサギのお主が必要じゃった」

「…………で、そのルピルは、私の娘の可能性があるのね」

「その通りじゃ。ルピルは自分の家名も知らなかったが。鉄ウサギ自体の希少さ、誰かに捨てられて計画に利用された経緯から考えると、そうなる」

「……分かったわ」


 アルピナの表情も変わった。使命を帯びた赤眼に。


「私だって、戦争なんてごめんだわよ。せっかく自由になったんだから」

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