第36話 リリン=セレスティーネ

 巨大クレーターの中に造られた月面都市グルイテュイゼンは、中心の最も高い摩天楼が倒壊し、完全に機能を停止した。月沙レゴリスを使ってインフラを整備する巨大3Dプリンターも、星鉄加工工場も、人が住む筈だった居住区も。何もかもを巻き込んで。


「ぅ…………。がふ」

「リリン!!」


 ポニーテールに結んでいる金髪の、前髪に花のヘアピンを着けた少女が。


 都市の倒壊から『仲間』を守ろうと、


「……リリンお前…………」

「げほ」


 革命軍リーダーと、坊主頭の少年が。その恩恵を受けて、どうにか擦り傷程度で凌ぐことができた。


「星鉄加工能力……だと」

「ミミさんそれ、リリンが鉄ウサギってこと!?」

「うっ」


 力無く、リリンは糸の切れた人形のように倒れた。ミミが抱きかかえて支える。

 リリンの目と鼻からは血液が流れ出ていた。


「…………知らない、わよ。初めて、やったもの。……これで」

「…………孤児、か。確かにが入っていても不思議ではないのか。自然物派ネザーランドの実験中に捨てられた者、その子孫。……あり得るか」


 ミミは、あの男ならやりかねないと思った。『失敗作』をスラムに捨てていたのだ。

 純血ではない為にウサギの身体的特徴は表れていないが。リリンもその血中に、鉄ウサギのものが流れている。


「わたしと、同じように」

「ねえ、これで。あたしもルピルと、同じ……」


 そう呟いて、リリンは気を失った。

 倒壊による地響きは収まった。ミミはリリンの作った星鉄のテントを、月沙レゴリスを操ってつっかえ棒にして崩した。

 外へ出る。クーロンも続く。


「皆の退避は確認したか」

「……ああ。皆巻き込まれてないよ。多分、タイミングを合わせてくれたらしい」

「攻撃対象は、あくまで八芒星ベツレヘムか。ここまで大規模な星鉄加工能力を持つのは、流石に始祖家『セレスティーネ』しかあり得ない」


 廃墟と化した月面都市。開けたミミの視線の先に、狂ったウサギが居た。


「わたしやリリンのように中途半端じゃない。能力の最高峰だ。ネザーランドのジジイはこれを制御できているつもりで居たらしい」

「ミミさん。これからどうするんだ?」

「それよりお前、マスク無しで大丈夫らしいな」

「!」


 マスクとボンベは。

 とっくの昔に、破壊された。今更、それに気付くクーロン。


「…………息が、できる」

「そうか。都市内部は人間の生活区画。空気を生成していたのか。そのためのドーム。おいクーロン。お前が息できるのはあと少しだ。ドームはルピルが破壊したからな。その前に目的を果たそう」

「え? これだけぐちゃぐちゃになったら流石に誰も生き残ってないんじゃ」


 ミミは、割れたドームの向こうの空を見上げた。

 暗黒の虚空界アーカーシャ。その向こうの。


「…………まだ、『星空』は見えないか。虚空界アーカーシャの天井はどうなった」

「ミミさん?」


 しばらくそうして。

 抱き上げたリリンを、クーロンに預けた。


「何でもない。ムーンには地下都市がある。奴らはどうせそこに居る。摩天楼があった場所だ。掘り起こそう。ついでにあいつらにも手伝わせよう」

「じゃあ、ルピルもそこに?」

「だろうな。あの子は一足先に摩天楼へ入っていった。八芒星ベツレヘムへの恨みが先走っている」

「ひとりで行かせて危険じゃ」

「止められんさ。わたし達には。あの子の星鉄加工能力はわたし達の武器を大量に造る過程で格段に研ぎ澄まされた。今じゃ革命軍最強だよ」






***






 女が倒れた。遂に力を使い切ったらしい。ミミとクーロンは彼女達の元へ向かい、瓦礫を掻き分けて辿り着いた。


「我々の革命を、滅茶苦茶にしてくれたな。脱走ウサギ」

「…………誰」


 アルピナの元へなんとか這いずって辿り着いたアナが、彼女の上半身を起こしてミミと顔を合わせるようにした。

 ふたり、血涙と鼻血を流している。


「革命軍リーダー。『月教の御子』じゃな」

「月教徒……?」


 アナが睨む。傍らのクーロンを見て、目の前の白い髪と金の瞳の女の正体を推察した。ミミは認めるように笑った。


「そういうそちらは、鉄ウサギ――セレスティーネと見受けるが」

「…………だからなによ」

「クーロン」

「…………」


 ミミは。

 アルピナの顔をひと目見て、直観した。呼ばれたクーロンはばつが悪そうに、アルピナの正面へ。

 気絶したままのリリンを見せるように。


「………………まさか」


 アルピナが少女を見て、徐々に確信していく。


「うっ」


 クーロンから、奪うように。

 リリンを抱き締めた。


「そんな」


 分かる。

 自身の娘だった。


「クーロン。お前、黙っていたな。いや……知っていたのか」


 啜り泣くアルピナを余所に。

 ミミの声色が、重くなった。

 クーロンはリリンをアルピナに預けてから、振り返ってミミと目を合わせる。


聯球儀イリアステル崩壊の『鍵』は、ルピルではなくリリンだったと」

「…………いや。そこまでは知らなかったよ。加工能力のことも知らなかった。けど、リリンが王族なのは知ってた。……路地で捨てられてた赤ん坊のリリンを見付けたの、俺なんだ。リリンは覚えてないけど。その時居た大人達が。外層じゃ見ない綺麗な服で。そう言ってたんだ」

「………………お前、リリンを守るために革命軍に志願したと言ってたな。これのことか」

「……うん。だから、ルピルに悪いと思ってるんだ。謝りたい」


 ミミは。

 まず最初にクーロンの裏切りを責めようとして、無意味だと諦めた。

 結果的に、ネザーランドの思惑さえも外させて、今ここに自分達が居るのはクーロンのお陰であるからだ。リリンが『鍵』だと最初に分かっていたら、当初の予定通りに『崩壊』が起こり、革命軍も全て巻き込まれていた筈だ。


「………………」


 黒い空を仰いで。


「……そっちの砂ウサギは誰だ」

「妾か? アナ・タイシャクテンと申す」

「…………『人工物派タイシャクテン』か」

「いや。このアルピナや、お主と変わらん。八芒星ベツレヘムに見捨てられたから、今ここで死にかけておる」

「…………」


 目を瞑って。


「…………ではルピルは、一体?」

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