第30話 ルピルの心境

「時間が無い。崩壊した星間線ゾディア・ラインはあと数日で虚空界アーカーシャの天井へ達する。そうなると、もう虚空船ヴィマナでの航行は不可能になる。それまでに決着を着けなければ」


 あの、大型星間車に乗り込む。星鉄の匂いが鼻腔を満たす。

 空気の綺麗な冥土ネザーランドよりも、こちらの方に安堵感を抱いた。






***






「…………」


 ルピルは用意された個室で、リリンに髪を結んでもらっていた。最早懐かしい。リリンも慣れた手付きで、ルピルをいつものふたつ結びにする。


「ありがとう」

「…………ごめん」

「何が?」


 終わるとリリンはルピルから離れて、入口ドアへ向かった。


「……ルピルのこと。狙われるって知ってて、リーダーに言ったから」

「…………いいよもう。どうせ大人達は僕のこと知ってただろうし。それより、クーロンは? 一緒じゃないの?」

「居るよ。……今も乗ってる。ルピルに、合わせる顔が無いんだと思う」

「ふうん」


 楽しくない。

 リリンはずっと申し訳無さそうにルピルを見ている。笑顔にはならない。


 友達だった筈だ。エリーチェやキルトと何も変わらない友達だった。仲も良かった。


「リリンは月教徒になったの?」

「ううん。あたしは何も変わってない。ただ、クーロンと一緒。労働孤児じゃなければ、なんだって良くて。……革命軍の皆は優しいよ。あたしはもう、ここから出られない。リーダーから。皆から。恩を受け過ぎちゃったから」


 その、金髪に刺さる花飾りは。リリンのシンボルは。くすんでいるように見えた。


「…………僕は、あの日革命軍の人と同じ日に僕とキルトの現場に来た学者先生に助けられたんだ。エリーチェもキルトも一緒。その人の研究室に参加してる。研究を手伝うんだ。だから、また皆で集まらなくちゃいけない」

「……そう。良いじゃん。楽しそう」

「僕は自分が何者か知りたいんだよ。それは、聯球儀イリアステルの歴史にも、王族ウサギにも、この革命にも繋がってる」

「…………それって」

「うん」


 楽しくないのは、ルピルだった。ずっともやもやしているのだ。


「僕は玉兎の民で、聯球儀イリアステル崩壊の『鍵』。誰か革命軍と繋がっていた王族が、僕をラムダ-4に捨てた。その王族が。革命軍を裏切った王族が、僕の親の筈だ」

「……ほんとにごめん。ごめんなさい」

「謝らないでよ。労働孤児ぼくらに選択肢は無かった。結局、誰かに使われるんだ。僕がウサギでも、それは変わらないんだ」


 ただ強く思うことは。

 エリーチェ達の安否だ。何よりそれが、ルピルの中で優先されている。


「ねえリリン。聯球儀イリアステルはどうなるの?」

「…………今回、崩壊パージしたスフィアは外側の8つ。そのスフィアに繋がってた星間線ゾディア・ライン24本が、虚空界アーカーシャの天井を破る槍になった。それによる被害は、24本に接する32のスフィア。角の8つは完全崩壊。残りの24は、半壊。……それ以上の被害は無い筈」

「どれだけの人が死ぬの?」

「………………数百万人」

「酷いね。凄い。……王族って本当に、民をそんな風に、死んでも良いって考えてるんだね。結局、僕も使われる側で。何も変わってないんだ」


 最初は、自分が王族なのであればエリーチェ達に贅沢な暮らしをさせてやれると考えていた。

 甘かった。ルピルは反省した。


「それを覆す為の『革命』だ。ルピル」

「!」


 部屋に、ずかずかとミミが入ってきた。そのままリリンとルピルの前を通り過ぎて、窓のカーテンを開けた。


「進路変更。奴らの虚空船ヴィマナを観測した。既に八芒星ベツレヘムから離れてムーンへ降り立ったらしい。他の王族は無視で良い。事実上、聯球儀イリアステルの実権を握るジジイ共と、革命軍を切った王族を討てれば」

「…………」


 振り返り、ルピルと目を合わせる。


「わたしも、『使われる側』だったという訳だな。だが、ムーンの実在が確認できた以上、月教の思想は間違っていないと確信を持てた。スフィアを失って虚空界アーカーシャを彷徨う人々を救い、ムーンへ招く。お前はどうだ? 『鍵』よ」


 ルピルも、窓際へ向かう。今はもうはっきりと大きく見える。スフィアとは異なる色の光る球体。星間線ゾディア・ラインが1本も繋がっていない完全なる球体。


「どうして、今まで見えなかったの?」

虚空界アーカーシャは大気だ。積み重なると、霞がかるように見通しが悪くなる。濁った水が分かりやすいが、綺麗な水でも起こる現象だ。遥かな距離を埋める膨大な虚空界アーカーシャは、太陽光レベルの強い光を除いて、一定の距離を隔てると何も見えなくなる。隣のスフィアすら見えないのはそれが理由だ」

「じゃあ、どうしてさらに離れてる冥土ネザーランドからは見えたの?」

「崩壊の影響だ。巨大質量の大移動は、虚空界アーカーシャの構成物質を掻き混ぜた。これも連中の狙いのひとつであり、賛否分かれる理由のひとつだな」

「このまま虚空界アーカーシャの天井が『槍』によって破られると、虚空界アーカーシャは無くなるの?」

「いや。ムーンの重力によって、一定の圏内に留まることになるだろう。だが大半の虚空界アーカーシャは宇宙空間に霧散する筈だ。その動きが安定するまで、ムーン周辺も危険宙域となる」


 ルピルは。


「…………僕の親が、全部全部悪いんだね」

「ルピル?」


 余り表情にも、声色にも出さないが。


八芒星ベツレヘムを裏切って革命軍と組んで、僕を捨てて。次に革命軍も裏切って、沢山の人を死に追いやって。最後にムーンを支配しようとしてる」


 その心境は。


「許せないよ」

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