第28話 ネザーランド

 革命軍リーダー、ミミ・ネザーランドの故郷があった。古い教会である。

 そこには地面があり、草花が自然に生え、長閑に風も吹いている。


「……老師」

「ん?」


 遊んでいた幼い子供がふと立ち止まり、上方を指差した。子供達を見守っていた老婆はその先を見る。


「空から人が」

「はっ?」


 ふわふわと、ゆっくり降りてくる。徐々に、姿がはっきりしてくる。

 女児だ。裸で、しかも全身傷だらけである。


「…………まさか聯球儀イリアステルから……? しかも、白髪。玉兎の民が、こんな……」

「老師?」


 とさり。向こうの草原の絨毯に、柔らかく受け止められた。


「誰か大人と、ミミを連れてきてくれ。息があるなら助けなければ」

「はーい」






***






 涼しい。

 そよ風が頬と、腕や脚に当たる。それ以外は柔らかく暖かい。布団の感触。外の空気は冷たく、布団の中では心地良い暖かさ。


 そして全身の痛み。


「うっ」


 目が覚める。


「げほっ。げほ!」


 咳き込む。久し振りに呼吸をした気分になる。とにかく新鮮な空気を吸いたかった。何度も何度も深呼吸をして、ようやく上体を起こす。


「ルピル」

「!」


 白い壁の小さな部屋だった。自動的に、視界に入口が映る。茶色いドアが開かれており、そこにひとり、少女が立っていた。


「リリン……?」


 ポニーテールが揺れる金髪。花の髪飾り。いつも見ていた姿。

 しかしその下には、いつもの笑顔や怒り顔は無かった。

 少し紅潮し、眉は寄り、口元はへの字に結ばれているが少しだけ口角は上がっている。

 友人が目を覚ました安堵と、再会の喜びと、危険な目に合わせた負い目が混ぜられたものだった。


「………………老師せんせい、呼んでくるから」

「えっ」


 リリンは早口でそう言うと、ドアの向こうに出ていってしまった。


「…………僕」


 ルピルは自身を確認する。全身に包帯が巻かれていた。その上に、白い無地のワンピースが着せられていた。手当てされたのだ。


「……助かった、のかな。でも、リリンは革命軍に……」


 身体が痛む。あれは夢ではない。ならば何が起こったのか。何故助かったのか。あのままひとり、虚空界アーカーシャの天井に叩き付けられて死ぬ筈だった。

 リリンは誰かを呼びに行った。ルピルはそれを待つことにした。






***






「お身体の具合はどうですかな。姫様」

「…………」


 リリンが連れてきたのはふたり。穏やかそうな小柄の老人と、背の高い大人の女性だった。老人はルピルの顔色を見て、そこまで容態は酷くないと察した。

 姫様と呼ばれ少し考えたルピルが、はっとして頷いた。


「……大丈夫。……あの、僕は。ここは」

「ここは虚空界アーカーシャ内、太陽の軌道上にある地点だ。お前は聯球儀イリアステルから約20万キロ離れた場所まで飛ばされてきたんだ」

「!」


 女性が答えた。白い髪。だが瞳は金色。力強い声だった。


「リーダー」

「わたしはミミ。革命軍のリーダーだ。こんなところで出会えるとはな。最後の『鍵』の子」

「革命軍……」


 この、目の前の女性が。

 聯球儀イリアステルを崩壊させた張本人。

 ルピルの身体に熱が籠もる。


「……水を飲むか? 腹は減っていないか。わたしはお前に話があるが、落ち着いてからで良い。お前も、わたしに訊きたいことを纏めておいてくれ」

「………………?」


 が、その視線をミミは躱した。短く要件を伝えて、部屋から出ていった。


「私はここの教会の老師。まずはゆっくり休むことです。今、食事をお持ちしますね」


 老人も続けて退室する。残ったのはリリン。

 彼女はルピルと距離を取って、木製の椅子に座った。


「ルピル。あたし達もね、ここに避難してきたの。星間車でラムダ-4から出た所だった。あの大型星間車なんだけど、虚空船ヴィマナって言って、虚空界アーカーシャを飛べるようになってて」

「避難……? 聯球儀イリアステルは今どうなってるの?」

「……64のスフィアの内、少なくとも10が『完全崩壊』。中心部はまだマシだけど、あたし達の生まれた世界はもう、壊れた」

「革命軍は、それを望んでたんじゃ」

「…………違う。いや、違うっていうか……。本当はね。もっと前から避難を呼びかけて、犠牲者を出さないように計画を立ててたの。だけど、革命軍と連携してた王族の人が裏切って、あたし達ごと崩壊パージさせた。革命軍は、やっぱり王族にとって邪魔だから」

「…………」


 革命軍と一部の王族が繋がっていた。これはアナの予想通りだ。だが、その王族は『鍵』さえ革命軍に起動させれば用済みとばかりに、実行を早めたのだ。


「……それにしたって。そもそも、崩壊パージはするつもりだったんだよね。僕の力を使って」

「……うん。ルピルが本来崩壊させる筈だったラムダ-4は他のスフィアよりも遅れたから、あたし達は助かった」

「………………」


 アナは革命軍を止めようとしていた。当然だ。スフィアの崩壊など、許されるものではない。しかしルピルにとってはそこまで大事ではない。彼女にとって大事なのは、それによって自分や仲間達に危険が及んだ事だった。


「……僕だけだよね」

「えっ? …………ねえルピル。あたし、あの革命の日からルピルがどうしてたのか知らないの。エリーチェとキルトも居なくなってた。何か知ってる?」

「………………」


 今後。本来通りに、アナを頼って八芒星ベツレヘムで暮らすことになるのなら。目の前の革命軍の少女は『敵』ということになる。それが分からないルピルではなかった。だが、ルピルは月教の悲願を知らない。

 リリンはリリンで、アナやユリウス達のことを知らない。


「(……これからどうしよう。もう一度、聯球儀イリアステルに戻れるのかな。皆を探さないと。リリン達にどう話すか。どこまで話すか)」


 今、彼女は自分の人生で最も頭を回転させていた。

 虚空船ヴィマナは、ここにある筈だ。ならば革命軍との交渉次第で。


「(……暑いなあ、もう)」

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