第27話 崩壊

 床が揺れたと思った時には、投げ出されていた。

 アナを信頼して、命綱の付いたマスクを外してしまった所だった。


「えっ?」


 いつもゾディア・ロードを使っているアナが初めに気付いたが、遅かった。違和感を逃していた後悔と焦燥。唸る音など、ゾディア・ロードで鳴る筈が無い。


「ルピルっ!!」


 声が横切った。ルピルの視界は急転した。壁へ迫っていることだけは分かった。

 円柱形である星間線ゾディア・ラインの直径は、約40キロメートル。その内側、中心部であるゾディア・ロードは約2キロメートル。


「!?」


 引っ張られる。ルピルはもがくが、意味を為さない。外へ外へ。吸引されるかのように、ゾディア・ロードの外壁へと。


 中心から1キロ飛んで、真っ直ぐ叩き付けられる。


「うっ」


 瞬間、壁は歪む。亀裂が走っていた。外へ続いている。この奥から、強力に引き付けられている。風か、引力か、磁力か。ルピルに抗う術は無い。


「…………!」


 星間車は。アナは。エリーチェ達は。考えている余裕すら無い。死が過る。何も分からぬまま。

 ドン、ドンと、何度か叩き付けられた。その度、星鉄の壁を歪ませて致命傷を避けた。だが大きな怪我をどうにか避けているたけで、既に彼女はボロボロだった。星鉄を加工する力の源であるその血液が、全身の傷口から虚空界アーカーシャに漏れ出ていく。


 幾度目かの衝撃と共に、ふわりと『引き付けられる力』が弱まった。


「………………」


 耳鳴りがしている。全身の痛覚が遮断されている。視界が赤い。

 ルピルは感覚で、今居るここが星間線ゾディア・ラインの外であると分かった。本当の意味で投げ出されたのだ。

 星間線ゾディア・ラインの中ではない、真の暗黒の虚空界アーカーシャに。


「…………ぅ」


 今ルピルは殆ど裸だった。アルテに買ってきてもらったお洒落なシャツも、ビリビリに破けてしまっている。


 絶望の解放感。


「………………くっ」


 目を、ようやく開ける。息が苦しい。だが、なんとか生きている。

 身体を捻って、星間線ゾディア・ラインの方を確認する。


「はぁ……。はぁ……。ぅ……」


 言葉にはならない。彼女の赤い瞳に映ったのは、崩れ行く星間線ゾディア・ライン――超巨大な星鉄の塊が、分解されている様子だった。

 直径40キロメートルである筈の星間線ゾディア・ラインが崩壊する様子を視界に収められるほど、遠く離れてしまっているらしい。近くに掴まれるようなものは無い。

 どんどん遠ざかっている。投げ出された勢いのまま。


「…………うっ」


 崩壊する星間線ゾディア・ラインの先。スフィアが見えた。本来、スフィアから隣のスフィアは目視できないほど遠い。つまり今、スフィアの近くに居ることは幸運と言える。尤も、そこへ向かう手段が無いのだが。

 どこのスフィアなのか。それは分からない。ゾディア・ロードの移動速度的に、もうラムダ-4から遠く離れているだろう。ここが聯球儀イリアステルの端なのか内側なのか、それも分からない。

 否。それは分かる。スフィアから伸びる星間線ゾディア・ラインが何本あるかで判断できる。ラムダ-4は三方向の為、角であると判断できた。


「………………っ」


 だが。今のルピルにそんな余裕は無い。後で思い返すことはできるかもしれないが。

 目の前のスフィアからは、上下左右と前方向に星間線ゾディア・ラインが伸びているように見える。反対側は確認できないため、5〜6本。

 少なくとも、ラムダ―4から離れたスフィアだということは分かる。そして、その星間線ゾディア・ライン達も、崩壊を始めている。


「っ!」


 巨大な星鉄の破片が数百メートルほどの近くを掠めた。これまでのアナやユリウスの考察から考えれば、崩壊した星間線ゾディア・ライン虚空界アーカーシャの天井へと向かう筈だ。つまり、ルピルの現在地からスフィアに向かって見た時、今破片が飛んでいった先、彼女の後方が虚空界アーカーシャの天井だろう。

 もしもこのスフィアが端であるなら、ルピルは本当に聯球儀イリアステルの外へと投げ出されていることになる。


 それだけではない。スフィアが少しずつ小さくなっていっている。ルピルも移動しているのだ。38万キロ先の、虚空界アーカーシャの天井へ。


「ぐ。…………はぁっ」


 徐々に、身体機能の主導権がルピルの元へ戻ってくる。状況の把握を試みることができる程度には、落ち着いてくる。何も聴こえない、暗黒の世界で。

 ルピルと叫んだ、最後に聞いたアナの声が耳の奥で反芻されている。


「………………これ、もう僕助からないんじゃ」


 詳細の把握よりも。彼女自身の勘が彼女に告げた。

 熱い。全身打撲の上、裂傷と骨折はもうどこがどうだか分からないほど。辛うじて意識があるという程度。


「………………何これ。こんなの、エリーチェの本でしか見たこと無いや」


 小さくなっていくスフィア。ゆっくりと崩壊していくように見える星間線ゾディア・ライン。実感は湧きにくいが、恐らくとんでもない速度で飛ばされている。

 今現在。ルピルは充血するほど目とその周辺に血液が集まっていた。

 月沙レゴリスと星鉄に働く血液が、彼女の視界にも作用する。


 ルピルは朦朧とした意識の中、それを見た。巨大なラーメン構造体。聯球儀イリアステルの全貌を。

 そして。


「…………僕達の故郷……」


 その中心部。

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