第26話 癖

 1日は24時間で、1年は365日である。

 朝に陽は昇り、夜には陽は落ちている。


「………………」


 ルピルは星間車の外へ出て、ひとりただ浮かんでいた。ゾディア・ロードによってオオアマナへ向かう途中。スフィア中心部から、星間線ゾディア・ライン中心部へ。音の何倍もの速さで移動している筈だが、その感覚は無い。こうして漂っている内に、いつの間にかスフィアを移動しているらしい。


 食事は喉を通らなかった。都市へ来て、アルテが折角用意してくれた、パックではない食事。フォークとスプーンの使い方を教わって、煮込み料理を出された。


「…………」


 そのまま、無意識に掴んできていた星鉄製のスプーンを弄る。当然ながら硬い。

 だが。


「………………」


 曲がった。ぐにゃりと。彼女の指に触れた途端、粘土のように柔らかくなる。意識すれば、どんな形にでもできる。

 熱くは無い。溶けていない。


「なにこれ。はは。僕、魔法使いにでもなっちゃったのかな」


 今日一日に起きた出来事と得た情報量は、彼女の許容量を超えていた。


「エリーチェは、新しいことをどんどん知って楽しそう。キルトは、そもそもあんまり環境の変化に興味が無さそう。僕も……そっちだと思ってたんだけどなあ」


 ラムダ-4からというより、第5層から出たこともないルピルにとって、正に想像を超える出来事が起きている。ただの外縁部スラムの労働孤児だった自分が、実は王族ウサギで、聯球儀せかい崩壊の鍵であり、革命軍に狙われているなどと。

 そして。

 その崩壊計画の為に、革命軍と通じているであろう親から捨てられたのだと。


「お主はこれが趣味らしいな」

「えっ?」


 ふと声がする。ここは星間車の外、虚空界アーカーシャだ。声が通るということは、やはり空気はあるのだろう。人類が吸えないというだけで。


 星間車の方へ振り向くと、アナが車の上に立っていた。白いワンピース。白髪はサイドテール。


「アナ!? マスクは!?」


 ここは虚空界アーカーシャだ。息ができない。そんなことはスラムの住民さえ知っている常識である。


「……タイシャクテンは『人工物派』での。それを支持するユリウス博士のことは以前から知っておったのじゃ。じゃから、他の王族より深く、この身体について知っておる」

「………………それも、ウサギの『体質』って訳」

「そうじゃ。虚空界アーカーシャとは、『酸素』を失った人類がそこでも活動できるよう、体質を改良した人類が生活する為の人工の大気という説もあるのじゃ。まあウサギ以外の人類は虚空界アーカーシャでは呼吸はできんが」

「………………さんそ」

虚空界アーカーシャから降ってくる星鉄は錆びておらんじゃろ。星鉄が錆びぬのではなく、この世界には酸素が殆ど無いのじゃ」


 ふわり。

 きちんと話を聞くため、命綱を手繰って車へ向かうルピル。彼女の手を取って、受け止めるアナ。


「エリーチェじゃないんだから、そんな知らないこと沢山言われても理解できないよ」

「じゃが、こういう時は誰かと居るべきじゃ。安全せい。妾もウサギじゃ。お主が何であれ、仲間は居る」

「…………アナは僕と同じくらいなのに大人みたいだ」

「これから知っていけば良い。差し当たり、訊きたいことはあるかの?」

「えっと……」


 そのまま屋根に座るふたり。ルピルはマスクを外さない。今まで死ぬとされてきたのだ。そう易易と外せはしない。


「こんなにショック受けてるの、僕だけなのかな」

「そんなことは無い。お主の心労は想像に難くない」

「でも、エリーチェは楽しそうだし」

「じゃが先程はお主を見て共感し、抱き締めていたではないか」

「キルトはいつも通りだし」

「あやつは、見ている景色が違うんじゃろ」

「なにそれ」

「あやつは、お主らふたりを守りたいんじゃろ。腹を決めておる。そんな者は、動じたりせん」

「そんな……。待ってよ。キルトはエリーチェを守りたいんでしょ。僕は関係無いよ」

「そうは見えんがの」

「…………」


 ウウン、と機器の唸りがした。その場では、床ごと星間線ゾディア・ラインの中心を移動しているのだ。静かに、高速で。


「アナも、王族の秘密を知った時があった訳だよね。その時どうだったの?」

「ウサギは、金烏の民と違ってストレス耐性が低い。そのストレスを解消する為に、個人差はあれど『癖』がある」

「へき?」

「例えば、妾は人をぶつのが好きでの。ああ勿論、互いの合意の上じゃ。ワタオがおるじゃろ。いつもあやつを叩いて発散しておる」

「えっ……」

「引くじゃろ?」

「………………あ、でも、それなら。僕もあるかも」

「ほう?」

「あの。裸……。に、なるの。好きかも。引かれるけど」

「ははは。そうそう。それじゃ。そういうのじゃ。妾は加虐癖じゃが、お主は露出癖じゃな」


 アナの告白に驚いた。そして、自身のことを告白することが恥ずかしかった。アナも、顔を赤らめていた。

 顔が熱い。汗で蒸れる。一気に頭の中が、それで満たされる。


「…………ありがとう。ちょっと楽になったかも」

「じゃろう?」

「うん。凄いねアナは」

「なに。お主を励ますのに、エリーチェが戸惑っておったから妾が替わって貰っただけじゃ。お主のことは、エリーチェやキルトの方がよく知っておるじゃろ」

「…………そんなことないよ。アナと話せて良かった」

「あ、当然『癖』のことは内緒じゃぞ。誰にも、知られたく無い秘密はあるものじゃ」

「うん。大丈夫。ねえ、質問良い?」

「勿論」


 ふたり並んで座り、足をプラプラさせて。なんとなく上を見るが、機械の壁と天井しかない。


「僕は『鉄ウサギ』だから星鉄を加工できて、アナは『砂ウサギ』だから月沙レゴリスを使えるってことで合ってる?」

「そうじゃ。ひと言で王族と言っても、現在はいくつもの家系がある。大元は、ふたつ。砂ウサギのツクヨミ家と、鉄ウサギのセレーネ家。妾のタイシャクテン家はツクヨミからの派生じゃな。そして今や、鉄ウサギの数は少ない」

「ふうん……。それってさ。虚空界アーカーシャに適応できて、砂や鉄を操れるように改造された人類、なんだよね」

「そう伝えられておる。ウサギはを重ねてきた歴史があると。最初はここまでの月沙レゴリス操作はできんかったらしい」

「ウサギの品種改良……」

「実験動物みたいじゃろ。それが王族としてふんぞり返っておるんじゃから、おかしな話じゃ」

「確かに」


 アナとの会話の中で、ルピルは気持ちに整理を付けられてきた。

 纏まってきたのだ。

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