第26話 癖
1日は24時間で、1年は365日である。
朝に陽は昇り、夜には陽は落ちている。
「………………」
ルピルは星間車の外へ出て、ひとりただ浮かんでいた。ゾディア・ロードによってオオアマナへ向かう途中。スフィア中心部から、
食事は喉を通らなかった。都市へ来て、アルテが折角用意してくれた、パックではない食事。フォークとスプーンの使い方を教わって、煮込み料理を出された。
「…………」
そのまま、無意識に掴んできていた星鉄製のスプーンを弄る。当然ながら硬い。
だが。
「………………」
曲がった。ぐにゃりと。彼女の指に触れた途端、粘土のように柔らかくなる。意識すれば、どんな形にでもできる。
熱くは無い。溶けていない。
「なにこれ。はは。僕、魔法使いにでもなっちゃったのかな」
今日一日に起きた出来事と得た情報量は、彼女の許容量を超えていた。
「エリーチェは、新しいことをどんどん知って楽しそう。キルトは、そもそもあんまり環境の変化に興味が無さそう。僕も……そっちだと思ってたんだけどなあ」
ラムダ-4からというより、第5層から出たこともないルピルにとって、正に想像を超える出来事が起きている。ただの
そして。
その崩壊計画の為に、革命軍と通じているであろう親から捨てられたのだと。
「お主はこれが趣味らしいな」
「えっ?」
ふと声がする。ここは星間車の外、
星間車の方へ振り向くと、アナが車の上に立っていた。白いワンピース。白髪はサイドテール。
「アナ!? マスクは!?」
ここは
「……
「………………それも、ウサギの『体質』って訳」
「そうじゃ。
「………………さんそ」
「
ふわり。
きちんと話を聞くため、命綱を手繰って車へ向かうルピル。彼女の手を取って、受け止めるアナ。
「エリーチェじゃないんだから、そんな知らないこと沢山言われても理解できないよ」
「じゃが、こういう時は誰かと居るべきじゃ。安全せい。妾もウサギじゃ。お主が何であれ、仲間は居る」
「…………アナは僕と同じくらいなのに大人みたいだ」
「これから知っていけば良い。差し当たり、訊きたいことはあるかの?」
「えっと……」
そのまま屋根に座るふたり。ルピルはマスクを外さない。今まで死ぬとされてきたのだ。そう易易と外せはしない。
「こんなにショック受けてるの、僕だけなのかな」
「そんなことは無い。お主の心労は想像に難くない」
「でも、エリーチェは楽しそうだし」
「じゃが先程はお主を見て共感し、抱き締めていたではないか」
「キルトはいつも通りだし」
「あやつは、見ている景色が違うんじゃろ」
「なにそれ」
「あやつは、お主らふたりを守りたいんじゃろ。腹を決めておる。そんな者は、動じたりせん」
「そんな……。待ってよ。キルトはエリーチェを守りたいんでしょ。僕は関係無いよ」
「そうは見えんがの」
「…………」
ウウン、と機器の唸りがした。その場では、床ごと
「アナも、王族の秘密を知った時があった訳だよね。その時どうだったの?」
「ウサギは、金烏の民と違ってストレス耐性が低い。そのストレスを解消する為に、個人差はあれど『癖』がある」
「へき?」
「例えば、妾は人をぶつのが好きでの。ああ勿論、互いの合意の上じゃ。ワタオがおるじゃろ。いつもあやつを叩いて発散しておる」
「えっ……」
「引くじゃろ?」
「………………あ、でも、それなら。僕もあるかも」
「ほう?」
「あの。裸……。に、なるの。好きかも。引かれるけど」
「ははは。そうそう。それじゃ。そういうのじゃ。妾は加虐癖じゃが、お主は露出癖じゃな」
アナの告白に驚いた。そして、自身のことを告白することが恥ずかしかった。アナも、顔を赤らめていた。
顔が熱い。汗で蒸れる。一気に頭の中が、それで満たされる。
「…………ありがとう。ちょっと楽になったかも」
「じゃろう?」
「うん。凄いねアナは」
「なに。お主を励ますのに、エリーチェが戸惑っておったから妾が替わって貰っただけじゃ。お主のことは、エリーチェやキルトの方がよく知っておるじゃろ」
「…………そんなことないよ。アナと話せて良かった」
「あ、当然『癖』のことは内緒じゃぞ。誰にも、知られたく無い秘密はあるものじゃ」
「うん。大丈夫。ねえ、質問良い?」
「勿論」
ふたり並んで座り、足をプラプラさせて。なんとなく上を見るが、機械の壁と天井しかない。
「僕は『鉄ウサギ』だから星鉄を加工できて、アナは『砂ウサギ』だから
「そうじゃ。ひと言で王族と言っても、現在はいくつもの家系がある。大元は、ふたつ。砂ウサギのツクヨミ家と、鉄ウサギのセレーネ家。妾のタイシャクテン家はツクヨミからの派生じゃな。そして今や、鉄ウサギの数は少ない」
「ふうん……。それってさ。
「そう伝えられておる。ウサギは品種改良を重ねてきた歴史があると。最初はここまでの
「ウサギの品種改良……」
「実験動物みたいじゃろ。それが王族としてふんぞり返っておるんじゃから、おかしな話じゃ」
「確かに」
アナとの会話の中で、ルピルは気持ちに整理を付けられてきた。
纏まってきたのだ。
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