第三章 檻

第24話 答え合わせ

「眉唾じゃ。ムーンの実在なぞ、確認されておらん」


 ユリウスの星間車は、アナの案内によって出発ゲートを変更した。星間線ゾディア・ラインの内側へと入っていく。ここから先は、貴族と王族のみが入ることを許されたエリアだった。

 そこは床が自動で動いており、運転をしなくとも星間車が目的地へ移動している。


「だけど、虚空界アーカーシャは星鉄でできた球体の内側であることは合っていると」

「……そうじゃな。これも、市民が知り得てはならんことじゃが」

「そうだったんだ! わー!」


 巨大な星鉄の球体がある。内側は空洞になっている。

 その中を、虚空界アーカーシャと呼ばれる『大気』が満たしており。その中心に、聯球儀イリアステルが浮かんでいる。

 星間線ゾディア・ラインに時折降ってくる星鉄は、その『虚空界アーカーシャの天井』が劣化によって剥離し、虚空界アーカーシャ内を彷徨う内に聯球儀イリアステルの引力に捕まり、落ちてくるという仕組みだ。

 その事実を知ったエリーチェが、興奮した様子で鼻息を荒げている。


「どうやってそんなことまで辿り着いた。貴様、貴族ですらないのじゃろう」

「予測と観測、としか答えられないな。後は違和感さ。お伽噺の世界観が余りにも聯球儀イリアステルと乖離していることとか。まだこの文明の科学じゃ観測できないけど、虚空界アーカーシャが何らかの大気であることは読んでいた。人類が科学的に作れる真空とは別物であることはある程度知られているしな」


 本物の王族であるアナによる『答え合わせ』に、非常に満足気なユリウス。


「じゃが、これを学会で発表すると『異端』『危険思想』とされるじゃろうな。貴様が貴族になる道は絶たれる」

「……ああ。だろうな。だから代案として、再生利用を研究してるんだ」

「それはもう辞めよ。結局ルピルの星鉄加工能力頼りじゃろう? 王族の特殊体質を公表することに難色を示す八芒星ベツレヘムは、たとえルピルのことを伏せたとしても許諾を出さんじゃろう」

「……む。確かに。どうするアルテ。俺の研究はここで終わりだ」

「早とちりです教授。アナ姫様の話には続きがるのでは?」


 すぐに眉尻を下げたユリウスに、アナは得意気になった。


「タイシャクテン家で貴様を抱えよう。ならばどこの区画にも入りたい放題じゃ」

「良いの……ですか?」

「妾の今の優先事項は、ルピルの保護じゃ。どうせ貴様らも付いてくるじゃろう。それだけの話じゃ。ルピルが『鍵』である以上、革命軍に渡す訳にはいかぬ。このままオオアマナへ連れ帰る」

「ここから八芒星ベツレヘムへ? ここ、一番離れたスフィアですけど。4〜5本くらい星間線ゾディア・ラインを通らないと」


 アルテが心配する。オオアマナとは八芒星ベツレヘムのひとつだ。つまり、聯球儀イリアステルの最も中心に位置する。最も外側であるラムダ―4からは、通常の方法で向かうと数ヶ月は掛かる。


「ゾディア・ロードを使う。王族の特権じゃ。星間線ゾディア・ラインの中心は空洞になっておってのう。高密度の虚空界アーカーシャが流れておる。そのままスフィア内部へ入り、王族区画の上空を抜け、好きなスフィアへ短時間で一気に移動できる。妾もオオアマナからここまで3日で来たのじゃ」

「ええー! 王族って凄い!」


 エリーチェが声を挙げる。彼女にとってはこの時間は大量の知識を与えられる至福の時間だろう。


虚空界アーカーシャを移動できる乗り物があると」

「鋭いの。そうじゃ。虚空船ヴィマナと呼んでおる。聯球儀イリアステルで禁止されておるものが、聯球儀イリアステル内部にある。王族が独占する為じゃな。後は、虚空界アーカーシャの天井へ行く馬鹿を出さぬ為」


 ガコン。

 彼らの乗る星間車が揺れた。

 窓の外を見れば、白く光る壁や床に囲まれた、円形の広い空間に着いていた。その中心。巨大な昇降機のような装置に、星間車が固定されていた。


「窓を開けるなよ。虚空界アーカーシャじゃ」

「スフィア中心部に、虚空界アーカーシャ……。意味わかんねえな」

「でも凄い! ねえキルト!」

「分かったから落ち着けよ」


 興奮しっぱなしのエリーチェをキルトが宥める。


「ルピルが居ないと『崩壊』ができないなら、匿えればそれで良いんじゃないのか? そうまでして八芒星ベツレヘムへ急ぐ理由は?」

「妾の予想が正しければ、王族の中に革命軍と通じている輩がおる」

「!」


 ここからが、ルピルにとっての本題だった。アナは彼女と目を合わせる。ルピルはよく分かっておらず首を傾げたが。


八芒星ベツレヘムやスフィア中心区画で育てば、どうあっても教育から逃れられん。『鉄ウサギ』の子供を幼い内に下層スフィアの外縁部へ捨て、政府不信を育ませ、才能が開花した辺りで。……大きくは外れておらん筈じゃ。その計画を、革命軍と共に企てた王族がおる。そうでもなければ、武装蜂起と共に王族を捜しにこんな角のスフィアへは来ぬじゃろう」


 ルピルはやはり捨てられたのだ。それも、革命軍の道具として使われる為に。

 世界を崩壊させる為に。


「…………僕」

「ルピル」


 アルテが彼女へ伸ばした手を無意識に押しのけ、エリーチェが彼女を抱き締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る