第23話 月教の御子

 虚空界アーカーシャでは呼吸ができない。

 だが、吸気マスクさえすれば活動は可能である。全身を覆う必要は無い。

 スフィアの重力は弱くなり、ジャンプすれば何メートルも跳べる。


「星空って知ってるか。リリン」

「知らないわよ」


 リリンは泣いていた。ここは星間線ゾディア・ラインへ至るゲート、その待合室のベンチ。もうすぐ出発である。


「暗い夜の空に、光の粒が無数に散らばってるんだってよ。リーダーが言ってた」

「そんなのあるわけ無い」

「…………いい加減機嫌直してくれよ」


 クーロンが隣に座るが、リリンはぷいと顔を逸らす。


「あたしがなんで怒ってるか分かってる?」

「それは、革命軍に」

「友達を売ったからよ。ルピルのこと、どうしてリーダーに話したの?」

「…………」


 クーロンはすぐに答えられなかった。


「知らなかったんだよ。ウサギなんて」

「あたしもよ。でもルピルのことだってすぐに分かったし、あたし達の時とは何か違うって推測できたじゃない」

「…………俺じゃなくて、ルピルを捜しに来てたって知って、ちょっと、悔しくて」

「そんな理由?」

「………………うん」

「クソ野郎。もう後戻り出来ない。あたし達はルピル達と敵対しちゃう」

「…………悪かったって」

「許さない。クズ」


 このゲートは廿四球儀アストロジアの管理する正規のものではない。革命軍や犯罪者が人目を避けてスフィアを渡る為の違法ゲートである。


「…………お前を守る為だった」

「はぁ? ………………なにそれ」


 そう言うと、ようやくリリンがクーロンの方を向いた。意味が分からず疑問の表情だ。今度は、クーロンの方がそっぽを向いてしまった。


「行くぞ。時間だ」

「ねえ、あんた革命軍入ってからなんか大人しいよ。いつもはもっとアホみたいに叫んだり踊ったりしてたじゃん。かっこつけてんの?」

「…………」


 その質問には答えず、クーロンはベンチを離れた。リリンも付いていく。涙は止まっていた。






***






「リーダー」

「ミミさん」

「クーロンにリリン。揃ったな」


 大型星間車に乗ると、黒い外套に身を包んだ女性が待っていた。リビングスペースは高級そうな内装になっており、テーブルにはワイングラスが並べてある。


「ハナニラとオーニソガラムの連中の動きが遅いが、取り敢えずこちらは準備を進めるぞ。もう、このスフィアには居られない。出発する」

「……了解」


 女性の掛け声と共に、大型星間車が発車する。


「うおっ」


 地面が傾く感覚。壁が、床へ。床か壁へ。今まで空へ続く壁や塔のように見えていた星間線ゾディア・ラインに、星間車が取り上げる。そこが地面となっていく。


 スフィアの重力から解放される。気付けばもう、そこが地面だった。ゲートが開けられる。その先は虚空界アーカーシャ


「……ラムダ-4から出られるなんて」

「ああ。もう来ることはない。よく見ておけリリン」


 窓に齧り付いているリリンの頭を、リーダーは優しく撫でた。


「さて。クーロン達には説明が不足していたな。シグマ-3へ着くまで時間がある。我々の目的と手段を話しておこう」

「!」


 この大型星間車には革命軍が10人以上乗り込んでいるが、このリビングスペースには3人しか居ない。

 リーダーの女性と、彼女の『お気に入り』であるクーロンとリリンだ。

 リーダーの言葉で、リリンは窓から離れてクーロンの隣に座る。


「20年前、聯球儀イリアステル全体で大規模な宗教弾圧があった。その宗教の名前は『月教』。八芒星ベツレヘムにとって不利益な歴史と思想を振り撒く宗教だった」


 リーダーは、エリーチェより色々なことを知っている。クーロン達にはそう映っている。つまり、『正しい』ことを言っていると錯覚する。


「今や見る影も無い。そんな宗教があったことさえ、今の子供達は知らない。……つまり、革命軍はそんな月教徒の生き残りが母体だ。わたしは当時の教主の娘だった。……両親は八芒星ベツレヘムオオアマナで処刑された。恨み半分、月教の本懐半分だな」

「その歴史と思想、って?」


 リリンが訊ねる。


「……聯球儀イリアステルの浮かぶは、その昔、『ムーン』という球があった場所軌道なんだ。話したろ。ウサギの住まう土地だ」

「それって、お伽噺だって」

「そうだ。本来のムーンは真空の宇宙空間にあるから、生き物は生存できない。だからお伽噺だった。……実は違う。科学力を使って、空気を生み出し、大地を掘り返し。無理矢理人の住める環境にすることは可能だ。丁度、スフィアのようにな」


 ウサギはお伽噺ではなく、実在している。クーロンとリリンは友人に居る。だから、リーダーの言葉を飲み込みやすかった。


「月教の思想とは、スフィアの統一だよ。現状、スフィアは八芒星ベツレヘム廿四球儀アストロジアに支配されていて、スフィア間で格差があり、またスフィア内でも第1層から第5層まで格差がある。スフィアが64もあるから格差が生まれるんだ。それをひとつに統一する。スフィアはひとつ、層もひとつ。そこに格差はなくなる」

「…………どうやってひとつに」


 核心に迫る。


聯球儀イリアステルを放棄する。星間線ゾディア・ラインと各スフィアの接続を破壊して、バラバラになったそれらは虚空界アーカーシャの天井を突き破る。その後人類は、最後に残った巨大な星を見付ける。聯球儀イリアステルの中心部に隠されている、スフィアの何倍もある大きさの、月沙レゴリスに覆われた玉兎達の故郷を」

「!」


 リーダー。

 名はミミ・ネザーランド。


「……そうなった時。空を見上げるとな。星空が見えるようになる。わたし達を閉じ込めていた虚空界アーカーシャは消えて無くなる。本来の星空が」


 白い髪に、金色の瞳を宿した女性。

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