第22話 虚空界否定論

 新星隕鉄ノヴァ・メテオライトは、虚空界アーカーシャの向こうからやってくる。星間線ゾディア・ラインに引き付けられるように降ってくる。

 スフィアには滅多に降ってこない。何故だか、星間線ゾディア・ラインにばかり降るのだ。


「俺はこの現象に、『人工』『意図』を感じた。そこで、各地を実際に見て回り、それぞれの星間線ゾディア・ラインでの降星鉄量を観測してきた。3年ほど掛かったがな」


 星間車内、リビングスペースにて。

 ユリウスは自らの研究資料を、アナへと見せた。アナは赤い目を忙しなく動かし、その大量の資料を読み込んでいく。


「誰?」

「ガチのお姫様らしい」

「へぇっ!?」


 ソファの端で、エリーチェがキルトに訊ねている。彼女達もよく状況を分かっていない。


「……その通りじゃ。『虚空界否定論』。貴様の推理は、正しい。たまに出るんじゃ。こういう、人間が。八芒星ベツレヘムもそろそろ隠しきれなくなってきておるのう」

「どういうこと? 僕さ、そのユリウスさんの本も内容知らないんだよね」


 アナの隣に、ルピルが座っている。アナの持つ資料を覗くが、ちんぷんかんぷんだ。


「観測した結果。降星鉄量はでもランダムでもない。はっきりと、差が出たんだ」

「…………普通に予想するなら、外側の星間線ゾディア・ラインが一番多そうだけどな」


 キルトが予想する。当然ながら、外から降ってくるのなら、外が最も多くなるだろう。外側の星間線ゾディア・ラインを潜り抜けてようやく内側の星間線ゾディア・ラインに辿り着くのだから。


「じゃあキルト。同じ外側だが、このラムダ-4から伸びる3本と、その隣のスフィアを挟んだ向こう側の星間線ゾディア・ラインだとどうなると思う?」

「ん……。同じ外側なら同じくらいじゃねえのか?」

「違う。ラムダ-4から角の向こう側までの3本の内、真ん中の星間線ゾディア・ラインが最も降星鉄量が多い。『真ん中』だ。キーワードは」


 ユリウスはテーブルの上に、手のひらに乗るくらいの模型を置いた。小さな立方体のジャングルジム。その頂点は64個。つまり聯球儀イリアステルのミニチュア模型だ。


虚空界アーカーシャからやってくる星鉄は、聯球儀イリアステルの中心に向かって降っている。降星鉄量だけでなく、その軌道も観測記録していてね。もし聯球儀イリアステルが無ければ、全ての星鉄はに集まることになる」


 模型を使って、指を差す。

 そこは、聯球儀イリアステルの中心。

 8つのスフィアに囲まれた、


「…………星間線ゾディア・ラインでも、スフィアでもないよ。何も無い」

「その通りだルピル。聯球儀イリアステルの中心には、何も無い


 ユリウスは楽しそうだった。皆が真剣に彼の話を聴いている。大学の授業でもこんなことはない。聴衆皆が、彼の研究に興味を持っている。


聯球儀イリアステルは、回転している。太陽の周りを回っているだけでなく、自らも回転している。だから、昼と夜がある。だから、季節がある。? 面白い考察だろう」


 模型を、回転させた。くるくると。皆が注目する。

 その中心は。

 やはり空洞だ。


「……64個のスフィアは、108本の星間線ゾディア・ラインによって絶妙なバランスで成り立っている。どれかひとつでも欠ければ、恐らくは文明が崩壊するほどの大惨事になる」

「そんなことを、僕が起こせるってこと?」


 ルピルはちんぷんかんぷんではあるが、自分のことについて考察しているのだということは分かる。彼女はまだ自分が何者か知らないのだ。


「じゃから、『鍵』なんじゃろう。少なくとも革命軍はそう考えとる。…………ここからは、推測じゃ」

「ああ。お姫様にバトンタッチしよう」

「姫様」

「良い。どうせ放っておいても、妾が持つ情報くらいは辿り着くじゃろ。こやつらは」


 執事のワタオが軽く諌めるが、アナは王族の知識を披露することを了承した。


「……まず言っておくことは。『聯球儀イリアステルの中心』。これについては知らぬ。ルピルの言う通り、何も無い虚空界アーカーシャである筈じゃ。聯球儀イリアステルは回転することで引力を生み出し、星鉄を引き寄せていると考える」


 ふむ、とユリウスが頷く。


「妾にとってはこっちが大事じゃ。『聯球儀イリアステルの崩壊』。確かに、貴様の言う通り各スフィアの中心部最奥にはコアがある。最高純度の星鉄の結晶じゃ。王族でも限られた者しか近付けん。……思えば、星鉄加工能力を持つ家の者は禁じられておるのかもな。タイシャクテン家はその能力を持たぬ」

「そうなんだ」


 ルピルが改めて自分の手を見る。


「スフィアは人工物。誰かが建造したのなら、解体もできよう。を、聯球儀イリアステルの8つの角で同時に行う。……それが連中の狙い。分離したスフィアと星間線ゾディア・ライン。超巨大な星鉄の塊が、回転の遠心力で解き放たれ、『虚空界アーカーシャの天井』を破壊する」

「!」

「天井!?」


 エリーチェが驚きの声を挙げた。


「そうじゃ。……聯球儀イリアステルの浮かぶ虚空界アーカーシャは、無限に続いている訳では無い。八芒星ベツレヘムが、『宇宙船』の開発を禁じている理由じゃ。途方もない大きさの、球形の『膜』。その内側に虚空界アーカーシャと、その中心に聯球儀イリアステルがある。それこそが、虚空界否定論。そうじゃろう?」

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